ミッドウェー海戦研究所

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日本人が知るべき事実

 
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                      (「戦後引き揚げ者の記録」より)
 
 
戦後60有余年、今も日本に対して、「日本兵は侵略戦争をして、略奪、強姦、虐殺で多くのアジアの人たちを苦しめた」と言われています。
しかし、かつて植民地で多くの奴隷を持ち、その民族を愚民化し、掠奪と強姦を喜びとしてきたのは、今、日本を悪く言っている国々であります。
また、チャイナのように所謂「南京大虐殺」というでっち上げを声高に叫んで、当時、支那にいた多くの日本人女性が強姦、虐殺された済南事件や通州事件などは隠し、さらにはロシアの日本人女性400名余りが自決するに追いやった極めて悲惨な麻山事件も日本人には知られていません。
この「日本は侵略国家」というまやかしの言葉こそ、日本の被害を覆い隠す役割を果たしているのです。
 
第二次世界大戦でソ連軍はドイツ領に入ると率先して強姦を兵士にやらせました。
ドイツ全土で約200万人の女性がソ連軍に強姦されました。産院を兼ねた修道院ダーレムハウスでは修道女、妊婦、その付き添いの女性まですべてが犯されました。統計のあるベルリンでは13万人が犯され、92000人が市内の二つの病院で手当てを受けました。そのうち2万人が不法妊娠して中絶手術をしたが2000人が出産したとあります。
このソ連は、終戦間際から日本女性に対しても多くの強姦、虐殺をしてきました。(その一例が上の画像)
 
戦後、日本に進駐した米軍が最初に要求したのが女でした。
性の要求に対して花街などの女性が身を挺身して米国兵の相手をしていましたが、米兵は日本政府の用意した慰安所だけでは足りず、一般の民家に押し入って“女”を漁っていたのでした。
押し入った米兵は民家の家人をも暴行し、殺したケースもあり、米軍の占領期間に殺された日本人は2536人に上り、その中には強姦に絡むものが多かったといいます。
 
そして今、韓国では日本兵による性の奴隷として従軍慰安婦なる作り話が騒がれています。
しかし、韓国がベトナムに派兵した1965年〜1973年の間、韓国軍は残忍なやり方で女性をレイプしてから殺し、またライタイハン(ベトナムでの韓国兵によるレイプで出来た混血に対し「敵国の子」として迫害されてきた)という問題も起こし、ベトナムでは「韓国兵に会ったら死に出会ったも同然だ」という証言もあるのです。
アメリカに住んでいるヨーコ・カワシマ・ワトキンスさんが書いた「ヨーコ物語」という著書があります。ヨーコ・カワシマ・ワトキンスさんは11歳だった時、朝鮮半島で終戦を迎え、家族とともに日本へ引揚げる際に、多くの同胞が朝鮮人に襲われ、強姦され、虐殺される場面に行き合わせ、その事実を書いた本です。この本はアメリカほぼ全州の中学校で副読本として採用されていましたが、2006年に在米韓国人が「歴史の歪曲」「朝鮮人を残忍な民族のように偽って描いた」と騒ぎだし、その騒ぎはアメリカ全土に広がり、当時73歳だった彼女が記者会見に引きずり出され、怒号の中でつるしあげられ、謝罪を求められたのです。その後、この本は副読本から外されてしまいました。
現在、日本では敗戦直後の日本人避難民の対しての暴漢の多さはソ連人だと思い込んでいますが、実際は半分以上が朝鮮人であり、日本人に対してソ連軍よりひどいことをしてきたのは朝鮮人であり、その残忍さはこの本を読むとよくわかるといわれています。
しかし、この本は日本では出版されていません。韓国では売られていましたが都合の悪い部分は削られていました。
現在の日本のテレビ局の極端な韓国寄り、つくられた韓流、韓国人の強姦の多さ(通名で隠されている)、日本政府の韓国贔屓など、間違った韓国人への認識へのくさびとして、今の日本にこそ、過去の事実に学ぶべく、このような本を日本語に訳し、広く日本人に広めるべきであります。
 
 
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                  (日本の学校で副読本にすべき「ヨーコ物語」)
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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本日(2012年1月18日)放送の「アンカー」 の動画を見つけました。
本日も絶対必見です! 動画UP主に感謝!
とりあえず動画を貼り付けます。 (画像は後で貼り付ける予定です)

日本外交の行方 〜 緊迫する世界情勢と野田改造内閣の真相を青山がズバリ!
ズバリ!キーワードは、「選挙の争点は国民が決める」「チャンスを逃すな」。

「日本が直面する課題」 青山ズバリ!
野田改造内閣の真相。 野田首相の狙いは・・・
消費税増税反対派のリーダー格を取り込む。 田中眞紀子氏を取り込む理由。
野田首相の大失敗は副総理 岡田克也氏。
消費税増税法案が提出できない場合「2月解散・3月総選挙の可能性すらゼロではない」民主・自民議員ら
解散総選挙 本当の争点は何か?
日本が当事者の外交安保問題 「北朝鮮 拉致問題の解決」「イランのホルムズ海峡封鎖危機」。
米・韓・中・ロが北朝鮮に支援しないよう日本は求めるべき。
選挙の争点は国民が決める。



番組サイトより
「スーパーニュースアンカー」 (KTV) http://www.ktv.co.jp/anchor/
ヤマヒロ氏の Podcast 「ヤマヒロのアナ Pod cafe」  http://ktv.jp/podcast/
関テレ・アナ 村西利恵さんのブログ  http://www.ktv.co.jp/ktv/ann/cafe/muranishi/index.html
青山氏のブログ「ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ」 http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july



「アンカー」放送翌日の木曜日に、「文字起こし」を公開されている方がいますので、お知らせしておきます。
  ↓
「ぼやきくっくり」さんのブログ http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/
「アンカー」文字起こし     http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid336.html



尚、この動画UP主の方は拡散を希望されているようですので、拡散しやすいように You Tube のURLも載せておきます。




「淡交 You Tube」の「再生リスト」にも入れておきました。
http://www.youtube.com/user/tankou2008
青山繁晴氏の情報は「淡交」非公開サイトをご覧下さい。
http://www.geocities.jp/tankou_2008/
青山氏の「命がけの発言」がより多くの人たちに伝わりますように・・・ワンクリック お願い致します。
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転載元転載元: 青山繁晴氏のファンサイト・淡交 ブログ

困った顔

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四水会講話「Uボートの鉄板」平成15年2月26日より引用。
 
(1)からの続き
 当時の新鋭艦艇には溶接多用艦艇が多く、事故にあった艦がたまたま殆ど全溶接艦艇だったため溶接にも事故原因の嫌疑がかかり、疑わしきは避けるべしとして、この事件後艦艇の溶接採用は大憎後退すべしという指令が翌年艦政本部から出された。羹に懲りて膾を吹くの類かも知れぬ. (小生見解は後述)

(3)艦艇改造と溶接制限時代
 海軍はこの2大不祥事件のあと全艦艇の強度を見直し、低重心化と船体縦強度補強の全面改造方針を出し工廠と造船会社は2、3年かけ、この改造工事に明け暮れた。

 軽快な艦艇建造責任者天才藤本喜久雄少将の失脚、藤本に反目する神様平賀譲中将の復帰で首をすげかえた。平賀はこの1936年の方針で帝國海軍艦艇にそれまでの天才藤本の造った軽快な高性能艦艇はなくなり、低重心化され船体補強されて台風には強いが重く運動性の悪い平凡で鈍重な艦艇に変貌した。

 ロンドンに訪れて市民から飢えたる狼と評されたような精悍な重巡は残念だが開戦当時ないことを知つていた国民は殆どいなかった。(我々の憧れた帝国海軍艦艇のイメージは昭和11年前のものである)
 
平賀譲
イメージ 2 艦政本部は1936年1月、第四艦隊事故調査結果を総括してそれまでの全溶接船体を一挙に大幅にリベット接合に戻す指令を出した。これには溶接嫌いな平賀の顔が見え隠れする。これにより船体の主要構造継手には溶接が禁止された。

これは先進世界の10年前のレベルに戻ったことになる。 これら船体構造の強化改造と溶接の縮減で艦艇の重量はさらに重くなった。

 このまま大東亜戦争に入ったので帝国海軍艦艇の運動性は敵米艦艇より劣ったと推定できる。またリベット継手であった我が艦艇の最大の弱点は至近弾のショックでリベットが緩みみ容易に漏水することであった。これは米艦艇に比し致命的な弱点だ。機雷、雷撃を受けるリベット潜水艦は特に不味い。この弱点による沈没が戦記にあまり記されていないのは分折する余裕までなかったせいだろう。

 さて多少専門的になって恐輻だが、一般にリベット継手の船は万一亀裂が外板とか甲板に伸展してもリベット継手で止まる性質があり、他方溶接継手は亀製が止まず伝播する傾向がある。この 溶接構造の欠点をカパーするのがねばい鋼(靭性のよい鋼、溶接性のよい鋼)の使用である。

 このように考えると平賀の勘、溶接は危ないからリベットに戻した判断は溶接性の劣る鋼材使用の帝国海軍艦艇にとって技術的には間達いとはいえない。

問題は構造の安全性向上は戦闘力かという海軍用兵側の判断が正しいかどうかだ.日本造船学会の百年史などによるとリベットに戻した平賀は正しかったという造船屋もいる。何故なら日本の艦艇に脆性破壊がなかったのはリベット艦だったからだという。

 台風に対し安全だが鈍重なのがいいか軽快で重武装だが耐波浪性にやや難があるのがいいかの判断の間題だ。用兵の立場は後者を優先するべきだろう。要は海戦で勝つのが目的だから、問題となった駆逐艦を改造する程度でよく、台風によって壊れる艦艇がどれほどの確率かだ。

 溶接からの全面撤退指令は如何なものか。

 羹に懲りた過剰反応と小生は思う。

 さらに辛口の評価だが、造船の神様まかせにして本来の軽快艦艇を鈍重艦艇に改造させたような愚から、当時帝囲海軍のトップの側近に有能な技術スタッフがおらず総合的判断力が欠けたか、下層の技術屋の声を聞く耳を持たないトップの独裁かいずれにして総合判断したリーダーシップがなかったのは誠に残念に思う。

 日本では、欧米のように専門家を集めた対等な立場のプロジェクトチ一ムで問
題解決に導くのが弱いのは昔も今も変わりがないように思う.(士、農、工、商の
上下関係の体質がプロジェクトチームの邪魔)

3-2 アメリカ
 アメリカは当初第二次世界大戦の連合国側だったが当初は参戦せず、欧州
に大量の戦略物資を海上輸送することとなり。その後の参戦で東南アジアヘ輸
送が増え続けたためアメリカは1940年建造開始の全溶接のリバティ型貨物
T-2タンカーなどの戦時標準船をさらに増産し続けた。これらは自動車工場
のような流れ作業の量産方式で短工期で生産するため新旧22造船所で対応し
た。
 
粗悪な鋼材と不適切な溶接工程によって
折損事故を起こしたスケネクタディー
イメージ 3 これら船標船は終戦までに累計約5,000隻という天文学的な数量が建造された。(ルーズベルトは太平洋をこの船でアメリカがらJAPまて橋架けよと叱咤、激励したのは有名)しかしこの素人集団が造った粗製乱造船は内約10%の約500隻が戦争によらず船体構造に脆性破壊を発生して壊れた。

 中にはには冬季岸壁係留中夜明方にいきなり大音響とともに船体が二つに
折れたものがあった。(図・4)内部応力による低温脆性破壊だったが、当時米と
いえどもこの脆性破壊の知識が皆無だった。(脆性破壊というのは鋼が低温で
脆くなり亀裂は1,500〜2,000m/sという高速で伝播し、瞬時に轟音とともに崩壊
にいたり恐ろしい)

米の事故調査委員会ではこの破壊の事故原因に動員された不熟練溶接工の
低技能、高い残留応力の内在などを挙げた。戦後3、4年経ってから脆性破壊
の研究が進みようやく鋼材の溶接性(溶接割れ感受性と鋼材のねぱさ、靱性)
が不良を主原因に挙げる始末だった。(リベット用の溶接性の悪い鋼材をそのま
ま使用したのが原因)

 しかしアメリカの事故調査委員会はこれだけの大事故を起こしながらこの事
故の技術者の責任を不問とし、この船が戦争を勝利こ導く貢献をした実績から
この戦標船建造のた大プロジェクトは大成功と賞賛した報告がある。日本とは
技術的責任、評価および対策がかなりに違うことに注目したい。

3-3 ドイツ
 ドイツ軍規格の溶接性高張力St52鋼材(引張強度52kg/m㎡、一般の構造用
鋼材の42Kg/mm2に比べ約1.5倍の強度材)の歴史は古く1930年頃に規格化
が始った。

 ドイツが高強度材を開発した狙いは省資源だ溶接の比較

(1)溶接性軟鋼という報告がある。省資源小国の自認からきたもので高い強度
の鋼を使えば鋼材使用量が減るからだ。

 この鋼材は高強度の上驚くべきことに開発当初から溶接割れ感受性の少な
い溶接用の鋼材を狙った特殊のものだ。

 溶接割れは溶接棒と溶接工の技量で防ぐべしとし鋼材に頓着しないのが当
時の世界の常識だったにもかかわらず、このような早期にこの画期的着眼をし
生産に実現した偉業については先に述べた。

 溶接割れの危険性を下げるには低C〔炭素〕量とし、このため強度不足になっ
た分の補償には有効な合金元素を投入することが溶接工学の基本だが、この
独がこのための元素SiとかCuおよびMnという、地球上で得やすくかつ安価なも
のを選んだんだことこも注目したい。SiとMnは脱酸元素のねばさを改善する効
果もあることは今では常識だが当時はなかったようだ。(脆性破壊防止に有効
な元素)

 アメリカとの比較をしてみよう。米ではこれよりかなり後だが1942、3年頃に、
艦艇用溶接性高張力鋼VANITY(Ni,V系で高価な溶接性高張力鋼材だが靱性
向上した溶接性鋼)を開発実用化した。金持ち国の開発だけのことはある。

 高価な元素NiとかVを使用して溶接性を向上した。

 50キロ級高張力鋼では独型・米型の両鋼材について溶接性を比較すれば両
者に優劣の差はないといえるが、安価な分だけ独が優位といえる。

 鉄は国家なりと称した時代に造船屋がお上の如き鉄屋を動かしたことは信じ
難いことだ。しかも溶接のまだ幼稚な時代に反対派もあっただろうが、これを乗
越して将来を見て実用化を推進したのだ。多分造船、機械の製造者、製鉄業
者等がリーダの海軍に協力プロジェクトチームを結成した筈だ。優れたリ一ダシ
ップのもと総合的研究・開発が推進されたに違いない。プロジェクトによる総合
力発揮が下手な日本人に参考になる。

 独の高張力鋼の強度の狙いが60キロというようなさらなる高強度材ではなく
ほどほどの強度て無理の少ない52キロを狙ったことはドイツ人らしく堅実で、憎
い限りだ。

 安価なSi-Mn系鋼で靭性が期持できる上限強度が52キロということも既に知
っていたのか、または偶然の結果なのかは分らないが大したものだ。

 彼等は、まずドイツ、ベルギ-など欧州の全溶接の橋梁に初期成分のSi-Cu系
St52鋼材を適用した。艦艇用のトライヤルだったのためではなかろうか。1936
〜1938年にかけ.これらの橋梁の幾つかに亀裂が入り、なかには大音響ととも
に3つに分折崩壊したトラス橋もあった。(図・5)全く予期せぬ大事故発生だった
が、彼等はこの事故でも溶接を諦めず、あくまで鋼材の改善と溶接の改善に向
って初志貫徹した。

 その後鋼材と溶接棒の改良は進み、最終的には適度の成分量バランスのSi
-Mn系を最良鋼として選び、この鋼材を1935、6年頃以降艦艇に使用したらし
い。当然これが潜水艦Uボートにも採用された。

 開戦前1941年当時の独駐在の海軍武官西島亮一は、艦政本部にSt52鋼材
の情報を伝え我が海軍でもこれを真似て開発すべきことを艦政本部に促した。
 第四艦隊事件のあと我が海軍はリベット多用に逆戻りしたが`潜水艦だけは
さすがに堪らずリベットでは無理として海軍造艦溶接派の一部は上層部に嘆願
しこれが認められた。

 1941年艦政本部の通牒によって呉工廠に溶接性高張力鋼開発プロジェクトを
立ち上げた。(造船屋小岩健、寺尾貞一と冶金屋堀田秀次、堀川一男の4人のチーム。開発の目的は居住区の緩和と生産性向上ということであった。呉海軍工廠製鋼部史料集成による)

 彼等は独、および米の艦艇用高張力鋼を試作してて比較研究した結果、独
のSt52を手本とすることになった。

 日本海軍がやっとインド洋に出撃する約束に小躍りして喜んだヒットラーはお
礼にUボート2隻を日本に送る約束をした。ミッドウェイで大半の艦艇を喪失した
後だけに我が海軍はインド洋出撃を澁ったがUボートの欲しい海軍はインド洋
出撃を約した。
 
ペナンを出港する呂500
イメージ 4インド洋の連合国の補給が帝國海軍の攻撃で破壊され、これで独がアフリカ作戦に勝利できるヒツトラーは読んだのだ。かくて独占領下のフランス基地を発した最初のUボート1隻が喜望峰を回り、1943年当時日木占領下であったマレーシァのペナン島に到着した。(このU-511は同年8月呉に到着し日本艦籍に組みこまれ呂号500、皐月一号なった。基準排水量1,137トンの中型潜水艦)この艦にこ3人の独の造船・溶接の専門家が乗り込んでおり、ベナンから彼等は空路来日した。

 内一人は独における造船・溶接の最高権威者Schumidt博士だった。彼呉工
廠の帝国海軍の高張力鋼プロジェクトチームに対して技術アドバイスをした。
Sl-Mn系にAlを微量入れることを彼が呉の研究所でチームに推奨した報告が
ある。

 現在の低温用鋼アルミキルド細粒鋼のはしりだ。見事な金属屋の勘(?)だろ
う。
(3)へ続く
 
 船舶の脆性破壊は、現在でも起こる事故です。詳細は、ブログ「ネトウヨにゅーす。」さんの記事( `ハ´)「最も高価、最高の技術で船作ったアルヨ」→折れて沈没」(いいタイミング壊れてくれた!w)をご覧ください!
 
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