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海上自衛隊

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東日本大震災、自衛隊は何をしているのか
陸路が寸断する中で、効果的だった海からの支援
2011.04.13(Wed) 岡 俊彦
成23年3月11日午後2時46分に、東北地方太平洋沖一帯を震源地とするマグニチュード9.0の大地震が発生した。
 
 発災から約3時間後に自衛隊に対して大規模震災災害派遣命令が発出され、翌々日(3月13日)の午前7時には自衛隊の派遣規模を10万人に拡大して、現在まで自衛隊による捜索、救助、復興支援活動が継続されている。
 
 新聞、テレビなどのマスコミでは3週間余り経った頃(4月1日)、ようやく自衛隊の活動の状況が取り上げられるようになり、自衛隊の活動の状況が国民の目に触れるようになってきた。
 
 自衛隊の活動の状況を正しく認識することは、公共財としての自衛隊に何ができて、何ができないかを知るうえで、大切なことである。そこで、自衛隊の中でも国民の目の届きにくい海上を活躍の場とする海上自衛隊の活動状況を概観し、その活動の特徴について述べてみたい。
 

政府、自衛隊の主な対応状況

 地震発生後の主な対応状況をまとめてみると、以下の通りである。
 
3月11日
14時46分:宮城県北部で震度7の地震発生
14時50分:防衛省災害対策本部設置(本部長:防衛大臣)。自衛艦隊司令官、出動可能全艦艇に出港命令
 
14時52分:岩手県知事より災害派遣要請
15時15分:海自第2航空群P-3C哨戒機1機離陸
18時00分:大規模震災派遣命令下令
 
19時03分:原子力緊急事態宣言発令(福島第一原発)
19時30分:原子力災害派遣命令
 
3月12日
07時45分:原子力緊急事態宣言(福島第二原発)
 
3月13日
07時00分:防衛省自衛隊派遣10万人規模に拡大
 
3月14日
11時00分:東北方面総監を指揮官とする統合任務部隊を編成
 
3月15日
14時10分:福島第一原発の半径30km圏内を飛行禁止(国交省)
 
3月16日
11時58分:予備自衛官及び即応予備自衛官の災害派遣等召集。自治体支援物資の自衛隊機による空輸決定
 
3月18日東北地方太平洋沖地震による被災地域において、自衛隊の部隊が実施する救援活動等に係る予備費の使用を閣議決定(約54億円)
 
 上記のまとめから今回の災害派遣は、阪神・淡路大震災と比較して次の違いがある。
 
(1)地震、津波、原子力災害の複合した事態(脅威)への対応が求められた。このため大規模な自衛隊の部隊などを派遣したこと。中でも、陸上自衛隊は約16万人の体勢の中で約7万人(44%)を派出。また、初めて即応予備自衛官を招集(400人)。
 
 また、米軍の対応も迅速であり、日米共同により効果的な対応を行っている。
 
(2)初めて統合任務部隊が編成された。阪神・淡路大震災などの教訓を踏まえ2005年3月に統合幕僚監部が新編され、これを契機に、自衛隊の運用は統合運用を基本とされていたが、統合任務部隊として初めて編成され、対応することとなった。
 
(3)福島原発への対応を除き、地震に対する初動の対応が極めてスムーズであった。阪神・淡路大震災以来、地方自治体と自衛隊の防災訓練が浸透し、極めて円滑に災害派遣要請がなされた(最初の要請は、発災後6分)。
 
 また、自衛艦隊司令官による全艦艇に対する出港命令は発災後4分、「P-3C」哨戒機による状況偵察は発災後30分に開始された。災害派遣命令も発災後3時間14分後に発令されている。
 

派遣規模など

1.全般
 
 陸上自衛隊東北方総監を災害統合任務部隊指揮官として、この隷下に陸災部隊(指揮官:東北方総監)、海災部隊(指揮官:横須賀地方総監)、空災部隊(指揮官:航空総隊司令官)を擁し、人員約10万6300人(陸災部隊:約7万人、海災部隊:約1万4500人、空災部隊:約2万1000人、原子力災害派遣部隊:約500人)、航空機約540機(回転翼機:約220機、固定翼機:約320機)、艦船約50隻が活動中である。
 
2.海災部隊
 
 当初統合任務部隊が編制されるまでは、自衛艦隊司令官が隷下の部隊を指揮、運用していたが、統合部隊が編制されてからは、横須賀地方総監が海災部隊指揮官として、自衛艦隊隷下の艦艇、航空機および防衛大臣直轄の教育航空集団の航空機などを指揮、運用している。
 
 なお、3月26日以降は、投入していた全護衛隊群(4個護衛隊群)の一部を海災部隊の編制から外し、我が国周辺海域の警戒、監視にあてている。現在の規模は、艦艇:約50隻、航空機:約100機、人員:約1万4500人である(下図の「海自派遣部隊の概要」海上自衛隊ウェブサイトからを参照)。
 
海上自衛隊の活動状況
 
 発災から3週間となる4月1日までの海上自衛隊の活動状況を総括すれば、次の通りである(下図の「主な活動内容」海上自衛隊ウェブサイトからを参照)。
 
●活動内容の概要(4月1日午前6時時点)
 
 救難物資などの供与、輸送:366回(離島支援における物資輸送は内数)
 
 離島支援:113回(内訳、物資輸送など:106回、診療支援:6回、入浴支援:6回)
 人員輸送:63回
 
 捜索、救助活動:45回
 
 診療支援:35回(離島支援における診療支援は内数)
 入浴支援:25回(離島支援における入浴支援は内数)
 
 その他:災害ゴミ撤去、航路・港湾啓開、宿泊支援、小学校への通学支援など
 原子力災害派遣:消防車など5台による放水活動、米海軍水舟の曳航(給水支援)
 
イメージ 1
 
イメージ 3●活動の実績(4月1日午前6時時点)
 
 救難物資の輸送の実績:糧食:約22万6000食
 
 水(清涼飲料水含まず):約33万5000リットル
 毛布:約1万1700枚
 ガソリン・軽油:約5万2000リットル
 
 灯油:約8万9000リットル
 乾電池:約5万8000本
 その他:衛生用品、生活用品など
 
 移動衛生班(5班:歯科班1個班を含む)の診療実績:約1715人
イメージ 4 救助人員:896人(自衛隊全体:1万9300人)

 収容遺体:147体(自衛隊全体:4150体)
 
●活動状況のスナップ(統合幕僚監部ウェブサイトから)
 
 
イメージ 5石巻市幸町漁港にて輸送艦「くにさき」のLCACから支援物資を荷揚げし、渡波公民館に運搬
 
 
 
イメージ 2
屋根につかまる漂流者を発見 内火艇で無事に救助
 
 

海上自衛隊の活動の特徴

1.海からのアクセス
 
 今回の地震により、幹線となる東北自動車道および接続する国道も寸断され、また、太平洋沿岸に沿って走る鉄道および国道も地震と津波の影響で壊滅的な打撃を受け、三陸海岸から陸中海岸に至る一帯は、陸からのアクセスが全くできなくなった。
 
 また、この地域には多くの島が存在し、特に、松島(塩竃)および牡鹿半島近傍の多くの島は、全くの孤島と化してしまった。
 
 このような被災地に対する唯一のアクセスは、海からのアクセスであるが、地震発生以前と同様に直ちに港湾施設が使用できるとは限らない。
 
 岸壁は被害を受けていないか(海中の支柱を含めて)、また、岸壁の付近の海中に艦艇のスクリューなどを損傷する障害物がないかを確認する必要がある。
 
 このため、掃海部隊の潜水員による航路および港湾の調査により岸壁などが使用に耐え得ることが確認されるまでは、艦艇は岸壁に接岸することができない。
 
 このような状況下で岸壁の状態を気にせず活動できるのが、「おおすみ」型輸送艦に搭載されているLCAC(ホバークラフト)であり、護衛艦に搭載されたヘリコプターである。
 
2.活躍する護衛艦搭載のヘリコプター
 
 発災から15日頃までは、被災者の捜索、救難に全力を挙げた活動が行われた。広域をP-3C哨戒機が捜索を行い、被災地の状況や要救助者等の情報を海上で活動している艦艇部隊に送り、艦艇部隊はこの情報に基づき被災者の救助などにあたった。
 
 洋上での救助は、艦艇に搭載している内火艇(小型ボート)で行い、陸上における救助は、陸からのアクセスができないため護衛艦に搭載された哨戒ヘリコプターおよび青森県むつ市に所在する艦載ヘリコプターの母機地などから発進した哨戒ヘリコプター及び救難用ヘリコプターにより行われた。
 
 また、20機以上のヘリコプターを搭載できる護衛艦「ひゅうが」(1万3950トン)が燃料補給などを行う洋上母機地として活躍している。
 
 先に示した約900人近い救助者の大半は、このヘリコプターにより救助されたものである。また、海上自衛隊がこの3週間で実施した人員輸送(救助者、被災者、医師等)のほとんども、ヘリコプターによるものである。
 
3.離島支援
 
 孤立化していた松島(塩竈)近傍の宮戸島、寒風沢島、野々島、柱島ならびに牡鹿半島近傍の大島、江島、田代島、網地島に対して、発災の早期に艦艇乗組員が内火艇により上陸し、在住する島民数、急患の有無、必要物資などの調査を行っている。
 
 この調査に基づき当初は、艦艇部隊保有の水、乾パン、缶詰などの非常用糧食を提供し、離島支援を行った。1週間経った頃からヘリコプターが支援に加わり、艦艇部隊とともに飲料水、糧食、乾電池、トイレットペーパーなどの生活・衛生用品、ガソリン、灯油などの輸送を継続的に行っている。
 
 また、2週間を経た頃から診療支援、入浴支援を開始している。
 
4.日米共同
 
 新聞報道によると米海軍は、艦艇20隻、航空機140機、人員約1万2750人を「トモダチ作戦(Operation Tomodachi)」に従事させている。
 
 「トモダチ作戦」に従事中の艦艇の中には、米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」に参加した空母「ドナルド・レーガン」、ドック型揚陸艦「トーテュガ」などが含まれ、空母「ドナルド・レーガン」は、米海軍の航空機だけでなく、陸自、海自の航空機に対して護衛艦「ひゅうが」と同様に洋上母機地機能を提供している。
 
 また、ドック型揚陸艦「トーテュガ」は、北海道などから陸上自衛隊の人員、車両などを上陸用舟艇により被災地近傍に輸送するなどの活動を行っている。護衛艦「ひゅうが」には米海軍士官3人が乗艦し、日米共同の実を挙げるべく調整を行っている。
 
 原子力災害に対しては、早い段階から日本側の要請に基づいて無人偵察機「グローバルホーク」を現場上空に飛行させ、情報を収集、防衛省に提供していると言われている。
 
 また、米海軍横須賀基地のバージ船2隻(1500トン、1300トン)に真水を満載し、原子炉冷却用真水として、横須賀地方隊の「ひうち」型多用途支援艦で現場まで曳航する日米共同の活動を実施した。
 
5.左警戒右見張レ
 
 海上自衛隊では、帝国海軍から伝わった教訓として「左警戒右見張レ」という言葉がある。

これは例えば、「面舵(おもかじ)」をきって艦(ふね)を右に回頭する際、全員が回頭方向の右舷ばかりを注意していれば、左舷方向から来る船と衝突する恐れがある。1つのことに集中するあまり、全体が見えなくなることを戒めた言葉である。
 
 この意味で、海災部隊指揮官が全体の情勢を判断し、3月26日以降一部の部隊を周辺海域の警戒監視に回したことは、適切な判断であったと評価できる。
 
 また、陸上自衛隊は首相の「10万人出せ」の一言で、全体の半数近い人員を災害派遣に投入している。
 
 「左警戒右見張レ」という観点から大丈夫かと気になるところであるが、少なくとも警戒監視にあたる部隊は継続して任務を実施しており、「左警戒右見張レ」の趣旨は何とか守られていると考えられる。
 
 問題は「左警戒右見張レ」の結果、何かの事態を察知した時の対応である。もともと十分ではない兵力から5分の2の兵力が割かれているのである。
 
 万が一の事態にいかに対処するかを常に考えつつ、目の前の国難に必死で取り組んでいる陸・海・空の指揮官・隊員の心身の負担がいかに大きいかは容易に想像がつく。
 
 今回、陸上自衛隊をはじめとする自衛隊に対する認識が深まり、評価されているが、本来自衛隊は「我が国の防衛」がコア・ミッションである。
 
 かつてどこかの政党が、「自衛隊は災害派遣ができればよい」と主張していたが、そういう声が復活しないことを願う次第である。

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価格競争にさらされる日本の潜水艦
官と民の良好な「三角関係」が失われていく
2011.01.21(Fri) 桜林 美佐
2010年11月14日の日曜日、私は神戸に向かっていた。翌日、川崎重工業の神戸工場で潜水艦の命名・進水式があるためだ。
 
イメージ 1 前夜のうちから、神戸には海上幕僚監部など多くの関係者が集まっていたが、彼らは基本的に企業の人間とは別行動である。膝を突き合わせて潜水艦のこれからについて語り合う、などという光景はない。
 
 昨今は不正や癒着を防ぐという観点から、企業の関係者と現役自衛官が杯を交わすことは忌避される。また、発注の際は、何ごとも随意契約をやめて競争入札を取り入れる流れとなってきている。
 
 しかしこのことは、受発注者間のコミュニケーション不足と、これまで互いに情報をやり取りして共に技術発展に努めてきた企業間の不協和音をもたらすという側面もある。
 
 杓子定規な取り決めが、日本らしい技術進歩・発展を阻むことにはならないか・・・。
 
 そんなことを思いながら迎えた翌朝、工場には次々に人が集まってきた。どんな進水式でもそうだが、「こんなにたくさんの人が関わっていたのか」と驚くほど、多くの関係者の手によって建造されていることが分かる。
 

「そうりゅう」型は日本の潜水艦技術の結晶

 潜水艦1隻の建造には約1400社が関わるという。この場にはいない、さらに沢山の人々が、この1隻の行く末をどこかで見守っているのだ。
 
 今回、進水式を迎える潜水艦は、「そうりゅう」型の4艦目である。
 
 「そうりゅう」型とは、海上自衛隊の潜水艦として初めて非大気依存推進機関(AIP:Air Independent Propulsion)のスターリングエンジンを採用したもの。
 
 このエンジンは燃焼時に大気を必要としないので、潜航したままの充電が可能である。そのため、潜水艦は頻繁に浮上することなく行動することができる。
 
イメージ 2 原子力潜水艦を持たないわが国としては画期的な潜水艦であり、不断の努力で遂げた技術の結晶と言える。
 
 従来の潜水艦と見た目で明らかに違うのは、艦尾の4枚の舵だ。「十」字型ではなく、「X」字型になっている。こうすると、4枚の舵のいずれかが故障しても、残った舵である程度は操艦ができるという。
 

2〜3年の間、船台が空いてしまうのは大ダメージ

イメージ 3 さて11月15日、「そうりゅう」型の4番艦は、杉本正彦海上幕僚長により「けんりゅう」と命名された後、支綱が切断された。
 
 「けんりゅう」は、居並ぶ海上自衛官が敬礼する中、船台を滑り降りていく。初めて海上に放たれる姿を、関係者はまるで歩き始めたわが子のように見つめている。感動的なシーンだ。
 
 しかし、企業の関係者の胸中は複雑である。
 
 潜水艦の建造は、これまで三菱重工と川崎重工の2社が随意契約で請け負ってきた。2つの企業はライバルであるが、互いに切磋琢磨して優れたものを造ろうと技術を磨き、官との良好な「三角関係」を築いてきた。
 
 だが、その関係が前述したような背景によって崩れてきている。さらに、その崩壊を一層加速させるような出来事があった。
 
 現在、日本が保有する潜水艦は16隻。毎年1隻が退役し、1隻が新たに建造されてきた。新しい潜水艦は、三菱重工と川崎重工の2社が1年おきに受注することになっていた。だが、2009(平成21)年度に予算が付かず、その流れが止まったのだ。
 
 2009年度は、本来は川崎重工が受注する年だった。川崎重工は2010年度も受注できないとすると、3年間受注がなくなってしまうことになる。一方、仮に2010年度に川崎重工が受注したとすると、三菱重工が2年間は受注できないということになる。
 
 いずれにしろ船台にブランクができるダメージは大きい。仕事のない下請け企業には、撤退を余儀なくされるところも出てきてしまった。
 
 潜水艦製造には極めて特殊かつ高度な技術を要する。例えば、溶接工は、人が1人入れるかどうかの狭さの空間で作業するなど、熟練の技が必要である。
 
 潜水艦建造の技術者になるためには5年間の育成プログラムを経て、防衛省の技量資格を取得しなければならない。この認定制度は厳格で、3カ月間作業に従事しないと資格が失効してしまう。つまり、建造が中断すれば、技術者が「無免許」となってしまうのだ。
 
 技術者が技量を取り戻し、免許を再取得するためには、多大な時間と労力がかかる。そのため、企業は受注を想定して作業を進め、技術者を保つしかないという。
 
 「潜水艦を造れない間は他の仕事を」などというわけにもいかない。潜水艦建造の専門的な技量が下がってしまうからだ。受注がなくとも技量を保つため、企業は耐えなければならないのである。
 

新艦の建造を続けなければ技術が失われる

 そして2010年度、待望の新造艦の予算約528億円が付いた。しかし、潜水艦の建造としては初めて競争入札を実施することとなった。
 
 受注したのは川崎重工だった。契約額は、随意契約だった2008(平成20)年度と比べると2億8770万円低くなった。
 
 先般、策定された「防衛計画の大綱」(PDF)や「中期防衛力整備計画」(PDF)では、「動的防衛力」をキーワードに、平素の警戒・監視活動を重要視するとしている。潜水艦についても6隻増やして22隻体制をとることになった。
 
 だが、元々2社が1隻ずつ建造していたところを、急に増産はできず、現有艦の艦齢延長(延命)措置を施すことになる。
 
 技術者を維持するためには、新しい潜水艦を建造し続けることが重要だ。しかし、延命にコストがかかれば、新造の予算が取れなくなる恐れがある。そうなると技術者の維持は困難になる。
 
 建造がストップしたり、厳しい価格競争に陥れば、2社の関係はますます冷え込み、技術進歩を阻むのではないか。そんな心配を、ついしてしまうのである。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
※注意 記事内の写真および動画は、管理人がネットより収集したもので、オリジナルの記事にはありません。引用先は、リンク先をご覧下さい。
 
 
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中東で活躍した、海自とヘリコプター
初の海外派遣で見えてきた問題点
2010.12.16(Thu) 小豆野 実
 
(2)からの続き
 
 
4 帰国
 
 派遣前には、いろいろ案じられたが、幸いに大村基地から派遣された搭乗員は、出発から約5カ月後1人も欠けることなく無事に帰ってきた。私を含め隊員総員、家族総員が安堵した瞬間であった。
 
 ヘリから降り立った搭乗員は皆真っ黒に日焼けし、任務を完遂した自信からか、出発時よりはるかに逞しく見えた。
 
 派遣先任の飛行隊長は次のように帰国報告した。
 
 「日本を遠く離れ、はるかインド洋上で約3カ月にも及ぶ長期間の勤務という厳しい環境において、米軍などに対する後方支援を実施するという重大な任務の遂行を考えると、その与えられた責務の重さに押しつぶされそうでありました」
 
 「しかし、日頃からどのような事態にも対応できる訓練を積み重ねてきたという自信と、搭乗員の一人ひとりが日本の代表であるとの誇りの下、日頃の訓練の成果を遺憾なく発揮するとともに、自らの任務の重要性に思いを致し、整斉と任務を遂行できたものと考えます」
 
5 課題
 
 大きなところでは、武器使用がある。
 
 派遣された部隊は、幸い武器を使用しなければならないような事態は起こらなかったため、問題は顕在化していないが、武器の使用に関し今後も同様のスタンスで部隊が海外派遣された場合、国益を損なう事態、取り分け隊員の人命を徒に失う事態が生起することが十分に予想される。
 
 日本が武器使用に関し、現在のような厳しい制約をかけているからといって国際的な評価を受けることは考えにくく、むしろ理解できないと軽蔑されるだけと思われる。日本も国際的な常識のレベルにすべきであろう。
 
 部隊レベルでは、隊員の休養に関する件がある。海上自衛隊、特に艦艇部隊は、仕組みの問題もあり恒常的に隊員が休暇を十分に取りにくい状況にあり、また、休暇が取れなかった場合の手当ても不十分である。
 
 このような中、インド洋方面に派遣された隊員の中には、規定の休暇を取れなかった隊員が多くいたと聞く。早急に改善する必要がある。
 
(以下述べる3つの案件は、派遣終了後検討し、現時点においてはいずれも解決している)
 
 部隊レベルの2つ目は、艦上におけるヘリの点検整備の問題、陸上では実施できるが艦上では実施できない点検整備があった。
 
 3つ目は、搭載中の操縦士の最低実施基準の問題、最低実施基準の中には、陸上の滑走路を使わないと実施できない項目があった。
 
 4つ目は、航空コーサル(艦に搭載する航空機の部品の保有量を定めたもの)の問題、航空コーサルは、艦艇が日本近海を行動する時のものしかなく、海外に派遣される時のものはなかった。
 
 以上の3点は、海上自衛隊の艦艇等の行動は短期間で、かつ日本近海のみであることを前提にしていた結果であると思われ、本来であればテロ特措法の発令前に解決しておくべき懸案であったと反省している。
 
おわりに
 
 2001年から始められた海上自衛隊のインド洋方面への派遣は、政権が自民党から民主党に代わり、2010年に取り止められ終了した。
 
 この間、海上自衛隊が補給した相手国は、米国、英国、イタリア、オランダ、カナダ、ギリシャ、スペイン、フランス、パキスタンの11カ国に上る。
 
 長年にわたる酷暑地域での洋上給油任務であったが無事故で成し遂げ、かつ、各国から高い評価を受け感謝された。また、海上自衛隊にとっても、ヘリ搭乗員にとっても長期海外派遣の教訓を得ると共に大きな自信となった。
 

 最後に、派遣部隊は任務を完遂したが、裏には派遣された隊員の悲しいまでの努力があったということを忘れてはならない。課題として挙げた事項については早急に解決されることを望んでいる。


jbpress.ismedia.jpより引用。

 
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中東で活躍した、海自とヘリコプター
初の海外派遣で見えてきた問題点
2010.12.16(Thu) 小豆野 実
 
はじめに
http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20100211/5303499.jpg崩れ落ちる世界貿易センタービル〔AFPBB News
2001年9月11日の夜、突然ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機が激突というショッキングなニュースがテレビから流れてきた。
 
 このニュースを見た瞬間は、1985年8月、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落した時と同様に航空機に重大な不具合が起こって操縦不能に陥り、運悪くビルに衝突したのだろうと思ったが、その後、まもなく同時多発テロであると報道された。
 
 民間航空機がテロの手段として使われたということは、衝撃というよりそこまでやるのか、というのが正直な思いであった。
 
 またこの時は、遠い米国で起こったテロに対し、数カ月後、テロ対策の一環として、海上自衛隊のヘリコプターを含む艦艇部隊がインド洋方面に派遣されることになるとは夢にも思わなかった。
 
 世界中に衝撃を与えた同時多発テロであったが、物事を忘れ去る天才である日本人の記憶からは、消えようとしている。
 
 しかしながら、米国は今もこのテロの根源地であるアフガンに何万という軍隊を送り込みテロ犯の撲滅を図ろうと躍起になっている。が、先は見えず、かつてのベトナム戦争の様相を呈しつつある。
 
 テロ対策特別措置法により最初に海上自衛隊ヘリコプター部隊を海外に派遣する職責を果たさなければならなくなった当時を振り返り、ヘリコプター部隊の現状と苦労を紹介したい。
 
1 派遣準備
 
 当時、私は海上自衛隊の艦艇に搭載するヘリコプター部隊(艦載ヘリコプター部隊)の1つである長崎県大村市に所在する第22航空群の群司令という指揮官の職に就いていた。
 
 同時多発テロ生起後、米国のアフガン侵攻をいち早く支持した小泉純一郎政権下でテロ対策特別措置法が10月末に成立・制定11月2日に施行・公布された。
 
 過去の我が国の外交スタンスから、部隊が紛争地域近傍に派遣されるには、国論を二分するような議論があり、相当の時間がかかるだろうと考えていたが、小泉総理の強いリーダーシップであっさり決まったことは、正直なところ意外であった。
 
 一方、やっと日本も他の国と同じレベルのことができる普通の国になったか、という安堵感もあった。
 
 部隊においては、9月末にも部隊がインド洋方面に向けて派遣されるのでは、ということで急いで準備を始めた。
 
(1)搭乗員の選抜
 
 今回の行動地域は、インド洋方面という遠隔地であり、海上自衛隊のヘリにとって未知の環境下でのオペレーションとなる。また派遣は長期間になることが予想された。
 
 さらには、今回の派遣で最も大きな懸案は、最悪の場合は派遣搭乗員に人的な被害があるかもしれないということであった。いつもと同じように派遣する搭乗員・チームを選べばいいというわけにはいかなかった。
 
 まず、取りかかったのは派遣する搭乗員の選抜である。
 
 ヘリ部隊には、概ね1機当たり2チームの搭乗員が配員されている。1チームは、操縦士2人と各種センサーを操作する航空士1人の3人で構成され、各チームは練度に応じて3つのグレード(練度の高い順からA、B、C)に分かれ、グレードB以上のチームが任務に対応できる。
 
 今回は、ヘリ3機搭載の護衛艦(DDH)1隻およびヘリ1機搭載の護衛艦(DD)2隻が派遣されるため、搭載機数は5機となり、派遣チーム数は1機当たり2チームのため計10チームを選抜しなければならなかった。
 
 インド洋方面に派遣するチームは、当然Bグレード以上のチームとなるが、人的被害が出るかもしれないという任務だけに、また長期間の派遣となることが予想されることから、どのチームでもいいというわけにはいかなかった。
 
 まず、搭載中に子供が病気であるとか、親の面倒を見ているなどで家族のことが心配になる者は外した。
 
 次に本人の意思確認を行った。自衛官は、入隊時「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に勤め、もって国民の負託にこたえることを誓います」と宣誓している。
 
 このため、「本人の意思確認は不要ではないか」との考えもあるが、今回の派遣は防衛出動ではなく国際協力活動であり、かつ長期間にわたり、しかも、人的被害の可能性があることから、現地での部隊の士気などを考慮し、本人の意思確認を行った。
 
 幸いにというか、さすがというか、行きたくないという隊員は居らず、結果的には、搭乗員の選抜は、特に大きな問題もなくスムーズに完了した。
 
(2)事前訓練
http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20090330/3982416.jpgアフリカ・ソマリア沖のアデン湾で、海上自衛隊の護衛艦「さみだれ」(右)に燃料を補給する補給艦「とわだ」〔AFPBB News
 
 艦載ヘリ部隊においては、常日頃から何か事が起こったら直ちに対応できる即応体制を整えている。艦艇に直ちに搭載、というオーダーが下されれば、1日もあれば搭載は可能である。
 
 日頃、どのような訓練をやっているかというと、一番重点を置いているのは、対潜水艦戦の訓練である。艦艇とヘリが一体となって、あるいは、ヘリのみで、時には固定翼機(P-3C)と協同して潜水艦を捜索・追尾・攻撃する訓練を昼夜を問わず実施している。
 
 毛色の変わったところでは、テレビでお馴染みの海上保安庁がドラマの舞台となっている“海猿”と同様、航空士が海面に降りていって遭難者を救助する海難救助訓練等も実施している。
 
 陸上で運用されるヘリと違う艦載ヘリならではの訓練もある。それは発着艦訓練と呼ばれるものである。艦載ヘリの操縦士にとって最初の、最大の関門は、艦艇に着艦し発艦するための発着艦資格を取ることである。
 
 航海中の艦艇に降りるということは、相当難しい。空母着艦時、パイロットはいわゆるチビッてしまうと言われているが、艦載ヘリコプターの場合も、特に夜間の着艦においては近いものがある。
 
 厚木飛行場などでの米海軍のNLP(夜間飛行訓練)について、なぜ空母でやらないのかということが話題になるが、これは、空母から陸上に降りてある期間過ぎたパイロットは、空母搭載前に陸上で空母を見立てたNLP訓練を実施しなければ空母に着艦できないため実施していると聞いている。ヘリの発着艦資格にも似たものがある。
 
 今回の派遣中に予想される任務内容は、「ヘリが攻撃されるかもしれない」ということを除けば、今述べた日頃訓練している対潜水艦戦などと比べれば、かなりイージーと言える。
 
 具体的な主な任務は、レーダーなどの装備機器および搭乗員の目による水上目標の捜索・探知・識別および補給艦が米軍の艦艇などに給油中の哨戒並びに艦と艦の物資の輸送などであると予想された。従って、事前に特別な訓練は必要なく実施しなかった。
 
(3)搭載ヘリコプターの選択
 
 当時、海上自衛隊は、哨戒用ヘリ(SH-60J)としては、A装備機およびB装備機と呼称されていた2種類のタイプのヘリを保有していた。違いは、B装備機は、夜間でも水上目標などを探知・識別できる赤外線暗視装置を装備していた。
 
 ちなみに海上自衛隊にB装備機が配備されるまでは、ヘリの夜間における小型水上目標の識別能力は、搭乗員の目でしか確認できないためゼロに近かった。
 
 派遣先での任務を考慮するとB装備機が望ましいと考えられたが、当時B装備機は、海上自衛隊に配備を開始したばかりで、整備および部品の補給面に不安が残るという事で、搭載機は全機A装備機とされた。
 
(4)機銃の装備
 
 海上自衛隊のヘリは、対潜水艦戦を目途として整備が進められてきた。そのため、現在の最新鋭ヘリであるSH-60Kに対艦用ミサイルが装備されるまでは、ヘリの装備武器は潜水艦を攻撃する対潜爆弾および対潜魚雷のみであったが、1999年3月、能登半島沖で起こった北朝鮮の工作船事件を契機に、工作船などに対処するため、ヘリへの機銃装備化が進められていた。
 
 今回の派遣においては、機銃の必要性は認められるものの、装備、運用および訓練の態勢がいまだ確立されていないという理由で、装備しなかった。
 
 結果的には派遣中、機銃を使用するような場面はなかったが、行動海域の情勢を客観的に見れば、機銃を持っていくべきであったと思っている。
 
(5)防弾板の装備
 
 海上自衛隊のヘリは基本的に艦艇など味方の制空権下で行動することを前提とし、かつ、対潜水艦戦が主任務であることから、ミサイル被攻撃はあるかもしれないということで、IRフレアー(赤外線追尾ミサイルを撹乱するための装置)は装備している。
 
 しかし、戦闘機などからの機銃攻撃は想定していないため機銃などの小火器からの攻撃に対する備えはなかった。
 
 今回の派遣先は紛争地域の近くであり、ヘリが機銃などの小火器で攻撃を受ける可能性もあるということで、急遽ヘリのコックピット回りに防弾板を装備した。
 
(6)エンジンなどの砂対策
 
 派遣行動域は、陸上ではないが、風向きによってパウダー状の砂が存在し、ヘリのエンジンなどに悪影響があるのでは、という危惧があった。
 
 それは、1979年11月にイラン米大使館占拠事件が生起した際、米国は1980年4月にヘリと大型輸送機を使用して米大使館人質奪還作戦を試みたが、ヘリが砂の影響で作戦遂行が不可能となったという記憶があったからである。
 
 今回派遣するヘリは、砂とか小石とかの異物をエンジンが吸い込まない作りになっているが、パウダー状になった砂の影響は未知であり、かなり気になっていた。
 
 上級司令部などを含んでいろいろ検討し、大丈夫ということで特に対策は取ることなく派遣した。帰国後、エンジンを分解検査した結果、異常は認められなかった。
 
(7)カーゴスリング(機外吊り下げ装置)の運用
 
 当時、SH-60Jでのカーゴスリングについては、艦上での運用試験の結果、航空機が不安定になり危険ということで、実施しないということになっていた。その後、必要性も生起しなかったこともあり、この問題は検討されることなく放置されていた。
 
 しかしながら、今回の派遣においては、艦から艦への物資輸送のためカーゴスリングの必要性があるということで、運用試験当時使用したカーゴネットも改良されていることもあり、急遽、実証作業などを実施し、昼間の航行中および停泊中のカーゴスリングの安全性を確認して、カーゴスリングの運用に必要な規則類を定めた。
 
 これにより、派遣中の艦艇と補給艦間のカーゴスリングが実施可能となった。
 
(8)派遣前の出来事
http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20090423/4064160.jpgソマリアへ派遣された護衛艦「さざなみ」〔AFPBB News
 
 海上自衛隊の体質を「考えてから走る」「走りながら考える」および「走った後考える」の3つ中から選ぶとしたら「走りながら考える」であろうか。
 
 海上自衛隊のヘリを含む艦艇部隊は、「行け」とオーダーされれば、大げさに言えば準備期間なしで出港できるレベルにあり、即刻出港してきた。
 
 これは、日頃から自分たちができる範囲で最大限の準備をしておき、事が起きたら即応し、もし足らざるものがあれば、事に当たりながら整えていくというやり方である。
 
 海上自衛隊は、これまでこのやり方で特に問題もなく、結果を出し、高い評価を受けてきたと思っている。
 
 しかしながら、今回のテロ特措法に基づくインド洋方面への派遣のように任務で国外に、かつ長期間派遣される場合は、これまでの「走りながら考える」やり方では、うまくいかない場合が起こり得る。
 

 この場合大抵は、組織の末端にいる部隊(隊員)に負担を強いることになる。


(2)へ続く
 
jbpress.ismedia.jpより引用。
 
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中国海軍を震撼させる、日本の秘密兵器
まもなく登場する固定翼哨戒機「P-1」は世界最高性能
2010.11.12(Fri) 高橋 亨
 
(2)からの続き
 
 また、本研究開発に当たっては、第51航空隊はじめ海上自衛隊の研究開発関連部隊が主体となって取り組んできたことは当然のことであるが、将来、本哨戒機を運用する第一線部隊の隊員が適宜、開発状況をモニターし、真摯にユーザーニーズの実現を追求してきたことを指摘しなければならない。
 
 一般に、長期間にわたる開発においては、途中でユーザーの新たな発想、いわゆる「後知恵」が出てくることが多々生起し、これらに対する処置が開発上の1つの課題となる。
 
 しかし今回は、比較的スムーズに推移したと言える。
 
 それは、開発主体側がこれらユーザーニーズの取り込みに関わるフリーズ時機を適切に決定し、ユーザー側もそれを理解しこれを是とするということが行われ、このことが文化として浸透している状況があったからであり、この点は特筆することができる。
 
 この段階で取り込めなかった要求事項は運用開始後の更新計画として明記しつつ開発がなされてきたのであるが、以上のような文化はP-3Cの導入とともに海自航空部隊が学び取り自家薬籠中のものとしたのであり、前述したP-3C導入の意義に追加すべきことでもある。
 
(3)日米のインターオペラビリティー(相互運用性)の確保
 
 米海軍は、P-3Cの後継機として民間機「B-737」をベースとした「P-8Aポセイドン」を開発している。双方の後継機開発に際しては、日米のインターオペラビリティーを確保することが公式文書で合意されている。
 
 2002(平成14)年3月のP-1機体設計と同時に、日米のインターオペラビリティーを確保するため、両国による「P-3C後継機の電子機器に関する共同研究」が開始され、2005(平成17)年3月まで続けられた。
 
米海軍のP8-A試作機(ウィキペディア
イメージ 1
 この研究成果はP-1と米海軍のP-3C後継機P-8Aにも反映され、これまでと同等の日米共同作戦を行うことができるよう配慮された。 
 正式な共同研究終了後も各種会議等の場で開発担当者間の緊密な調整が継続され今日に至っている。
 
 日米でP-3Cが運用される間は、同じ機体・搭載電子機器、同じ運用法であったことから、それを共通の基盤として緊密な連携と信頼関係を保持できた。
 
 しかし、次期固定翼哨戒機の時代においては、センサーなど個々の機器の整合性の保持を追求するのではなく、NCW環境下での情報の共有化や情報の質の維持、すなわち共同作戦に必須なコモンピクチャーの共有などオペレーショナルなレベルでのインターオペラビリティーの確保を重視することが必要と考えられている。
 

5 P-1への期待と課題

(1)P-1への期待
 
 平成12(2000)年12月、「P-X(海自次期哨戒機)」と「C-X(空自次期輸送機)」の同時試作」予算が政府原案として認められた。
 
 その日は、昭和56(1981)年12月、真新しい日の丸を付けたP-3C3機が海自厚木基地に着陸した日からちょうど20年の歳月が流れていた。
 
 この日は、筆者がP-3C導入基幹要員として米国で訓練中、思い描いていたことが、まさに現実となった日となった。筆者は、平成8(1996)年、防衛庁海上幕僚監部勤務時、「次期哨戒機開発検討委員会」の立ち上げおよび正式な次期哨戒機構想研究に関与した。
 
 同年秋には米国へ渡り、初めて公式の場で海自の次期固定翼哨戒機に関する計画を発表した。その席上、米海軍からもP-3C後継機の計画が明らかにされた。
 
 我々は、真剣かつ誠心誠意、海自の計画を説明し、彼らの計画にも理解を示した。それまで海自の動向に強い関心を示しながらも、口火を切らない海自に、ある種の懐疑心を抱いていた米海軍が、この日を契機に胸襟を開き、以後、円滑な調整が可能となった。
 
 そして、次の年にもさらなる詳細な討議を重ね、両国が異なる哨戒機を保有することになっても、日米インターオペラビリティーは必ず保持するという固い合意がなされた。
 
 P-3Cの導入およびこれまでの共同作戦を通じて築き上げた両国の良好な関係は、いかなることがあっても消滅させてはならないとの双方の強い思いによるものであった。
 
 こうして、それ以降も、心配していた米国国務省・商務省などからの横槍も入らず国内開発までたどり着くことができた。
 
 このようにして、開発を開始してから既に10年が経過しようとしている。現在、厚木基地で行われている試験も佳境を迎え、このまま順調に行けば平成23(2011)年度末には第一線部隊へ配備され、徐々に除籍が進むP-3Cに置き換えられていくことになる。
 
 P-3C100機体制(08防衛大綱で80機体制に変更)から、性能向上が図られたP-1は、現時点では作戦哨戒機4個隊65機体制の整備が計画されている。
 
 ジェット化によって、P-3Cの弱点でもあった速度、飛行高度、ペイロードが大きく改善され、柔軟かつ効果的な運用が可能となり、我が国の先端技術を注入し、その機能、性能を格段に向上させた搭載装備機器と併せて、作戦遂行能力をさらに高めることとなった。
 
 これらにより、我が国本土周辺海上防衛および海上交通路防衛、ならびに平時からの警戒監視また、長期化が予想されるソマリア沖海賊対処など各種国際平和協力活動や大規模災害派遣、更には弾道ミサイル防衛など多方面での一層の活躍が期待される。
 
(2)P-1装備計画に関わる課題
 
 P-1装備計画は、先にも述べたように哨戒機4個隊65機体制整備を目標に、これまでに「17中期防」で4機(平成20年予算で4機、平成21年度予算では0機)および22年度予算で1機の計5機が予算化された。
 
 P-1の製造には4年を要することから、量産型初号機は平成23(2011)年度末に部隊配備が開始され、5機目は平成25(2013)年度末になる。
 
 現在、平成23年度予算として3機が概算要求中である。一方、現用のP-3Cは23年度から減勢数がP-1の増機よりも先行してしまうことから、23年度予算では1機の延命措置が要求されている。
 
 しかしながら、このような延命によるP-3Cの減勢管理が行われても平成35(2023)年頃にはP-3C80機の全機減勢が予測されており、現在のペースでは明らかに対応しきれない状況となるため、これに対する長期的な整備構想が必要である。
 
 すなわち、P-3C減勢の穴を埋め、P-1によって所要の哨戒能力を維持するためには年間4〜6機程度の予算取得ペースを確保することが必要であり、このためには次期中期防(平成23年度から27年度)では20機以上の整備が必要となろう。
 
 防衛技術開発力は、我が国安全保障上の抑止力とも言えるものであるから、P-1を誕生させた我が国の防衛技術開発力を維持、発展させるという面からも上記のペースが必要不可欠である。
 
 このことは、現下の財政事情及び防衛予算を鑑みた時、かなり厳しいものであることは十分認識している。
 
 しかし、2010年代の安全保障環境、特に中国の海軍力とりわけ潜水艦戦力の目覚ましい増強ぶりに対応するため、また、開発に際してそこに結集された我が国の科学技術の粋を我が国力として蓄積保持する意義を踏まえれば、P-1の増備を図り、新戦力として早期に部隊配備することが必要不可欠である。
 
 本年末にも決定されると言われている防衛計画の大綱および次期中期防には、是非ともP-1装備の重要性を踏まえた適正な整備機数の明記が強く望まれるところである。
 

おわりに

 固定翼哨戒機の国内開発は海上自衛隊航空部隊および日本の航空産業界の長年の夢であり希望であった。周辺関連技術の調査研究および研究試作を含めると約20年にも及ぶ期間を要してP-1は開発されてきた。
 
 P-1は新規に設計された機体にこれも新規設計のターボファンエンジンを4発装備し、さらには、搭載するアビオニクスもこれまでのノウハウと最新の技術を織り込んだものにするという、まさに国家の英知を結集した、他に類例のない哨戒機である。
 
 P-1は、これまで長年培ってきた多くの優秀な搭乗員の手によって、我が国周辺海域における海上防衛の任を十二分に果たすことはもとより、日米共同による様々な作戦活動等、あるいは国際的な諸活動へも柔軟かつ適切に対応することができる。
 
 特に、昨今の中国海軍の目覚ましい台頭、とりわけ中国海軍潜水艦隊の著しい増勢は、我が国および同盟国たる米国の安全保障上の喫緊の課題となっているが、その課題の解となるのがP-1哨戒機部隊であると言えよう。
 
 かつて、冷戦時代にあの強大なソビエト極東艦隊潜水艦部隊に、日米共同の主体となって対峙し、甚大なものではなかったものの、ついにはソ連崩壊に至らしめるその一端を担ったのは、ほかでもない1項で紹介したP-2J哨戒機部隊とP-3C哨戒機部隊であったと言われている。
 
 さらに時代を遡って、大東亜戦争末期の我が国の情勢を想起すれば、東シナ海を含む日本周辺海域は、今まさに、当時、米国の潜水艦による通商破壊戦によってもたらされたあの過酷な情勢の再来を迎えようとしているのではないだろうか。 我が国の生存と繁栄が、いつに海上交通路の確保にかかっていることは論を俟たず、現に今脅かされ始めた海洋の安全を真剣に考えなければならない瀬戸際に我々は立っていると言えよう。
 
XP-1試作2号機(防衛省技術研究本部
イメージ 2 我が国では、現在、財政が逼迫し国内にも様々な問題が山積していることは十分に理解しているが、今ここで優先して取り組むべきは我が国周辺海域に迫り来る安全保障の問題ではないかと考える。
 
 国家予算の適正な「選択と集中」が必要であり、とりわけP-1哨戒機部隊の整備促進が望まれる。
 

参考文献
1「世界の艦船」 2008.10 NO.696
2「軍事研究」  2010.1
3「誰も語らなかった防衛産業」 桜林 美佐 並木書房
4「防衛通信 新聞版」2010.9.1 第12656号
5「WING」紙 2002.5.29 週刊 2282号


jbpress.ismedia.jpより引用。
 
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