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モスクワで開かれたスターリングラード攻防戦を記念する式典に出席したプーチン大統領=1日(ロイター)
【モスクワ=遠藤良介】第二次大戦の独ソ戦でソ連勝利への転換点となった「スターリングラード攻防戦」(1942年7月〜43年2月)の終結から2日で70年を迎え、ロシア南部ボルゴグラードでは攻防戦勝利を祝う軍事パレードが行われた。同市議会はこれに先立ち、年間6日の軍事的記念日に限って当時の独裁者スターリンの名を冠した旧市名「スターリングラード」を復活させることを決定。プーチン政権の愛国心鼓舞に乗じ、独裁者賛美の機運が強まっていることに警戒の声も出ている。
ボルゴグラードはロシア南部カフカス地方をにらむ要衝。帝政時代にはツァリーツィンと呼ばれ、革命後の25年にスターリングラードと改称された。独ソ戦では双方に200万人近い犠牲者を出す歴史的な激戦地だったことで知られる。
同市は61年、「スターリン批判」の流れを受けて現在のボルゴグラードに改称された。ただ、ロシアでは「大戦での勝利をもたらし、ソ連を超大国に引き上げた」とスターリンを評価する見方が高齢層を中心に根強く、旧市名の復活運動もくすぶり続けた。
市議会は1月末、退役軍人らの要望を受け、スターリングラード攻防戦勝記念日や対独戦勝記念日(5月9日)、事実上の対日戦勝記念日である「第二次大戦終結の日」(9月2日)などに「英雄都市スターリングラード」の名称を使うことを決議した。
通算3期目のプーチン大統領はスターリンを全面的に肯定する立場でこそないものの、スターリン時代の工業化や第二次大戦勝利を評価し、国民の愛国心や団結を鼓舞してきた。
ただ、大戦での勝利は2700万人ともされる自国民の犠牲も伴った。スターリンが戦前の大粛清で有用な人材を抹殺していたことや、戦争初期に判断を誤ったことの責任を問う立場から「スターリン評価」には反発も強い。「スターリングラード」の復活については、ルキン人権問題全権代表も「戦死者への侮辱であり、私は絶対に反対だ」(インタファクス通信)と語っている。
産経ニュースより引用
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この記事を読んでいるうちに、スナイパー・ヴァシリ版スタグラ公開直後に在郷軍人会が「あれじゃヴァシリ1人の力で勝利したみたいじゃないか!」と映画会社にクレームをあげたことを思い出しました(汗)。
やはり老人層のソ連時代の想いって強いんですよね。解体後のボロボロロシアを経験しているのでより一層の美化があるとかどうとか。メイド喫茶ならぬソ連酒場(ソ連時代の軍服の姉さんがウェイトレスして、ガンガン革命ソング流れてます)もあるぐらいですしね。
2013/2/4(月) 午後 0:33 [ HAYASE0083 ]