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冷静に正確に着手したい
日中海戦のシミュレーション 2012.08.31(金)北村 淳:プロフィール (1)から続き
“人的資源優越性仮定”の危険性 軍事シミュレーションに際して、人的資源の優劣を判断するのは至難の業である。しかし、科学的なシミュレーション以外の場においては、願望的要素が強く入り込んで自国あるいは自分が勝たせたい側の人的資源の質を相手側より優れていると見なす傾向がある。
敵を罵倒するのは、これから戦う敵よりわが方が優れており、なんら恐るるに足りない、と味方を鼓舞するためには古今東西の戦場ではしばしば用いられる手法である。しかし、戦争や軍事衝突が始まる以前の段階で、冷静に彼我の戦略や置かれた状況を廟算する過程において、敵の人的要素(技能・士気・勇気・忠誠心・団結心など)を見くびってはならない。
例えば、第2次大戦初頭において、いまだにアメリカ海兵隊と戦闘したことのなかった帝国陸軍将兵は、「アメリカ海兵隊などというのは、弱兵のアメリカ陸軍よりももっと出来損いで、憶病者の集団に過ぎない。我が精鋭が発砲すれば、ひとたまりもなく逃げ去ってしまう」といった具合に馬鹿にしてかかっていた。
そのような評価(もちろん大げさな宣伝であることは承知の上であったのであろうが)の材料には、第1次大戦中にパリ郊外の「ベィロゥの森での激闘」などによってドイツ精鋭部隊に“ブルドッグ”と恐れられた精強で忠誠なアメリカ海兵隊員の情報は含まれていなかったし、日米開戦の10年以上も前から日本と戦わば島嶼を巡る攻防戦が避けられないと考えて水陸両用戦の戦術研究と猛訓練に明け暮れてきたアメリカ海兵隊に関する情報なども全く欠如していた。
結局、ガダルカナル島攻防戦を皮切りにアメリカ海兵隊に撃破された帝国陸軍・海軍島嶼守備隊は、70以上の島嶼防衛戦に全て敗北を喫してしまった。
似たような事例だが、第1次世界大戦勃発時には“大和魂”と同じようにフランス軍にも“elan”という自己優越思想がはびこっており「野蛮人のドイツ軍など鎧袖一触で撃破できる」と息巻いていたが、そう容易に事態は推移しなかったのである。
どのような分析がなされなければならないのか? “大和魂”にせよ“elan”にせよ、自民族の優越を信じたい気持ちは当然のことである。そして、ある程度の自民族優越意識すら全く欠如してしまうと、奴隷的国家に成り下がってしまいかねない。しかしながら、こと軍事的廟算段階での科学的分析にこの種の人的資源優劣の仮定を持ち込んではならない。その意味では、“日中海戦・2012年”は、前提条件自体が大きな問題を含んでいることになる。
上述したように、学術論文でも軍事論文でもないホルムズ博士のこの論文(エッセイ)には人的資質の優劣性仮定以外にも様々な問題点が含まれている。なんと言っても艦隊決戦だけを仮定しての議論は、いくら何でも無理やり過ぎる。百歩譲って艦隊決戦だけが勃発したとしても、「日中海戦・2012年」が想定しているのは水上艦艇による決戦であって、現代における海洋での軍事行動の死命を左右する航空戦力も潜水艦戦力も考慮されていない。これでは、あまりにも現実から乖離しすぎて何のための分析なのかが分からなくなってしまう。
結局、「日中海戦・2012年」は、(1)日本側の将兵の方が中国側よりも優れた資質を持っており、(2)自衛隊の装備の性能は中国軍を凌駕しており、(3)日本側の政治的・軍事的指導者(すなわち政府首脳部、民主党幹部、防衛省・自衛隊指導部)は素晴らしい戦争指導を展開するという3大前提の下に、人民解放軍と自衛隊から水上艦艇だけを抽出して衝突させた結果、日本が勝利を収めるという、初めから結果ありき、のシミュレーションに過ぎなくなってしまっている。
尖閣諸島問題絡みで日本大使公用車まで襲撃され日本国旗が奪われるという事態まで勃発してしまった以上、口先だけで「冷静に話し合い」「毅然とした態度で」とお題目を唱えている時期は過ぎ去っている。
政府首脳や外交・防衛当局に限らず幅広い分野における専門家たちは、「日中海戦・2012年」のような中立性に欠けたシミュレーションや願望を現実と混同したような感情的シナリオではなく、冷静に中国側の軍事的な出方をシミュレートして日本の外交・防衛戦略を即刻策定しなければ、竹島や北方領土のように現在日本が実効支配をしていない領土は永遠に我が手に取り戻すことはできなくなるし、かろうじて実効支配をしている尖閣諸島とその周辺の海域の主権をもぎ取られる日もそう遠くはなくなってしまうであろう。
アメリカ海軍と演習中の海上自衛隊ヘリコプター空母「ひゅうが」(手前がアメリカ海軍原子力潜水艦、次が「ひゅうが」、その奥がアメリカ海軍空母「ジョージワシントン」)(写真:アメリカ海軍)
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