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なぜか「侵略的、非行集団」のレッテル、
真の役割を知って日本にも「海兵隊」を 2012.06.05(火)北村 淳:プロフィール 沖縄本土復帰40周年記念日の数日前に沖縄の第3海兵遠征軍司令部で、2011年の「トモダチ作戦」で海兵隊部隊を直接指揮したチンバーレーク准将をはじめとする在沖海兵隊(ざいちゅうかいへいたい:沖縄に駐留する海兵隊)幹部たちと、軍事的観点からの在沖海兵隊に関する意見交換を行った。
私人の研究者である筆者との会合であったため、海兵隊側からは「大きな声では公言できないが」としての率直な話も少なからず出た(したがって、本稿で論ずるのは海兵隊や海兵隊将校の公式見解ではなく、あくまで筆者の意見である)。
在沖海兵隊の戦力縮小を穴埋めする「日本海兵隊」構想 尖閣諸島を含んだいわゆる南西諸島防衛といった話題の中から、ぜひとも紹介しておきたいのが、「いかにして在沖海兵隊の兵力を減少させながらも中国軍による南西諸島方面進出を抑止するか?」に関する方策である。
いくつかのアイデアのうち、日本の自主的な防衛努力という観点から日本が自ら実施しなければならない国防努力として、「自衛隊と在沖海兵隊との、沖縄や沖縄周辺海域での効果的な共同訓練」が挙げられた。
ここでの“効果的”というのは、要するに「中国の侵略的海洋戦力拡張に対して痛撃を加えて抑止効果が期待できるような」といった意味合いである。
それらの共同訓練には、“小”は「在沖海兵隊射撃場での共同射撃訓練」から“大”は「海兵隊ならびに自衛隊部隊が強襲揚陸艦などに乗り組み、沖縄や先島諸島それに尖閣諸島も含んだ東シナ海で広域機動演習を実施」といった具合に様々なアイデアが含まれる。
ただし、いかなる共同訓練を沖縄や沖縄周辺海域で展開するにしても、それのみによって在沖海兵隊の戦力縮小を穴埋めして現状の打撃力を維持することはできない。
近い将来には、海兵隊として完結した能力(併用戦能力+統合作戦能力+緊急展開能力)を保持して沖縄に腰を据える戦闘部隊は「31MEU」(第31海兵遠征隊)だけになる。そのため、いくらハワイやグアムあるいはカリフォルニアやオーストラリアから増援部隊が急派されて、数個の「MEU」(海兵遠征隊)や、より規模の大きな「MEB」(海兵遠征旅団)を編成することが可能であるといっても、沖縄島を本拠地にして海・空から神出鬼没する部隊が縮小されることは、大いなる戦力低下と言わざるを得ない。
したがって、現在の在沖海兵隊が保持している抑止効果を維持するためには、現在、沖縄に存在しているだけの海兵隊的能力を維持し続けなければならない。つまり第31海兵遠征隊を補完する新たな海兵隊的能力が必要になるわけである。
在沖海兵隊の兵力が大幅に削減されるうえに、日本にとって唯一の同盟軍であるアメリカ軍全体の戦力も削減される以上、日本が自国の防備を自ら補完しなければならないのは自明の理である。
しかしながら、現在の自衛隊には海兵隊的能力(併用戦能力+統合作戦能力+緊急展開能力)がほとんど存在しない。とりわけ併用戦能力(Amphibious capability)はほぼゼロの状態であり、統合作戦能力(Joint capability)も極めて低調である。
そこで、日本独自の海兵隊的能力を可及的速やかに構築せねばならないということになる。具体的には、その一部を「JBpress」(3月15日、3月28日の記事)で論じたように、組織名称はともかくも「日本海兵隊」や「海上自衛隊水陸両用戦隊」といった併用戦実施部隊を建設しなければならないということである。
自衛隊内にも「海兵隊的能力が日本には必要」の声 日本独自の併用戦能力の建設に関しては、数年前から海兵隊の戦略家たちと筆者の間では私的に話し合ってきたのであるが、ここのところ、少なからぬ海兵隊幹部たちも、「日本に独自の海兵隊的能力を保持してもらう構想」には積極的で、様々な働きかけを強めている。
そして最近になり、自衛隊とりわけ陸上自衛隊が併用戦能力の保持に対して関心を示し出したということで、海兵隊幹部たちも「日本にもオーストラリアのように海兵隊的組織が誕生する日も夢物語ではない」とますます乗り気になっている。
(オーストラリア国防軍では、国防予算全体は減少しているものの、地政学的環境の変化に対応して、併用戦力構築に向けて海兵隊的な陸軍部隊の建設と、強襲揚陸艦をはじめとする水陸両用戦隊の構築が推進されている。)
自衛隊が併用戦能力取得に関心を示しているのは事実なようで、5月14日から16日にかけて、海自・陸自・空自の将校たちがアメリカ海軍強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」(2012年4月下旬から佐世保を母港とする強襲揚陸艦。強襲揚陸艦とは海兵隊部隊が乗り込み各種作戦行動の前進基地にする軍艦)に乗り込んで、海兵隊や米海軍側から併用戦や海軍と海兵隊の統合作戦に関する実地説明を受けた。
また、5月初頭にハワイの海兵隊基地を訪れた渡辺防衛副大臣は海兵隊の水陸両用強襲車(AAV:海兵隊員を積載して強襲揚陸艦から発進して海上を航行し、砂浜などへ上陸しそのまま陸上を踏破する装甲車両)などの説明にいたく関心を示していたという。このような機会が生じたことは、「自衛隊による併用戦能力 獲得努力の具体的第一歩」と、海兵隊関係者は高く評価している。
ただし、自衛隊幹部や中堅幹部の中に、併用戦能力や海兵隊に対して真摯になってきた人々が少なからず現れてきたといっても、いまだ限られた数であろう。また、海兵隊側としては、それらの将校たちに対しても併用戦や統合運用、そして海兵隊そのものに関する基本的概念からみっちり学んでもらう必要があるとしており、どのように協力していくかについて模索中であるという現状だ。
いくら自衛隊が「海兵隊的能力(併用戦能力+統合作戦能力+緊急展開能力)が日本防衛に必要不可欠である」という事実を認識してそれらの構築準備を開始したとしても、“日本海兵隊”や“海上自衛隊水陸両用戦隊”といった併用戦実施部隊を誕生させるためには、当然ながら莫大な予算が必要となるため、官僚や政治家そして何より国民の理解が不可欠となる。
アメリカでは「真っ先に戦う」頼りになる存在だが・・・ しかしながら、海兵隊的能力に関する日本社会一般における印象は相当芳しくない。そもそも「アメリカ海兵隊」というだけで、軍事とは無関係の多くの人々は悪いイメージを抱いているようである。
日本のある大手出版関係者によると、「書籍の表題に“アメリカ海兵隊”という語が含まれているだけで、店頭に並べるのを躊躇する書店が少なくありません」とのことである。なぜなら「一般の人たちにとって、アメリカ軍すなわち駐留米軍は“灰色”の存在ですが、海兵隊すなわち在沖海兵隊は“真っ黒”の存在なのです。」
さらに、これは海上自衛隊幹部から聞いた話なのであるが、伝統的軍港都市である佐世保では自衛隊に対してはもちろんのこと、アメリカ海軍に対しても市民感情が極めて良好である。もちろん佐世保では頻繁にアメリカ軍艦にアメリカ海軍将兵が乗艦して入港し佐世保の町に上陸している。ところが、アメリカ海軍強襲揚陸艦が作戦任務から帰還するアメリカ海兵隊員を満載して佐世保に初めて入港することになったら、アメリカ軍人にアレルギーのなかった佐世保で、アメリカ海兵隊員の入港・上陸に対する危惧と反対の声が上がったとのことである。
アメリカの一般の人々の多くにとっては、アメリカ海兵隊というのは国際紛争解決(アメリカ側から見てのだが)の先鋒部隊として「真っ先に戦う」頼りになる存在と考えられている。
近年は武力紛争に投入されるよりも災害救援・人道支援作戦(HA/DR作戦:例えば「トモダチ作戦」)に投入されるケースがはるかに多いため、自他共に「アメリカの911部隊」(911は米国での“110番”)として「何か国際的なトラブルが起こった場合に真っ先に駆けつけてアメリカ市民や同盟国・友好国の人々を助ける」軍隊としての新しいイメージも付け加えている。
アフガニスタン派遣直前の海兵隊員の訓練(筆者撮影)
このように“タフ”な海兵隊員というイメージは、多くのアメリカ市民にとっては頼りがいのある存在と感じ取られているのであるが、その逆に反戦活動家にとっては「人殺し集団」ということになってしまう。
ただし、このような単純な考えの幼稚な反戦活動家というのは極めて少数派であり、海兵隊そのものの存在意義をある程度は認めつつ、別次元での反戦論議を展開しているために、このような声はアメリカ社会では(とりわけ911テロ事件この方は)特異な部類に属する。
無知ゆえにつきまとう「侵略的」なイメージ なぜ、アメリカ海兵隊は日本社会で極めてネガティブなイメージで見られているのか。その最大の理由を一言で言うならば、“無知”ということになろう。
江華島事件(明治8年)で出動する日本海兵隊
したがって、多くの現代日本人が「海兵隊」に関する知識を持ち合わせていないのは当然のことであり、たとえアメリカ海兵隊に関する情報に接したとしても戦争映画や戦記小説に登場する姿であったり、在沖海兵隊員の非行に関するマスコミ報道といったものに限られてしまっている。
その結果、無知というよりは誤った断片的知識によって「アメリカ海兵隊」に対するイメージが出来上がってしまい、さらにそれを元に「海兵隊」「併用戦(水陸両用戦)」「強襲揚陸艦」といった概念をも“何となく侵略的”なイメージを持って捉えられてしまっている。
新兵訓練を受ける女性海兵隊員志願者たち(写真:USMC)
無知から生じた恐れや偏見によって、日本の国防にとって必要不可欠な併用戦能力の構築を拒絶してしまっては、そして、自前の併用戦能力を保持していない日本にとってなくてはならない在沖海兵隊の活動を阻害するならば、そもそも日本という国家そのものが危殆に瀕してしまう。
海兵隊幹部がしばしば口にしているように、「日本が抜本的に国防体制を修正強化しなければ、日本の学生たちは英語の勉強ではなく中国語の勉強を直ちに開始しなければならなくなる」事態が現実のものとなってしまうであろう。 JBpress.ismedia.jpより引用
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海上自衛隊
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夢見る自衛官の子供たち、「将来は自衛隊!」
隊員の家族サポート制度、設備のさらなる充実を
2012.05.17(木)桜林 美佐:プロフィール 今年、海上自衛隊の高官が長崎県の佐世保を訪れた際、たまたま薬局に立ち寄ったところ、「こころの栄養剤」と書かれた紙が置かれていることに気が付いた。
ドラッグストアなどでは、レジの横に「ご自由にどうぞ」というフリーペーパーがあることは珍しくない。
会計している間、なんとなく目を落とすと、「自衛隊」という言葉が目に入る。「なんだろう?」と思い手に取ると「子供たちの夢」と題され、次のような短い文章が綴られていた。
「ある方が、ボランティアで福島県の被災地に行った時のお話です。
それはクリスマス。子供たちにたくさんのクリスマスプレゼントを用意してその地を訪れました。
そして、プレゼントをあげる代わりに『みんなの夢を教えてください』。
子供たちは目を輝かせて教えてくれました。
その夢に、ボランティアスタッフ全員が驚いたのです。ほとんどの男の子たちの将来の夢は、みんな一緒だったんです。
それは、『自衛隊』
子供たちは目の前で大活躍してくれる自衛隊の人たちに憧れているんです。
子供ってやっぱり、大人たちの姿をちゃんと見てるんですね」
このペーパーには「No.98」と記されているので、こうして見つけられたのは全くの偶然・めぐり合わせと言うほかない。震災後も絶え間ない防衛・安全保障をめぐる問題の数々に対処してきた自衛隊トップにとっても、この出来事は文字通り「こころの栄養剤」になったに違いない。
自衛隊の敷地内にある託児所 こんなエピソードを聞きホッと心を和ませた数日後、私は横須賀の田浦にある海自の第二術科学校を訪れた。
海自の前身である海上警備隊が創設された地であるここでは、現在、機関術科、情報、技術、外国語などの専門教育が行われている。
その一角に自衛隊の敷地内に似つかわしくない、子供たちの声が絶えない場所がある。そこは「田浦このはな保育園」という託児所。現在40人の子供が通い、24時間の受け入れ態勢となっている。
横須賀地方隊だけでも450人ほどの女性自衛官がいて、そのうち80人が6歳未満の子供を持つということで、なくてはならない施設だ。
2010年に、防衛省としては東京の三宿、そして熊本の健軍に続き3番目に開設した施設で、当直や緊急出港などで急に家を空ける場合も少なくない自衛官を支えている。
被災地での支援活動中も「家族が気がかり」 東日本大震災でも、夫婦ともに自衛官というケースでは、とりわけこうした施設が頼りになった。
父親が艦艇に勤務し、数カ月も家を空けるのが常で、母親も月に数回の当直があるといった夫婦などは、託児所がなければ女性の離職もやむを得ない。
ただ、託児施設はどこにでもあるわけではない。それゆえ、結婚や出産を機に自衛隊を辞めざるを得ないケースもまだ多いようだ。
「優秀な女性自衛官は多い」という話を聞くことも多くなった昨今、貴重な人的財産を家の中に閉じ込めるのはもったいない。それに、国によって育成された人材なのだから、むしろ大いに実力を発揮してもらうべきだろう。そのためのサポート体制の充実は喫緊の課題だ。
東日本大震災においても家族支援の問題は浮き彫りになった。
「家族のことが気がかりで仕方がありませんでした」
東北で勤務していた自衛隊関係者は振り返る。自衛隊は我慢をしなくてはならないという意識が隊員の家族にも根付いているようだが、そのような心配が常に頭から離れなければ任務にも影響するだろう。
言うまでもないことだが、子供を預かるという行為はにわか仕立てではできない。様々なルールに則って設備する必要があり、何か起きた時に、急遽、その時だけ託児所を開きますというわけにはいかないのだ。いざという時のために、平時から整備しておく必要は大きい。
自衛隊のこうした隊員支援のための施設整備が求められるのは、国が養成した優秀な人材の離職を減らすためであり、子供を持つ自衛官に安心して活動してもらうことは国民にとっても欠かせないことだと言えるだろう。
自衛官を夢見る子供を増やすために 「お父さんみたいに人を助ける自衛隊になりたい!」
先日、「田浦このはな保育園」がフジテレビのニュース番組で特集され、インタビューされた男の子が元気いっぱいに答えていた。
他の子供たちも皆、将来の夢は「自衛隊!」と口々に言い、「お父さん、お母さん頑張ってー!」と小さな体で激励していた。自衛官の両親にとってこんなに大きな励ましはないだろう。
災害派遣を通じて、被災地の子供たちが「将来は自衛官に」と夢を描くようになった。一方で、多くの隊員が自身の子供とは離ればなれで活動し、電気の来ない部屋でロウソクに火を灯しながら、ひたすら両親からのメールを待っていた自衛官の子供たちがいた。
自衛官を夢見る子供を増やすためにも、自衛官自身の子供たちのための制度、設備のさらなる充実が望まれる。 |
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「日本海兵隊」はこうつくる
ただし世界の常識に即した防衛予算が前提
2012.03.28(水)北村 淳:プロフィール (1)からの続き
アメリカ海兵隊が生み出したMAGTFという組織構造は、ナポレオン戦争以来の伝統的陸軍編成と異なって、極めて柔軟性に富んだ現代戦向きの構造である(MAGTFに関しては拙著『アメリカ海兵隊のドクトリン』を参照していただきたい)。アメリカ陸軍なども、この戦闘部隊構成を導入したい意向を持っているが、既成のシステムを崩すことは極めて困難であり、なかなか移行できない状態である。
日本海兵隊は新規に発足するのであるから既成のしがらみはないため、このMAGTFシステムを採用すればよい。そうすれば、出動事案に応じて、例えば400名規模の部隊を派遣することも、最大2000名の部隊を派遣することも、迅速かつ柔軟に対応可能となる。
日本海兵隊の装備体系は?上陸訓練中の31st MEU (USMC)
そのためには、日本海兵隊の各種装備体系はアメリカ海兵隊のMEUに準ずることになる。付言すると、このような在沖縄海兵隊の戦闘部隊の代替となる日本海兵隊が誕生しない限り、いわゆる普天間問題の軍事的な解決は絶対に訪れない(この問題に関しては、稿を改めて論じたい)。
参考までに、このような日本海兵隊の概要は表2のようになる。
表2に示されている各種ヘリコプターならびに戦闘攻撃機は、海自や空自が運用するのではなく、あくまで日本海兵隊独自の装備であり、海兵隊員が操縦するのである。
ただし、日本海兵隊出動部隊を作戦地沖合まで迅速かつ安全に搬送し、作戦中は海から支援・補給活動を展開する揚陸艦をはじめとする各種艦艇は、海自水陸両用戦隊の担当である。
このほか、揚陸艦から海を経由して陸に向かうための汎用揚陸艇やLCACの操縦も水陸両用戦隊の担当となる。このような水陸両用戦隊の編成は表3のようになる。
表3 水陸両用戦隊
上記の日本海兵隊ならびに水陸両用戦隊はあくまで発足当初の規模であり、順次部隊数を2個部隊(第1海兵隊、第2海兵隊、第1水陸両用戦隊、第2水陸両用戦隊、予備戦隊)、3個部隊(第1海兵隊、第2海兵隊、第3海兵隊、第1水陸両用戦隊、第2水陸両用戦隊、第3水陸両用戦隊、予備戦隊)と増大させて日本自前の併用戦能力を強化していくべきであろう(いずれ論ずるが、この日本自前の併用戦能力こそ自主防衛力の根幹の1つである)。
大前提になるのは“正常な”規模の国防予算 ここで、以上のような日本海兵隊や水陸両用戦隊の創設に関する議論には極めて重要な“大前提”があることを強調しておかなければならない。それは日本の国防予算の規模である。
アメリカ軍関係者の多くは、日本の国防予算のGDP比率が「わずか1%」という国際的軍事常識では想像できないほど「想定外」の低い値であることは前提にしていない。
国防予算のGDP比率は、一国の国防予算にどれだけの重きが置かれているかを単純に比較する値であり、大雑把な国際比較基準にしか過ぎない。とはいうものの、国民の代表たる国会が(独裁的支配政党や独裁者の場合もあるが)その国の富をどれだけ国防につぎ込むのか、すなわち国防に関しての政府や国会の「やる気」、民主主義国においては国民の「やる気」を示している値と理解することができる(ただし「やる気」という表現には価値観は含まない)。
ちなみに、2011年版のSIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の資料によると、日本の国防予算額は調査対象153カ国中6位であるが、国防費のGDP比率は125位となっている。国防予算のGDP比率の国際平均値は、2011年度においては2.2%であり、現実には日本の値は国際平均値の半分以下である。アメリカは平均値の2倍以上であり、中国の値は“名目的”国防予算ながらも平均値と一致している。
日本よりGDP比率が少ないほとんどの国々は、人件費が極めて低いか、国家経済規模が小さくて軍備を持ちたくとも持てないような経済的発展途上国である。
オーストリア(0.9%)とスイス(0.8%)の場合は、海に面さない山岳内陸国のため海軍を持たない(スイスには湖水パトロール部隊はある)。その上、国土の面積が極めて狭いので、大規模な空軍も必要としない。そのため、ともに比較的強力な国防軍を維持しているものの、高額な国防予算を必要としない。また、両国とも徴兵制を採っている。
要するに日本国民は、国際水準をはるかに下回る規模の国防予算しか認めない国会議員を選出し続けているのであり、国際社会の目から「世界で最も国防に関して『やる気』がない国民である」と見なされても仕方がないことになる。
アメリカは世界一の軍事支出(全世界の軍事支出のおよそ43%)を維持しており、GDP比率は4.7%(10位)と「やる気十分」の国民性を持っているため、アメリカ軍将校たちにはとても日本の国防予算の「僅少さ」を想像することができない。
そこで本稿での議論も、日本の国防予算のGDP比率が少なくとも国際平均値(2.2%)程度を保っているという“国際常識”を大前提にしてなされている。
日本海兵隊を創設するといった具体的行動の前提として、国防費の国際常識的水準への引き上げを実施しない限り、「日本国民は自分自身の血を流して母国を防衛しようという気構えがなく、アメリカ軍に依存しきって、アメリカの若者の血でもって日本を守ろうとしている」という中国ロビーによるプロパガンダは、極めて説得力を持った“現実”として、アメリカ国民のみならず国際社会で幅広く認識されることになるのである。 |
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「日本海兵隊」はこうつくる
ただし世界の常識に即した防衛予算が前提
2012.03.28(水)北村 淳:プロフィール 3月15日の拙論で、東日本大震災救援活動から学び取り将来に生かすべき軍事的教訓の1つとして、「日本自前の併用戦能力(amphibious capability)構築の必要性」を指摘した。
ただし、併用戦能力を構築するといっても、自衛隊全体(陸自の大部分・海自の一部・空自の一部)に併用戦能力を持たせるという大規模なものから、島嶼防衛戦能力を持っていると誤解されている西部普通科方面連隊のような小規模な部隊を想定して構築することまで、様々なオプションが“構想”としては考えうる。
(併用戦とは“海+空+陸”の軍事能力を“併用”する能力である以上、海軍的要素や航空部隊を伴わずに陸上戦闘部隊だけでは絶対に“併用戦”能力とは言えない)
そこで、せっかくの教訓が尻切れトンボに終わってしまわないためにも、併用戦のエキスパートであるアメリカ海兵隊や海軍関係者たちの専門的知見ならびに併用戦理論から導き出した「日本にとって必要な併用戦能力」の“概要のサワリ”と、このような構想の“大前提となっている国際的常識”を紹介してみよう。
(なお、本稿で紹介する日本が持つべき併用戦能力に関する議論は、アメリカ海兵隊やアメリカ海軍の見解から全く独立した個々人の分析や見解であり、本稿に記載した内容はあくまで筆者の見解である)
いつまでも“コバンザメ”国家でいいのか? 前回の拙論でも触れたように、日本にも併用戦能力が存在すべきであると考えているアメリカ海兵隊や海軍関係者は少なくない。
もっとも、「我々(アメリカ海兵隊とアメリカ海軍)が沖縄をはじめ日本に駐屯しているのであるから、日本が無理してまで併用戦能力を構築する必要はない」と考える人々もいないではない。ただし、後者の意見は一時日本で取りざたされた“ビンの蓋論”に立脚しているわけではなく、自衛隊が置かれている現状や防衛省をはじめとする日本政府や国会の軍事的センスから判断して「日本が自前の併用戦能力を構築することなど不可能に近い」という悲観的推察に基づいている。
一方、筆者も含めてだが、日本は自前の併用戦能力を保持すべきであると考える人々は、「いつまでもアメリカ海兵隊に頼り切っているわけにはいかないだろう」という考えを持っている場合が多い。
そのような意見の根拠の1つとして、次のような政略的指摘が存在することを紹介しておきたい。
「例えば、中国軍に南西諸島を攻撃されたシナリオを想定してみる。日本が併用戦能力も海陸統合運用能力も欠いたまま、アメリカ海軍やアメリカ海兵隊に頼り切っている場合、自衛隊ではなくアメリカ海兵隊が先鋒部隊として戦闘を交えなければならないような状況に直面することになる。しかしながら、現状では、連邦議会はもちろんホワイトハウスも出動を認めない公算が少なくない。なぜならば、『日本は経済的にも技術的にも進んだ国』と多くのアメリカ国民が考えている以上、『なぜ、日本は最初から自分自身で防戦しないで、アメリカ軍に頼り切ろうとするのか?』というアメリカ国民の声が湧き上がるからである」
「ワシントンの防衛政策決定に対して全く無力な日本のロビー活動と違い、中国のそれは極めて強力である。万一、中国共産党政府が対日強行手段を発動するような事態が近づいたならば、中国ロビイストは各種メディアを総動員して『日本は自分自身では真剣に戦わず、アメリカの若者に血を流させようとしている』といったプロパガンダを展開するであろう。その結果、いくらアメリカ海兵隊が日本防衛のために戦う覚悟で沖縄に駐屯し訓練に励んでいても、連邦議会もホワイトハウスも海兵隊の出動を認めない事態が生じてしまう」
確かに、自前の併用戦能力を保持していないだけでなく、海上自衛隊と陸上自衛隊による統合作戦能力も極めて低いという現状において、南西諸島方面に中国軍が何らかの侵攻作戦を発動した場合、日本国防当局はアメリカ海兵隊第3海兵遠征軍とアメリカ海軍第7艦隊に島嶼奪還併用作戦を依頼するしか持ち駒がない。
今頃、島嶼国家日本において「自前の併用戦能力を保持すべきである」などという議論を展開していること自体、国際的軍事常識では「想定外」の事態であるが、遅ればせながらも日本自前の併用戦能力の構築に即刻着手しなければならない。
3000人の規模でつくる「日本海兵隊」 日本は独自の併用戦能力を保持すべきだと考えているアメリカ海軍や海兵隊関係者の中には、ある程度具体的な構想を持っている人々も存在する。
併用戦能力を構成する“車の両輪”の1つである「海軍水陸両用戦隊」が海上自衛隊に設置されなければならない点に関しては、なんら議論の余地はない。しかし、もう“一輪”である「海兵隊」(国によっては「海軍陸戦隊」あるいは「海軍歩兵」などと呼称される)を、どのように構築するかについては、大きく分けて以下の3通りの考え方がある。
(1)陸上自衛隊に設置する。
(2)海上自衛隊に設置する。 (3)陸自からも海自からも独立した海兵隊を設置する。 ここでは、それぞれの考え方の論拠やそれらに対する評価などに触れる余裕はないので、それらの意見や筆者自身によるアメリカ海兵隊と陸上自衛隊の比較から判断した結論だけを述べると次のようになる。
全く一からのスタートとなる日本での海兵隊的部隊(とりあえず「日本海兵隊」と呼称する)の構築は、当然ながら陸上自衛隊将兵からの選抜が中心となるが、少なくとも作戦指揮系統(operational chain of command)は、陸上自衛隊からも海上自衛隊からも独立した組織が望ましい(あくまでも理想であるが)。
では、日本海兵隊はどの程度の規模の部隊であるべきなのであろうか?
ちなみに各国の海兵隊(海兵隊的な軍隊や部隊も含む)の量的規模だけを概観すると、表1のようになる。
表1 各国の主要海兵隊
もちろん単に数量的に外敵の侵攻が予想されうる海岸線の長さや島嶼の数といった地理的与件から、「日本海兵隊は少なくとも韓国海兵隊や中国海軍陸戦隊よりは大規模でなければならない」といったように単純に構築することができるわけではない。なぜならば、一からのスタートであるために、併用戦指導者や将校の育成も同時に実施せねばならないからである。
米海軍強襲揚陸艦「エセックス」 (USN)
それらを踏まえて、当面目標とすべき日本海兵隊(第1海兵隊)の規模は、発足当初は最大で予備人員を含めて3000名程度(最大実働兵員2000名)の部隊が考えられる。
このような規模の部隊というのは、アメリカ海兵隊の組織編成システム「MAGTF」(「マグタフ」と発音する)でいう「MEU」(海兵遠征隊)という部隊構成の最大数に相当する。 JBpress.ismedia.jpより引用
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2012.03.12(月)岡 俊彦:プロフィール
(1)からの続き
この例は、平成21年3月海上警備行動により最初にソマリア沖・アデン湾の海賊対処に当たった第1次派遣隊も経験した難しさである。
帰国後派遣指揮官の語ったところによると、「不審船に遭遇した場合、正当防衛、緊急避難の事態を自ら作為するように艦の行動を取る方法、つまり、不審船とタンカーの間に護衛艦を占位させ、何かあったときに正当防衛、緊急避難の状況を作為する方法しかなかった」と苦労のほどを吐露した。
恐らく、ホルムズ海峡封鎖対応のため派遣される護衛艦部隊も、同様な方策を採り最善を尽くし任務を遂行するものと思う。
ところで、海賊対処活動は、その後「海賊対処法」が特別法として制定され、その法律に基づき派遣された第2次派遣部隊以降は「警告射撃」が可能となった。一方、ホルムズ海峡封鎖に対応して派遣される部隊には、「警告射撃」は許されない。
脅威の烈度から言えば、ソマリアの海賊がロケット砲を装備していようと、イラン軍の烈度にはるかに及ばない。烈度の低い事態に「警告射撃」が許され、軍事行動に対応する高い烈度に「警告射撃」が許されないのは、腑に落ちない話である。
善意に解釈すれば、「警告射撃」に対する相手の応酬から戦闘に発展し、最終的に戦争にエスカレートさせないために現場に我慢を強いているとも解釈できるが、政治の責任を現場に押し付けている気がしないでもない。
また、海上警備行動に基づく海賊対処活動では、護衛できる船舶は日本国籍の船舶、日本の船会社が運航する外国籍船、日本に関係する積荷を積載した外国籍船しか護衛できず、日本に関係しない外国籍船は護衛できなかった。
今回も、同様な対応となり、封鎖への対応が長引けば特異な我が国の対応に対して、国際世論が反発する恐れがある。
海上自衛隊はホルムズ海峡敷設機雷を排除できるか 2月11日の産経新聞が機雷除去に関して、「軍事衝突後の戦後処理で機雷を除去する掃海艇の派遣・・・」と報道している。この記事の中の「戦後処理で機雷を除去」が海上自衛隊の機雷排除の限界を象徴的に示している。
現行法制の解釈では、機雷の性質を次の2つに区分している。1つは「武力攻撃の一環として敷設されている機雷」と、他の1つは「遺棄されたと認められる機雷」の2つの区分である。
前者の「敷設機雷」を除去する行為は、領海の内外を問わず「武力行使」に当たると見なされるため、「防衛出動」の下令が必要とされている。
後者の「遺棄機雷(停戦が発効し、その後敷設国が処分せずそのまま海中に遺棄された機雷)」に対しては、平成2年8月のイラクのクウェート侵攻後の戦後処理として遺棄機雷処分のため、平成3年4月26日掃海艇をペルシャ湾に派遣した例がある。
このときも掃海艇を派遣するに当たり同様の論議があり、平成3年2月28日の戦闘停止を受け、掃海艇派遣計画が加速され、自衛隊法第99条(現行、第84条の2)「機雷等の除去」に基づき実現した経緯がある。
また、戦闘停止直後から米、英、ベルギー、サウジアラビアの4か国海軍の派遣部隊により掃海作業が開始され、その後、仏、独、伊、蘭も掃海部隊を派遣し、日本の掃海部隊が参入した6月上旬の時点では、1200個の機雷のうち既に約1000個の機雷が処分されており、残りの200個は掃海作業の難しい海面に残されていた。
日本の掃海部隊は、この残された極めて難しい機雷源を担当し、1件の事故もなく見事に任務を遂行している。この掃海作業に参加したある指揮官は、国際貢献を行う際の諸外国のモットーは、「First Come. First Out.」であることを身を以て体験したと、述懐していた。
現行の法解釈(内閣法制局の見解)では、海上自衛隊に十分その能力があるにもかかわらず、産経新聞が喝破しているように停戦後の遺棄機雷の排除しかできないのが現状である。
停戦後の掃海艇派遣となれば、日本向けの8割の原油がホルムズ海峡を通過しているにもかかわらず、その安全を他国の犠牲にゆだねる状況に世界はどのように反応するであろうか。
20年前と同様に「一国平和主義」「Too little, Too late」の非難が再現し、日本の船主は、肩身の狭い思いを繰り返すだけでなく、東北大震災における我慢強い、秩序正しい日本人の振る舞いに対する賛辞は雲散霧消し、世界から相手にされない国になる恐れがある。
国際法上、地雷の規制条約としては1980年の「特定通常兵器使用禁止条約」がある。しかし、機雷についてはこれに相当する包括的な制度はないが、自動触発機雷を対象とした1907年の「自動触発水雷ノ敷設ニ関スル条約」において「商業航海の遮断を目的とする自動触発水雷の敷設」を禁止している。この条約に感応式水雷(機雷)の記述はないが、新型水雷(機雷)が出現しても原則部分は有効であると見なされている。
また、他国の領海を機雷封鎖することは、違法な武力行使に該当するとされている(国際法辞典、有斐閣1998年)。
ホルムズ海峡において北はイラン、南はオマーンの領海を通過せざるを得ないが、イランがオマーンの領海を機雷封鎖することは国際法違反であり、世界中の国から全く支持されないであろうし、もし、オマーン領海を機雷封鎖したとしても、オマーン政府が了解すれば機雷を排除可能である。
イランが国際海峡の通過通行制度を受け入れる義務がないと主張しイラン領海を機雷封鎖することは、商業航海の遮断を目的とした機雷封鎖が許されないことと相まって、国際的な支持を得ることができず、また、ホルムズ海峡の封鎖に中国も反対しており、国連の機雷排除決議が可決される公算がある。
外交努力により今からホルムズ海峡の機雷封鎖に対応した国連決議を可決し、その決議を根拠に、機雷封鎖された時点で速やかに諸外国が連携して排除作業を開始すべきである。
日本政府は、「First Come. First Out.」の原則を忘れずに、「敷設機雷」に関する法解釈を変更し、掃海部隊に護衛の艦艇部隊をつけるとともに武器の使用をコントロールするROE (Rule Of Engagement)を制定、部隊に示して掃海部隊を送り出すべきである。
おわりに 平成3年4月ペルシャ湾に掃海艇を派遣することによって、海上自衛隊は実任務として初めての海外派遣を実施した。
それから20年余が経過し、この間数々の実任務による海外派遣を行い、現在はソマリア沖・アデン湾における海賊対処のために護衛艦2隻、P-3C型航空機2機の派遣を継続している。
我が国の国益の確保を目的として、世界と地域の安定化のために防衛力が戦闘以外の活動=MOOTWに活用されることが当たり前になりつつある。
このような情勢に我が国の法体系がなじまないいくつかの状況が生起しつつある。その根本は、憲法における自衛隊の位置づけを曖昧なままにして、普通の国の軍が行うMOOTWに自衛隊を従事させていることである。
憲法における自衛隊の位置づけを明確にすべきであるが、今回はそれが目的ではないため指摘するだけに留めておきたい。
平成11年3月能登半島沖工作船事案が発生し、防衛庁発足以降初めて海上警備行動が発令された。その後平成16年9月中国原潜領水内潜没航行対処、平成21年3月海賊対処活動(第1次隊)と発令の重しが取れたように海上警備行動が発令されている。
前述したように海上警備行動における武器使用権限は、警察官職務執行法を準用している。警察官職務執行法は、文字通り警察機能を果たすために必要な職務の執行を規定したものである。警察機能とは異質のMOOTWに、海上警備行動を発令し警察機能の権限を準用するところに無理が生じ、その無理をつくろうために現場が苦労している状況である。
また、本文中記述したように、海賊対処における武器使用と海上警備行動に基づき派遣される護衛艦の武器使用とが整合が取れていない状況が生起している。
この原因は、MOOTWの必要が生起するたびに特別法を制定し対応してきたこと並びに特別法を制定する暇がない場合、応急的に海上警備行動により対処してきたことに原因がある。
これを解決するには、MOOTWを対象とした事態対処の基本法を制定すべきである。野田総理のリーダーシップが望まれるところである。
最後は、MOOTWの事態ごとに対応したROEの制定である。1962年のキューバ危機を扱った「Thirteen Days」という米国映画がある。
その中で、キューバに対する空爆を強行に主張するカーチス・ルメイ空軍参謀長に対してケネディ大統領が「黙れ! 今私は、海軍艦艇による海上封鎖を通じてフルシチョフと対話をしているのだ」という場面が印象に残っている。
これこそシビリアンコントロールの真髄をついている。つまり、大統領という最高指揮官(政治)が海軍という軍事を使いきっているところに真髄を見、感動を覚えたことを思い出す。
MOOTWは防衛出動のホットな段階ではなく、平時から有事に至らないグレーの段階が対象となる。従って、現場が最善を尽くそうと無理をし過ぎたり、対応を誤れば、事態がエスカレーションする恐れがある。
自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣が一兵卒までコントロールするような感覚がMOOTWには求められる。ROEは、自衛隊という手段を最高指揮官(政治)が使い切る手立てであり、シビリアンコントロールそのものである。政治の主導を期待したい。 |


