ミッドウェー海戦研究所

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ハワイ作戦時の航空母艦『赤城』(昭和16年)
Dec,1941: CVA "Akagi".The attack on Pearl Harbor "Operation Z"
 
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 本日も一昨日昨日に続き、真珠湾攻撃70周年記念特集の第三回として、新たな新発見とされる真珠湾攻撃の報道を検証します。真珠湾攻撃を詳しく知らない方は、拙ブログの記事「真珠湾奇襲攻撃69周年記念特集」をご覧下さい。まずは、動画からどうぞ!
 
 
ハーバート・クラーク・フーヴァー
Herbert Clark Hoover
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2011.12.7 22:41
日本軍による米ハワイ・真珠湾攻撃で、
黒煙を上げる米海軍の戦艦アリゾナ(ロイター)
イメージ 1 ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874〜1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882〜1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

 米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。

 真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした−などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

 ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。

 その際、フーバーはマッカーサーに対し、日本との戦争は「対独戦に参戦する口実を欲しがっていた『狂気の男』の願望だった」と指摘。在米日本資産の凍結など41年7月の経済制裁は「対独戦に参戦するため、日本を破滅的な戦争に引きずり込もうとしたものだ」と語ったという。

 マッカーサーも、「ルーズベルトは41年夏に日本側が模索した近衛文麿首相との日米首脳会談を行い、戦争回避の努力をすべきだった」と批判していた。

 著書ではフーバーが「米国から日本への食糧供給がなければ、ナチスの強制収容所並みかそれ以下になるだろう」とマッカーサーに食糧支援の必要性を説いていたことも詳細につづられており、フーバーの対日関与の功績に光を当てるものにもなっている。

 ナッシュ氏は「この著書が、今でも米国の英雄とされているルーズベルト大統領への歴史評価を見直すきっかけになってほしい」と話している。
産経ニュースより引用
上の記事の2ちゃんでの反応を知りたい方は、「ネトウヨにゅーす。」さんの記事「フーバー元大統領「ジャップ戦争に追い込んでゴメンw やっぱルーズベルト狂ってたわw」」をご覧下さい。
 
 
 ハーバート・フーバー大統領はフーバーモラトリアムで悪名名高く、それに対して、ルーズベルトはニューディール政策で経済が回復したというのが、悪い意味での通俗的な歴史ですが、1937年にルーズベルトは「ルーズベルト恐慌」と呼ばれる恐慌を引き起こしており、ニューディール政策では経済が救えなかったのは、現在の歴史家ならば等しく認めるところでしょう。
 
 そのため、ルーズベルトはアメリカ経済の再建のため、軍事ケインズ主義を実践する究極の経済活動、即ち「戦争」を臨んでいた可能性が極めて高いと考えられます。(忘れてはいけませんが、日本は満州事変により経済危機を世界で最も早く抜け出しました)そう考えると、ハーバート・フーバーの主張するドイツへの裏口参戦ではなく、純粋な経済目的の戦争と看做したほうがより、ルーズベルトの真意に近いと思われます。
 
「ルーズベルト恐慌」は、下記ブログ参照。
 
「真珠湾攻撃前に旧日本海軍の暗号を解読した」
と明記した米軍史料の写し
イメージ 2 太平洋戦争が開戦した1941(昭和16)年12月8日のハワイ・真珠湾攻撃の前に、米側が、旧日本海軍が作戦指示に使った暗号をほぼ解読していたとする報告書が、米軍の史料から初めて見つかった。42年6月のミッドウェー海戦前に解読され、米軍の大勝につながったというのが定説だった。米側が開戦前に、旧海軍の動きをかなり把握していた可能性もでてきた。

 報告書は「日本から奪った文書が暗号解読にどう役立ったか」との題で四七年三月、米海軍通信機密保全課内で作成された。戦史研究家の原勝洋氏(69)が三年前に米国立公文書館で見つけ、本紙に初めて公開した。

 百七ページ、全七章にわたり、太平洋戦争で旧海軍から傍受、収集した各種暗号の解読に至る経過を検証している。第一章の冒頭二ページで、開戦前の解読成功に触れていた。

 開戦当時、旧海軍が作戦指示に使った暗号は、まず暗号書で例えば「連合艦隊司令長官旗艦」なら「00867」と、言葉を五桁の数字に変換。その数字を「乱数表」を使って、別の数字に置き換える二段階方式だった。

 報告書や原氏によれば、暗号解読の作業を一九三九(昭和十四)年夏から開始。二〇年代初頭、軍や警察のチームがニューヨーク日本総領事館に忍び込み、撮影した古い海軍暗号の法則をヒントに進められた。暗号書と乱数表は、旧海軍が随時、更新していたが、報告書には暗号方式を「真珠湾攻撃の前に解読できていた」と明記している。

 ただ当時は米軍も対ドイツの情報収集に忙しい時期だった。報告書では、真珠湾攻撃について「十分な人員さえあれば、奇襲にはならなかっただろう」との注釈を付けている。

 このため乱数表の解読で、第一段階となる言葉を数字に直した状態まではつかんでいても、数字に当てはまる旧海軍の専門用語を完全に割り出していなかった可能性もある。ただ原氏は「開戦前に解読していたと明記した史料はこれが初めて。どこまで旧海軍の指示が明らかにできていたかは、検証する必要がある」と話している。

 米側は開戦前、日本の外務省が使用する外交暗号の解読に成功したが、より複雑な旧海軍の暗号解読は遅れたという見解が一般的だった。専門家の中には「米国は開戦前の解読で真珠湾攻撃を察知していたが、ルーズベルト大統領の謀略で日本を戦争に誘い込んだ」との主張もあるが、決定的な証拠がなく、論争が続いている。東京新聞
 
 この記事は2012年1月号の軍事雑誌「丸」に掲載された原氏の記事のプレスリリース元に書かれており、その詳細を知りたい方は、そちらを見ることを進めします。
 
 この記事を解説すると、この真珠湾以前に日本海軍の暗号が解読されたことは、第二次大戦に勝者なし〈下〉ウェデマイヤー回想録 (講談社学術文庫)にてアルバート・C. ウェデマイヤー大将(退役時)が、真珠湾攻撃での公聴会で日本海軍の暗号を開戦前に解読していたとの証言があったと明記しており、この原氏の発見は、その証言を一次資料で裏付けられたという記事になります。
 
 最近、海軍のD暗号が旧式とか意味不明な情報をネットで見るようになりましたので、その解説をいずれ行いたいと思いますが、本日は長くなりましたので海軍の暗号に関しては、また別途触れたいと思います!
 
引用した写真は、ブログ「旧日本海軍・艦艇写真のデジタル着彩」さんの作品「航空母艦『赤城』 Aircraft Carrier Akagi」より引用しました。
 
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閉じる コメント(2)

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こんばんは。
傑作・ランクリ×3

2011/12/10(土) 午後 7:21 [ ユニコーン ]

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tristanさん、こんばんは!

>傑作・ランクリ×3

ありがとうございます!

2011/12/11(日) 午後 9:41 [ 小窪兼新 ]


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