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イタリア、フィレンツェ。 花の都、フィレンツェ。 芸術の町、フィレンツェ。 フィレンツェは、町全体が美術館といわれるほど美しい町。 14世紀、古代文化の再生を計った ルネサンス芸術 の発祥の地。 その芸術が町のあちこちに散りばめられています。 フィレンツェの大聖堂は、町のド真ん中に堂々と建っています。 カラフルな大理石の外観は壮麗です。 大聖堂の隣に建っている鐘楼に登ると、 (大聖堂の天辺にも登れるますよ〜) フィレンツェの町並みと大聖堂が一望できます♪ 茶色の屋根の町並みが綺麗! 町全体が1つの芸術です。 大聖堂の前には洗礼堂が建っています。 その洗礼堂の扉には、ミケランジェロも大絶賛した精巧なレリーフ。 モーゼの十戒やノアの方舟の話が描かれています。 この扉、開いてみたいですよね。(柵があって扉には触れません) きっと、ミケランジェロもドキドキしながらこの扉をくぐったに違いない。 町のあちこちには、彫刻が並んでいます。 町の広場には、ダビデ像のレプリカが飾られています。 レプリカだけど、きれいです。ちょっと満足しちゃいます。 右側のお城みたいな建物、フェラガモ本店。↑ ちょうど日本人ツアーの添乗員さんが説明していました。ホホゥ〜。 壮麗な建物に繊細な彫刻。美しいの一言です。
美しさを追求したルネサンス時代がここに残っていました。(*´∀`*) |
Italy
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イタリア、ピサ。 ピサの斜塔が有名な町。 ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が生まれた町。 ピサの町は、可愛らしい。 ベルギーに住んでますが(もうすぐ日本に帰国)、 同じヨーロッパでも国によってこんなに雰囲気が違うものかと感心するばかりです。 全体的に暗いベルギー。 建物も町行く人々の格好も黒・白・茶・ベージュ系が多いんです。 (若者は原色系の服も着てますが) しかも、天気も曇りや雨が多いベルギー。 お隣オランダはあんなに明るいのに。。 そして、ここイタリア、ピサ。 キレイなオレンジ系の建物に緑の窓が多い。 町全体が暖かい雰囲気でした。 地中海っぽい!と意味分からず興奮する私。 11〜12世紀、 地中海を制覇した海運王国だったんです。 町のあちこちに船の絵が描かれています。 静かな夜、中世に迷い込んだようです。 ピサの有名な大聖堂↑、11-12世紀に流行ったロマネスク様式。 ロマネスク様式の最高傑作とよばれるこのピサの大聖堂。 12世紀のピサの輝やかしい時代がここにあります。 ロマネスクとは、ローマ風のという意味だそうだ。 ローマ帝国の生まれ変わりピサ。 力強い直線美が強調しています。 13−14世紀に流行ったゴシック様式。 小さな教会が可愛らしく建っています。 14世紀頃からピサは衰退し、 1406年、ピサはフィレンツェの支配下に置かれます。 フィレンツェ、ルネサンス(芸術復興運動)の時代が到来するわけです。 【 芸術の都、フィレンツェ → http://blogs.yahoo.co.jp/midossan2000/40038911.html 】
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イタリア、ピサ。 ピサの斜塔が有名な町。 ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が生まれた町。 『 奇跡の広場 』 とよばれる広場には、洗礼堂・大聖堂・斜塔が建っています。 【 斜塔の記事は、コチラ → http://blogs.yahoo.co.jp/midossan2000/39986782.html 】 そして、1番気に入った カンポサント とよばれる墓地。 正確に言うと、墓地にある壁画が気に入ったんです。 墓地といっても、中庭を囲む美しいゴシック様式の回廊になっています。 1277年に大聖堂周辺に散らばっていた墓がここにまとめられたそうだ。 (世界大戦でほとんどの壁画は焼けてしまった) キリストの中に宇宙! 天地創造の神ですね。 『 死の勝利 』↑ 死の勝利は、死の恐怖を前に人々が半狂乱になって踊り続けるという14世紀のフランス詩が起源とされており、 生きている時は、王族・貴族・僧侶・農奴などの異なる身分に属しそれぞれの人生を生きていても、 ある日訪れる死によって、身分や貧富の差なく無に統合されてしまう、という死生観。 (BY WIKIPEDIA) 貴族は、農民と一緒になるのがそんなに嫌だったのかと、社会階層の区分が厳しかった時代が現れてます。 『 最後の審判 』(左) 『 地獄 』(右) 生きている人間たちにも、この世とあの世に思いを馳せるよう思いが込められたフレスコ画。 恐ろしい地獄図が描かれています。 地獄にいる恐ろしい魔物。 ジブリに出てきそうです。 絵心の全くない私ですが、ここの絵には感動しました。
美術館に行っても大聖堂に行っても、パッパとみる私ですが、ここでは見入ってしまいました。 ヨーロッパから離れる前に、この絵に出会えてよかった! |
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イタリア、ピサ。 ピサの斜塔が有名な町。 ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が生まれた町。 今は静かな小さな町だが、11〜12世紀、地中海を制覇した海運王国だったんです。 その輝かしい歴史が、ここ 『奇跡の広場』 とよばれる広場に残っています。 1064年、パレルモ沖の海戦(vsシチリア島付近にいたアラブ人)で勝利し、記念に建てられた大聖堂。 雪のように白い大理石の神殿と称される大聖堂は美しい! 側面には、ローマ帝国の生まれ変わりを強調するため、 ローマ時代の史跡の破片が埋め込まれています。 屋根の天辺には、スペインから戦利品として持ち帰られたブロンズ像が → 掲げられています。 ガリレオも日曜日に通った大聖堂。 使用された円柱の多くは戦利品として、パレルモの古代遺跡から持ってこられたもの。 祭壇の奥にはキリストのモザイク画、天井にも美しい装飾が施されています。 中央に釣り下がっているランプ、 ↑コレ(上の写真) ガリレオがランプの揺れを見て、『振り子の等時性』 を直感したといわれている。 実際にはそのような話は記録として残っていないそうですけど。 ガリレオ、動くものが好きだったそうだ。 動く物体を観察し、その運動について考えるのが好きだったそうだ。 きっと、ミサ中にランプの揺れに虜になっていたのかもしれません。 ≪振り子の等時性≫ 振り子が1往復するのにかかる時間は、吊りひもの長さで決まり、 ひもの長さが一定なら、振り子の揺れ幅が大きくても小さくても、往復にかかる時間は同じ。 もう1つ有名なガリレオの実験話。 ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、両者が同時に着地するのを見せた 『落体の法則』。 これも、そのような話は記録として残っていない。 そんなピサの斜塔。 傾いてます。 ガリレオも登った294段のらせん階段、傾いてるせいでバランスが狂います。かなり登り辛い。 でもあのバランス感覚は面白かったです。 傾いているのがわかりますかね?? (写真の撮り方に依存しますけど。。) 斜塔の天辺は、簡単な鉄の柵のみ。 高所恐怖症の旦那さんは、びびって柵にしがみついてます。 高いところ大好きな私は、気持ちよく斜塔からの眺めを楽しんでおりました♪ ガリレオが落とした2つの玉、鉄球という話。 高さ約55mの塔ですが、どこから落としたんでしょうか。 鉄落としたら危ないっすよ。ガリレオさん。 1173年に造り始められた斜塔。 1178年、塔の3層目まで造った時に傾き始め、建設は一時中断。 100年もほったらかしにして、 1272年に再開され7層目までできたが、またもや中断、というより放置した? 1370年にようやく完成。 気まぐれなイタリア市民が造りだしたこの芸術。日本人にはできないですね、きっと。 傾いてしまったせいで力の均衡がとれない斜塔。 また石材の侵食と風化で、老朽化が激しい斜塔。 それでも修復を重ね、先日、あと300年もつだろうと地質学者が発表。 大切な地球の財産、見守っていきたいですね。 |
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