|
メロスは怒っていた。 確か、走れメロスの冒頭の一文は、そんなだった記憶がある。 一言一句憶えているわけではないので曖昧だが、 その一言にぐっと惹きつけられて、 真剣に国語の教科書を読んだ記憶だけはある。 あの、版画ののし絵まで明確に憶えているほどに。 今日はこんにちはとか、いつもの挨拶をする余裕もない、気力もない。 本当にひどい目にあったからだ。 二度と忘れられない光景だった。 それを思い出すとやっていられないので、帰ってすぐにチューハイの缶を開けた。 普段紅茶しか飲まない私にたらかなりのイレギュラーなことだ。 そのくらい・・・・ひどかったのだ。 私が今主業務としてやっているのは 決して量産と直結する仕事ではない。 タスクチームの大半が兼任だ。 本業があって、ボランタリーという形で、 週2時間かそれよりちょっと多いくらいの工数制限の中 一つの目標に向かって頑張っている。 確かに、大半は専任じゃない。 でも私にとっては、8時間みっちりやる「本業」だ。 いや、それ以前に、会社の中にある仕事に、そもそも貴賤など存在しないのだ。 どれも、必要であり、大事だからこそ仕事としてそこにある。 でも、今日はそんな私達の仕事を、無惨に切り裂くような事件があった。 私達は、チームのポリシーとして、わかりやすいプレゼンを心がけている。 例えその準備で工数がかかったとしても、私自身がほとんどその準備に費やしたとしても わかりやすいのならば、大きな模造紙で手作業で写真を貼ったり色を塗ったりして レビュー資料を造る。 それは、ひいては私達のためではあるのだけれど でも大きくは聞く相手のためのものだ。 聞きに来る人に聞いて良かったと、この時間は無駄じゃなかったと言ってもらうために パワーポイントに文字を押し込めばもっと簡単にできるだろうことも どれだけ準備に時間がかかっても、大きく拡大して、レビュー資料を造る。 それも、手作りで。 すごく時間がかかるだけ、でもそれはまたもの凄く大事な財産だ。 デジタル化していないだけ、唯一無二のレビュー資料で、換えはない。 今日、いつもはタスクルームに貼りっぱなしだったその資料を、 (移動が大変だからこそ、張りっぱなしでミーティングができる部屋を確保したのだ) 実は今日、明日消防点検で社外の方が入るというので撤去しに行った。 すると、資料が一部ない。 それは、前に部屋を一緒に使っていた人たちの資料があって壁面が足りず、 遠慮して机の上に置いておいた資料達だった。 私達より前からずっと使っていた人たちの資料は貼りっぱなしだったし、 いらないのかと思ってはいた。 それでも並び順などに意味があると勝手にはがして崩れると悪いと思って 遠慮して自分たちの資料を貼らずにいて、そうして置いたものだった。なくなっていた資料は。 実はこの二週間、特命タスクがあるからと部屋を明け渡していた。 そのために私達は会議室をやりくりして、色々工夫しながら運営していて、 一歩もタスクルームには足を踏み入れていなかった。 その間に、資料達もどこかに片づいておかれてしまったのだろうかと その特命タスクの人たちがミーティングを続ける中、資料を探した。 それは比較的すぐ見つかった。壁に埋め込まれたエアコンのある棚の中だった。 それを見つけた時、私は絶句した。 綺麗に綺麗に折り目を付けてたたんでおいた資料は、 ひとまとめにぐしゃぐしゃとまとめられ、 養生テープでぐるぐる巻きにされ、 棚より長かった横幅は、ぐしゃっと押し込められ、びりびりに破れていた。 これを「絶句」というのだと、今からすれば、わかるが、その時はそんな余裕もなかった。 あんな衝撃はいまだかつてなかった。 それらは全て来週の火曜日に、社外の方が来た時に貼りだして使う資料達でもあった。 それが、こんなところに、ゴミ同然に、いや、ゴミとして押し込められていたのだ。 腹が立つとか、そんな感情はもう生やさしい。 世界に一つしかない活動の記録、レビュー資料。ずっと使っていく財産。 それを気遣いもなく、 破れるのも、ガムテープの代わりに使われるようなテープでべっちゃり貼って はがれなくなるのもかまわず、 しかもぐしゃぐしゃに押し込んだのだ・・・今、この部屋にいる誰かが。 憤り、憎悪、激怒・・・・全ての激しい感情が全身を駆けめぐって、 それから、その全てのあとに、言葉にすることすらできない、重い感情が込み上げてきた。 しいて表現するとするなら、やるせなさ、だろうか。 何の権利があるのだろう。 この部屋にいる人たちに、私達の仕事を踏みにじる、何の権利が。 そのぐしゃぐしゃになった資料の姿に私は、 白人に植民地支配された現地民の哀愁を観た気がした。 あるいは、日本人に支配されたアイヌの人たちもこういう感覚だったのかも知れない。 そう、それを見た私達がみんなはっきりと感じたのは 「差別」だ。 私達の仕事など、所詮片手間のもので、 今この部屋を使う人たちのものに比べたらゴミほどの価値もないと言う、差別。 言葉に表さなくても、そこにぐしゃぐしゃになっているレビュー資料が それを語っていた。 「文句を言う?」 と言ってきた先輩を、私は押しとどめた。 私が言っても、一蹴されると思った。 どんなに仕事を頑張っていても、私には職位がない。 ただの底辺の人間のしかも差別されるような仕事に関しての文句など 聞かないだろうと思ったからだ。 だから、リーダーを待った。 すぐにリーダーが来て、資料を観てやはり言った。 「○○さん(私の上司)を呼ぼう。私達じゃ駄目だから」 私はすぐに上司を呼んで。 忙しいとわかっているのに、ただでさえ来週8時間もお時間を取ってしまうと言うのに タスクルームにお呼び立てして現状を観て頂いて、 その方から今部屋を使っている責任者の方に話を付けてもらった。 それからすぐに、私達は自分たちの荷物を片づけて、資料を持って職場に帰った。 資料のダメージ具合によっては火曜日までに残業覚悟で修復しなければならないからだ。 でもその時、出て行く私達に、責任者からは謝罪の言葉は一言もなかった。 私達へ詫びることもなく彼らは、 ひたすら丁寧に丁寧に、 自分たちの資料をはがして、片づけをしていた。 オフィスに戻り、資料に巻き付いた養生テープを一つ一つはさみで切って開いてみると、 不幸中の幸いで、全て作りなおさなければならないほどではなかった。 でも一番大事なグラフ部分はぐしゃぐしゃになり、大きな破れ目がいくつも入っていた。 それらを丁寧に伸ばして、つなぎ合わせて、補修をしていった。 そうして一つ一つ直そうとある資料を裏返そうとして、手が止まった。 そこに印刷されていたのは、昔自分たちがやった作業を拡大印刷したものだった。 そう、あの時、この資料を造った頃はリーマンショックが来たばかりのころで 会社はとにかくコスト削減を掲げて、模造紙すら、手にはいらなかった。 だからあちこち駆け回って、紙を集めて、 自分たちが作った資料も裏紙にすらして、創ったのだ。 言ってしまえば、お金さえあればA1やA0の資料を拡大コピーするのなんて簡単なのだ。 データを作って、A3を設計図用のコピー機にかければ終わりだ。あとは色を塗るだけ。 デザインさんの大判カラープリンターを借りたらもっと速いだろう。 でもお金がなかった。お金ももらえなかった。 だから自分たちで工夫して頑張ってきたのだ。 お金がないからできないじゃなくてお金がなくてもできる方法を探して。 それを思い出したら、涙すら出ないほど、悲しかった。 私はいつも思う。 仕事に貴賤なんてない。 みんな必要だ。だから、そこにある。 私の仕事は派手に見えるから、説得力がないと言う人もいるかも知れない。 でも、順調にスキルアップして、出世コースに乗るのならば 私の仕事ほど向いていないものはない。 特化しすぎている。この仕事が終わったあとに、恐らく私のキャリアもないだろう。 実際上司達はそういっているらしい。私はこのままでは駄目だと。 でも、私自身はそれすら覚悟で、 これが駄目だった時には責任とって辞めてやるくらいの覚悟でやっている。 いつも、いつも。 みんなの月8時間を、そのくらいの覚悟で背負っているのだ。 多分それは私だけじゃない。 専任ではないけどかなりの工数を裂いてるリーダーも 工数は裂けなくても、頑張って活動に参加してくれているメンバー全員、 本気で会社のためになると信じて、頑張ってる。 上司に嫌味言われても、反目し合っても、頑張ってる。 それを、こんなにも簡単に踏みにじられた。 ぐしゃぐしゃの資料を前に、 ブルドーザーが、現地民が大事にしている文化財を目の前で更地にしていく そんな光景が頭をよぎったくらいだ。 確かに私達は、貼っている掲示物に関しての取り決めしかしていなかった。 貼っているものはそのままでいいという取り決めしか。 でも、まさか思わなかったのだ。 人が何らかの糸で作っただろう資料を、仮で借りるだけの人たちが 何のことわりもなくゴミ同然に扱うなんてことは。 一言私達に問い合わせてくる。それが人の道として当然だと思っていた。 でも、結果、それもなく、私達は惨めさと憤りと、全てを飲み込んで 雨の中ぐしゃぐしゃになった資料を抱えて歩いたのだ。 上司からは、 「メンバーは火曜日のイベントに向けてモチベーションを上げているから このことは言わない方がいいよ。あの場にいたメンバーの胸にだけ納めておいて」 そういわれて、確かにそうだと思ったから 今日は別職場のrisekoとたまたま駅であったので愚痴ってきた。 上司の言う通りだ。こんな思いをするのは私達だけでいい。 タスクは常に楽しいと言って参加してもらいたいから。 そのためなら多少胃が荒れようが、酒でも脂ものでも食べて 我慢しますよ。 今日私は心底、偉くなりたいと思った。
貴賤はないけど、偉ければこんなに踏みにじられることもなかったから。 思えば生まれて初めて、偉くなりたいと私が思った瞬間だった。 |
全体表示
[ リスト ]




