ミッドウェー海戦研究所

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日本国防

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このまま葬り去ってはいけない、
震災から得た貴重な軍事的教訓
日本大震災は、もちろん戦争ではない。しかし、その被災者救援や被災地復旧活動には、国防組織である自衛隊が10万名体制という空前の規模で投入され、大いに活躍した。
 
 また、自衛隊・消防・警察をはじめとする日本固有の災害救援活動を援助するために国際社会から災害救援隊や軍隊などが派遣された。それら数多くの国際支援活動の中でも最大の規模であったのが、同盟国アメリカが1万8000名もの大軍を投入して実施した人道支援・災害救援活動(「トモダチ作戦」)であった。
 

大きな軍事的教訓を引き出せる災害救援部隊の活動

 1人でも多くの人命を救い、一刻も早く悲惨な被災地から被災者を安全な地域に移動させるために災害救援部隊が急行し、捜索救援活動を実施しなければならない「被災地域」を、大規模軍事攻撃を受けた場合の「戦災地域」、あるいは局所的(いわゆる離島など)な「被占領地域」と読み替えることにより、東日本大震災の被災地に対する自衛隊やアメリカ軍による人道支援・災害救援(HADR)活動から軍事的教訓を引き出すことが可能である。
 
 敵の軍事攻撃を受けて大損害を受けた戦災地域は、ある意味では大規模自然災害の被災地と類似している。現時点において、日本に対しては弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルによる攻撃が最も蓋然性が高いのであるが、自然災害と違い、戦災の場合、敵の攻撃が繰り返される恐れもあり、また敵が攻撃に放射性物質や化学兵器や生物兵器を使用している恐れもあるため、戦災被害者の救出保護に急行するのは軍隊が望ましい(ただし軍隊が十二分なCBRNE対処装備と訓練を積んでいるのが大前提である)。もちろん被占領地域から敵を駆逐したり撃破して住民を救出保護できるのは軍隊だけである。
 
 このように考えると、東日本大震災での空前絶後の広大な被災地における捜索救難活動ならびに避難被災者に対する支援活動からは、戦時における被攻撃地域や被占領地域に対する住民救出作戦ならびに占領地回復作戦にとって大きな軍事的教訓を引き出すことができる。というよりは、引き出さなければならない。
 

「海の活用」「CBRNE被害への対応」という課題

 東日本大震災から2年が経過したとはいえ、実際にトモダチ作戦に参加したり関与したアメリカ軍関係者たちの多くとは、トモダチ作戦や東日本大震災、そして福島第一原発事故などから学んだ教訓について、それも日本の国防システムにとって生かすべき教訓に関して話し合う機会が少なくない。それらの中でも、とりわけ筆者が話し合う機会の多い海軍・海兵隊関係者たちとの間で話題に上るのは、日本の国防政策における「海から陸へのアクセス」という発想、あるいはより幅広く「海の活用」といった構想が弱体である、という点である。
 
 例えば、次のような疑問をしばしば耳にする。
 
陸の孤島と化した孤立地点には海からのアクセスが
必要であった(写真:アメリカ空軍)
イメージ 1 「自衛隊の救援部隊には、海(洋上の揚陸艦などの軍艦)から、海(各種揚陸艇や水陸両用車輌)と空(各種ヘリコプターやオスプレイ等の航空機)を経由して陸にアクセスする水陸両用戦能力が全くと言ってよいほど欠落しており、内陸部から海岸線沿岸地域の被災地に到達せざるを得なかった。そのため、本格的な救援活動開始には長時日が必要となった。また、離島や孤島化した陸のスポットでの救援活動はアメリカ海兵隊が駆けつけるまで実施されなかった事例もある。日本独自の水陸両用戦能力構築に向けての具体的施策はどの程度進んでいるのか?」
 
 「海の活用」というのは、海を拠点にして実施される様々な軍事作戦やHADR活動を意味する。上記の水陸両用戦能力は、海から発進して陸上で行動する部隊(海兵隊あるいは海軍陸戦隊などと呼ばれる)の存在が前提となっているが、それだけに限らない。揚陸艦だけでなく洋上の各種軍艦からヘリコプターをはじめとする航空機によって陸地を偵察したり補給活動を行ったりする活動や、被災負傷者や戦傷者を洋上の病院船や本格的病院機能の備わった軍艦に収容して治療活動を行ったり、被災者を軍艦に収容して一時的な避難施設として利用したり、場合によっては航空母艦のような大容量発電能力が備わった軍艦から電力を失った沿岸地域に電力供給を実施したり、といった活動が実際に米軍などでは実施されている。
 
沖合の揚陸艦から海兵隊救援部隊を乗せて被災地に向かう
アメリカ海軍揚陸艇(写真:アメリカ海軍)
イメージ 2 この他にもしばしば話題となるのが、自衛隊にはアメリカ軍のCBRNE被害管理即応部隊のような放射能汚染攻撃に対処する本格的な戦闘能力が存在しなかったという点である(「CBRNE」とは、化学兵器・生物兵器・放射性物質兵器・核兵器・高性能爆薬を意味する)。
 
 よく耳にするのが、「強力なCBRNE被害管理即応部隊を保持していなかった自衛隊は、福島第一原発周辺の放射能汚染地域に急行して震災被災者を救出する活動はできず、それらの被災者を見殺しにせざるを得なかった。この教訓を生かすために日本でもCBRNE事案対処部隊の構築が必要だが、どの程度進んでいるのだろうか?」というような疑問である。
 
 これらのどちらかというとテクニカルな教訓に対しては、十分とは言えないながらも防衛省・自衛隊は関連装備の調達予算要求という形で、教訓を生かす努力をしている(例えば、水陸両用戦能力の調査研究費の計上や、水陸両用戦闘車輌の試験用車輌や揚陸艇、各種艦載ヘリコプターならびに救難用飛行艇などの調達費の計上など)。
 
 ただし、これらの教訓を具体的に生かすための主導権は、実動部隊ではなく政治にあるのがシビリアンコントロールの仕組みである。残念ながら「東日本大震災から得られた軍事的教訓を、現在、そして将来の日本の国防に生かす」といった戦略的思考が、日本の政治には欠乏しているため、防衛省・自衛隊によるこのような予算要求自体も慎ましやかなものにとどまっているようである。
 
 しかしながら、このような状況が続くと、日露戦争や第2次世界大戦後に軍事システムにおいて顕著であった「国家的危機から学ぶべき教訓を学ばずに忘れ去る」というこれまでのパターンが繰り返されてしまうかもしれない。
 

最悪の事態に備えよ

 空前の大災害であった東日本大震災が日本国民に、とりわけ政治家たちに与えた最大の軍事的教訓は「最悪の事態に備えよ」という鉄則である。とりわけ福島第一原子力発電所に関しての政府当局者や東京電力の会見では事故の引き金となった地震や津波に対して「予想をはるかに超えた」という表現がしばしば使われていたが、「最悪」の事態を想定していたとは言えない。
 
 それと同様に、シビリアンコントロールにおいて国防当局を統制する責務を負っている政治家は「最悪」の事態を想定して日本防衛態勢を整えてきたのであろうか?
 
 少なからぬ政治家には「外敵が日本を軍事攻撃した場合」といった事態を前提にした議論すら「非現実的で起こり得ない」とか「平和憲法の国にふさわしくない仮定」といった理由で、考えることを拒否する傾向すら存在する。
 
 そもそも国防というのはこういった「通常では起こり得ない」ような前提からスタートしなければならない性質のものであり、このような議論を経ないで整備されてきた国防システムは、このような前提の下に構築された本物の国防システムと比べると見かけ倒しと言わざるを得ない(もちろん国防準備にも限度というものがあり、軍事的合理性を欠く荒唐無稽の想定は除外される)。
 
 ところが、過去半世紀以上にわたって米国の「核の傘」だけでなくより幅広く「軍事の傘」が有効に機能してきたため、日本独自の適正な国防システムが存在しなくとも外敵による軍事攻撃を受けるような事態は生じてこなかった。
 
 だからといって、これからもアメリカの「軍事の傘」が有効に機能するという保証はない。大地震や巨大津波を目の当たりにし、多くの同胞の犠牲を身を以て経験した日本国民ならば、東日本大震災のように突然「予想を超えた」軍事攻撃に見舞われないと言い切ることはできないはずである。
 

 東日本大震災から2年を経過した今、われわれ日本国民とりわけ日本の政治家は「最悪の事態に備えよ」という東日本大震災が与えた最大の軍事的教訓を十二分に肝に銘じ、日本の国防システムが抱える問題点を改善していかなければ、多数の人命や財産をはじめとする計り知れない犠牲はもとより、災害救援・復旧活動に従事した多くの人々の努力も報われないことになってしまう。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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1銭も使わずに日本の防衛力を大幅増強する方法
いまこそ求められる「平時法制」の見直し
 
(1)からの続き
 
 最近の中国海軍の活発化に対し、自衛隊幹部は「中国艦艇に一定の距離で海上自衛隊艦艇が張り付く態勢」を敷いているという。また「こちらから挑発しない一方、付け入るスキを与えない万全の警戒監視を続けることが大切」とも強調する。
 
 自衛隊幹部の言うことは全く正しい。だが「万全の警戒監視」は領有権を守る「万全の態勢」ではないのも事実である。「一定の距離で張り付く態勢」も必要だが、状況が悪化した時、何もできないのでは意味はない。
 

海上保安庁の巡視船が攻撃されても手出しできない自衛隊

 危機管理の要諦は危機を防止することはもちろんであるが、危機が生じた場合はそれ以上事態を悪化させないことである。そのためには事態に応じ、きめ細かくシームレスに対応し、事態拡大の抑止を図っていく必要がある。
 
 仮に尖閣諸島周辺で海上保安庁の巡視船が中国海軍艦艇から攻撃を受けたとしよう。放置すればさらなる海保巡視船への攻撃を招くことになる。そうなれば尖閣周辺の海保は全滅し、領有権は中国に奪取されてしまう。
 
 ここは「一定の距離で張り付く」海自護衛艦の出番である。中国海軍艦艇の攻撃には海自護衛艦で対処しなければ海保巡視船を防護することはできない。
 
 だが現行法制度では「海上警備行動」が下令されない限り、海自艦艇は動くことはできない。海自艦艇は巡視船とは距離をおいているので(海保は海自の管理下にはない)、刑法36条(正当防衛)を適用することも難しい。
 
 至短時間に「海上警備行動」が下令されるかという政治上の問題点もある。だが、根本的な問題は海上警備行動が下令されていたとしても、許容されるのは警察権の行使であり、個別的自衛権の行使はできないことだ。
 
 従って巡視船が攻撃される前に防衛行動は取れないし、巡視船が沈められた後であれば撃退することもできない。
 
 現行法の解釈では、防衛出動が下令されない限り自衛権行使はできない。従って、事実上、海自護衛艦がそこにいても巡視船を防護することはできないのだ。
 
 では空から航空自衛隊は海保巡視船を守れるのか。結論から言うとこれもできない。根拠となる法令はない。航空自衛隊はミサイルや機銃で武装し、全国いつでも5分で上がれる待機をしている。
 
 だが、これは隊法84条の領空侵犯対処のためである。
 
 海保巡視船が攻撃されるとの情報を得たとしても、領空侵犯措置ではないからスクランブル機を上げることすらできない。たまたまスクランブルで上がっている戦闘機が上空にいたとしても、海保を援護射撃する根拠法令はないからパイロットは上空で切歯扼腕するのみだ。
 
 仮に「海上警備行動」を拡大解釈し、航空自衛隊に適用したとしても自衛権の行使はできないという先述の問題は残る。
 

自衛隊を縛るポジティブリスト方式

 諸外国の軍隊は、禁止されていることを除いて、状況に応じ任務が必要の都度付与でき、その任務達成に必要な武力が行使できる。いわゆる「ネガティブリスト方式」というものである。
 
 だが自衛隊の場合、法令に規定されている任務しかできない「ポジティブリスト方式」を採っている。
 
 ドイツのように「ポジティブリスト方式」の軍隊もある。だがその場合、あらゆる可能性を考慮した極めて精緻な法体系が組まれなければならない。
 
 だが自衛隊の場合、「ポジティブリスト方式」を採りながらも、冷戦後の複雑な状況に対応するには「穴だらけ」なのである。時代の要請に法制度が追随できていないと言っていい。
 
 領土主権を守るため、陸海空自衛隊が海保、警察と協力してシームレスに活動できるようにと「領域警備法」の制定が叫ばれるのもこういう理由がある。ただし、領域警備法ができても、平時であれば個別的自衛権が行使できない問題は依然変わらない。
 
 北朝鮮の弾道ミサイル対処の時も同様な問題が生起した。海上自衛隊イージス艦が対処のため公海上に進出して警戒に入った。
 
 イージス艦は弾道ミサイル対応モードにレーダーを切り替えると、接近する航空機を発見する能力は低下する。そのため航空自衛隊は戦闘機を上げてイージス艦上空を警戒し援護することが必要となる。
 
 諸外国の軍隊であれば、「イージス艦を空から援護せよ」と命令するだけでいい。自衛隊の場合、このためにはどの法律を適用すればいいかを考えることから始めなければならない。
 
 対象がイージス艦の場合、海保の巡視船と違って自衛隊法95条「武器等防護」が適用できるかもしれない。だが、そのためにといってスクランブル機を上げるわけにはいかない。いずれにしろ六法全書を片手に作戦するような軍隊は必ず負ける。
 
 1998年のテポドン騒動の時、実際にそれは起こった。日本海に進出している米海軍のイージス艦に対し、ロシアの偵察機が大挙して接近してきた。ロシアにとってはイージス艦に関する情報収集のまたとないチャンスであり当然の行動である。
 
 この時、米軍から航空自衛隊に対し上空警戒の要請があったらしい。だが、防衛省は適用する法律条文探しから始まり、しかも集団的自衛権行使にも抵触する可能性もあり、法律論議で遅疑逡巡していたという。
 

万が一攻撃を受けたあとのヒステリックな反応も心配

 そのうちに米軍は痺れを切らし、三沢の米空軍F16を離陸させて自前で警戒したという。情けない話だが、これが現実の姿である。
 
 尖閣諸島に対する対中国の動きに対しては、筆者はこれまで日米同盟に頼らずとも、自衛隊単独でもこれを阻止できるといろいろなところで主張してきた。これには、政府が自衛隊に対し適時適切に任務を付与し、権限を与えるという前提がある。
 
 日本のことだから、仮に海保が撃沈され、尊い血が流されるような事態にもなれば、たちまち「自衛隊は何をやっている」と狂騒状態になり、政府もあわてて「自衛権行使」の容認、「ネガティブリスト」採用など、なし崩し的に解釈変更に動き、挙句の果てには現場に丸投げされる可能性はある。だがこういった状況は法治国家としては決してふさわしくない。
 
 戦前は「統帥権」という魔物によって、政府は軍をコントロールできなかった。現在は「軍事からの逃避」によって「シビリアン・アンコントロール」になっている。
 
 法制が不備なまま、仮に事態が発生すれば、対処に困るのは現場であり、失うのは国益である。普段から現場に実情を聞き、綿密な検討を加えて法制を整えておく必要がある。
 
 自衛隊発足の際、「軍からの安全」を重視して自衛隊法は策定された。旧軍が暴走したトラウマも手伝ってか、行動を幾重にも縛った法体系になっている。平時、有事の区別がシンプルな冷戦時代はそれでも問題は顕在化しなかった。
 
 だが、現代は何が起きても不思議ではないグレーな時代である。予想される多様な事態に対し、軍をきめ細かくコントロールして事態の拡大を防止するという「軍による安全」の発想が求められる時代なのだ。
 
 自衛隊に毎年5兆円近くかけながら、雁字搦めに縛って動けないようにしているのは論理矛盾以外の何物でもない。自衛隊は「縛る」のではなく、政治の判断で自信を持って「コントロール」すべきものである。
 
 戦後の怠慢のツケは今限界にきている。日本国家・国民の安全を確保し、主権を守り、独立を維持するための安全保障法制の見直しは喫緊の課題である。これは意思さえあれば明日にでもできる。一銭も防衛費を増額することなく防衛力を強化できるのだ。
 

 北朝鮮の3回目の核実験実施を受け、敵基地攻撃能力の保有について検討をすべきとの報道があった。それも結構だが、保有を決めても実現は4〜5年先の話だ。明日にでも必要となるのは、今そこにある危機に対応できる安全保障法制、つまり「平時法制」の整備なのである。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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1銭も使わずに日本の防衛力を大幅増強する方法
いまこそ求められる「平時法制」の見直し
朝鮮は3月5日、朝鮮戦争の休戦協定を全面的に白紙化すると表明した。6日、北朝鮮労働党の機関紙、労働新聞は「米国が核兵器を振り回せば、我々は精密な核攻撃でソウルのみならずワシントンまで火の海にする」との軍幹部の発言を伝えた。8日には祖国平和統一委員会が「北南間の不可侵に関するすべての合意書を全面破棄する」との声明を出した。
 

金正恩初の瀬戸際外交

 またもや「瀬戸際外交」かと、溜息の一つも出そうだが、今回は要注意だ。経験の浅い金正恩が独裁者になって行う本格的な「瀬戸際外交」はこれが初めてである。
 
 「瀬戸際外交」には空手で言う「寸止め」が利かねばならない。政権基盤もいまだ固まっていない若い未熟な独裁者では「寸止め」に失敗することも十分にあり得る。いずれにしろ我が国の安全保障に暗い影を投げかけている。
 
 日本はえてして尻に火が点かなければ、なかなか動こうとしないが、この機に安全保障法制を総点検することを求めたい。
 
 朝鮮半島でことが起きると、米軍がまず実施するのがNEO(Non Combatant Operation)である。韓国に在住する22万人に及ぶ米国人の救出作戦である。
 
 我が国も3万人の在韓邦人をどう救出するかという切実な問題がある。国会で議論中の古くて新しい「邦人救出」問題であるが、この件は以前述べたのでここではあえて触れない。(「テロ多発の独裁政権末期、北朝鮮に備えよ」2010.7.20参照)
 
 米国は軍用機はもちろん、チャーター機、民間航空機など総力を挙げて至短時間に朝鮮半島から米国人を脱出させる計画を立てている。第1避難地は日本になっているので、日本と韓国との間をピストン輸送する形となろう。
 
 東日本大震災の際にも、放射能被害から逃れるため、関東一円の米軍人家族をハワイ以東に避難させた。在日米軍基地から婦女子があっという間に人っ子一人いなくなったことはあまり知られていない。
 
 日本海には婦女子を乗せたピストン輸送の航空機が数珠つなぎになっているのを航空自衛隊のレーダーでも確認できることだろう。
 
 朝鮮半島有事になれば当然、自衛隊も警戒態勢を上げる。日本海にミサイルを搭載した航空自衛隊のF15戦闘機が対領空侵犯態勢強化のため、空中哨戒を続けているに違いない。当然、F15のレーダーには数珠つなぎになったNEOの航空機が捉えられているはずだ。
 
 その時、F15のパイロットが米婦女子の搭乗する輸送機の後方に接近する北朝鮮のMIG-29を発見したとしよう。近くにいる航空自衛隊F15が当然、MIG-29を撃墜して輸送機を援護してくれると米国人は思っているに違いない。
 
http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20081214/3613128.jpgMIG-29戦闘機(写真はインド空軍のもの)〔AFPBB News
 
 同盟国日本のF15であるし、ミサイルも搭載している。パイロットの技量もはるかに北朝鮮空軍を凌いでいる。MIG-29を撃墜するのは赤子の手を捻るようなものだ。
 
 結論から言おう。今の法制下では空自パイロットはMIG-29を撃墜することはできない。
 
 2つ理由がある。1つは撃墜する法的根拠がないこと。2つ目は禁じられている集団的自衛権の行使に抵触するからだ。
 
 切迫した状況の報告を受けた地上の司令官も「撃墜せよ」とは命令できない。命令すれば違法命令となる。
 

米国民間人を守った自衛隊のパイロットが裁判で弾劾される

 仮に刑法37条の「緊急避難」という違法性阻却事由を当てはめ、パイロット個人の判断で撃墜したとしよう。パイロットは着陸後、そのまま警察に拘束され裁判にかけられる。結果的には無罪となるかもしれないが、長い裁判が終わるまで休職処分が下され、家族を含め犠牲は大きい。
 
 このケースが厄介なのは、援護の対象が公海上空を飛行する米軍用機ということだ。まさに禁じられている集団的自衛権行使にも抵触する。パイロットは国のためよかれと思って撃墜しても、結果的には二重に掟を破ることになる。
 
 またぞろ「自衛官の独走」「シビリアンコントロールの逸脱」と朝野を挙げて大騒ぎとなることは間違いない。
 
 他方、根拠がないからといって、そのまま婦女子が撃墜されるのを、手をこまぬいて見ていたとしたらどうだろう。間違いなくその瞬間に日米同盟は崩壊する。進むも地獄、退くも地獄、筆者が現役パイロットだった頃、最も怖れていた地獄のシナリオである。
 
 これは決して荒唐無稽なシナリオではない。明日にでも起きる可能性がある。もし不幸にも予想が的中した時、政府は再び「想定外でした」とでも言うつもりだろうか。
 
 現役時代、幾度か有力政治家にこのシナリオを話し、法整備を訴えたことがある。いずれも「それは困りますなあ」で終わった。暗に現場パイロットの愛国心、使命感(つまり個人が犠牲になってでも禁を犯して撃墜する)に期待している節があったのを記憶している。
 
 国家の存亡にも関わるこんな重大な局面を、現場の自衛官の判断に任せていていいはずがない。まして自衛官個人の犠牲的精神に依存するような政治は、もはや政治とは言えない。
 
 だがこれが現状であり、これこそ「シビリアン・アンコントロール」なのだ。
 
 安倍晋三内閣はこのほど、集団的自衛権行使容認に向け、第1次安倍内閣で設けられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を再招集した。この懇談会では以下の4類型について法的整理をして集団的自衛権行使を容認する方向である。
 
(1)公海における米艦の防護
(2)米国に向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃
(3)国際的な平和活動における武器使用(いわゆる「駆けつけ警護」)
(4)同じ国連PKO等に参加している他国の活動に対する後方支援
 

絶妙のタイミングで日米同盟崩壊を待つ中国

http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20120724/9288460.jpg南沙諸島に中国軍が建設したレーダー〔AFPBB News
 
 この4類型は代表的な事例であり、これが認められれば大きな進歩である。だがこの類型に属さない上記のような事例がほかにも多々ある。事態は多種多様であり、一つひとつの事例ごとに容認するのは決して現実的ではない。
 
 何らかの歯止めをかけたうえで包括的に集団的自衛権行使を容認するのが望ましい。だが、問題の行き着くところは憲法だろう。
 
 憲法改正を待つのは百年河清を俟つに等しい。だからといって河清を待てるほど、時代は悠長なことを許してくれない。だとしたら、次善の策として最も起こりう得る事例ごと、政治が容認していくしか日本の生きる道はない。
 
 日米同盟なくして日本の安全保障は成り立たないのは、残念であるが事実である。昨年の9月以降、尖閣周辺で中国の挑戦的活動が続く。
 
 南シナ海ではベトナムやフィリピンに対して、中国は軍事力を行使して領有権を奪取した。尖閣で中国が控えめなのは自衛隊の実力と共に日米同盟が大きな役割を果たしているのは確かである。
 
 中国の某高官は「中国にとって最良の日米同盟は絶妙の瞬間に崩壊することだ」と発言した。上記事例のように「絶妙の瞬間に崩壊」しないよう、リアリズムを追求した検討が望まれる。
 
 日米同盟緊密化のため、集団的自衛権行使容認の解釈変更がなされることを是とした時、次なる問題点が生じる。集団的自衛権が行使できるのに、個別的自衛権が行使できないとは明らかに論理矛盾という問題だ。
 
 平時において(防衛出動が下令されていない状況)、自衛隊は個別的自衛権さえも行使できない現状を知る人は意外に少ない。政治家でも大多数が知らないのではないか。今、本当に必要なのは「有事法制」ではなく「平時法制」の見直しである。
 

 尖閣諸島の事例で説明しよう。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
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羊頭狗肉の自民党国土強靭化法案
防衛の視点抜きではコンクリート行政の再来でしかない
 
(1)からの続き
 

国土強靭化の基底は防衛に置くべし

 とは言うものの、昭和36(1961)年の第2次防衛力整備計画策定時は、「国民の防衛意識の高揚、基地対策、関係諸法令の整備、冷戦対策の推進、防衛産業の育成等に関する施策に努め、必要物資の備蓄、道路の整備、その他の運輸、通信、建設、教育、科学技術の諸計画に国防上の配慮を加えるとともに、全国的規模における民間協力の組織について検討を行うものとする」という合意事項が、国防会議を構成する大臣の間で成立している。
 
 続く昭和42(1967)年の第3次防衛力整備計画の決定時も「運輸、通信、文教、衛生等の諸施策に防衛上の配慮を加える」趣旨の閣議決定を行っている。ただし、この時点ではなぜか不公表扱いとされ、現実には忘却された施策になっていくことになる。
 
 かつてソ連健在時の日本は北方重視戦略を取っていたが、北方管内で戦車などの重量物が通過できる鉄橋や橋梁などはごくわずかしかなく、35トンの61式戦車の通行に堪える橋梁は数十%とさえ言われていた。
 
 本気で専守防衛が可能と考えていたのだろうか。吉田ドクトリンに基づく米軍依存であったことは紛れもない。
 
 それでも、当時の日本は東西冷戦の西側陣営という大きな網に蔽われ、その中でさらに日米同盟というしっかりした態勢に支えられるという2重の防護壁で覆われていた。米国の超絶的な総合力は無言の威圧を感じさせ、拡大抑止力が十分に機能した。日本の安全は精神的にも物理的にも確保されていた。
 
 当時、北方で防衛の責任を持つ自衛隊高級幹部たちが、ただでさえ狭い演習場内に一般道路を造るな、河川敷や防波堤には防衛的視点を持って工事をしてほしいと申し込んでも、ほとんど無視され続けた。
 
 その後の日本は、国土開発が一段と進み、人里から離れた山奥に造られていた弾薬庫の近くまで開発され、民家が立ち並び、防衛施設からの安全距離がなくなり、狭小化されたり追い出される状況さえ出てきたりしている。
 
 今や場面は西日本に移動した。国際社会の批判をものともせずに北朝鮮は核開発とミサイル発射実験を繰り返し、中国は衛星破壊実験やICBM、SLBMの開発配備を急いでいる。いずれも米本土に届く核ミサイルを開発する意志の表れであり、日米離間の戦略であることは言を俟たない。
 
 中朝は日米同盟を機能させない工夫と能力への真剣な努力をしているのである。両国は米国のアジアへの介入を拒否する能力の確保に鎬を削っている。米国もかつてのような超絶的な力はなく、日本が自らを守る姿勢を示さなければ日米相互安全保障条約は機能しないと公言するまでになってきた。
 
 当然のことながら、日本は自分で自国を守る以外にないのである。国民の多くは気づき始めたが、残念ながら政府・自民党の国土強靭化法案の理念にも施策にもそのことが反映されているとは言えない。
 

法案の早急な見直しが必要

 国家にとって大きな問題は戦争であることは言うまでもないが、戦争に至らない事象も尖閣諸島沖中国魚船衝突事案で見たように、威圧的な暴力行為を日本にもたらすこと必定である。しかも、その意志は相手が一方的に有し、その意志に影響を及ぼし得るのは我が国の意志であり能力であり体・態勢である。
 
 周辺国の軍事的な「能力」と指導部や政府・軍高官等の発する言葉からくみ取れる「意志」、さらには日常的に繰り返される覇権主義的な「行動」から、我が国は専守防衛を実現可能にする、より実際的な施策が不可欠になってきたのではないだろうか。そのためには、国土強靱化は国家防衛の問題であるという認識が必要であると思料するがいかがであろうか。
 
 国家防衛には国家の総合力が必要である。国家の施策ばかりではなく、地方自治体、最終的には各戸の安全確保や連絡手段の問題までも包含する広範なものである。
 
 そうしたことに役立つ「強靭な社会基盤の整備」や「エネルギーの安定供給」「物資等の供給の確保」などは、何も大規模災害発生時でなくても、大いに推進すべきであるし、今や中朝の軍事力増大で、日常的に大きな影響を受けつつある現状である。
 
 こうした視点から見た場合、基本理念とそれに基づく基本的施策も抜本的な再考が必要であろう。
 
 国土強靱化法案では、国土強靭化施策を推進する「国土強靭化戦略本部」や「国土強靭化国民運動本部(国及び都道府県・市町村)」のほか、「緊急事態対処、国土政策、経済政策、科学技術政策を担う組織の在り方に関する検討→これらの組織については、検討結果に基づき、別途、設置法を制定」としている。
 
 しかし、国家の防衛は総合的な施策の中で初期の段階から考えなければならないもので、別途考えるというのは体のよい言い逃れでしかない。
 
 いったん動き出した建設や補修整備などは、止められない。着工する前の理念や基本計画・基本的施策の各所にしっかり食いこませなければ実現できる体のものではない。高速道路が建設され始めてから半世紀以上が過ぎ、また処々のトンネルにも多くの欠陥が見られるようになってきた。
 
 新たに用地を確保するよりもはるかに安上がりで済む補修では、ぜひとも軍事的視点、すなわち有事・非常時には要所要所がヘリポートや滑走路として運用できるように改修することが必要である。
 
 東北自動車道でそうした考慮が払われていたならば、被災地外からの支援機やヘリで迅速な物資の集積・配送が点と点を結ぶ形で可能となり、さらに多くの人命が救助できたであろうことは疑いない。
 
 民主党政権のだらしなさが復旧・復興を遅れさせたことは確かである。今はそれを指摘非難するだけでなく、過去の道路建設で大きな力を発揮してきた自党の政治行政を反省し、ニュー自民党はその過ちを根本から正さなければ同じ愚を繰り返すことになる。
 
 大型補正予算は成立し、25年度本予算と連続で15カ月予算とも言われているが、そうであればこそ、基本となる国土強靱化法案の理念の早急の見直しが必要である。
 

あとがき

 政府の年末からの動きを見ても、「列島耐震化で景気刺激」(「産経新聞」1月1日)などのように、高速道路や住宅などの耐震化ばかりが声高に叫ばれ、防衛視点が蔑ろにされている。
 
 言うまでもなく巨大地震の生起確立が高まっており、中国さらにはインドの経済発展に伴いエネルギーも逼迫が予測されている。同時に隣国の国内危機は牙を日本に向ける危険性が高く、核の恫喝が行われる蓋然性も高い。
 
 災害対処とエネルギー確保、並びに安全保障は、同時且つ喫緊の問題である。被災者住宅や公共施設の整備では、耐震性の向上は言うまでもないが、自然エネルギー確保を国家として義務付け、その為の予算を補正に組み込むべきではないか。
 

 また、コンクリートを単に厚くするような従来型災害対策の厚化粧ではなく軍事的な脅威も高まっている折でもあり、核シェルターの整備や高速道路のヘリポートや飛行場としての活用など、発想を抜本的に転換する必要があるのではないか。そうした観点から、国土強靱化法案の見直しが早急に必要であろう。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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羊頭狗肉の自民党国土強靭化法案
防衛の視点抜きではコンクリート行政の再来でしかない
民党は平成24(2012)年6月1日付で国土強靭化基本法案を練り上げていた。東日本大震災の甚大な被害を直視し、政権奪取後の政策目標にもしてきたが、政権を取り戻した現在はその具体化を目指している。
 
 しかし、マスコミ報道は「国土強靭化=被災地復興+耐震性公共事業」というような見方が多い。『文芸春秋』2013年2月号の「安倍新内閣 日本政治の復権はあるか」でも、識者たちは強靭化を災害復興としか見ていないように見受ける。
 
 政権を民主党に渡す前の自民党とは全く変わった「ニュー自民党」を選挙期間中も訴え続け、生まれ変わった自民党が提案した強靭化ということであるが、私見ではそのようには見えない。
 

ニュー自民党に求められる視点

 エネルギー危機が騒がれた1975年、筆者は米国メリーランド州にいて、自動車の給油が隔日に制限され、多くの旅行計画を断念せざるを得なかった。
 
 北東部ニューハンプシャー州の友人を訪ねたとき、家には10キロワットの非常用発電機が設置され、地下には半頭の大きさもあろうかという牛肉が保存されていた光景を今でもありありと思い浮かべる。
 
 トルネードや降雪災害などで、家から一歩も出られないこともしばしばのようであるが、そのつど発電機が稼働し、保存食が有効に機能していると最近のメールでも知らせてくれる。
 
 東日本大震災における甚大な被害が国土強靭化法案を生み出させた原動力であったことは言うまでもない。だからと言うべきかもしれないが、大規模災害に関心が行き過ぎた施策はコンクリートの厚化粧でしかなく、法案の内容を見る限りどこにもニュー自民党は窺えない。
 
 もちろん、「国土強靭化の基本理念」や、その具体化である「国土強靭化基本計画等」および「国土強靭化に関する基本的施策」からもいい香りは匂ってこない。
 
 基本的施策として12項目が列挙されているが、そのうちの7項目が「大規模災害発生時の」対策になっている。大震災が編み出させた国土強靭化であろうが、大規模災害を念頭に置きつつも、そこから垣間見えた国家の在り方、憲法からスタートする法体系などソフト面にも焦点を合わせることが必要であろう。
 
 そうした面が欠落しているように思うが、小論では法体系までは拡大し過ぎなので、ここではあくまでもハード面に限定して述べる。
 
 その第1は原発事故から直接的に起きたエネルギー問題であり、第2は同時に派生した放射能の問題がある。
 
 化石エネルギーは中国の莫大なエネルギー需要の高まりで逼迫すること必定であり、補填すべきエネルギーの大部を原子力に依存しようとしていた矢先の事故から、今後は否応なく再生可能なエネルギーの確保が重要な問題として認識されるようになった。
 
 大被害を被った東北の復興は政権交代で加速しているが、大きな視点から効率は悪いが太陽エネルギーなどの再生可能なエネルギーを少しでも自給できる態勢に国家が先頭に立つべきではないだろうか。
 
 そうすることによって、技術開発も促進され、国の補助も有効に活用されるシステムづくりになるのではないだろうか。
 
 効率が悪いからと言って、しり込みしていては何事も進展しない。新築住宅や工場、公共施設の建設などに当たっては大いに設置活用すべきだと思量する。
 
 この際、第2点として原発事故から派生する放射能対応が必要であることが分かったが、安全保障・防衛の視点からも中国および北朝鮮の核ミサイルの開発状況などから見て、放射能をはじめとする大量破壊兵器(WMD:Weapon of Mass Destruction、核・放射能兵器、生物兵器及び化学兵器の総称)への備えを同時に行うことが国土強靭化への第一歩でなければならない。
 
 すなわち核シェルターの設置であるが、この点は完全に欠落している。
 

防衛の視点が抜け落ちた道路

 第3の視点として、高速道路の問題がある。東日本大震災では東北自動車道はほとんど無傷であったが、そこへのアプローチである一般道路の損壊が甚大で、結局被災者、被災地への有効活用ができなかった。
 
 その後に出された復興構想会議の計画でも、高速道路の活用についての提言で目新しいことは何も書かれていない。
 
 古来、道路は軍事力の迅速な移動のために造られてきた。「すべての道はローマに通ず」の道、すなわち道路は単なる流通・通商や交流のみの場ではなく、ローマ帝国が全土に張り巡らせた軍用道路のことで、危急の場合は帝国軍隊が緊急展開するために造られた石畳の舗装道路のことであった(樋口恒晴著『幻の防衛道路』、以下同)という。
 
 その後の道路整備は、古今東西、軍事的配慮を加味して行われるものであった。日本でも、西暦927年(延長5年)に奏上された行政法の施行規則「延喜式」では官道に関する「諸國驛傅馬」条は兵部省関係の規定に含まれていた。すなわち軍事の視点から、道路行政が行われてきたのである。
 
 戦前の旧道路法(大正8年制定、最終改定昭和24年)でも
 
第十条 国道ノ路線ハ左ノ路線ニ就キ主務大臣之ヲ認定ス
一 東京市ヨリ神宮、府県庁所在地、師団司令部所在地、鎮守府所在地又ハ枢要ノ開港ニ達スル道路
二 主トシテ軍事ノ目的ヲ有スル路線
 
 となっており、師団司令部および鎮守府所在地に通ずる道路はもちろんのこと、軍事の目的で啓開される路線にさえ主務大臣が認可に関わっていたのである。
 
 今日でも先進諸外国ではむしろ当然のごとく、国土開発においては産業振興や民生向上と同時(あるいは以前)に、軍事的考慮も入れた計画を策定している。しかし、今の日本は「三自衛隊を作っているだけで、国土そのものの抗堪性を強化することは考えていない」わけで、「ビル一つ、道路一本造るにも防衛という基本的な発想を踏まえてはいない」と言われる。
 
 日本が主権を回復(昭和27年4月28日)する直前の4月17日、田中角栄氏ら衆議院議員3人が新憲法下の「民主改革」の一環として新しい道路法案を議員立法で提出した。それは「中央集権的・軍事的色彩を排して、民主的道路管理を指向する」という観点から、大正8年の「道路法」の改正でなく新規立法であることを強調するためであった。
 
 これを受けた建設省は「旧道路法は(中略)師団司令部等の同法に規定する重要地点に到達する個々の放射線状道路の集合体と考えられ、中央集権的・軍事的色彩が濃厚であったが、新道路法は、我が国の政治・経済・文化における国道の重要性を勘案した上で有機的な幹線道路網の確立という見地から路線を決定することにした」と述べる。
 
 共産党が防衛道路に強く反対していたこともあり、衆院建設委で田中代議士は「師団司令部と師団司令部をつなぐ道路を国道となすというのが、現行憲法の下では非常に不届きである、こういう考えから新法を立案したわけでございます」と述べている。
 
 また数日後の参院建設委では「新憲法に沿うように、而も新しい経済的、文化的、政治的な重要地点を縦貫連結する道路ということでありますので、空港というと一般的空港及び重要都市を指しておるわけでありまして、軍の純然たる軍事目的に使用される飛行場を重要飛行場として指定する意思は毛頭ありません」と答弁している。
 

 こうした防衛の視点を敢えて抜いて、国土開発は推進されたのである。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
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