ミッドウェー海戦研究所

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諸般の事情で掲載が遅れていた記事です。興味深い内容なので掲載しました。
 
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あまりにも痛い「ダブルスパイによる自爆テロ」
 
 2009年12月30日、米国諜報史上に残る大惨事が発生した。
 
 アフガニスタン東部のホースト州にある米中央情報局(CIA)の基地で自爆テロが発生。7名のCIA要員と1名のヨルダン政府関係者等が死亡した。「一度にこれだけ多数のCIA要員が殺害されたのは、過去30年間を振り返っても例がない」と言われており、米国の諜報史上に残るCIAの大失態として記録された。
 
 しかも自爆テロ犯は、CIAが911テロ事件以来、緊密に協力してきた親米アラブ国家ヨルダンの情報機関がアルカイダに潜入させていたスパイだったことが明らかになっている。つまりCIAは、「ヨルダン情報機関とアルカイダの二重(ダブル)スパイによる自爆テロ」という前代未聞の手法で、奈落の底に突き落とされたのである。
 
 このテロ事件は、これまで秘密のベールに包まれてきたCIAのアフガニスタンでの対テロ戦争の一端に光を当てると共に、米国情報機関の脆弱さや対アルカイダ戦争の困難さを改めて浮き彫りにし、「オバマの戦争」の先行きに暗雲を漂わせている。
 

テロリストの勝利の瞬間

 欧米メディアの報道などを総合すると、事件の概要は次の通りだ。
 
 2009年12月30日の朝、パキスタンで「諜報活動」に従事していたヨルダン情報機関GIDのスパイで医師のフマム・ハリル・アブムラル・バラウィが、パキスタンとアフガニスタンの国境の1つグラーム・ハーンを通過し、あるアフガン陸軍のコマンダーと落ちあった。
 
 通称「アルガワン」と呼ばれるこのアフガン軍人は、ホースト州にあるCIAの「チャップマン」基地の警備責任者をつとめていた人物だった。二人はホースト州の近くの村メルマンディまで車で向い、そこに用意してあった赤のトヨタ・カローラに乗り換えた。アルガワンがこのカローラを運転し、ヨルダン人スパイ、バラウィは後部座席に座った。
 
 そこからCIAのチャップマン基地までは約40分。地元ではここがCIAの基地であることはよく知られており、厳重な警備態勢が敷かれていた。高い土壁で囲われた基地の外周には数多くのアフガン人警備員がAK−47軍用ライフルを手に警備を行っていた。基地の周囲4カ所には要塞化された見張り塔があり、監視要員が24時間体制で警戒を続けていた。また基地の敷地内にはさらに蛇腹形鉄条網のついたフェンスがあり、さらに3つ目のゲートにはアメリカ軍の兵士たちが警備にあたっている。
 
 この3層にわたる警備体制があったにもかかわらず、バラウィを乗せた車は一度もセキュリティ・チェックを受けることなく、CIAや陸軍情報部の建物が並ぶ基地の内部にまで到達できた。
 
 外周警備にあたるアフガン人たちにこの重要なスパイを見られたくなかったためか、警備員たちは「この赤いカローラの客人にセキュリティ・チェックをすることなく基地内に入れるように」と事前に指示を受けていた。基地内に入ってからは、このカローラを米陸軍のエスコート車両が先導したという。
 
 赤のカローラは基地内に設置されている簡易収容施設の手前で停車。車の傍には、バラウィの到着を待ち焦れていたCIAの要員7名が、このヨルダン人医師をあたたかく迎え入れようと用意して待っていた。バラウィは片手をズボンのポケットに入れたまま車から降り、CIAの警護員がボディーチェックをしようと近づき、ポケットから手を出すよう指示すると、そのまま爆破装置のスイッチを入れ自爆した。この自爆テロ犯の視界に入っていた人物すべて、すなわちこの現場に居合わせたCIA関係者全員がその場で即死した。
 
 911テロに次ぐテロリストにとって最大の勝利の瞬間である。
 

自爆テロリストの正体

 この自爆テロリスト、フマム・ハリル・アブムラル・バラウィは、もともとクウェートで生まれたパレスチナ系で、イラクのクウェート侵攻に伴い家族でヨルダンへ移住。その後トルコのイスタンブール大学医学部を卒業したことが分かっている。
 
 バラウィは過激なイスラム系ウェブ・サイトの影響を強く受け、ペンネームを使って頻繁に書き込みをしていた。また一時はイエメンに拠点を置く過激なイスラム系サイトHisbah.netを運営していたこともあったという。
 
 「子供のころからジハードにあこがれ、いつかは武器を取り、自爆ベストを着て、ガザでの戦争で殺された子供たちや女性たちの恨みを晴らすのだ」というようなバラウィの書き込みが残っている。
 
 パレスチナ系ヨルダン人のバラウィは、2008年のイスラエルによる3週間に及ぶガザ攻撃で1300人ものパレスチナ人が殺害されたことに大きなショックと強い憤りを感じ、ガザのパレスチナ人たちを治療するために、志願して医療関係の団体にボランティアで参加したり、ヨルダンにあるパレスチナ人難民キャンプ内のクリニックで働いた。バラウィの妻はトルコ人のジャーナリストで、彼女はアルカイダの幹部を好意的に描いた『オサマ・ビン・ラディン:東方のチェ・ゲバラ』の著者でもある。
 
 2009年1月、バラウィによるイスラム過激派サイトへの書き込みが目障りになり出したヨルダンの情報機関GIDは、同氏を拘束。3日間にわたって尋問を行った。米「ワシントン・ポスト」紙によれば、この尋問中、GIDはバラウィを刑務所に送り彼の医者としてのキャリアに終止符を打たせると言って脅し、外国人の妻や二人の子供たちにも危害が及ぶことを示唆して脅迫したという。そしてそうされたくなければGIDに協力するようにと脅され、パキスタンに行って過激派テロ集団に潜入すれば、彼の過去の記録は清算され、家族の身の安全も保障されると取引を持ちかけられたという。
 
 実際にはここまで単純な話ではないと思われるが、いずれにしてもバラウィはGIDと取引し、ヨルダン情報機関のスパイとしてパキスタンへ渡ることに同意し、両者の関係は深まっていったという。
 
 バラウィが「医学の勉強のため」と称してパキスタンへ渡航したのは2009年3月。彼の真の任務は「アラブ義勇兵」としてアルカイダに加わり、アルカイダの内部情報、とりわけアイマン・ザワヒリのようなアルカイダのトップクラスのメンバーたちの情報を入手して、CIAを助けることだった。
 

「正確な情報」を送ったヨルダン人スパイ

 バラウィは、アフガニスタンの軍閥ジャラルディン・ハッカーニのネットワークを通じてアルカイダに潜入したという。ハッカーニはパキスタン・アフガニスタン国境の部族地域の一つ北ワジリスタンに勢力を張り、アルカイダと緊密に協力しながらCIAや米軍に対する攻撃を展開しているグループである。CIAは昨年来、ハッカーニの拠点を潰すのに躍起になっていたと言われている。
 
 やがてバラウィは貴重な情報をヨルダンの情報機関に送るようになる。アルカイダやタリバンの訓練キャンプやパキスタン国内の安全地帯がどうなっているのか、CIAのミサイル攻撃の結果どのような犠牲や被害が現地で出ているかなど、テロリストのインサイダーしか知り得ない情報ばかりだったという。
 
 またパキスタン国内のアルカイダやタリバンの戦闘員たちの居場所に関する情報も提供し、これを元にCIAはさらに無人機によるミサイル攻撃をエスカレートさせた。
 思い出してみると、ちょうど2009年の夏頃から、「アルカイダについての正確な情報が増えており、無人機によるミサイル攻撃の精度が高まってきた」という話が米情報機関筋から出るようになっていた。バイデン副大統領が、昨年夏以降のアフガン戦略見直しの議論の中で、無人機によるミサイル攻撃の重要性を強調したのには、こうした背景があったわけである。
 
 2009年9月頃に米・ヨルダン情報機関は、「バラウィがアルカイダのハイレベルへの潜入に成功した」と結論付けるようになり、それを裏づけるように、パキスタン国内のテロリストに関するターゲット情報の精度が日増しに上がっていった。
 
 2009年の後半にはバラウィの管理が正式にGIDからCIAに引き渡され、CIAがこのヨルダン人スパイを運用した工作活動全体に責任を持つようになった。ただし、バラウィと直接コンタクトをとる工作管理はGIDのシャリフ・アリ・ビン・ザイド大尉が継続して担当した。
 

「ザワヒリ情報」の誘惑に負けたCIA

 2009年12月に入ると、バラウィは緊急にCIAの上級オフィサーおよびGIDのザイド大尉との会合を求めてきた。バラウィは、アルカイダのナンバー2、アイマン・ザワヒリの居場所を知っていることを示唆する暗号を送り、CIA現地幹部たちの興味を駆り立てる情報の断片をちらつかせたという。
 
 このバラウィとの会合は、米国の対テロ戦争の行方に大きな影響を与える重要な情報をもたらすことになるかも知れないと判断したCIAアフガン支局は、ラングレーのCIA本部とホワイトハウスにまでこの情報を伝えている。


(2)へ続く。
 
原文は、日経ビジネス『オバマと戦争』より転載。会員登録をしない方は、原文の一部しか見られません。原文をご覧になりたい方は、会員登録をお願いします。
 
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閉じる コメント(6)

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こんばんは
戦争は無くなりませんね('_')
もしですよ 家族や知り合いがムゴイ目に合っていたら・・
自分も自爆攻撃に参加すると思います<(_ _)>
イスラム教徒の方の気持ち解る様な気がします。

2010/4/19(月) 午前 1:47 あまのじゃく 返信する

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>自分も自爆攻撃に参加すると思います<(_ _)>

それはそうでしょうね…。私も同様です。
問題は、イスラム教徒やその他一神教は、直線式記憶つまり始まりがあって終わりがある一神教独特の歴史観を持っているために、何時までも相手を憎悪し続ける傾向があります。
円環式記憶を持つ忘れっぽい日本人との占領時の成功体験が、アメリカ人に馬鹿げた政策を実施する一因となっていること考えるといろいろな意味で頭が痛くなってきます…。

>イスラム教徒の方の気持ち解る様な気がします。

中世のイスラム教徒は、こんな無闇やたらと暴力を振るう訳のわからない人々ではなかったのですが…。スーフィズムが、流行りだしてからだんだんと…。

2010/4/20(火) 午前 1:26 [ 小窪兼新 ] 返信する

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こんばんは
個人的に イスラム教徒が優勢の時は 世界は比較的平和で・・
キリスト教徒が優勢になると 戦争が多い気がします
これいうと 宗教信じる方から すごい 非難されます((+_+))
一神教は厳しい環境で発達したとはいえ やはり コワイデス
ある意味カルトです (また怒られるコメントですね。)

2010/4/20(火) 午前 3:28 あまのじゃく 返信する

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ハッカーニを殺せても次の指揮者がまた、出てくるので戦争の終わりは見えてこないでしょう〜〜

アフガニスタン自体の宗教的なイメージを変えなくては終わりは見つからない・・

2010/9/6(月) 午前 0:19 よねちゃん 返信する

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あまのじゃくさん、こんばんは!

>イスラム教徒が優勢の時は 世界は比較的平和で・・キリスト教徒が優勢になると 戦争が多い気がします

中世の場合は、そうですね。
イスラム教の場合は、異教徒から宗教税(ジズヤ:人頭税)を取れる実利面とイスラム教に異民族が改宗すると政治的権利の拡大要求に繋がること(ウマイヤ朝はこれで駄目になりました)から異教徒を放置する傾向が強いのは事実ですね。
現在は、微妙ですが…。

2010/9/9(木) 午前 0:19 [ 小窪兼新 ] 返信する

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よねちゃんさん、こんばんは!

>ハッカーニを殺せても次の指揮者がまた、出てくるので戦争の終わりは見えてこないでしょう〜〜

攻殻機動隊2ndGIGに登場する個別の11人のモデルみたいな人々の集団ですから、終わりは見えませんね。w

>アフガニスタン自体の宗教的なイメージを変えなくては終わりは見つからない・・

宗教的イメージよりむしろ、あの独特の地形を何とかすれば、終わりが見えてきますね。無論、これは神にならなければ不可能な所業ですが。w

2010/9/9(木) 午前 0:23 [ 小窪兼新 ] 返信する

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