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イタリア

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「いじめ」をする生徒はぶん殴り、停学処分だ
マキァヴェッリ先生ならこう考える(1)
2011.07.22(金) 有坪 民雄
 
ニッコロ・マキァヴェッリの肖像画(ウィキペディアより)
イメージ 1回からニッコロ・マキァヴェッリ(1469〜1527年)をテーマにした連載を始めます。
 
 今、なぜマキァヴェッリなのか? 私が書きたいから、というのが本音なのですが、私自身、マキァヴェッリに教えてもらったところが大だからです。この世で一番タチの悪い人間は必ずと言っていいほど正義の仮面をかぶっている。そうした現実を目の当たりにし、どうすればいいのかを知ろうとしたのが、マキァヴェッリを読み始めたきっかけでした。
 
 しかし、のど元すぎればなんとやら。マキァヴェッリの教えを守っていた時はいいのですが、そのうち忘れることが多くなり、失敗を繰り返すはめになります。実際よく忘れるので、今も失敗が多いのは我ながら頭が痛い問題です。
 
 この連載は特に、今、理不尽な目に遭っている方、不安の前に潰れそうになっている方に読んでいただきたい。そんな方が逆境を跳ね返す手がかりになる連載を目指したいと思います。よろしくお付き合い下さい。
 

支配者がしていることを民衆にバラしてしまった書

 マキァヴェッリはルネサンス期のイタリアに生まれ、フィレンツェ共和国の第二書記局長となりました。第二書記局は外交を担当する第一書記局より下に見られていましたが、内政と軍事を担当するフィレンツェ政府の中枢です。
 
 家柄や学歴、そして年齢が要職を得るのに大きな影響力を持っていた時代、家柄は悪くはないですが上の下といったところ。学歴はなく30歳にもならない若造が、こんな要職につけた理由は今もよく分かっていません。しかし有能だったのは確かで、ほどなく外交官としても頭角を現します。
 
 そのマキァヴェッリの代表作「君主論」は、権謀術数の書、異端の思想書とも言われることが多い本です。
 
 そんな評価をされる原因の1つは、目的のためには何をしてもかまわないのだと読む人が多かったことが挙げられるでしょう。
 
 しかし、原因はそれだけではありません。もう1つの理由。それは支配者たちが何をやっているのか、民衆にバラしてしまう書物だったからです。
 
 中世ヨーロッパでは、貴族や教会の司祭など、知識人階級とされていた人たちはラテン語で読み書きし、民衆にラテン語を教えることは禁止されていました。理由は簡単。知識は支配者のものであり、民衆のものになったら都合が悪かったからです。聖書を民衆が読めるようになったら、教会の司祭がいなくとも民衆は神の言葉に触れることができます。
 
 そんなことになったら司祭の存在価値がなくなるだけでなく、教会が利権団体に変質していることまで民衆にばれてしまう。民衆は愚かなままで置くべきである。それが当時の知識階級=支配階級の考え方でした。
 
 民衆が常用している各地の言葉が文字を持っていなかったのも幸いして、こうした知識隔離政策は1000年維持されてきました。
 
 しかし、14世紀初頭、ダンテが、「神曲」を書きます。「神曲」はラテン語ではなく、ダンテの出身地であるトスカーナ地方フィレンツェの言葉で書かれ、これがイタリア語の基礎となります。言い換えれば、この時、イタリア語が文字を持ったのです。
 
 15世紀中盤にはグーデンベルクが活版印刷で聖書を作り、16世紀の1517年、ルターが95カ条の論題を発表。宗教改革が始まります。改革派は民衆を味方につけるため、ドイツ語聖書をはじめとした大量の印刷物を使い、宣伝活動を行います。印刷物のコストは下がり、本が買えるようになった民衆も文字を覚え始めます。
 
 そんな、1532年に出版されたのが支配者のマニュアル「君主論」です。それまで民衆を無知にさせることで成立していた支配階級の利権は脅かされます。そうなると困る人たちが、君主論をけなそうとするのは当然のことです。
 

「いじめ」を止められない現在の学校

 翻って現在の日本で君主論を読むことは、一体どのような役に立つのでしょう?
 
 誤解を恐れずに言えば、1つは私同様、「学校で教えられなかった社会の知識や見方が身につく」ことではないでしょうか。
 
 学校の問題として挙げられることの多い「いじめ」を考えてみましょう。
 
 AがBをいじめているとします。BはAにいじめられていることを親や先生に言います。Aに「いじめはやめましょう」と言ってAが聞き入れれば問題は解決です。しかし、言うことを聞かなければいじめは続きます。しかも今度は「親や先生に言うともっといじめるぞ」と脅迫がついてきます。そんなAに対し、親や先生の扱いは、せいぜいこんなものです。
 
 「話し合いをしましょう」「仲直りしましょう」
 
 話し合って解決するものなら、とうの昔にしているでしょう。誰も「Bをいじめたら、お前をずっといじめてやるぞ」とAに宣言したり、「Aは悪い子だから転校させろ」「Aを学校に来させるな」など、実行はおろか言ってもくれません。
 
 もし親がそんなことを言おうとすれば、モンスターペアレント扱いです。周囲から孤立することになります。周囲を見わたせる親ほど、自分の子どもがいじめられているのに周囲に「お願い」しかできません。
 
 何かのきっかけでいじめが止むまで、Bは我慢するだけになるでしょう。親や教師の言う「道徳」の無力さに子どもは打ちのめされます。場合によっては登校拒否になったり、自殺する子も出てきます。
 

ピストイアの治安を乱していた「やくざ抗争」

 <君主たるものは、自分の領民を結束させ、忠誠を誓わすためには、冷酷だなどの悪評をなんら気にかけるべきではない。なぜなら、あまりに憐れみぶかくて混乱を招き、やがては殺戮や略奪をほしいままにする君主に比べれば、冷酷な君主の方は、ごくたまに見せしめの残酷さを示すだけで、ずっと憐れみぶかい人物になるからだ。>
 
(「君主論」池田廉訳 マキァヴェッリ全集 筑摩書房)
 
 フィレンツェ政府が支配していたピストイアという街で、長年パンチャティキ家とカンチェリエーリ家という2つの勢力が争っていました。フィレンツェの統治方針は、パワーバランスを取ること。要はどちらも相手を圧倒しないように、強い方の足を引っ張り、弱い方に味方する方法を取っていたわけです。
 
 ところが1501年、チェーザレ・ボルジアがフィレンツェを支配しようと進軍してきます。この時ピストイアでは、フィレンツェの支配が緩んだ隙にカンチェリエーリ家が戦争を仕掛け、パンチャティキ家をピストイアから追い出します。カンチェリエーリ家は敵がいなくなったのをいいことに略奪、強盗、強姦、殺人などやり放題という状態になりました。
 
 フィレンツェはこれを放置できません。支配者のプライド以前に、カンチェリエーリ家は当時フィレンツェから追い出されていたメディチ家側に属する党派だからです。彼らを放置しておくとメディチ家と組んで反政府戦争を仕掛けてくる恐れがあります。実際、他の場所で発生した反乱には、メディチ家が明らかに関係していたのです。
 
 そのため、フィレンツェはピストイアに軍隊を駐留させ、パンチャティキ家を呼び戻して和平を結ばせます。それでしばらくは静かだったのですが、フィレンツェが他の戦争準備のため軍隊を引き揚げると、またパンチャティキ家が追い出され、カンチェリエーリ家が暴れます。しかし、この時にはフィレンツェは他の戦線に軍隊を取られ、派遣できる軍隊がなかったのです。当然、カンチェリエーリ家はやりたい放題をします。
 
 フィレンツェの役人だったマキァヴェッリは、どうすればピストイアの治安を回復できるか何度か視察に行っています。ピストイアの反乱を鎮める方法として、マキァヴェッリは両家を武装解除し、党派行為を禁止するために名前や紋章までも消し去り、犯罪者の処罰や追放、そして不法に取られた財産の返還など秩序回復の手段を提案しています。
 
 フィレンツェはフランスから軍隊を派遣してもらった後、両家の者は指定の日に指定された場所に出頭せよ、さもなくば攻撃すると宣言します。これを受けて両家は出頭し、ピストイアの混乱は収束に向かいました。
 

いじめをする生徒を放置すると被害はどんどん広がっていく

 しかし2年続いた反乱は、多くの爪痕を残したのです。マキァヴェッリに言わせれば、和平を結ばせるなどと手ぬるいことをやっていたから多くの犠牲者が出たという立場です。彼はこの反乱のきっかけとなったチェーザレ・ボルジアのやり方に学べと言います。
 
 この頃、フィレンツェの東方にあるロマーニャ地方は無能な君主がたくさんいて人心は荒廃し「ありとあらゆる無法がまかり通っていた」ところでした。
 
 その無能な君主を殺したり、追い払ったチェーザレ・ボルジアは住民の心を掴むために善政をやらねばならぬと考えます。チェーザレは、冷酷かつ有能なレミッロ・デ・オルコという人物を派遣し、秩序回復にあたらせました。犯罪者は次々に逮捕され、投獄され、特に悪い者は処刑されまくったのです。そのため秩序は急速に回復し、住民はチェーザレを自分たちの君主として認め、忠誠を誓ったのです。
 
 その忠誠心がいかに強かったのかは、チェーザレが教皇ユリウス2世に嵌められ、失脚した時に示されました。チェーザレの領地を取りに来た教皇軍に対し、最後の最後まで抵抗し、チェーザレが城を明け渡せと命令を出すまで投降しませんでした。
 
 さて、マキァヴェッリが現代の学校でのいじめを見たら、どのような対処法を取るでしょうか?
 
 おそらく、いじめの元凶となっている生徒を即座にぶん殴り、それでも聞かないなら登校禁止や退学にするなりして、それ以上問題が大きくならないようにするでしょう。
 
 言って聞かせて従わない者を従わせようとしてムダに時間を浪費する間に、被害はドンドン広がっていきます。まず全ての生徒が問題解決のできない先生の権威を疑います。生徒によっては先生を軽蔑するでしょう。弱い立場に置かれた生徒は登校拒否になったり、場合によっては自殺したりすることになるかもしれません。そういう状態になるのが分かっていて、放置するのが正しい教育者の態度でしょうか。
 
 少数の悪い生徒を傷つけることに躊躇し、多くの善良な生徒が傷つくことを許容する。それはマキァヴェッリに言わせると、生徒に対して冷酷な先生のすることです。
 

【訂正】記事初出時に、「君主論」の訳者名が永井三明氏とありましたが正しくは池田廉氏でしたので訂正いたします。本文は修正済みです。(2011年8月1日)


JBpress.ismedia.jpより引用

 
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閉じる コメント(2)

ぅおっ!
なんかめっちゃ納得感バリバリでした^-^
第二次大戦のエースパイロット坂井三郎が朝まで生テレビに出演し、
「やはりね、教育に体罰、殴ることは必要ですよ」とぽろっと言ったことが
思い出されました。

2011/9/17(土) 午後 7:13 後ろの6時

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後ろの6時さん、こんばんは!

>なんかめっちゃ納得感バリバリでした^-^

ご同意頂きまして、ありがとうございます!

>「やはりね、教育に体罰、殴ることは必要ですよ」

世の中には色々な人がいて、体罰を行わないと理解出来ない人がいるんですよね…。

2011/9/18(日) 午後 8:04 [ 小窪兼新 ]


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