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決して偶然ではないトルコの大復活
政治経済力をつける歴史的・地理的必然性
2012.03.30(金) 前田 弘毅:プロフィール トルコの勢いが止まらない。ロシアではウラジーミル・プーチン氏が再び政権に就いても「石油頼み」は変わらないとされるが、隣国であり経済的に結びつきも強いトルコでも、レジェプ・タイップ・エルドアン首相率いる公正発展党(AKP)がやはり長期政権を維持しながら、安定した国家運営を見せている。
盤石な政治基盤を固めつつあるトルコのエルドアン首相 周辺諸国の危機が相次ぎ、国内でも独裁化の傾向が時に指摘されながらも、単に経済的な規模の拡大だけではなく、安全保障や外交でもその存在感を急速に増している。
自信を得たトルコは、半ば西欧に押しつけられてきた(?)「神話」の見直しにも着手したようだ。
「オスマン帝国はEUより300年前に『単一市場、単一通貨、単一法典』を実現していたのだ」
これは、一昨年出版された『第2オスマン帝国』(Baki Tezcan, The Second Ottoman Empire, Cambridge University Press, 2010)という作品の一節である。
この『第2オスマン帝国』というタイトルから、歴史好きの読者はローマ帝国史やドイツ帝国史などを想起するかもしれない。
あるいはユーラシアのトルコ系(チュルク系)諸国、すなわち中央アジアの国々とトルコ共和国を結ぶ新たな汎チュルク圏連帯とか、旧オスマン領のバルカン・北アフリカ・アラブ諸国との連携を強めるいわゆるネオ・オスマン主義外交を思い浮かべる読者もいるだろう。
しかし、実際には本書は上記のいずれにも当たらない純然たる歴史書かつ学術書である。従来は停滞ないし衰退・混乱の時代とされてきた17世紀のオスマン社会を、当時の西欧社会の変革も念頭に置きながら、新たな帝国秩序樹立の変革期として捉え直している。
英国では正当化され、オスマン史では否定され・・・ 本書冒頭で筆者は次のような象徴的な問いを投げかけている。英国においてチャールズ1世を処刑した1649年のピューリタン革命やジェームス2世を退位に追い込んだ1688年の名誉革命は肯定的に評価される。
しかし、ちょうど1年ずれたオスマン朝における皇帝殺害や廃位(1648年、1687年)は、帝国衰退と混乱の象徴とされてきた。
ところが、ある種の「民意」を背景として王権を制限したという意味において、英国の革命とオスマン朝のクーデターはともに「民主的な」出来事である。
実際には、戦争指導者としての皇帝とその奴隷中心の軍事独裁体制から、商業にも精通した国家エリートや商業活動における裁判に詳しい法律家などが中心の「市民」国家へ、オスマン朝が変貌を遂げた象徴的な出来事であることを本書の中で指摘する。
イスタンブールのアヤソフィア(聖ソフィア寺院)は世界文化遺産〔AFPBB News〕
著者の視点は必ずしも「革命的」ではないようだ。日本でも近年優秀な研究者を輩出しているオスマン学者の間では、実はこうした理解はこの30年ほどでほぼ共通認識となってきたとされる。
最近出版されたばかりの小名康之編『近世・近代における文書行政』(有志舎)の中でもオスマン史家の小笠原弘幸氏が同様の指摘を行っている。
筆者はオスマン朝史を専攻しているわけではないので、学術的な評価を下すことは控える。
しかし、世界的な交易活動との関連も含めて当時のオスマン朝政治社会を描こうとする姿勢や、西欧史を強く意識している比較史の視点、加えてトルコ出身・米国で活躍する学者が英語で記したオスマン帝国論として、少なからぬ意義を本書に見いだすことができるように思う。
なお、著者のバキ・テズジャンは、トルコのビルケント大学を卒業後、米国のプリンストン大学で博士号を取得し、現在はカリフォルニア大学デイビス校准教授を務める。
近世史の見直しと「現代」への問い 本書は『第2オスマン帝国』という名前を与えて、従来の「衰退シンドローム」的な見方からの脱却を図っている。こうした「歴史の見直し」、とりわけ「近世」という時代のとらえ方について再考する動きが各界で広がりつつある中で著されたという点も重要である。
日本でも、江戸時代のとらえ方などがこの20〜30年で大きく変わった。裏返せば、ポストモダンなど死語のようで、実際には学術的な検討はまだまだ多くの余地が残されているということでもあろう。
むろんオスマン帝国とトルコ共和国は全くの別物で、その点もまたしっかり認識する必要がある。西欧がなぜ台頭したのかという問いも忘れてはならない。また、昨年夏のイスタンブール滞在中も感じたが、現地ではクルド情勢を含めて内政・外政ともに相当厳しい状況も存在する。
ただし、こうした学術界の動きを見ても、トルコの台頭は偶然でも一過性のものでもないようだ。紆余曲折が予想されるものの、今後も経済的に自信をつけた非西欧諸国における学術動向にも目を向けていく必要があろう。
また、このことは、まさに本書を「ロシア欄」で取り上げる理由の1つである。西欧との関係や資源国としての尺度でしかなかなかとらえないロシアの問題点について、比較の視点からも様々な示唆を得られるように思える。
自国の特殊性を強調したり、あるいは一方的な西欧化こそ善とするような、両極端かつ西欧一辺倒な「近代的」発想からいったん自由になる必要があろう。そして、全く同じことが日本についても言えるのではないだろうか。
日本語での情報の拡充と英語での発信の重要性 また、本書の内容とは直接の関係はないが、英国史など西欧史に比べるとアジア史は圧倒的に研究書の翻訳が足りないとも感じた。確かに専門の研究者は英語・現地語で対応するし、マーケットがこれまで比較的小さかったことが理由だろう。
このほか、翻訳が研究業績としてあまり評価されないという斯界の問題もある。しかし、本書のように知的啓発に富む作品は是非邦訳され、歴史好きのビジネスマンや大学生にも読んでいただきたいと思う。そもそも同じ歴史学者でも、他地域について教科書程度の知識しか持ち合わせないことも多いのである。
筆者が授業で(実行の度合いはともかく)議会や憲法導入がオスマン帝国では日本より早かったと言うと、たいていの学生はとても驚く。
イスラム国に対する偏見がはびこる理由は、日本語でアクセスできる良質な情報がいまだに相対的に少ないことにも求められるかもしれない。ただし、オスマン帝国史など最近日本語でも良質の研究書が増えつつあり、是非書店などで手に取っていただきたいと強く思う。
また、従来よく言われていることであり、過度に強調すべきではないが、トルコと日本の歴史のパラレルな部分など改めて興味を引かれる。
筆者はテズジャン氏とは面識がないが、彼が学んだプリンストン大学のオスマン学・トルコ史には共通の知人が多い。昨年スタンフォードの学会で知り合った1人と交わした移動のバンの中での会話は楽しかった。
筆者と同世代の彼は、自分の親世代は皆エンジニアなど技術者志望であったが、次の自分の世代は「食えない学者志望」だと笑っていた。自分も企業戦士・技術者の息子世代で、叔父たちが日本企業の技術者だったことを伝えると、ずいぶんと打ち解けた。
もっとも「食えていない」と言っても向こうはプリンストンで学位を取っている。英語での発信力には雲泥の差がある。
繰り返しだが、これからは欧米で教育を受けたアジア研究者の躍進にもきちんと目を向けていかなければならないのであろう。「知の循環」という意味では人文学にとどまる話ではないように思える。
限界が様々に指摘される中で、知的なグローバル世界の可能性を考えさせる読書であった。 |
国際情勢
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もっと大切にすべきモンゴルと日本の絆
レアアースで日本に協力してくれたのは偶然ではない
2012.03.15(木)荒井 幸康:プロフィール JENESYSというプログラムがある。日本語の名前を21世紀東アジア青少年大交流計画というが、日本と東アジアの青少年の交流を促進するプログラムである。
2007年度から2011年度までという5カ年計画で、今年度も終わろうとしているので果たして来年も行われるのか分からないが、今回はこの計画に関して紹介してみたい。
39カ国6000人を日本に招くプログラムモンゴル帝国建国800周年記念イベント(2006年)でお披露目されたチンギス・ハンの巨大な像〔AFPBB News〕
このプログラムではASEAN(東南アジア諸国連合)をはじめ現在は39カ国から6000人ほどの青少年を日本に招いている。
モンゴルからも毎年100人が招かれていたが、もっと珍しいのは、キリバス、クック、サモア、ソロモン、ツバル、トンガ、ナウル、ニウエ、ニュージーランド、バヌアツ、パプアニューギニア、パラオ、フィジー、マーシャル、ミクロネシアといった太平洋の南の島々から来ている人たちもいることである。
主にこのプログラムで招かれるのは高校生であった。その後、紆余曲折あって、部分的に大学生や35歳までの若手の専門家が呼ばれることもあったが、モンゴルからはこの5年間で合計500人、そのうちの400人近くは高校生であったと思う。
高校生には、日本の高校生との交流や大学参観、専門家には対応する機関との交流する機会も与えられているが、観光地をめぐり、博物館などを見学し、時間に余裕があるときには、買い物を楽しんでいたようである。
プログラムを見る限り、これは「修学旅行ではないか」という風にも見える。このようなことを、わざわざ税金を使ってやる必要があるのか、と思う向きもあろうが、以下に語るように、日本に来るのが大きなイベントであった時期も、そして豊かになってから後も、意義は違えど重要なのだと考える。
今年で40年目になるが、1972年にモンゴルと日本が国交を結んで以来、細々と続けられていた交流が、1990年代の民主化でようやく盛んになり始めるころ、モンゴル人にとって日本に来るというのは大きなイベントだった。
親戚中からお金をかき集め、日本製の(中国製と書かれたものは避けられた)テレビやビデオデッキなどを買って帰っていた。JICAなどの公的機関を通して長期間滞在する研修生などは、できるだけお金を日本で使わずに貯め、自国に帰って大きなものを買うといういわゆる「貯蓄型」研修生のタイプにモンゴルも当てはまっていた。
最近はモンゴルもずいぶん生活水準が上がってきている。生活費も日本の半分かそれ以上になっているようである。
もう、日本で一生懸命貯めて、モンゴルで大きなものを買うということはできなくなってきているためか、いま来ている研修生は、日本でもらったお金を日本でパーッと使ってしまう傾向にあるようである。
場合によってはモンゴルから持ってきているお金が、いままで予想しなかったような大金であるような場合もある。
モンゴルでは新興富裕層の増加に伴い、ラグジュアリー市場が拡大している(写真はウランバートルのルイ・ヴィトン店舗)〔AFPBB News〕
以前、紹介した記事でのルイ・ヴィトンをはじめ、地下資源開発によって落とされるお金を当て込んでか、ヨーロッパのブランド品を扱った高級品店の開店がモンゴルで相次いでいる。
開店した当初、「モンゴルでこういったものが買えるのは(人口260万人のうちの)1000人ぐらい」という声も聞かれたが、いまやその数は何十倍にもなっているであろう。
1990年代から比べれば、日本に来ることは大人のみならず、高校生や大学生にとっても、それほど大きなイベントではなくなった。中国からの旅行者ばかりが注目されているが、モンゴルからもパックツアーで日本へ観光に人々が来る時代になっているのである。
JENESYSの前身となった「21世紀のための友情計画」 それでもこのような大規模な交流プログラムが政府によって発案され実行されているのは、なぜなのだろうか?
このJENESYS以前、海外から人々を招聘し交流を行うというプログラムがなかったわけではない。
1983年ASEAN歴訪の際に、中曽根康弘元総理がASEANの青年1万人を2000年までに我が国へ招聘することを約束したことから、外務省により作成された青年招聘事業「21世紀のための友情計画」 は、この前身と言うことができよう。
青年招聘のプログラムによって1993年からモンゴルの青年も招聘された。このプログラムで招聘された35歳までのモンゴル青年は、毎年およそ10〜20人であり、彼らは日本で1カ月近く過ごしたと記憶している。
1993年とその次の年に行われた第1回と第2回の招聘で招かれたのは教師であり、日本の学校を訪問し、様々なところで教師たちと交流することができ、大成功であった。
しかし、3年目、招かれた若手の国家公務員に関しては、日本側の将来を担うような、同格の国家公務員との交流をする機会は現れなかったことを残念に思ったという感想を、参加者からその後聞くことができた。
今の状況が想像もつかない20年近く前の状況においては、貧しいモンゴルと交流しても何の足しにもならない、おそらく国家機関などで同格の部署の人々からすれば、そのような扱いであったように思えてならない。
その後しばらく交流事業に関わっていなかったが、事業自体はその後も続けられたとも聞いている。
1990年代中盤の生活が最もつらかった時期を越え、モンゴルは明るさを取り戻している。毎年行われているモンゴルの世論調査にも、若者は将来に向け明るい展望を持っていることが表れている。
別の機会に移民のお話はしたいと思うが、現在、日本にいるモンゴル人在住者は8000人を超え、国費の留学生も1000人を超えている。以前、日本に留学した人の中には、モンゴルで成功し国会議員になったものもいる。このような事実があることは非常に重要である。
もちろん、日本と何らかの形でかかわった人々が、彼らすべてが日本の味方になるか分からない。
戦前には、モンゴル人を日本に留学させたがらなかったと聞いたことがある。人種差別や偏見があからさまで、日常的に差別を受けることによって、帰るころには日本を嫌いになって帰る人も多くいたということがその理由らしい。
日本人と人的つながりを持つ人たちが全世界にいることの意味 「アジアの盟主」として胡坐をかき、アジアから来た人々を下に見る戦前とは時代が終わり、ずいぶん日本人もやさしくなったとはいえ、マイナスの感情を抱いて帰る人々もあるだろう。
中国のレアアース輸出制限に米国・EU・日本が共同でWTO(世界貿易機関)に提訴するなど、レアアース戦争が再燃〔AFPBB News〕
とはいえ、日本人との何らかの人的なつながりを持つ人々が海外のあちこちに存在することのメリットは、直接的にも間接的にも無視できるものではないだろう。
「2位ではだめなんですか?」という評価基準からすれば、教育や交流という直接、どのような効果が出るかを前もって図ることができないものは「仕分け」の対象になるかもしれない。
しかし、長期的な視野で行われてきた地道な交流によってモンゴルにおいてしっかりと日本が根付いている現状は、レアアース問題のときのように、日本が必要だという議論をし始めたときに、それに呼応して、モンゴルにとっても日本が必要だという声を上げてもらう状況を作り上げるのに大きく貢献したと考える。
経済的な力だけがものをいったわけではないと、この20年間の交流を見ていて、特に東日本大震災のときのモンゴルからの援助などを見ても、感じることである。
2007年に始まったJENESYSプログラムで日本を訪れた高校生たちも、様々な形で大学に進学している。モンゴルの大学に進学した学生も、日本に留学した学生もいるが、ブルガリアやアメリカ、韓国の大学に進んでいったものもいる。
以前はせっかく日本と交流を持ったのに、日本の大学に進まないのは残念だと思ったものだが、今は違う考えを持てるようになった。このようにさまざまに散らばっていても日本とつながってくれている人々がいるということが重要だと思えてきたのだ。
この5年間の高校生の交流を見て思うことは、若手の専門家と違い、高校生には多くの可能性があるということである。大臣や国会の議長、あるいは、大企業の社長というように偉くなるかもしれず、結婚して専業主婦に納まる人もいるかもしれない。
いずれにしても、様々な形で体験された「日本」は彼ら自身の物事の判断に影響する可能性があり、また、彼らの周りの人に伝えられていく可能性もあるだろう。
このプログラムにかかわった日本人にも確実に残るものがあるだろう。感受性が豊かな学生とホームステイ先との交流は2〜3日というわずかな期間でしかなかったはずなのに、最後は涙々の別れになったりしている。
言語力だけでは不十分 直接知り合うことで、印象が変わり、興味を持ってもらえる。そういう経験は、交流の場面を見ていて多く体験している。筆者が学んでいた大学にも、高校時代にモンゴル人と交流した体験があってモンゴル語を学ぶことを決めたという人がいた。
巷には英語だけが国際的に価値があり、英語ができないと交流できないと思っている人もずいぶんいるようだ。
国際的だからと英語だけで渡り歩こうとして、心を開ける鍵となる言語を知らないことで、英語を得意とするインドなどでも、経済協力の分野などで日本が負け続けている現実があると聞いたことがある。
言語が重要でないとは言わないが、相手側の社会や文化に深く入ってこそ、パートナーの信頼を得ることができるはずだし、逆にそれができないがために、条件的にはわずかの差でチャンスを逃すこともあることは容易に想像できる。
多様性に気づき、個別の社会に興味を持てる入り口を与えてくれる機会を若いうちに得られるのは貴重である。
1990年代以降打ち出されているモンゴル外交に言う「第三の隣人」政策は、国境を接する中国やロシアの次に重要となる国を求める政策であるが、その対象は、どこか1つの国を対象としていくものではない。
レアアースの問題だけでなく、政治的あるいは経済的に重要な決定を下す局面において、中国の膨張する経済の圧倒的な存在感の前に、アジアにおける経済的なプレゼンスが年々低くなっている現実から考えるに、選択される「第三の隣人」として日本がその選択肢に残る可能性を大きくするのはこのような交流であるかもしれない。
そのような意味で、交流の重要性は、日本にとっても、モンゴルに対してだけでなく、世界の様々な国との将来的な関係を取り結ぶ意味で、今まで以上に重要な意味を持っているように思える。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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制裁とイラン:包囲されてもなお屈せず
2012.01.24(火) The Economist:プロフィール
(英エコノミスト誌 2012年1月21日号) あらゆる威嚇行為にもかかわらず、イランも米国も、まだ全面対決を望んでいない。
2012年半ばより前に完全実施されることはないと見られるものの、厳しい新制裁発動の見通しを受け、イランと西側諸国の緊張は既に高まっている。
EUによるこうした動きは、バラク・オバマ大統領が2011年12月31日に、米国議会をほぼ満場一致で通過した法案に署名し、法を成立させた一件に続くものだ。
米国の法律の目的は、外国金融機関がイランのエネルギー取引の主要なパイプ役である同国中央銀行と取引するのをやめさせることにある。EUはフランスと英国の主導で、イラン中央銀行にダメージを与える他の方法についても検討中だ。
イランはこれに対し、もし禁輸措置が実行されればホルムズ海峡を閉鎖すると脅しをかけている。ホルムズ海峡はペルシャ湾の交通の要所で、世界で生産される原油の5分の1が通過する。
さらにイランはサウジアラビアに対しても、世界の市場からイランの石油が消えた場合、生産を拡大して穴埋めするという約束を履行しないようくぎを刺している。イランに対する制裁は、国連の監視機関である国際原子力機関(IAEA)が11月に発表した最新報告もそのきっかけとなっている。しかし、イランが激怒している理由はこうした制裁だけではない。
イランが激怒している理由 1月11日には、車に仕掛けられた爆弾によって、ナタンツのウラン濃縮施設で調達を担当する化学技術者が殺害された。イランの科学者が命を奪われたのは過去2年間で4人目だ。
この科学者が死亡する前にも、工場や軍事施設で原因不明の爆発が起きている。恐らくはイランの核開発を遅らせることを目的とした、西側の情報機関やイスラエル諜報特務庁(モサド)による秘密作戦によるものと見られる。
11日の暗殺が実行される直前、イランの裁判所は米中央情報局(CIA)のためにスパイ行為を行ったとして、米海兵隊に所属していたイラン系米国人に死刑を言い渡している。
神経質になっているイラン政府、さらには米国政府の緊張を高めているのが、イスラエルから聞こえてくる好戦的な不満の声だ。
当初新制裁を称賛したイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とモシェ・ヤーロン副首相は、制裁がすぐに実行されないことを嘆いている。ヤーロン副首相は、大統領選挙の年に原油価格が上がるのを恐れて消極的になっていると、挑発的な言葉でオバマ大統領を非難した。
イスラエルが攻撃を仕掛ける可能性 イスラエルが2012年中にイランを一方的に攻撃する可能性は高まっているかもしれない。イラン原子力庁のフェレイドン・ダバニ・アッバシ長官は、兵器級に近い純度20%のウラン濃縮がフォルドゥで始まったと発言している。フォルドゥの核施設は聖都コムからほど近く、対空砲に周囲を守られた山あいの建物群の地下深くにあり、難攻不落とされている。
イスラエルのエフード・バラク国防相は昨年11月、イランの核開発を中止に追い込むために残された時間は1年を切ったと述べている。
ひとたびウラン濃縮作業の大部分がフォルドゥで行われるようになれば、イランは「不可侵の地」と化し、少なくともイスラエルが単独で軍事攻撃を仕掛けるという選択肢はなくなってしまうというのだ。
イスラエル国内でも防衛や安全保障部門の幹部の多くは攻撃の効果に疑問を唱えている。しかし、最終決断を下すのは、いずれもタカ派で知られるネタニヤフ首相とヤーロン副首相、バラク国防相だ。
イスラエルがイランを攻撃する可能性が高まっている(写真はネタニヤフ首相)〔AFPBB News〕
また、ネタニヤフ首相は、もしイスラエルが軍事行動に踏み切っても、大統領選挙が終わるまではオバマ大統領もイスラエルを支持するはずだと踏んでいる可能性が高い。一方、(ネタニヤフ首相の希望に反し)無事に再選されれば、オバマ大統領が賛成するとは限らない。
もしイランがイスラエルの攻撃を懸念しているとしたら、それはオバマ政権も同じだ。
イスラエルのバラク国防相は1月18日、軍事攻撃の決断を下すのは「遠い先のことだ」と発言しているが、イラン問題を巡っては、同盟国である米国とイスラエルの関係は緊迫している。
オバマ大統領は最近、ネタニヤフ首相との電話会談で、攻撃を思いとどまるよう強く警告したと言われている。米統合参謀本部議長のマーティン・デンプシー大将は近々イスラエルを訪問する。訪問の名目は情報共有だが、オバマ大統領からのメッセージを念押しする目的もある。
米国はナタンツの技術者殺害事件からも距離を置きたがっている。米国防総省の広報担当者は暗にイスラエルの存在をほのめかしながら、「米国はこの科学者の殺害に一切関わっていない。我々はイランとの緊張関係を緩和したいとの意志を明確に示しており、最近は事態も多少落ち着いてきたと認識している」と発言した。
恐らくこの問題を考慮したものと見られるが、ホワイトハウスは既に9000人の兵士がイスラエル入りしていたにもかかわらず、春に計画されていたイスラエルとの大規模な軍事作戦演習を中止した。
ただし、国防総省は1月13日、クウェート駐留部隊を1万5000人増強すると発表している。少なくとも2つの空母部隊がこの地域のパトロールを継続する予定で、第3の部隊が加わる可能性もあると報じられている。
米国とイスラエルの見解の相違イランのウラン濃縮は、兵器級に近づいている(写真は2008年にナタンツのウラン濃縮施設を視察するマフムード・アフマディネジャド大統領)〔AFPBB News〕
米国とイスラエルの論争は、イランの核兵器保有を阻止すべきか否かに関する見解の相違が発端ではない。米国のレオン・パネッタ国防長官は今年に入り、イランの件で必要であれば武力を行使すると確約する寸前まで行った。
しかし両国の見解は異なる。
バラク国防相らイスラエルのタカ派は、フォルドゥでウラン濃縮が開始された時点で越えてはならない一線を越えるとの見方をとっており、その後間もなく、2006年に北朝鮮が初歩的な核爆弾の試験を行った時のような、「強行突破」的な核保有の発表があってもおかしくないと見ている。
一方の米国は、十分な抑止力を持たないままでは、イランは攻撃を招くことになりかねないため、そのようなことはあり得ないと考えている。むしろイランは大量の核兵器や打ち上げ用の核ミサイルを製造可能な段階に達するまで、あらゆる手段を並行して進めるのではないかというのが、米国の見方だ。
そうであれば、経済的、外交的な圧力により、核兵器の大量製造という一線を越えるのはイラン自身のためにならないと説得する時間はまだある。
実際のところ、その可能性がどれくらいあるかは誰にも分からない。イランには30年以上にわたって外部からの圧力に耐えてきた誇り高い実績があり、ある程度の犠牲はあったものの、常に何らかの制裁に対処してきた。
また、既にひずみが出ているイランの経済に、新たな制裁がどれほどさらなる痛みを与えられるかも分からない。
恐らくイランは大幅な割引価格で、ほとんどの石油を中国やインドに売りさばけるはずだ。また、イスラエルのヤーロン副首相は、厳格な禁輸措置を求める西側の声は限定的なものかもしれないと考えているが、これは的を射ている。
たとえサウジアラビアが積極的に石油を増産し、リビアの生産量が予想より早く回復したとしても、在庫に余裕がない状況は変わらず、どれだけ余剰生産能力があってもアジアの需要にすぐさま食い尽くされてしまうだろう。
制裁の効果と影響 大手銀行ソシエテ・ジェネラルは、たとえ段階的な禁輸措置が時間をかけて適用されたとしても、神経過敏なトレーダーが市場の調整の行方に恐れをなし、ブレント原油の価格が1バレル=150ドルに達する可能性もあると試算している。ここまで価格が上昇すれば、米国が景気後退に逆戻りし、ユーロ圏の危機も悪化する可能性が出てくる。
従って、新たな制裁はイランに対し、劇的というよりは徐々に効いていく可能性が高い。それでも、アラブの春、そして何よりシリアのアサド政権が失脚する可能性など、別の脅威にもさらされている中で、制裁はイランの孤立感をさらに募らせるだろう。イランにとって、シリアは中東地域で唯一の揺るぎない同盟国だ。
また、核の一線に達する、ましてやその線を越える覚悟がイラン自身にあるのかどうかも定かではない。イランは同国の核開発が「軍事的な側面」を持つことに対するIAEAの懸念を和らげようと、1月中に視察に来るよう同機関に熱心に働き掛けている。
たとえイスラエルがうずうずしていても、イランと米国の双方がどちらも生きるか死ぬかの対決を望んでいない限り、実際にはまず対決は起きないはずだ。
© 2012 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
JBpress.ismedia.jpより引用 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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「アンカー」の動画を見つけました。 UP主に感謝! 本日も絶対必見映像です! 青山氏の「アンカー」はスクープのような内容が多いのですが、今回も他では全く報道されていない重要な情報です。 ズバリ!キーワードは、「2012、民主主義が崩れる」 「荊(いばら)の希望」。 番組サイトより 「スーパーニュースアンカー」 (KTV) http://www.ktv.co.jp/anchor/ 10/5のアンカーは… ▽激変目前 足場を固めるプーチンと焦るオバマ 日本は増税? 混乱する世界の真相を青山がズバリ! ヤマヒロ氏の Podcast 「ヤマヒロのアナ Pod cafe」 http://ktv.jp/podcast/ 関テレ・アナ 村西利恵さんのブログ http://www.ktv.co.jp/ktv/ann/cafe/muranishi/index.html 青山氏のブログ「ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ」 http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july 「アンカー」放送翌日の木曜日に「ぼやきくっくり」さんが「文字起こし」を公開されています。 ↓ 「ぼやきくっくり」さんのブログ http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/ 「アンカー」文字起こし http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid336.html ・ 尚、この動画UP主の方は拡散を希望されているようですので、拡散しやすいように You Tube のURLも載せておきます。 動画UP主の方によっては、「拡散すると直ぐに見つかって削除されてしまう」という理由からなのか、拡散を希望されない方もおられます。 http://www.youtube.com/watch?v=oabJJMdPDvo http://www.youtube.com/watch?v=RLGdsr0uHSE http://www.youtube.com/watch?v=gMGHgcEU_-A http://www.youtube.com/watch?v=a1yFvO7h_Ts ・ 「淡交 You Tube」 http://www.youtube.com/user/tankou2008 この情報はサイト内にUP済みですので、映像が見れない場合は、「淡交」 非公開サイトをご覧下さい。 http://www.geocities.jp/tankou_2008/ 青山氏の「命がけの発言」がより多くの人たちに伝わりますように・・・ワンクリック お願い致します。 にほんブログ村 政治ブログへ(文字をクリック) ![]()
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近年の核兵器をめぐる世界各国の動向(2)
第2回:ロシアと中国、そして北朝鮮
2011.07.11(Mon)
(2)からの続き
オ 米側の対応の可能性と今後の米中軍事バランス 核拡散疑惑に対する対応はオバマ政権にとり、対テロと並び安全保障上の最大の課題である。しかし、そのための対応策は外交的努力が主体となる。以下では、主として軍事的対応策について分析する。
軍事上は、中国側の意図や国内事情がどのようなものであろうと、米国側としては前述した中国側の、いわゆる「接近拒否戦略」を脅威視しており、その対応を迫られている。
そのため、米軍がいま打ち出しているのが、海空戦力により接近拒否戦略に対抗する「統合海空戦闘概念(a joint air-sea battle concept)」である。
この概念は、高度の対接近、地域拒否能力を持つ装備を備えた敵性勢力などを打ち負かすために、米海空軍が共同で開発した全軍事作戦にわたる新たな概念である。
空、海、地上、宇宙、サイバー空間などすべての作戦領域にわたり、米国の行動の自由に対する高まりつつある挑戦に対処するために、いかに海空軍がその能力を融合させるかを扱っており、効果的な戦力投射能力に必要とされる、将来の能力開発の方向付けに役立つものと期待されている。
しかし、まだ構想段階であり、その実現の可能性には疑問が残る。前述した厳しい米国の財政事情を考慮すれば、統合部隊構想の実現は容易ではない。
事実、2011年の「米国国家軍事戦略」では、「われわれの国家と軍はともに厳しい予算不足にさらされており、国防予算の増加は見込めない。これらの圧力に適応するために、必要とする即応性、訓練、近代的装備に欠けた空ろな戦力になるわけにはいかない」とし、その代わりに、「将来の挑戦的リスクを効果的に和らげるための持続可能な進度」で統合部隊を整備していくとの方針が示されている。
以上の、中国の経済成長と軍事費の急増、米国の財政悪化と国防費の削減という見通しを前提にすれば、今後、米中軍事力の我が国周辺でのバランスが中国側に有利に傾いていくことは、ほぼ間違いないであろう。
外交は背後にある軍事的優位性が伴わなければ、大国相手に強制力は発揮し得ない。優位に立つ中国が米国の外交的な核不拡散努力に協力姿勢を示さないとすれば、米国の核不拡散努力にも自ずと限界が生じてくるものと予想される。
(4) 北朝鮮を中心とする核とミサイル拡散の国際的ネットワーク
ア 北朝鮮とイラン、ミャンマー 北朝鮮は、米国を目標とする核搭載可能なミサイルを開発していることは、ほぼ間違いない。
現在ミサイルに搭載できる核弾頭の開発に成功したことはまだ確認されていないが、6発分のプルトニウムを保有し、2010年11月には、第2の兵器用物質を得るためのルートとしてウラン濃縮能力があることを誇示している。また金正恩(キム・ジョンウン)後継体制になっても、これらの政策に変化は期待できそうにもない。
前述した2011年5月の国連安保理への専門委員会の報告文書では、北朝鮮について、イランとミサイル開発で協力している兆候として、2010年10月の軍事パレードで出現した新型のノドン・ミサイルの弾頭が、イランのシャハブ3と設計が極めて類似していることが指摘されている。
またミャンマーについても、核開発している確たる証拠はないが、北朝鮮と核拡散活動で協力しており、ミャンマーは核・民生両用物資の最終使用者となり、あるいは北朝鮮に対する輸出の中継点になっている可能性がある。
イ シリア シリアが2007年にイスラエルの空爆により破壊された原子炉を再建しているとの疑惑は、2009年頃から持ち上がり、IAEAは再三査察を要求していた。
2011年2月にシリアは、6フッ化ウラン製造工場に対する査察には同意したものの、疑惑の核心となる原子炉への査察は認めなかった。これに対し米国は強く疑惑の原子炉への査察を要求し、同年5月にようやくシリアは査察受け入れを回答している。
なお、2007年イスラエルの空爆により破壊されたシリアの原子炉は、北朝鮮の寧辺にある原子炉と同型であったが、同じ場所での原子炉の建設を北朝鮮はひそかに支援しているとして非難されている。
ウ イラン イランについては、核開発疑惑が2010年秋には頂点に達し、イスラエルの空爆の可能性などが予測されていた。しかし、2011年2月、Stuxnetと呼ばれるコンピューターワームにより、ナタンツの遠心分離装置を統制するコンピューターソフトが破壊されたことが報じられた。
その結果、イランの核開発は一時止まり、2014年までは脅威にならないと見られていた。しかし2010年11月に、北朝鮮のウラン濃縮施設が「数千台」の遠心分離機を使い、正常に稼働していることが報じられ 、施設が米側の専門家に公開された。
このことは、イランのウラン濃縮が北朝鮮で密かに継続されていた可能性を示唆しており、イランの核開発は依然として継続しているとの見方が高まっている。
なお、IAEAは2011年3月、イランが2007年初めから4.1トンの低濃縮ウラン、核爆弾2発分を生産し、公表されていない核関連活動の兆候が見られ、その中には核ミサイルの搭載用弾頭の開発と見られる兆候もあるとの報告を提出している。
またイランに協力した企業として中国企業が挙げられ、中国の核専門家がイランの核施設に招待されたことをイラン側が証言している。
イランとパキスタンの関係についても、新しい動きが報じられている。イランは核起爆用の中性子発生実験を行い、シャハブIIIミサイルの核弾頭用の高性能通常炸薬の減量化についても研究しており、核兵器を組み立てるまでに1年から5〜6年の間にいる と報じられている。
またISISは、イランがナタンツでこれまで499kgの低濃縮ウランを生産し、施設の能力は月産156kgに増強されていると、国連文書から分析している。またIAEAは、遠心分離機は5860基あり、そのうち2100基は停止中だが、164基の新型が配備されていると発表している。しかしイランの施設の秘匿度は増大しており、核施設建設の疑いが高まっている。
(5) まとめ
以上の現在の核戦力の趨勢から判明することは、米国の核戦力と通常戦力の近代化は進められているものの、米本土防衛、核拡散阻止と対テロに重点が置かれ、前方展開戦力を支える装備は削減方向にある。
また米露間の核戦力の削減交渉は、戦術核の削減とミサイル防衛システムの扱いで頓挫しており、これ以上の進展は当面期待できない。
しかし戦術核戦力、戦域核戦力は日本周辺では中露が優位にあり、米国の核の傘の信頼性も、これ以上の核戦力削減に踏み切れば揺らぎかねない状況にある。
他方で中国とロシアは日本周辺において接近拒否戦略を追求しており、日本有事に米軍空母打撃群が予定通りの時期と規模で来援すると期待するのは、軍事バランス上から見て困難になりつつある。
また、中国と北朝鮮は自ら核戦力の増強に努めつつ、パキスタン、イラン、シリア、ミャンマーなどの核兵器とミサイルの開発を直接的間接的に援助し、核拡散を黙認または支援している。
特に近年の核拡散ネットワークの協力関係は、これら諸国間に複雑に張り巡らされるようになり、他方で各国国内の開発も進んでいるため、ますます拡散の発見や阻止は困難になっている。
これらの諸事情を考慮すれば、日本や米国など、既存秩序を擁護する立場にある諸国は、今後、中露、北朝鮮、パキスタン、イラン、シリア、ミャンマーなどの秩序挑戦国から、核、通常戦力などの軍事面でも、核不拡散などの外交面でも、様々な挑戦を受けることになると予想される。
それへの備えを、特に米国との安全保障体制を外部からの侵略対処のよりどころとしている日本としては、真剣に考えるべき時にきている。
何よりも日本自らが、中露朝などのミサイル、特殊部隊、核兵器、サイバー攻撃その他、種々の多様かつ重層的な脅威にさらされていることを自覚し、米軍の来援が得られない場合も、独力で国防に当たる覚悟と備えを持たなければならない。
JBpress.ismedia.jpより引用 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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