ミッドウェー海戦研究所

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日本国防

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ポピュリズムでは生きていけない現実世界
日本を普通の国に脱皮させよう
 
(1)からの続き
 
 しかし一度衣を脱ぎ捨てて正体を露わにした危険な国家の状況は益々その強度を増して、今後いかなる不測の事態が生起するか予断を許さない。
 
 この不測の事態が生起しないことを日本人のすべてが念じているであろうが、いくら念じていても解決にはならない。やはり、国益を侵害する事態に対してそれを独力で排除する毅然とした意志と能力の保持は独立国家としては必要不可欠であり最低限の権利である。
 
 もちろん、同盟国の協力・支援がなければその目的の達成が非常に困難であることは自明であるが、まず一義的には我が国独自での必死の努力がなければ有効に外敵を排除できるわけがない。
 
 一方、日本国に十分な備えを構築するまで外敵が待っているはずはなく、日本の最も困難な時期に彼にとって最適な場所を選定し、最も有効な手段を投じて襲いかかってくることは戦略上の“いろは”である。
 
 幸いにも日本は全周囲が海洋に囲まれているため、我が国に致命傷を負わせるほどの侵攻は陸の国境線を越えるほど容易ではない。さらに幸いなことは国民の多くに支持された新船長が日本丸の舵取りをして下さることになった現実である。
 
 日本国の平和と独立を守る屈強な自衛官といえども人の子である。自衛隊最高指揮官と国民が信頼してくれていることを肌身に感じれば、自衛隊員の志気は嫌が上にも高揚するであろう。今後の課題は日本国として彼の侵攻を排除できる有効な装備・人員の配備と継戦能力の増強であり、専門的知識と経験を積んだ自衛官の意見を十分に踏まえたうえでの対策が必要である。
 

教育問題

 国家にとってと言うか人類社会にとってと言うべきかもしれないが、最高の宝物は有能な人材であると思う。この宝物は一朝一夕には得ることができないし、至宝といえども一定の時間が経過すれば実にもったいないと思ってもこの世から消滅してしまう。
 
 住み心地の良い社会を創造する根元はお金でも権力でも武力でもない、有能な人材がその力を存分に発揮すれば住み心地の良い世の中を創造する原動力になると思う。
 
 しかし、現実の世の中はその理想が実現するほど容易ではない。それは、有能な素地を持った人材が現出したとして有用な案を行動に移行するにもいろいろな価値観や教養の違う人たちとの交流や軋轢など人間的な鬩ぎ合いの中で消耗・減衰し十分にその力が発揮できないことが多いからだと思う。
 
 ところが、偉人伝を少しひもとくと、いろいろな障害を乗り越えて自分が正しいと信じることを生涯貫徹した結果、素晴らしい業績を残している人にはすべてに共通する鉄則があり後世の人が学ぶべき本質がここに蓄えられている。
 
 この偉人と言われる人たちもまた全く手引きもなく一足飛びに偉業を成し遂げる能力を備えたのではない。彼には必ず「座右の銘」に相当するスタンダードがあり、それと見比べて自分の身の回りを正確に捉え・考察判断して信念と言える哲学を形成したと思う。
 
“士は窮しても義を失わず、達しても道を離れず”(孟子)
 
 すなわち、偉人と言われる人は総じて幼少期から成人に至る厳しい修行でスタンダードを身につけ、成人になってからスタンダードに応用を利かせ「縦横無尽」に活躍する人材に成長した。このスタンダードを身につけるプロセスこそ教育の神髄であろう。
 
 そのスタンダードは、時代や場所によっても不変のものでなくてはならず、手心が加えられた「偽造品」であってはならない。少し横道にそれるが、近隣の問題国家では捏造した歴史を記載した国定教科書が使われていると聞くが、このような教育が行われているとすれば、歴史のみならず科学技術に至るまで、スタンダードとしての教育に疑問符が打たれ、宝のような人材が養成されるわけがないし、社会が明るくなるはずがない。
 
 戦後の日本でも史実を歪曲した一部教科書が幅を利かしてきたが、明確な根拠に基づいた(善悪があっても事実は事実として)正確な記述を肥(こやし)としなければ砂上の楼閣同様、信念や確信を保持する立派な人材を育成することはできない。
 
 また、日本の戦後教育の大きな欠陥は我々の祖先に立派な業績を残した“偉人伝”を意図的にと思えるほど排除されていることである。幸い日本では江戸時代から寺子屋が栄え、一般庶民にも教育が施されて驚くほど知識欲が旺盛で識字率が高かったと言われる。
 
 そして、明治・大正を経過して終戦まで“生活は貧しくも”国民ほとんどが高度な教養を持つと言う点で世界の一流国家であったと言えるのではないか。これらはすべて国家挙げての教育の成果と言えよう。
 
 阪神・淡路大震災、東日本大震災という2回もの近年未曾有の大災害の場面において、多くの日本人に受け継がれてきたスタンダード(教養)が野蛮な欲望を抑えて助け合い、社会を混乱させる暴動が生起しなかったことで世界中が驚嘆する日本の姿を示した。
 
 しかし一方で、近年これまであまり聞いたことがない不祥事や凶暴な犯罪も多発するようになって、教育に幾多の問題点があるとする意見が聞かれる。これら事案の被害者となった関係者の痛みはもちろん計り知れないが、犯罪者となった本人にとっても人間としての「スタンダード」がいま少し備わっていれば、あるいは平凡で幸せな生涯を全うできたであろうに、双方にとって非常に不幸なことである。
 
 また、最近大きく騒がれているように虐めや暴力行為が教育現場で多発していると言う。これらすべては「人はお互いの人格を尊重しなければならない」というスタンダードを持ち合わせていないことによるが、その基礎を教えるべき肝心の教育現場に欠如がある現実が大問題であろう。
 
“愛は愛を育て、憎しみは憎しみを育てる”(カーライル)
 
 戦後の日本における教育現場では国語・算数・理科・社会・英語などの主要科目に重点を置き、筆記試験で優劣を競わせることが教育と誤解されてきた。もちろんそのような学習も重要なことは否定しないが、これら顕在化した問題場面の諸事情を勘案すると、社会生活を営む上で重要な人間として精神的に豊かで充実した日々を送る教養を助長する視点が欠けていると私は思う。
 

まとめ

 前述のように思いつくまま駄文を書き綴ったが、この素晴らしい日本に生を受けた1人として子々孫々が末永く安寧を享受してほしいと願う初老の些細な気持の発露である。
 
 本稿の教育問題の初頭に“至宝と言われる人材といえども一定の時間が経過すれば実にもったいないと思ってもこの世から消滅してしまう”と述べたが実に人生は朝露のごとく短い。いかに優秀な人であっても自分の経験から得られる知識は高が知れたものだと思う。
 
 従って、自分の経験だけを基準にいろいろな判断や行動をすべきではないと思う。特により良い日本を構築する大志を持って政に携わる人には人類がいかに立派な所業を成し遂げ、また時に残虐なあるいは軽率な行動をしてきたか正確な歴史をひもといて先人の遺産を上手く活用して現実の社会に適用して頂きたいと思う。
 
“天に従う者は存し、天に逆らう者は滅ぶ”(孟子)
 
 サンフランシスコ平和条約で日本が独立して60年が経過した。終戦後欧米の煌びやかな文化が一挙に流入してそれまで日本民族が長年築き上げてきた多くの文化や日本人としての誇りが敗戦のショックによって価値の低いものとして排斥された。
 物を大切にする伝統、長老・年長者を敬う心、弱者や地域社会を助け合って守る互助の精神等数えれば切りがない。特に惜しまれるのが武士道に通じる「教育勅語」の精神である。
 
 この名文は素直な気持ちで読めばこれが軍国主義や闘争を煽るどころか反対に世界の人たちと平和を享受する日本人としての心がけ、努力しなければならいことを諄々と説いている明治先達の叡智の結晶であり、日本の宝と言える。
 

 「戦後レジームからの脱却」を進めるうえでこれも重要な柱として復活させて頂ければ「逞しく美しい日本」が創造できるのではないか。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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ポピュリズムでは生きていけない現実世界
日本を普通の国に脱皮させよう
国共産党と南北朝鮮の最近の暴挙が図らずも日本を普通の国に脱皮させる道を早める方向に誘導しつつあるように思える。
 
 先の総選挙で日本国民は3年3カ月にわたる民主党の政権に愛想を尽かし、安倍晋三首相が以前から主張していた「戦後レジームからの脱却」を実現して「美しい日本」を再構築する方針を改めて選択した。
 

現実の世界はポピュリズムでは生きていけない

 戦後60年にも及ぶ自民党政権の継続が、先の大戦で完全に廃墟と化した日本の復興に偉大な業績を残したことは歴史の事実であり、世界の奇跡と言われる経済の繁栄を実現した。しかし、同時に自民党の長年にわたる政権保持は、党員の緊張感を欠如させ、驕りと腐敗を招いて3年3カ月に及ぶ民主党政権に座を譲るという壊滅的な大敗北を喫してしまった。
 
 政権末期には、「戦後レジームからの脱却」を宣言していた第1次安倍政権が短命に終わったことにも起因するが、中国の目覚ましい経済発展と韓国の追い上げを目の当たりして自民党がこれまで日本人としての誇りの回復を本来の基軸として進めてきたが軽率にも時の流れであるポピュリズムに迎合して日本の向かうべき道筋を少し踏み外してしまったことが敗北につながったと思う。
 
 また、その結果として多くの国民の自主・自立心が弱くなり、勤勉さ・誠実さなどの徳目が陰ることによって公徳心や勇気・積極進取の気概の後退とともに経済も低迷し始めた。
 
 これを挽回すべく、莫大な借金をしてポピュリズムに迎合的な政策で起死回生を図ったが及ばず、後進の中国・韓国に技術者と技術が資金と共に流出したうえ、今現在1000兆円という天文学的な負債を抱えてしまう国になった。
 
 これらの自民党の不始末に業を煮やした国民は、受けの良い“マニフェスト”なる非現実的な巧言にまんまと騙されて「一度くらい民主党に政権を渡してみるか!」と考え、どのような力量の人物が立候補者かも吟味せず、こぞって“民主党”に投票してしまった。
 
“巧言令色は、鮮ないかな仁”(論語)
 
 その結果、民主党政権が始動すると、直後から猫の目のように変わる“朝令暮改”の大臣発言、党内の“目糞鼻糞のような”幼稚な議論と低劣な意見・主張の争い、自己抑制が利かない議員による学級崩壊状態の会議、国会議事堂をファッションショーの場とはき違える議員、予算の捻出は無駄のカットでいくらでも可能と言って長年積み上げてきた匠の技や高度な特殊技術の現場・研究の実態を無視して必要不可欠な経費にまで大ナタを振るい、挙句の果てには自分たちの都合に合わない場面になると独裁的な強権を発動することもあった。
 
 その大ナタを振るっても切り詰めた予算編成ができず“マニフェスト”の実現には程遠い内容の政策遂行に、毎年莫大な国債を発行して将来を見通せない空前の大型予算へと肥大化させた。
 
 そして、自民党の政権時代に14年もの長きにわたって血の滲むような関係者の努力の結果、ようやく解決目前であった普天間基地の移転を白紙に戻したうえ、日米中の等距離三角外交と称して日米間の信頼関係を危うく喪失手前にまで落としてしまった。
 
 さらには、東アジアは“友愛の海”なる夢想を抱いて厳しい国際政治に持ち出したところ、尖閣諸島や竹島、北方領土に関しては今の日本こそが「草刈り場のチャンス到来」と言わんばかりの近隣諸国の暴挙を誘発する事態へと発展させてしまうこととなる。
 
 要するに民主党には政権を担当できる人材がほとんどいないうえ、心構えのない状態で予期に反する大勝利で政権を得たが、国家戦略の何たるかを勉強したことがない素人集団が一夜漬けの知識で重要ポストに就いたわけであって国政の重責を担えるはずもなかったと言える。
 
 今回の総選挙でも“柳の下の泥鰌”を狙って“雨後の筍のごとく”国内を吹く風を頼りに“付け焼き刃”の各種政党が乱立したが、今度ばかりは国民も騙されなかったようで日本民族にもまだ正常な判断ができることが明らかになったことは幸いである。
 

エネルギー問題

 地球上に生存する人の数は人類が制御できる総エネルギー量に比例して増加してきた。有史以来、産業革命以前は生活も戦争も人畜の発揮する限られた力と道具および少量の燃料を利用して行われてきたため地球上の人口増加はほとんどなかった。
 
 しかし、産業革命以降は、蒸気機関の発明を皮切りに内燃機関、電気動力などの発明・発達によって人類が制御できるエネルギー量が指数関数的に増大し、それに比例して多くの人命を維持できるようになった。
 
 一例を挙げると、日本では有史以来、第2次世界大戦までの間に生産してきた鉄鋼生産量は戦艦大和をはじめ帝国海軍の艦艇や日本国が保有する船舶・鉄道などのすべてを含めても約1億トンと言われているが、現時点の日本ではたった1年で十分生産できる能力を持っている。
 
 最近は、国民が単に生命を維持するというよりも物質的に豊かな生活を望むようになっているが、それを実現するにはより多くのエネルギーを制御可能にすることにほかならない。
 
 このため、高度成長期頃から日本は石化燃料に加え、核燃料も重要な柱として原子力発電所を建設し、エネルギー政策を推進してきた。
 
 この原子力は石油に比べ重量比でエネルギー密度が百万倍という恐るべき力を保有している。この桁外れに強大な原子力エネルギーを平和利用の発電に利用するため十分な安全設計が行われてきた。
 
 日本では長年にわたり重大な原子力事故がなかったことから安全であるとの認識が広がっていたが、2011年3月11日の東日本大震災により併発した津波で福島第一原子力発電所が予備発電機水没のため冷却機能を完全に喪失、炉心のメルトダウン、水素爆発に至る深刻な事故が発生した。
 
 確かに原子力は化石燃料とは全く異なる原理で発熱し、恐るべきエネルギーを出すが、現在の科学技術で制御可能になっている。
 
 しかし、いったん制御不能になれば、炉心が超高温になって手の施しようがなく、加えて今回のようにメルトダウンを引き起こして大量の放射性物質を放出し、その一部は数十年かかっても半分の放射線レベルになるだけなので厄介な代物であることは事実である。
 
 今回の福島第一原発の事故では炉心の発熱を制御できなくなって推定数千度にもなり、核燃料はもちろん、極めて頑丈な外郭まで溶け落ち(メルトダウン)て、炉外に核物質が大量に放出されるという悲惨な大事故になってしまった。
 
 この原因は実に基本的な(ECCSの機能喪失によって)炉心の冷却ができなかったことによる。簡単に言えば冷却をするため大量の水を核反応している炉心にぶっかければいいのだが、予想を超えた大津波で海水に水没した予備発電機が動かなくなったため、その冷却水汲み上げ用のポンプが、動かなかったのが根本原因とのことである。
 
 従って、原子炉全体が水没し発電停止になったとしても、予備発電機が正常に動き炉心冷却さえできれば大事故にはならなかったと思われる。
 
 「なぜ非常用発電機が水没したのか?」と事故直後にある筋に聞いたところ、福島第一原発はその非常用発電機設置場所に通じる通路の扉が水圧には耐えられない一般的なシャッターだったとの話である。
 
 (真偽の詳細は不明だが)仮にそうだったとすると、いくら原子力工学上の制御技術が世界最高水準であっても話にならない。非常用発電機を津波が到達しない高い所に設置するか設置場所への通路に耐水扉を設けることは十分に考えられたはずだ。
 
 特に福島第一原発は米国の原発のように内陸の大河川に面した設置場所ではなく、巨大津波が何時襲ってくるかも知れない太平洋に直面しているという立地条件を甘く考えていた抜かりがあった。
 
 原爆を経験した日本人は原子力に非常にナイーブな国民であり、今回の大惨事を見せられると「原子力は危険で不要・・・」と感情的になるのも当然と言える。それに乗じて、原子力規制委員会と称する権威が活断層なる危険性の根拠として不明確な(過去あまり議論されてこなかった)基準を持ち出して“原発廃止ありき”の結論に導こうとしている感じがする。
 
 しかし、今回の事故で原子力被爆による死者が出たとはいまだ聞いていない。現在我々の生活様式が電気に大きく依存している日本には資源がないため、世界の経済動向によって価格が不安定であり、大気汚染にもダメージの大きい石化エネルギーと並行的に当面原発エネルギーにも頼らなければ大きな混乱の渦中に落ち込んでいくであろう。
 
 今後も相次ぐと予想される自然災害の大国、日本の復旧・復興能力を担保する鍵は多大のエネルギーでありなかんずく、電力の安定供給は特に重要である。
 
 日本国民が現今のような生活水準を維持するには少なくとも東日本大震災前に稼働していた原子力エネルギーレベルの保持は必要であると思う。日本は多くの人の大変な尽力と莫大な費用を投じて建設した原発が施設とともに燃料も揃っていて、短期間で電気の安定供給復帰ができる。再起動すれば震災復興や経済の維持に大きな貢献が可能でコストも少なくて済み効果的な筈であり全廃や長期の使用停止は宝の持ち腐れだ。
 
 それどころか、人類が経験したことのない酷い痛手を被って得た貴重な教訓を(前向きに捉え)最大限活用して、今回クラスの巨大な津波や地震にビクともしない安全性の高い原発技術を推進するチャンスであり、優秀な技術者も維持・養成しなければならないと私は思う・・・。
 
 人間の所業に100%完全無欠などはあり得ず、すべての所業は人智が及ぶ最高の対策を講じて妥協せざるを得ないのではないか。
 
 また、日本が原発を止めたからと言って他国は中止しないだろうし、全面停止によって日本の国力が少しでも低下することを近隣の問題国家が喜ぶだけであろう。
 

防衛問題

 最近、日本を取り巻く安全保障環境が不透明かつ不安定になってきたことによって、国民もようやく非武装中立が夢物語であることに気がついて、普通の国に脱皮する機運になってきたと思う。
 
 その意味で過去3年3カ月の民主党政権によってもたらされた国家意志の不明瞭かつ薄弱さが誰の目にも明確になると“衣の下に鎧を着ていた国家”が、やおら衣を脱ぎ捨てて恐ろしい牙を剥く現実があることを多くの日本国民が理解できたことは(極めて危険な実験ではあったが)大きな成果を得たとも言えよう。
 
 日本丸は民主党前期2代の素人船長に危険な氷塊が漂う海での航海を任せ、あわや氷山に衝突しそうな危機が幾度もあったが、3代目の船長が当初設定した航路を勇気を奮って修正した結果、座礁・沈没を免れたような気がする。
 
 そして、今回乗組員が総入れ替えとなり現在は氷海からの脱出に全速力を挙げて舵を切る新船長は日本丸が本来進むべき航路へと進路を取り戻しつつあると言えよう。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
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見習うべきはサッチャー元首相、
断固たる態度で尖閣を守れ
4月8日、“鉄の女”と呼ばれたマーガレット・サッチャー元英国首相が死去した。自らの信ずる経済政策や教育改革を断行し、対外政策では西側陣営のリーダーの1人として冷戦終結に大きく寄与した。その対外政策の中でもとりわけ“鉄の女”の名声をとどろかしたのがフォークランド戦争(1982年4〜6月)であった。
 
 イギリス領フォークランド諸島とサウスジョージア島を、かねて領有権を主張していたアルゼンチンが軍事占領したのに対して、サッチャー政権がイギリス遠征軍を派遣し、それら領土を奪還したのがフォークランド戦争である。この戦争からは、島嶼国家日本の国防にとり有用な軍事的教訓を数多く引き出すことができる。
 
 そしてこの戦争でのサッチャー首相の行動は、現在尖閣諸島をはじめ領土・領海を巡るトラブルに直面している日本にとっては、とりわけ日本の政治指導者たちにとっては、肝に銘じなければならない貴重な政治的教訓を示してくれているのである。
 
 本稿ではそれら数多くの学ぶべき教訓のうち、「断固たる姿勢こそ国家主権を護る」という教訓と「同盟国に多くを期待するな」という教訓を取り上げる。
 

断固たる姿勢こそ国家主権を守る

 アルゼンチン軍が行動を起こす8カ月ほど前の1981年6月末、イギリス政府は財政上の理由により軍備の縮小を決定した。その一環として、フォークランド諸島を本拠地としていたイギリス海軍砕氷パトロール船「エンデュランス」の撤収が決定された。
 
 アルゼンチンでは、同年12月に、軍事独裁政権下で政敵支持勢力の弾圧を指揮してきたガルチェリ将軍が大統領に就任すると、国民の不満を緩和するためにフォークランド諸島領有権問題を煽りたて「島嶼奪還運動」を盛り上げた。
 
 翌3月にはフォークランド諸島から1000キロメートルほど東方海上のサウスジョージア島でアルゼンチン側が不穏な動きを見せたため、イギリス海軍は南大西洋に原子力潜水艦を派遣する許可を政府に求めた。しかし、事態がこれ以上深刻化することはないと見なしていた外務大臣キャリントン卿は、この要請を却下した。
 
 しかしながらサウスジョージア島の情勢はますます悪化しただけでなく、イギリス国防当局はアルゼンチン軍によるフォークランド奪還作戦計画の情報までも入手した。3月28日にはアルゼンチン艦隊の出動を確認したため、サッチャー首相とキャリントン卿は原潜の出動に同意した。しかし4月2日には、アルゼンチン軍上陸侵攻部隊がフォークランド諸島の首都ポートスタンレーを急襲し、イギリス総督は降伏した。こうしてフォークランド諸島はアルゼンチンにより占領された。
 
フォークランド戦争の全体図
イメージ 1 アルゼンチン政府はイギリス政府との直接外交交渉を拒絶したため、サッチャー政権首脳は軍事力を行使して占領された領土を奪還すべきか否かの意思決定に直面した。イギリス本国から1万3000キロメートルも隔たった南太平洋の彼方にあるイギリス領土、フォークランド諸島とサウスジョージア島を奪還するための軍事作戦は、困難を極めることが予想された。なぜならば、この軍事作戦を実施するためには、イギリス海軍の主力艦隊全部を派遣し、軍事作戦上最も危険な水陸両用戦を、過酷な気象条件が予想される絶海のフォークランド諸島周辺で実施しなければならなかったからである。
 
 サッチャー首相は主要閣僚全員に「軍事力を投入した場合、彼我に多くの死傷者が出る。あなた方は、多くのイギリスの若者の血が流れる戦闘を許可する強固な覚悟をお持ちか? そして、世界中がイギリスを支援せずとも、戦争を遂行する決意がおありか?」と一人ひとりの決意のほどを確認したという。
 
 サッチャー政権は、アルゼンチン軍による占領の翌日には、フォークランド諸島とサウスジョージア島をアルゼンチンから取り戻すためのイギリス海軍艦隊を中心とする奪還部隊の派遣を決定した。
 

財務担当閣僚を戦時内閣に加えなかったのはなぜか

 4月5日には、外務大臣キャリントン卿が、アルゼンチン側の軍事力行使を予見できずに事態を悪化させてしまった責任を一身に背負って辞職すると、サッチャー首相は領土奪還のための戦時内閣を編成した。この戦時内閣は、首相、3人の国務大臣、参謀総長(海軍軍人)それに法務長官の6人で構成された。この少数メンバーにより、戦争に関する最高意思決定が速やかに下されることとなった。
 
【サッチャー戦時内閣】
首相:マーガレット・サッチャー
副首相・内務大臣:ウィリアム・ウィットロウ子爵
外務・英連邦大臣:フランシス・ピム
国防大臣:ジョン・ノット
参謀総長:テレンス・ルーイン海軍元帥
法務長官:マイケル・ヘバース
 
 この種の戦時内閣には外務、国防、そして財務を担当する閣僚が加えられるのが古今東西通例に近いのであるが、サッチャー戦時内閣には財務関係閣僚が加えられることはなかった。サッチャー首相は「安全保障とりわけ軍事力を行使しての防衛努力は、財政的理由によって妥協するような事態を招いてはならない」という理由により、あえて財務担当閣僚を戦時内閣には加えなかったのであった。
 
 自国領土奪還のための戦争を遂行するに際して「国防は軍事の論理が優先すべきであり、国防において財務の論理を優先させると国を危うくする」というサッチャー首相の断固とした意思がこの戦時内閣編成に如実に表れている。
 

曖昧な態度を許さなかったサッチャー首相

 アルゼンチンとの戦闘が開始されると、予想していたこととはいえ実際に軍艦が撃沈されたり多くの戦死傷者も出始めた。サッチャー首相は、百戦錬磨の参謀総長ルーイン海軍元帥の的確なアドバイスに支えられて、厳しい犠牲の現実にも強固な決意がくじけることがなかった(フォークランド戦争でのイギリス軍の損害:公式発表では戦死255名、戦傷775名、喪失艦艇5隻、喪失船1隻、喪失航空機34機。マスコミの発表では戦死258名、戦傷777名)。
 
 戦争と並行して試みられていた外交交渉を担当していた穏健派のピム外務大臣は、時として妥協的条件によって戦争を終結させようという態度を示すことがあった。それに対してサッチャー首相は、領有権を巡っての戦争のようなそれぞれの国家の主観的解釈が入り込む国際紛争解決には、自らが正義と信ずる決断を貫かねばならないとして、次のように諌めたという。
 
 「今ここでわれわれが断固として正義と信ずる戦争遂行の意思を貫かずに曖昧な態度を取ることは、ヒトラーとの戦いの正義も否定することになり、カイザーとの闘いの正義も否定することになり、ナポレオンとの闘いの正義も否定することになり、フェリペ2世との闘いの正義も否定することになり、すべてのイギリスの過去の歴史における正義と自由のための闘いを否定してしまうことになる」
 
 サッチャー首相のような“鉄の意思”が備わっていないような政治指導者たちには、とても尖閣諸島の領有権を護りきることはできないのである。
 

同盟国に多くを期待するな

 フォークランド戦争勃発時(開戦以降も)、アメリカは、イギリスとは北大西洋条約機構(NATO)を通して、アルゼンチンとは米州共同防衛条約を通して、それぞれ軍事的には同盟国であった。
 
 ただしヨーロッパあるいは赤道以北のアメリカでの共同防衛を規定するNATO規約にとって、南大西洋のフォークランド諸島は適用外である。同様にアルゼンチンがイギリスの攻撃を受けた事案ではないため、米州共同防衛条約に基づく共同防衛も適用されない事案ということになる。
 
 要するに、アメリカにとってはイギリスに対してもアルゼンチンに対しても同盟上の共同防衛責務は生ぜず、両国とはそれぞれ友好国という立場だった。しかし、アルゼンチンでは軍事独裁政権が続いており、自由民主主義といった価値観を共有するという点では、アメリカとイギリスの方がより自然な同盟国関係にあると見なすのが常識的であった。
 
 ただし、レーガン大統領の対外政策に対しては、国務長官ヘイグだけでなくアメリカ版“鉄の女”カークパトリック国連大使の影響が強かった。強烈な反共主義者であったカークパトリック大使は「確固たる反共」という共通の価値観により、独裁的なアルゼンチン軍事政権を支持しており、イギリスよりもアルゼンチン寄りの立場を取った。このため、基本的にイギリスを支持しようとするヘイグ長官とカークパトリック大使は対立し、レーガン政権の姿勢はイギリス・アルゼンチンに対して一枚岩というわけにはいかなかった。
 
 もっとも、サッチャー政権首脳たちは、アメリカをNATO加盟国というだけでなく緊密な友好国ということから、「イギリスが苦境に陥った場合には、ためらわずに支援に駆けつけてくれる信頼できる同盟国」などとは考えてはいなかった。
 
 なぜならば、第1次世界大戦(1914年7月勃発)の際には、苦境に直面していたイギリスに対して、アメリカが直接軍事的支援を開始したのは開戦後3年近くたって(1917年4月)からであった。同様に、第2次世界大戦(1939年9月勃発)に際しても、ドイツ軍の猛攻を受けて孤立無援になっていたイギリスを直接軍事支援するためにアメリカが公式に参戦したのはやはり開戦後2年近く経過した真珠湾攻撃後(1941年12月11日)であった。
 
 また、1956年のスエズ危機(第2次中東戦争)に際しては、イギリスはフランスと語らってイスラエルと密約してエジプトを攻撃し軍事的には勝利を収めたかに見えたものの、アメリカのアイゼンハワー大統領はイギリス側を支援せず、逆にフルシチョフ率いるソ連と共にイギリス・フランスに圧力をかけて停戦を押し付けた。イギリス国内では反戦運動が勃発し、結局停戦が成立した。その結果、イギリスは巨額な戦費を無駄にしただけでなくスエズ運河の利権を喪失してしまった。
 
 このような苦い経験をサッチャーはじめ英国政治指導者たちは肝に銘じていた。イギリスにとり、アメリカはNATOの同盟国というだけでなく特別な結びつきのある同盟国であることは、確かに疑いの余地がない事実であった。しかし、だからといって、イギリスもアメリカもそれぞれ独立国であり、完全に国益が一致しているはずはないし、対外政策も独自である。もちろんそれぞれの国内事情というものもある。したがって、いくら緊密な同盟関係にあるとはいっても、サッチャー首相率いるイギリス政府が同盟国アメリカを全面的に信用するほど“甘い”考えは持っていなかった。
 
 日米安全保障条約を伝家の宝刀と崇め奉り、同盟国アメリカに頼り切っているような政治指導者たちには、とても尖閣諸島の領有権を護りきることはできないのである。
JBpress.ismedia.jpより引用
 
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新防衛大綱検討上の問題点
1. 22大綱の見直し
府は本年1月の閣議で、現防衛大綱(22大綱)の見直しと中期防衛力整備計画の廃止を決める一方、年内に新たな大綱を作成する方針を決定した。
 
 政府のこの決定の真意はなお不明で、「防衛省の担当者達たちも現大綱のどの部分を見直すべきか迷っている」とも聞くが、筆者の考える現大綱の問題点とは、次の2点である。
 
 第1点は、近年、世界各国が軍事費を伸ばしてきた中で、日本だけが防衛費を減少させてきたことが、世界と日本の秩序(平和)維持を極めて不安定にしており、今や「選択と集中」策程度ではどうにもならぬ状況に陥っているということである。
 
 第2点は、その「選択と集中」を可能にするはずであった「動的防衛力」という言葉そのものが国民一般に全く理解されていない、という現状である。
 
 以下、この2点について述べる。
 
2. 防衛費総額の問題
 
 少し古い資料だが、平成22年版白書「日本の防衛」によれば、2000年度予算と2009年度予算の比較からして、その10年間での国防費の伸びはロシア・中国・米国・韓国・オーストラリアにおいて5〜2倍であり、もっとも変化の少なかった、EU主要国ですら1.3倍であったのに対し日本は0.96倍であったという。
 
 これはこの10年間、各国が特にテロ・ゲリラの拡大と中国の軍事力増強に対応して軍事費を増強してきたのに、日本だけがその情勢変化に全く反応してこなかったということである。
 
 22大綱では「本格的な侵略事態への備えとして保持してきた装備・要員をはじめとして自衛隊全体にわたる装備・人員・編成・配備などの抜本的見直しによる思い切った効率化・合理化を行ったうえで、真に必要な機能に資源を選択的に集中して防衛力の構造的な変革を図り、限られた資源でより多くの成果を達成する」と述べ、「それは防衛力を単に保持することによる抑止力から、防衛力の運用に着眼した動的な抑止力を重視することであり、これにより防衛費総額はこれまで以上に削減できる」としたものであった。
 
 その「選択と集中」で、安上がりな自衛隊の戦力強化がなされたのかどうか、が問題なのである。
 
 この10年間国防予算を増強してきた諸外国も、それだけに「選択と集中」に当然努力してきたはずである。そういう中で、我が国の偏った整備を修正すれば、相対的にもより強力な防衛力を持つことになる、という論理は軍事を知らぬ物言いであり、吉田ドクトリンに毒されたまさに官僚的詭弁である。
 
 新政府は、真に外交の支えとなり国民を安心させる防衛力とはいかなるものなのか、軍事を知る専門家の意見をよく聴き、検討してほしい。
 
3. 動的防衛力とは何なのか
 
 「『動的防衛力』という言葉の意味が分からない」という人が多いが、日本語の常識として「動的」の反対語は「静的」である。それを「『基盤的防衛力』から『動的防衛力』へ」という表現で説明すると「かつての『基盤的防衛力』は静的なものであった」ということになる。
 
 善かれ悪しかれこの40年間、日本は「専守防衛(戦略守勢)」という看板を掲げ続けてきた。その範囲の中で我々自衛官は常に「国土要塞化か機動反撃か」という設問の中にいた。
 
 古い政治家の中には「海外から飛んでくる弾をすべてはねのけるバリアー(障害物)を作れば最も平和的でよいではないか」と言った人がいる。それは国土要塞化構想そのものなのだが、当時の科学技術力において国家予算の100%を投入したところで、そんなことができないことは明白であった。
 
 一方、「基盤的防衛力」というものは、防衛予算を少なく抑え込む手段として、政治家・官僚たちによって発想されたものだ。
 
 我々はその少ない予算をより有効に使用するため「要塞化」的なものはできるだけ避け、相手の動きに柔軟に対応すべく常に機動的な部隊運用を計画し訓練を重ね、その訓練こそが「抑止力」になると考えてきた。むろん「ただ保持するだけの静的抑止力である」などとは考えてみたこともなかった。
 
 ちなみに、ミサイル防衛は典型的な「要塞化用静的防衛力」である。もちろん、政経中枢や主要軍事基地、あるいは洋上の艦艇群等を守ることは重要なので、これらも当然必要なのだが、どこに来るか分からぬ多くの脅威に対しては、量の少ない日本の防衛力は元々「機動的(動的)に運用すべきもの」であった。
 
 特に陸上自衛隊はこの50年間、「師団編成」を取って訓練をしてきた。師団は有事に、現在駐屯している場所から遠く離れて何カ月も戦い、さらに転地・転戦できる機動力(含む兵站能力)を有している。
 
 最近、災害派遣などで評価されている「自己完結能力」というのはまさにこのことであり、陸上自衛隊こそ基地に頼らぬ動的な部隊なのである。
 
 専守防衛の自衛隊が所謂「内線作戦」を取らざるを得ないことは当然として、その「内線」を領土・領海内に限るのではなく、世界の公海(すなわちグローバルコモンズ)にまで広げるべきだという意見には全く同意である。
 
 22大綱をよく読むとその海域(とその上空)で相手の動きに応じたISR(情報・監視・偵察)を実施しシームレスに対応する、と言っている。それは大変結構なことなのだが、その能力向上のために領土・領海内の機動反撃能力を削減してもいいという理屈は全く理解できない。
 
 「領土・領海内の機動反撃は不要」の意味は「大規模着上陸侵攻等の我が國の存立を脅かすような本格的侵略事態が生起する可能性は低い」という22大綱の文言に読める、という人がいる。しかし本当に本格的侵略事態はないのか。
 
 現大綱の「島嶼部に対する攻撃への対応」分野において、人口130万人の沖縄本島防衛を含めるとなるとこれは明らかな本格的侵略対応となる。そして沖縄本島を除く南西諸島防衛などというものが考えられない以上「本格的侵略事態が生起する可能性は低い」という現大綱の文言は即座に削除すべきである。
 
 そして我々は、礼文・佐渡・対馬・五島などの諸島はおろか、日本全土の国土防衛をもっと真剣に考えなければなるまい。
 
 また現大綱は「ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応」を自衛隊の役割として示しているが、この役割を警察と陸上自衛隊の現人員数で果たし得ると認識しているのだろうか。
 
 1996年に韓国東海岸の江陵(カンヌン)で起きた北朝鮮工作員26人の浸透事件では韓国軍6万人が50日間動員され、韓国側17人の損害を蒙りつつ、逮捕1人、行方不明1人を除く全員をようやく掃討できたという。
 
 同様のゲリラチームがいくつも国内に侵入し、あるいは日本国内で編成され、我が国のライフラインなどを襲った場合、22大綱の下での国土防衛は極めて危うい。「ゲリラ・特殊部隊の攻撃」はまさに「本格的着上陸侵攻」なのである。
 
 いずれにせよ、「動的防衛力」という言葉そのものには反対しないが、海・空戦力だけが「動的」で陸上戦力は「静的」だとする幼稚な発想からは速やかに脱却してほしい。
 
4. 基盤的防衛力について
 
 「基盤的防衛力」という言葉は本来「脅威対抗防衛力」に対比するものとして用いられた。この言葉が作られた51大綱当時、久保卓也次官は「日米安保があるかぎり、日本へのソ連侵攻はない。むろん小規模限定的な侵略はあり得るので、米軍進出までそれに耐え得る戦力が必要である。このためには正面戦力の量は小さくとも技術的・兵站的に実質ある戦力を整備すべきだ。さらに、いつの日にか(米国が頼りにならず)本当に独力で戦う必要が出た場合には現戦力を拡張(エキスパンド)しなければならない。そのための基盤となる防衛力は相手の出方に応じいかようにも拡張できる(オールラウンドな)ものでなければならない」という趣旨のことを述べている。
 
 当時のソ連に代わり、ロシア・中国という潜在的脅威が現れ、さらに北朝鮮という顕在的脅威が存在するようになった。
 

 筆者はロシア・中国に対しては「基盤的防衛力」でいまだ対応可能と考える。ただし、北朝鮮脅威に対する日米安保の効果には大きな疑問を持っている。従って「対露・中には引き続き『基盤的防衛力』で、対北朝鮮には『即応的脅威対抗防衛力』で」と主張したい。この両者を兼ね備えるものが、あるべき防衛力なのである。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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大学の秋入学は日本再生のチャンス
「登録予備自衛官制度(仮称)」の提言
 
(1)からの続き
 
ギャップタームの具体的な施策
 
 しからば、高校卒業から大学入学までの半年と大学を卒業してから社会人になるまでの半年間のギャップタームをいかに過ごさせるかということがカギである。分かりやすくするために大学を5年制とし、大学期間の前後約半年間をギャップタームとして説明する。
 
 まず、大学入学から約半年間(これを「前期ギャップターム」という)は、大学の予科的期間として、(1)高校での学習不足科目の補習、(2)語学教育の強化、(3)職業体験(公的機関、農林水産業、医療・介護、過疎地支援等国家安全保障・社会保障の基本となる職業)等を各自の学習の習得度や希望に応じて行うこととする。
 
イメージ 1 特に、この期間は、ボランティア活動、自衛隊、警察、消防等への短期入隊など、国家に対する貢献活動を必習とすることにより、国民としての義務意識を身につけさせるとともに、何のために大学で学ぶのか、その意義を自覚させることが肝要である。
 
 この際、公的機関における貢献活動には、国家補助として報酬制を取ることにより家計負担の緩和を図る。
 
 大学5年生の卒業までの約半年間(これを「後期ギャップターム」という)は、社会人としての予科的期間として、(1)就職先企業等の研修、(2)海外研修・海外留学、(3)地域貢献活動等の実習期間とし、社会の実情などを直に研修することで社会人としての即戦力化を図るとともに、職場とのミスマッチの早期軌道修正を可能とする。
 
 また、国として緊急な課題となっているグローバル人材育成のための語学力の向上や海外経験なども一部の者には必須である。
 
 大学院進学者については、秋から修士課程へ移行する。
 
 これにより、各国からの留学生との入学時期を合わせることができ、海外からの優秀な留学生の獲得を図るとともに、日本人学生の海外留学を促進する。
 
 このように、後期ギャップタームは各人の進路特性に応じた柔軟な運用が求められる。また、この間は、基本的に就職先企業や国家機関等の支援制度により家計負担の緩和を図る。
 
 いずれにしても、現行よりも大学生時代における学習時間を獲得することにより、大学生として必要な学力を身につけるとともに、日本国民(プラス、グローバル人材)としての資質の向上が期待できる。
 
登録予備自衛官(仮称)の創設
 
 最後に、前項で論じた前期ギャップタームに行う自衛隊への短期入隊(「登録予備自衛官制度(仮称)」)について提言する。
 
 現在、自衛隊における予備自衛官制度は3つの種類がある。(1)「予備自衛官」、(2)「即応予備自衛官」、(3)「予備自衛官補」である。
 
 それぞれの制度の詳細については紙面の都合から省くが、ここで提言する「登録予備自衛官」制度とは、一定の期間自衛官としての基礎的訓練を受けた者を予備自衛官として登録し、大規模災害が生起した際には、即応戦力として活用するとともに、防衛行動の際は、優先して応募対象とする戦力である。
 
 登録予備自衛官の訓練内容については、現行約3カ月の新隊員前期教育のうち、さらに基礎的素養に絞って教育することにより、その期間は約2カ月で十分であろう。
 
 これによって、予備自衛官としての基礎的な識能を修得するとともに、先述した社会人基礎力の3要素のうち、「前に踏み出す力」「チームで働く力」は十分身につけられる。
 
 この教育は、全国の陸海空自衛隊の教育部隊において行うことになるが、1教育施設当たり年に約4カ月間(2コ期分、人員約1000人)の教育を持つことは可能である。したがって、全国的には、年当たり約1万人の登録予備自衛官が育成可能である。
 
 現今の自衛隊に対する国民の信頼度からすれば、この数は、大学への年間進学者約60万人のうち、十分に希望者が得られる数であると信じる。
 
 一方、そのための教育担当者については、500人ほど必要とするが、現行の自衛官定数内では充足が困難なため退職自衛官(非常勤)を活用する。
 
 また、この教育間は、現行自衛官候補生と同じように、非常勤の職員として月約10万円(2カ月で約20万円)の手当を支給することにより、家計の負担緩和にもつながる。
 
 登録予備自衛官としての服務期間は、基本的には大学在学間とする。この間は、予備自衛官としての最小限の練度を維持するために、短期間の練成訓練を行うとともに、身分保障としての手当(または奨学金)を支給する。
 
 もちろん、予備自衛官補への転向も可能とするとともに、卒業後一般幹部候補生等への受験を推奨する。理想的には、米国のように「ROTC」制度が設立されることが望ましいが、ここでは論点がずれるので論述しない。
 
 いずれにしても、約2カ月の教育の後に在学間予備自衛官として登録することになれば、数万人の若き予備戦力が充足されることになり、大規模災害対処や近隣敵対国への抑止力としても、絶大な効果を発揮する。国家負担の大きい徴兵制に比し極めて安上がりな制度と言えよう。
 
*「ROTC」とは、Reserve Officer's Training Corps の略。米国の大学に設置された、陸・海・空軍及び海兵隊の将校を養成するための教育課程。米軍士官の約40%がROTC出身者と言われる。
 
最後に
 安倍晋三政権においては、「教育を取り戻す」として、「大学9月入学を促進し、高校卒業から入学までの半年間などを活用した大学生の体験活動の必修化や、評価・単位化を行う」と謳っている。
 
 大学の秋入学論議は、一大学の問題ではなく、日本の教育再生のため、大学の制度はどうあるべきか。ひいては、あるべき国家像を作るために若者をどう育成するかの問題に発展する。
 

 加えて、国家安全保障基盤を強固にし、我が国の将来の発展を促すための大きなチャンスと捉え真剣に議論することが求められる。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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