ミッドウェー海戦研究所

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米海軍

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 今年、2012年は第2次世界大戦中の1942年に生起したミッドウェー海戦から70周年にあたります。そこで、「ミッドウェー海戦70周年特集としてアマゾンの「ミッドウェー海戦」関連書籍の書評を行っていきます。
 
 
 SBD"ドーントレス"急降下爆撃機をご存知ない方のために、概略を"Wikipedia"より引用しますと、↓
 
SBDは、ダグラス社が第二次世界大戦前に開発した、アメリカ海軍艦上偵察爆撃機艦上爆撃機)。名前のSBは偵察爆撃機(Scout Bomber)を意味し、Dはダグラス社を意味する。
 
第二次世界大戦の殊勲機として、急降下爆撃機偵察機として第二次世界大戦のほぼ全期間において運用された。アメリカ海軍だけでなく陸軍海兵隊でも運用された他、少数がイギリス海軍に供与されている。
 
第二次世界大戦の太平洋戦線においては、緒戦期のアメリカ海軍の苦しい時期、ミッドウェー海戦を契機とする戦局の逆転、そして勝利への階段を一気に駆け上り始めるまでを見届けた歴史の立会者であった。
 
 「ミッドウェー海戦」や「SBD ドーントレス (航空機)」の詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"Wikipedia"の項目か、下の動画をご覧下さい!
 
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。因みに、上の動画のSBD"ドーントレス"急降下爆撃機ですが、「ミッドウェー海戦」で使用されたSBD-3ではなく、SBD-5です。 
評価 ★★★★
イメージ 1<目次>
Flying SBD in Color 2
Helldiver in Combat 4
Flying SB2C in Color 6
SBD & SB2C Special Graphs 10

SBD各型写真解説 24
SB2C各型写真解説 42
Dauntless in Action 58
Helldiver in Action 68
インドシナの仏海軍ヘルダイバー 74
SBD & SB2C Technical Drawing 82
ドーントレスの誕生から終焉まで Masami Tanimura 18

SBD技術的特徴 Kunio tahara 35
ヘルダイバーの開発と各型 Hiroshi Fujiwara 36
ドーントレスの戦闘記録 Kouki Aiba 53
ヘルダイバーの戦闘記録 Yoshio Tamiya 64
SBDの塗装とマーキング 76
SB2Cの塗装とマーキング 79

<書評>
 本書は、第2次世界大戦中に米海軍が使用した急降下爆撃機「ドーントレス」と「ヘルダイバー」を取り上げた書籍です。

 解説の詳細を見ますと谷村正美氏の「ドーントレスの誕生から終焉まで」と藤原洋氏の「ヘルダイバーの開発と各型」は、短い文章であるものの、ドーントレスとヘルダイバーの概略を適切に説明していますが、田原国雄氏のSBD技術的特徴では、単にダイブ・ブレーキと操縦が後席から可能である点に触れているだけでその他の点には、言及していません。

 少なくとも、照準器の変遷とドーントレスの燃料タンクの位置及び防弾装備、そして、使用された爆弾と信管の特徴に触れて欲しかったです。特に爆弾では、日米両海軍に著しい差が見られ、ミッドウェー海戦でドーントレスが投下した爆弾は、海軍専用薄殻爆弾「マーク9」。500ポンド爆弾では総重量約222kg、炸薬146kg。1000ポンド爆弾では総重量約464kg、炸薬332kg。(「パールハーバーの真実 技術戦争としての日米海戦 (PHP文庫)」参照)日本海軍が使用した99式25番通常爆弾1型の91式炸薬が、約60kg。(「日本海軍の爆弾―大西瀧治郎の合理主義精神 (光人社NF文庫)」参照)つまり単純な炸薬量の比較で約2.4ないし約5.5倍の格差が生じており、急降下爆撃機にとって最も重要な爆撃能力の格差の解説が、抜けていると思われます。

 相波光輝氏の「ドーントレスの戦闘記録」と「ヘルダイバーの戦闘記録」には、極めて初歩的なミスが散見されます。「ドーントレスの戦闘記録」のミッドウェー海戦の解説では、55P「アメリカ空母は3隻で日本の6隻の半分であり」とありますが、連合艦隊(主力部隊)の『鳳翔』と第二艦隊(攻略部隊)の『瑞鳳』は海戦に参加しておらず、疑問が残る記述です。また、「1000lb爆弾は日本の空母の「蒼龍」の甲板に直撃して、続いて「赤城」が2発、「加賀」4発を食らった。」と第1航空艦隊戦闘詳報の記述をそのまま記述していますが、日本海軍の生存者の証言では、『加賀』『赤城』『蒼龍』の順に被弾し、加賀が被弾した爆弾の正確な数は、1000ポンド爆弾が1発(2発説もある)と500ポンド爆弾が3発で、「ドーントレスの戦闘記録」のミッドウェー海戦の記述は正確とは言い難いです。

 さらに「ヘルダイバーの戦闘記録」には、「「大和」を片道燃料で沖縄に突入させた。」と、解説文の全体の信頼を損ないかねない明らかに間違った記述です。

 両機体とも非常に活躍し、多くのエピソードがあるにも拘らず、2機種で一冊で解説するには十分な記述が出来る紙幅が確保されず、また、敵機であるため需要が少ないせいか解説の品質管理が十分に行われているとは言えず、積極的にお勧めできる本とは言えない部分もあるため、星4つとさせていただきます。

 「ドーントレス」と「ヘルダイバー」各々の機体の改訂版が期待される本です。
 
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日本軍の攻撃を受け炎上するアメリカ海軍空母レキシントン
 
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左の写真は、空母「レキシントン」の魚雷と爆弾の命中箇所を示した図
 
 本日5月8日は、1942年珊瑚海海戦で、日本海軍の航空攻撃により米空母「レキシントン」が撃沈してから70周年にあたります。
 
 そこで、本日は空母「レキシントン」撃沈70周年記念特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。
 
 
 「珊瑚海海戦」や空母「レキシントンの詳細をご存じない方は、リンク先の"Wikipedia"の項目や下の動画(こちらの動画は、本書の内容とは逆の米海軍の攻撃を邀撃する零戦ですが、当時の感覚を認識する上で、非常に良い動画と思います)をご覧下さい。
 
 
下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
"The LEXINGTON goes down"
評価 ★★★★★
イメージ 1●目次

第1部 傷ついた巨人
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
1 「レキシントン」の生いたち・・・14
2 プリマドンナのように・・・・・・・・25
3 軽空母「祥鳳」を撃沈・・・・・・・35
4 たそがれ・・・・・・・・・・・・・・・・・48
5 「サンドイッチを開け」・・・・・・・57
6 日本機来襲・・・・・・・・・・・・・・・66
7 集中攻撃・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
8 “妻よ、生まれてくる赤ん坊よ”・・・・85
9 日本機、みごとな雷・爆共同攻撃・・93
10 七点鐘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100
11 艦を救えるか?・・・・・・・・・・・・・・・・104
12 ついに誘爆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・112

第2部 沈みゆく巨人
13 決死、応急修理班の活躍・・・・・・・120
14 攻撃指揮官の最後・・・・・・・・・・・・132
15 「救援の用意されたし」・・・・・・・・・137
16 「総員退艦!」・・・・・・・・・・・・・・・・150
17 巨人の断末魔・・・・・・・・・・・・・・・・・167
18 護衛艦艇、決死の救出作業・・・・・178
19 波間に消ゆ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・188
  おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・198
  珊瑚海海戦の回顧/山本親雄・・・199
  訳者あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・209

<書評>
 本書は、1942年5月7日〜8日、日米両海軍によって史上初の空母対空母による対決が生起した珊瑚海海戦に参加した米空母レキシントンを取り上げた戦史小説です。その内容は、原題の"The LEXINGTON goes down"や副題の「空母レキシントン撃沈!」からも解るように、米空母レキシントンが沈没に至る過程を当事者の証言を元にアメリカ人ジャーナリストのA・A・へーリングがドキュメンタリータッチで再構成したものです。他の珊瑚海海戦を取り上げた書籍では、概略を述べた程度で終わっている米空母レキシントンの最後を極めて詳細に語った本書は、第二次世界大戦ブックスで文庫化されなかった点や日本語で読める米空母レキシントンの最後を語った唯一の書籍と言う点も相まって、極めて貴重な本となっています。

 本書の特徴を述べますと、本書では珊瑚海海戦時の日本海軍の動向は、殆ど触れていません。そのため、監修者の山本親雄元海軍少将(兵46期)が巻末で「珊瑚海海戦の回顧」という一文を寄せて、読者が珊瑚海海戦の全体像を理解する手助けを行っております。また、本書の証言者の大部分は、空母レキシントンの乗組員と空母レキシントンの護衛任務にあたった艦艇の乗組員でほぼ占められており、空母レキシントンから発艦した攻撃隊のパイロットの証言はほとんど無く、徹頭徹尾、空母レキシントンのみを本書では取り上げています。そのため、珊瑚海海戦を全体像を知りたい方は、「暁の珊瑚海 (文春文庫)」や「サンゴ海の戦い―史上最初の空母戦 (1979年) (角川文庫)」をお勧めします。

 本書で取り上げた空母レキシントン乗組員の証言の詳細を見てみると、本書の出版時(原著出版は1971年)には多くの関係者が存命しており、その証言とアメリカが戦勝国であるため、残存した豊富な一次資料を基に、珊瑚海海戦の空母レキシントンで起きた事実を詳細に語っているものの激しい戦闘によって証言が混乱を極めております。例えば、

70P(日本軍機が)「メッサーシュミットにそっくりの水冷式だった。」
98P「五〇〇キロの至近弾が一つ、」
106P「三本から五本の魚雷をくったとのことである。」

といった、明らかにおかしい証言が有りますが、逆にそれが戦場の生々しさ読者に与えます。

 翻訳に関しては、殆ど問題が無いと思われますが、三〇ミリや五〇ミリといった米海軍が明らかに使用していない機関砲の記述が散見されます。恐らく、原著では30.calや50.calといった1/100インチを単位として銃身の内径を表す口径の記述だった仮定すると、それぞれが7.62mmと12.7mmの機関銃に該当して、実際に米海軍で使用された機関銃の口径と矛盾が無くなる為、誤訳である可能性が高いです。

 しかし、本書ではこのような細かい瑕疵があるものの、極めて貴重な本であることには変わりなく、珊瑚海海戦の詳細を知りたい方には必読の書と言えるでしょう。そのため、星5つとさせていただきます。もし、本書を良い状態で定価の600円程度の手に入るのでしたら、迷わず購入することをお勧めします。
 
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日米安保を陰で支える日本の柔道
海軍士官学校が100年ぶりに日本人コーチを招聘
本の柔道が日米同盟に貢献している──。
 
 こんな記述はいかにも奇異に響くだろう。そもそも柔道という武道、あるいはスポーツが政治的な目的に資するということがあってはならない、とする考え方もある。
 だが、最近の米国海軍士官学校での日本の柔道選手たちの指導ぶりを見ると、ついそんな感想も湧いてくるのだ。
 
 首都ワシントンから車で1時間たらずのメリーランド州アナポリスには米海軍士官学校が堂々とそびえる。この学校は4年制一般大学に匹敵し、卒業生は大多数が海軍の少尉や海兵隊の少尉へと任官する。
 
 現在の学生数は4600人、入学は極めて難関だとされる。卒業生は軍務に就いた後に、民間に転じ、ビジネスマンや政治家となる人たちも多い。
 
 歴代大統領の中にさえ、この海軍士官学校卒業生がいる。上院議員や下院議員、さらには閣僚にもアナポリス出身は多数いる。例えば、前回2008年の大統領選挙で共和党候補となったジョン・マケイン上院議員は親子2代にわたる海軍士官学校卒業生である。
 

ルーズベルト大統領が目の当たりにした柔道の強さ

 この海軍士官学校の日本の柔道への関わりは歴史が古い。日露戦争直後の1905(明治38)年、講道館の山下義韶(やました・よしつぐ)師範がこの士官学校の柔道教師となった。時のセオドア・ルーズベルト大統領に推薦されてのことだった。山下師範は士官学校の米国人学生たちに2年間も柔道を教えた。
 
 その契機は前年の1904年、山下氏がルーズベルト大統領に招かれ、ホワイトハウスで大統領一家に柔道を教え始めたことだった。だから日米の柔道交流は、米側ではホワイトハウスや大統領という最高次元での受け手を得て、今から108年も前に始まったこととなる。
 
 ちなみに今年は首都ワシントンに日本からの桜の木が贈られてちょうど100年となる。3月下旬からの恒例の桜祭りは、1世紀の日米友好を記念して多彩な行事が展開されたが、同じ日米友好でも、柔道の交流が桜以前に公式に始まっていた歴史はあまり知られていない。
 
 セオドア・ルーズベルト大統領は山下師範の実力を目の当たりに目撃し、感嘆した。身長162センチの山下氏は190センチの巨漢の米人レスラーと試合をして、見事に投げ、腕の関節技まで極(き)めて、快勝したのだった。その結果、同大統領が山下師範を海軍士官学校へ柔道指導者として送りこんだのである。
 
 だが1906年の終わりには、その指導も終わった。以来、長い年月、日本の柔道指導者が米国海軍士官学校に招かれ、正規のコーチとなることはなかった。日米関係のその後の歴史の展開を見ても、その理由は分かるだろう。
 

100年の空白を経て東海大学柔道部がコーチを派遣

 しかし、今やその断絶状態が終わり、100年以上もの歳月を経て、また日本人柔道家による指導が再開されたのである。海軍士官学校側が東海大学柔道部から定期的にコーチを招請するようになったのだ。
 
 東海大学柔道部と言えば、山下泰裕、井上康生というような名選手を輩出した名門柔道部だが、2012年1月からは同大OBの片渕一真氏が3カ月近く米海軍士官学校柔道部でのコーチを務めた。片渕氏は東海大学が3年前に全国優勝した際のメンバーで、米欧での柔道体験も豊富である。
 
 私もその片渕氏に同行して、アナポリスの海軍士官学校での稽古に参加した。30人ほどの屈強な学生が整列して、4年生のマット・ステルマク主将が「先生に礼!」と日本語で号令をかけ、練習を始めた。
 
 この日はたまたまワシントンに短期留学していた桐蔭横浜大学の黒瀬遼選手も片渕氏の助手役で加わった。黒瀬選手は60キロ級の全国級選手で、この4月から警視庁に勤務している。
 
 片渕コーチが基本の投げ技を反復して説明し、学生たちに繰り返させる。黒瀬選手が得意技の背負い投を解説する。そして自由に攻撃し合う乱取りとなる。熱のこもった練習が1時間半ほど続いた。
 
 私はここ数年、海軍士官学校の学生たちの柔道を試合や稽古でときおり見てきたが、今の学生たちは明らかに強くなっていた。同校に、もう2年ほど海上自衛隊からの交換士官として勤務する筒井大介3等海佐も、「日本人コーチの指導が始まって以来、学生たちの柔道が目に見えて積極果敢になりました」と語っていた。
 
 稽古を終えて、汗だくだくの学生たちに尋ねると、「日本の第一線の選手の技や精神はやはりすごく、学ぶところがあまりに多いです」(カイル・カフィー君)、「片渕コーチからは技をかける際の崩しを最大の教訓として教わり、自分の技が利くようになるのを実感しました」(デイン・オオシロ君)といった答えが真剣な語調で返ってきた。
 
 海軍士官学校の柔道部員たちは、3月中旬のカリフォルニアでの全米大学選手権大会に参加した。片渕コーチが同行し、密着して指導をした。その結果、個人戦の総合でこれまで毎年のどの参加よりもすぐれた戦績を上げた。
 
 団体戦ではなおサンノゼ州立大学や陸軍士官学校にはかなわなかったが、従来よりはずっと上位の結果だったという。片渕氏も「この大会で東海大学側の集中的な指導の成果が確実に上がったと実感しました」ともらしていた。
 
 この100年もの空白を埋めての米海軍士官学校での日本側による柔道指導は、実は五輪金メダリストの井上康生氏が端緒を開いた。
 
 2010年11月にワシントン地区への柔道主体の日米友好訪問をした井上氏は海軍士官学校にも招かれた。全学生が揃う昼食の集いに招待された井上氏は大歓迎を受け、午後は柔道部員たちをじっくりと指導した。その訪問が契機となり、同校はそれまでの柔道クラブの同好会ふうの地位を正式の部に昇格させた。同時に、井上氏の母校である東海大学柔道部から、定期的にコーチを招請するようになったのだった。
 
 井上氏の次には2011年9月に東海大学助教の大川康隆氏が3週間近く来訪して、指導した。そして今年の片渕氏の訪問へと続いたのである。
 

日米安全保障に貢献する柔道交流

 「Naval Academy」、つまり海軍士官学校と言えば、米国人なら誰でも知っている伝統の軍人養成大学であり、軍以外の各界にも人材を輩出している点では、名門の高等教育機関である。米国社会で大きな役割を果たすそうした大学との交流は、日米関係の強化という面でも意義は大きいと言えよう。
 
 同大学の柔道部長のジョン・ドナホー海兵隊少佐が「学生たちは日本の柔道の奥深さに改めて感嘆し、その一端を学ぼうとして一生懸命ですから、日本をよりよく理解することにもつながるでしょう」と語るように、この柔道交流が日米友好の深化と呼べることも確実だろう。
 
 まして日米間の他の多くの交流分野と異なり、この柔道交流は日本が完全に導き、与える側である。やや大げさに日米安全保障という観点から見ても、日本側の寄与が大きいと言えよう。
 
 この交流を東海大学側で最初に主導した同大学柔道部の山下泰裕師範は、「東日本大震災の際のトモダチ作戦へのお礼をも込めて」とも述べた。そうなると、この交流は日米同盟への貢献と言っても、決して誇張にはならないように思えてくる。
 

 桜祭りの派手な行事の背後でこんな地道な日米交流も進んでいることも、ぜひより多くの日本国民に知ってほしいと念ずる次第である。


JBpress.ismedia.jpより引用

 
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米軍の「アジア重視」新戦略に3つの懸念
中国の軍拡を睨みアジアへの配備拡大を目論むが・・・
2011.11.02(水) 古森 義久
国のオバマ政権が、安全保障面での「アジア最重視」を明確に語るようになった。アジア・太平洋の再重視だともいう。イラクやアフガニスタンを重点とした米軍の戦力を、東アジアへ回す方針だというのだ。
 
 中国の軍拡を睨んでの抑止戦略が最大の主眼だとされる。この変化自体は日本にとっては歓迎すべき動きだが、実際の米軍戦力のアジアへのシフトが、公表通りの実効を伴なって進められるかどうか、いくつかの深刻な懸念がなお残る。
 

米軍はイラク、アフガニスタンからアジア・太平洋へシフト

 米軍のアジアシフトはオバマ政権の2人の重要閣僚によってほぼ同時に明らかにされた。レオン・パネッタ国防長官とヒラリー・クリントン国務長官である。
 
 アジア歴訪中のパネッタ長官は10月24日の日本滞在中にも、「米国はアジア・太平洋での軍事プレゼンスを強化する」と言明した。イラクの米軍の駐留が今年いっぱいで終わり、アフガニスタンでも米軍の規模が着実に縮小するにつれ、米軍の世界的な戦略が「転換点」を迎え、その重点はアジアへと移るのだという。
 
 クリントン長官も大手外交雑誌に最近、発表した「米国の太平洋の世紀」と題する政策論文で、「米国のこれまで10年のイラクとアフガニスタンでの軍事努力は、その重点を移し、今後の少なくとも10年はアジア・太平洋にシフトする」と明言した。
 
 アジアシフトの最大の理由はどう見ても中国である。
 
 クリントン長官はシフトの原因について、その論文では外交や経済、戦略の各面でのアジア・太平洋への包括的な関与が必要になったと述べているが、同時に中国に最大の記述を費やしていた。しかも「中国の軍事力の近代化と拡大」や「中国の軍事的意図の不透明さ」という言葉を前面に出していた。
 
 そして、対中関与の重要性をうたいながらも、「公海の航行の自由」を再三、強調して、中国の南シナ海などでの傍若無人の行動に警告を発していた。
 
 パネッタ長官も、米国がこれからアジア、太平洋戦略を重視する背景として、「中国が軍事力の近代化を急速に進め、しかも透明性を欠き、東シナ海や南シナ海で威嚇的な行動を取っている」と具体的に述べていた。
 

日本にとって歓迎すべき「アジアに帰る米国」

 では、米軍は新しいアジアシフト戦略として、具体的にどのような措置を取るのか。パネッタ、クリントン両長官の発表や発言を総合すると、以下のような項目が浮かびあがる。
 
・米国は日本と韓国という年来の同盟相手との防衛の絆を強め、深める。
 
・米軍はオーストラリアの駐留規模を拡大し、合同演習を増す。
 
・米軍はシンガポールに沿岸警備艦艇を配備し、太平洋からインド洋にかけての警備活動を強める。
 
・米軍はフィリピンへの艦艇の寄港を増やし、地元テロ対策部隊の訓練にあたる。
 
・米軍は中断してきたインドネシア軍の訓練を再開する。
 
・米国はインドやベトナムとの防衛交流を進める。
 
 クリントン国務長官は米国のこうした動きを「新しい世界の現実への対応」とも形容した。日本などアジアの諸国にとっては「アジアに帰る米国」は歓迎すべき対象である。中国が軍事拡張を重ね、国際合意を無視する行動を顕著にしている現在、超大国の米国の軍事強化はアジアでの抑止となり、安定を増す動きだと言えよう。
 
 しかし、そう安心してもいられない。米国のアジア復帰が中国の膨張に対して本当に抑止や安定への実効をあげるのかどうか。
 
 まず上記の「強化策」を見ても、具体的な個々の措置はいずれも規模が小さく、ささやかな防衛策である。日本や韓国との同盟の強化や深化といっても、具体的な措置が浮かんでこない。
 
 そもそも米国のアジアでの防衛戦略自体が、いま幾多の障害に直面しているのだ。その種の障害は米国の「アジア・太平洋重視戦略」全体に大きな影を落としていると言える。その影はアジア側にとっての深刻な懸念ともなっているのだ。
 

米国の財政危機が国防費を直撃

 では、どんな障害があるのか。
 
 第1には米国の財政危機である。米国政府はいま未曾有の財政赤字に悩まされ、政府の支出の大幅削減を迫られるに至った。
 
 議会の超党派の特別委員会が11月下旬までに支出削減の合意を成立させられなかった場合、国防費は自動的に「今後10年間に最小で5000億ドル」という大規模な削減をされることになる。それがなくても国防総省は、自主的に現在の年間6000億ドル水準の国防費を2017年までに累積で合計4500億ドル分を減らす方針を決めている。
 
 国防費の大幅カットでまず最も多く削られるのは、地上で活動する陸軍部隊や海兵隊の経費だとされる。アジア駐留米軍も、まだまだ陸軍や海兵隊の比重が大である。だから国防長官がいくらアジアの駐留米軍の増強を求めても、予算措置という次元での部隊縮小が起きかねないのだ。
 
 国務、国防両長官がいくら「アジア、太平洋での軍事関与の増大」を叫んでも、その通りには実現できない可能性も高いのである。
 

中国に対して「弱腰」なオバマ政権

 第2の障害は、オバマ政権自体の姿勢である。
 
 オバマ政権は台湾が切望してきた戦闘機F16 C/D型の売却をついに拒み通した。台湾がすでに保有する旧式のF16 A/B型を部品の取り替えなどでアップグレードするという道を選んだのだった。
 
 米国の台湾への武器売却は米側の国内法「台湾関係法」に基づいて台湾の防衛強化のために実行することが規定されている。だが、オバマ政権は台湾が求める新鋭戦闘機を売らなかった。明らかに中国への配慮である。
 
 本来、対決を嫌い、軍事を軽視する傾向の強いオバマ政権がこうして中国の勢いに押されて後退を続けるという可能性は、大手安保研究機関の「新アメリカ世紀研究所」の予測でも指摘された。東アジアでは、米中関係のパワーシフトが起きて、中国が経済や政治、そして軍事でも力を増し、オバマ政権の穏健な「関与政策」がそのシフトを加速させかねない、というのだ。
 
 要するに、オバマ政権は議会や共和党に推進されてアジアの軍事態勢強化を言明するところまでは動いても、中国に対しては断固たる抑止の措置を取らないという展望がちらつくということである。
 

日本の協力体制が不可欠だが・・・

 第3は日米同盟の弱体化である。
 
 日本の歴代の民主党政権は日米同盟の「深化」を唱えながらも、普天間基地問題の行き詰まりなど、実際には、むしろ同盟の後退や弱体化を引き起こしてきた。米国側でも、在日米軍の果たす戦略的な役割の重要性は今も十二分に認識しながらも、現実的な側面での日本への依存度は低いと言わざるを得ない。
 
 この傾向と反比例するように、米国は韓国との同盟を強化してきた。だから「東アジアで米国が最も信頼できる同盟相手国はもはや日本ではなく韓国だ」(ヘリテージ財団のブルース・クリングナー研究員)という受け止め方までが広まってきた。
 
 とはいえ、中国のミサイルや台湾攻略能力の増強などに対して米国が抑止体制を強化する上で、まずアジアで協力を求めなければならない同盟パートナーは、なお日本である。
 
 その日本が米軍基地問題を解決できず、防衛費の削減によって、対米同盟の維持に欠かせない分担を減らすとなると、米軍のアジア戦略全体が期待された効果を発揮できないことになる。
 
 日本の民主党政権が誕生当初に、それまでのインド洋での米軍の対テロ戦争遂行のための給油活動を止めたことへの落胆と失望は、なお米側では消えていない。
 少なくとも3つのこうした懸念が、米軍のアジア新戦略の行方に大きな影を投射していると言えるのである。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
記事冒頭の写真は、日本ビジネスプレスの記事にはなく、記事の著者である
古森義久様のブログ「
ステージ風発」様の記事「米軍の新アジア戦略とはこれだ! 」より引用しました。
 
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ありがとう! 「Tomodachi作戦」司令官
東日本大震災での活躍が評価されペンタゴンへ栄転
2011.10.05(水) 倉本 憲一
 
「Tomodachi」作戦用に作られたワッペン
イメージ 1秋の風に星条旗がはためく下で、米海軍第7艦隊司令官の交代式が横須賀米海軍基地に停泊する第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」で実施されました。
 
 9月7日木曜日、午後5時、交代式の主賓である米海軍太平洋艦隊司令官パトリック・ウォルシュ大将を迎える礼砲が響きわたるなか式典は始まりました。
 
 日米の国旗の入場、両国の国歌の演奏に引き続き大変厳かに交代式が行われました。
 
 米海軍太平洋艦隊司令官ウォルシュ大将の臨席の前で、第7艦隊司令官スコット・バンバスカーク中将の指揮官旗が降下され中将に手渡されました。
 

「Tomodachi作戦」の第7艦隊司令長官バンバスカーク中将が交代

交代式でスピーチをするウォルシュ大将
イメージ 2 次に新第7艦隊司令官スコット・スイフト中将の指揮官旗が掲揚され、指揮の交代をウォルシュ大将に報告が行われ、指揮権の移譲が行われました。
 
 ちょうどその時、初秋の太陽が富士山の山麓に沈むという見事な演出でした。
 
 ブルーリッジ艦尾に作られた式場は、米国国旗をモチーフにした横断幕で飾られ、横須賀港内に停泊中のイージス艦は、満艦飾(信号用の旗りゅうを艦首からマストのトップ艦尾に張ったロープに綺麗に飾る艦の礼式の一種)を実施して交代式を祝っていました。
 
 米海軍の指揮官交代式は、直属の上司の臨席のもと厳粛にかつ華やかに、内外から多くの人々を招待して行われます。
 
 指揮の交代の報告後、ウォルシュ大将が行ったスピーチの中で、海洋の安全や地域協力の大切さと第7艦隊の役割・存在感そして実績等に触れ、バンバスカーク中将の功績に言及するとともに後任者のスイフト中将についてそのバックグラウンドから適任であることなどに言及しました。
 
 現役時代幾度となく米海軍部隊の指揮官交代式に出席しましたが、内容構成はだいたいこの様な要素を含んでいます。
 
 大将の演説を聞きながら、米海軍の指揮官交代式に対する考え方を、そして指揮権に対する考え方を改めて認識した次第です。
 
 軍のような組織にとって、また第7艦隊のように広大な海域で各種の任務を遂行し、あらゆる事態に対応しなければならない部隊の指揮を誰が執るのかということは極めて重要なことです。
 
 従って交代式には、その部隊の直属上級部隊指揮官が臨席し、指揮権の移転を部内外に宣言するのです。
 
 と同時に当該部隊の任務の重要性、旧指揮官の功績を称えることにより全隊員の努力を賞賛し士気を高め、新指揮官の能力がその部隊の任務遂行にいかに相応しいかを述べることにより、隊員の努力を新指揮官を中心に結集させるのです。
 
 それでは、第7艦隊の任務や守備範囲などについて、概略を見てみましょう。
 

第7艦隊の守備範囲とは?

 第7艦隊は、日本の横須賀、佐世保、ホワイトビーチ及び厚木航空基地、岩国航空基地、三沢航空基地はもちろんのこと韓国の釜山、浦項、鎮海、シンガポールなどに基地を置き展開しています。
 
 原子力空母「ジョージ・ワシントン」を主力艦とする数十隻の艦船、350機の航空機を擁しており、その主要な兵力は日本をベースに活動しています。
 
 兵員は数万人規模になり、その担当地域は広大で、西太平洋から日本海、東シナ海はもちろんのこと南シナ海からインド洋の一部にまで、南はオーストラリアやニュージーランド周辺海域まで及び地球の約半分のエリアを活動範囲としており、米海軍の中では、最大の規模と戦力を誇っています。
 
 任務は、紛争地域への派遣はもちろんのこと、関係国への親善訪問や共同訓練そして、係争地域へのプレゼンスもあります。
 
 例えば大震災後のオーストラリアとの共同演習に参加する際、主力部隊は真直ぐに南下しないで、南シナ海を通り関係国との親善や訓練を計画していました。また、地震や津波や大水害への救助活動にも幅広く活動しています。
 
 そのための訓練として、3月上旬にはインドネシアで計画されていた災害派遣訓練に海上自衛隊とともに米海軍も参加する予定でした。第7艦隊司令官は、訓練などの主要な時期に関係国を訪問されることが多く、横須賀でゆっくりされている機会は、ほとんどありません。
 
日米指揮官懇談
イメージ 4 その活動の中心となっている艦船は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」です。たまたま「ジョージ・ワシントン」が修理の時は、他の空母が米本土から派遣されて第7艦隊司令官の隷下に入ることになっています。
 
 今回の東日本大震災の発生時は、修理中の「ジョージ・ワシントン」に代わりロナルド・レーガン空母機動部隊が北西太平洋を行動中であり、韓国との共同訓練が計画されていました。
 
 3月11日東日本大震災の発災の時は、米海軍第7艦隊司令官バンバスカーク中将は、シンガポール、インドネシア方面出張中でしたが、発災後すぐに海上自衛隊の自衛艦隊司令部に電話を頂き、災害のお見舞いと米海軍は全力で支援することを約束してくれました。
 
 その時、私から自衛艦隊の可動艦艇すべてを東北沖に派遣したことや自衛隊の活動状況などについて情報交換を行いました。
 

韓国との共同訓練を中止して日本に空母を派遣

任務を終了したESEEXを送る「ひゅうが」
イメージ 3 第7艦隊司令官と自衛艦隊司令官は、常日頃からカウンターパートとして演習の計画や実施状況の視察、そして演習後の研究会などを行っています。
 
 また、年に数回実施する隷下指揮官を含めた懇談会や日々の日本周辺海域の警戒監視に関する情報や情勢認識の交換などを実施しています。
 
 今回の大震災への共同作戦についてもスムーズに意見交換や調整ができましたが、これは常日頃から実施しているこのような努力の賜物だと確信しています。
 
 バンバスカーク中将は、韓国との共同訓練を中止しロナルド・レーガン空母機動部隊を大震災の支援に派遣するので、現場での調整をお願いしたいとの連絡があり、昨年の海上自衛隊演習で「ジョージ・ワシントン」空母機動部隊と共同した第1護衛隊群司令糟井海将補に現地調整を実施させました。
 
 事前の調整会議もできない突然の共同対処でしたが、現場の日米両指揮官の卓越した調整能力で見事に任務を完遂してくれました。日頃の訓練の成果が見事に発揮できたものと思います。
 
 一方、米海軍太平洋艦隊司令官ウォルシュ大将は、東日本大震災に際し、ハワイから来日して横田基地に約1カ月滞在し日本への支援活動に尽力されました。
 

大日本大震災での活躍が評価されペンタゴンへ栄転

固い握手を交わす新旧の指揮官
イメージ 5 新しい第7艦隊司令官スイフト中将は、ウォルシュ大将の下で働いておられました。
 
 また、新しい自衛艦隊司令官河野海将とは、統幕副長当時のカウンターパートであり、旧知の仲と聞いていますので、横須賀において新しい海上共同体制を構築してくれることを楽しみにしています。
 
 バンバスカーク中将は、第7艦隊司令官の勤務期間は通常2年だそうですが、今回の米海軍の人事において1年足らずでペンタゴンに栄転されるそうです。
 
 勤務期間が規定の2年に足りない異例なものだそうですが、今回のオペレーション「TOMODACHI」の成果を考慮されて、政府内で叙勲の検討が行われていると聞いています。勤務期間の長短ではなく、勤務中の成果を評価していただき是非栄誉が与えられることを祈っています。
 
 交代式後の艦上レセプションには多くの人が集まり、一変して和やかな雰囲気でバンバスカーク中将へのお礼や思い出話、スイフト新司令官への期待等々の話に花が咲きました。
 
 いずれにしても、バンバスカーク中将の人柄をよく知っている日本の関係者の多くからは、「また太平洋に指揮官旗を掲揚して下さい」と、第7艦隊司令官としての勤務期間が短かった分をペンタゴンの任務を終えられた後には、是非太平洋艦隊司令官として勤務され、また来日されることを期待して声をかけて別れを惜しんでいました。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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