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今や、じゃがいもといえば北海道が有名ですよね。
でも、それ以前に有名だった所があるんです。
私の住んでいる、横浜市保土ヶ谷区は、
かつて『保土ヶ谷いも』の名前で全国的に有名でした。
『保土ヶ谷いも』
保土ヶ谷区にじゃがいもが持ち込まれたのが安政(江戸時代後期)、
起伏の多い保土ヶ谷区は、水はけの良いせいか、じゃがいもの栽培に適していたようで、
明治・大正・昭和と盛んに栽培されていきました。
当時は、芋問屋なるものがあり、現、和田町には『芋源』、
現、峰岡町には『中六』という芋問屋がありました。
・・・どちらも、中村さんとのこと。
こちらにじゃがいもを出荷して、東海道線の保土ヶ谷駅より全国へと出荷されていたそうです。
北海道にも種芋として出荷されたと、父も昨年91歳で他界した祖父も言っていましたが、
文献としては残っていないと聞きました。
また、母の話になりますが、母が嫁いできた昭和37年には、
畑一面にじゃがいもが植わっていたそうです。
私の住む西谷町は、当時ネギ栽培も盛んであったので、
出荷を迎えたネギとじゃがいもの植える時期が重なります。
ネギの畝間にじゃがいもを植えるほど熱心に栽培していました。
その後の話ですが、第二次世界大戦で食料の統制が厳しくなって、
生産量が減少したと聞きました。
保土ヶ谷いもの栽培が減少するころより、
北海道のじゃがいも栽培が盛んになったのだろうと考えられます。
父に、なんでじゃがいもの栽培が減ったのか?と聞くと、
「作りすぎたから土地に適さなくなったんだろ。」と・・・(笑)
最後に、ちゃかすのもどうかと思いましたが、
本人がそう言っていますので、ありのままに。
先日の、西谷ネギに続いての投稿になります。
我が町自慢のつもりもありますが、
祖父は、昨年亡くなりましたが、祖父にはじゃがいもの話
父には、ネギの話を聞ける立場にあります。
私自身の記録のためにも、こうして書かせていただきました。
読んで頂けた方には、『西谷ネギ』『保土ヶ谷いも』
ちょこっと頭の隅に置いて下されば嬉しい限りです。
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すごいです。ジャガイモのルーツ。歴史を語れる重み。仕事を継ぐ誇りにもなりますね。
(埃になる仕事)「しゃれで^す 許して^^」
食べてみたいのは『西谷ネギ』実は『深谷ネギ』も食べた事がないんです。
摂りたてを焼いて食べると最高に美味しいと聞きました♪
2007/10/21(日) 午後 4:06
そうだったんですか〜始めて知りました。戸塚にも昔はそういうのあったのかな〜。
今日ドラゴンボートで保土ヶ谷の方に会い、河原さんのことを話したら知ってるって言ってましたよ。
[ K16 ]
2007/10/21(日) 午後 5:38
かるがもさん、ありがとうございます!!
昔を語れる方が、少なくなっています。
西谷ネギについては、特にそうですから、父に聞ける事は貴重です。
『深谷ねぎ』は、私もないです。主人も視察に行ったことがあるのに食べたことないです(^^;)
2007/10/21(日) 午後 7:05
ケイイチロウさん、いつもありがとうございます。
とうとう、言っちゃったのね〜〜っ(^O^)(笑)
主人が青壮年部で一緒だから、知ってるはずですよ。恥ずかしいな(>_<)・・・保土ヶ谷は、町づくりに力を入れている感がありますので、私も意識しています。戸塚にも、何か伝わる物があるかもしれないですね。
2007/10/21(日) 午後 7:12