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プーチンの大統領復帰で領土問題は解決するか
2012.02.15(水) コンスタンチン・サルキソフ
ロシアのメディアは、3月に迫った大統領選挙や、プーチンの復帰に反対する数万人のデモのことはあまりニュースにしていない。しかし、1月末のラブロフ外相の訪日と、東京で行われた北方領土返還要求全国大会のことはきちんと報じていた。
例えば、「ロシア24」というテレビ局は、右翼の街宣車が東京・麻布のロシア大使館を取り巻いている場面や北方領土返還要求大会の様子をかなり詳しく報じていた。
だが、「日本のロシアへの反感はそれほど激しくはない。東日本大震災の悲劇を受けて、日ロ関係は落ち着きを取り戻している」というのがロシアのメディアの論調である。日ロ関係についてやや楽観的に見通しているようだ。
その背景の1つに、プーチン首相の対日政策がある。
3月4日の大統領選挙でプーチンが返り咲きしても、ロシアは安定しないだろう。政治と外交には波乱が待ち受けている。だが日ロ関係にとっては、大きなチャンスとなるかもしれない。
実はロシア首脳の中で、日本との関係改善に最も積極的に取り組んできたのはプーチンだ。プーチンが大統領に復帰したら、改めて日ロ関係の構築に取り組むのではないかと期待される。
領土問題解決の新たなスタート地点とは 来日したラブロフ外相の発言をもとに、領土問題を解決するための出発点と今後の課題を整理してみたい。
(1)「法と正義の原則」に基づいた対話を
「今までに両国首脳が合意した既存の外交文書と、法と正義の原則に基づいて対話していくことを望む」とロシア外相は語った。
「法と正義の原則」はエリツィン時代に両国が合意した言葉であり、プーチンやメドベージェフはあまり口にしなかった言葉だ。
東日本大震災後、ロシアの一般市民は日本に対して同情と思いやりの目を向け、両国民の関係は良い方向へ向かっていた。その中で日本の外務省は、新しい雰囲気の中で「法と正義」の原則に基づいて領土問題を解決しようと呼びかけていた。
しかし、それに対してロシア側は難色を示していた。日本が言う「正義」は、4島返還の意味ではないかという懸念があったからだ。
ラブロフ外相は一貫して「両国の解釈は違う」と主張していたが、今回の来日で「法と正義」という言葉を使ったのは、意味があることかもしれない。
ラブロフ外相は「相互に受け入れられる解決策を模索する」とも発言した。ロシア側は以前よく口にしていたが、最近途絶えてしまっていた表現である。それが今回また外相の口から出てきた。ロシアは明らかに対日関係を好転させようとしていると思われる。
領土問題がネックとなり、日ロ間ではいまだに平和条約が締結されていないが、「平和条約の締結に向けた協議の方法や日程などに関して、ロシア大統領選挙の後に打ち合わせをする」「我々は相互に受け入れ可能な解決策を模索する必要性を十分理解していると、改めて申し上げたい」とラブロフ外相は発言していた。
(2)日本の立場を尊重して北方4島を共同開発
ラブロフ外相は、ロシアが北方4島を開発するあたって日本と協力することが望ましいと言っていた。2011年に表明し、今回の来日でさらに確認されたのは、「協力する際は日本の法的な立場を害してはいけない。日本の主張を考慮して進める」ということだった。
現在、いわゆる「ビザなし交流」で4島を訪れる日本人は、ビザを持たないだけではなく、パスポートも持たずに行くことができる。日本人にとって4島は外国ではないということをロシアは黙認している。共同開発も同じ考え方、やり方で構わないというのが、外相の発言の意味である。
(3)極東開発に日本の支援を要請
今秋にロシアのウラジオストクでAPECサミットが開催され、2015年にはアムール州のボストチヌイ宇宙基地で最初の無人ロケットが打ち上げられる予定だ。それらのことを考えると、極東地域におけるロシアの経済活動はますます活発になっていくだろう。プーチンは、彼の当選をあまり歓迎しない米欧より、東アジアとの関係にもっと力を入れると予想される。
外相の来日時にはまだ公開されていなかったが、プーチン首相は2月7日、極東地方の開発を担当する国営企業を設立するという計画を発表した。主眼は「道路、空港、港湾施設などを発展させる」ことである。中国と韓国だけでなく、日本にも開発に参加してほしいというリクエストが出てくるに違いない。
以上はスタートラインである。ロシアの新大統領はここから日ロ関係の新しい「ロードマップ」を作成し、それに沿って動いてもらいたい。また、領土問題を解決するためには、対話の雰囲気をつくることも重要だ。両国は前提条件なしで会話に臨み、軽はずみで余計な発言をできるだけ避けるべきである。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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ロシア
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ロシアの抗議行動:クレムリンに国民の声を
2012.02.14(火) The Economist:プロフィール (英エコノミスト誌 2012年2月11日号)
街頭での大規模抗議デモがロシアの政治状況を変えようとしている――その帰結は予断を許さない。
数年にわたる政治のまどろみと緩やかな不況を経て、モスクワが突然、混乱と興奮状態の中で目覚めた。抗議行動とそれに反対する抗議行動、政治論争、革命的なアイデアで街は沸き立っている。2月4日には、少なくとも4つの政治デモが市内で実施された。
数カ月前には、モスクワで最も活動的な成功者のお決まりの話題と言えば海外への移住だったが、今ではこれが変化を求める声に代わっている。
3月4日の大統領選挙まで1カ月を切った今、話題の中心はウラジーミル・プーチン首相が勝つかどうかではなく(きっと勝つ)、再度大統領に就いてからのプーチン政権がどれくらい続き、その後何が起きるかだ。
高揚感漂う反プーチンデモ写真は昨年12月、下院選での不正疑惑に抗議するデモに集まった人びと〔AFPBB News〕
2カ月前、抗議行動に参加する人々の間には不穏さと興奮が入り交じる空気が流れていたが、今ではそれが目もくらむような高揚感と祝福ムードに変化している。
最初の大規模な抗議行動は、2011年12月4日の下院選挙で起きたあからさまな不正投票がきっかけだった。この時は約7000人が集結し、警察と活動家の衝突に発展した。
それから2カ月後の2月4日には、その10倍の人々が誰にも邪魔されず、「プーチンのいないロシアを」と繰り返し唱えながらクレムリンを目指して歩いた。
当初の名目はデモ行進だったが、やがてお祭り気分の行列へと変わった。共産主義者、国家主義者、無政府主義者、君主制の支持者、リベラル派など、政治的な思想を持つ人々で構成されていた隊列は、政党や官僚への反感によって結び付いた多くの一般市民に飲み込まれた。
学生、ビジネスマン、ジャーナリスト、年金生活者、教師、企業の管理職など、経歴も考え方もばらばらな人々が集まった。欧州のゲレンデで着ていたとおぼしきスキーウエアをまとった人もいれば、ロシアの伝統的な装いであるフェルトのブーツと羊皮のコートを身に着けている人もいた。
抗議行動に参加した人々の共通点は収入ではなく、自国政府に愚か者扱いされたくないという思いだ。多くの人が白い風船を持っており、そこには2011年12月の選挙に言及した「また我々を刺激したら、今度は爆発するぞ」というスローガンが書かれていた。
これは単なるクレムリンを標的にした抗議行動というだけではなく、仲間の数と決意を互いに示し合うデモンストレーションにも見えた。参加者の大部分は政治的な主張を持たないものの、そうした人々の集結そのものが、都市に住む中間層の政治への目覚めを示している。これこそロシアの政治状況を変貌させる社会の変化だ。
抗議行動の組織化において大きな役割を果たしているのは、政党でもなければ、公式な運営委員会でさえもなく、フェイスブックだ。
フェイスブックでデモを組織化する知識層 フェイスブックで活動を呼びかけるイリヤ・ファイビソビッチ氏によれば、フェイスブックにはリベラルで裕福なモスクワの知識人階級が集まっており、その数はほかのソーシャルネットワークをはるかに凌ぐという。
不正が行われた12月の下院選挙の後、ファイビソビッチ氏はジャーナリストや活動家、オピニオンリーダーを10人ほど集め、私的なチャットグループを立ち上げた。このグループがその後、今回の抗議行動のブレーンとして、中核的な役割を果たすことになる。
その1人がメディア企業アフィーシャ・ランブラーの編集責任者、ユーリ・サプリキン氏だ。アフィーシャ・ランブラーは人気の情報娯楽誌アフィーシャを発行している。サプリキン氏によれば、同グループの役割は抗議行動を率いることではなく「参加者が求めていることを感じ取り、それをもとに計画を立てる」ことだという。
しかし、アフィーシャのような雑誌はこれまで、専門的な職業に就き、海外旅行に出かけたりギャラリーやカフェで時間を過ごしたりするモスクワ市民の期待を形作ってきた。
サプリキン氏も指摘しているように、モスクワは欧州の都市であるというアフィーシャが作り上げたイメージは、この数年の間に、社会の格差や警察の腐敗、裁判所の偏向、選挙での不正といった現実にそぐわなくなっていた。
このようなクリエイティブな職に就く階層は、成功を収め、束縛からも自由で、これまで抱いてきた期待を現実に合わせたり、国を去ったりする代わりに、自らの世界観に合うような政治の変化を要求し始めている。
この層に属する人々はクレムリンに対し、選択の自由と、生活の他の部分では当たり前になっている真っ当な扱いを求めている。アフィーシャの編集長、イリヤ・クラシルシュチク氏をはじめとする都会の若い知識階級の多くにとって、プーチン首相やクレムリンの上層部は「異なる文明に属している」。しかしこれは、ロシアという国の大部分にも当てはまることだ。
金持ちと一般市民の間に溝 プーチン首相の報道官ドミトリー・ペスコフ氏は公の場で、一連の抗議行動は局所的な出来事にすぎず、退屈した金持ちのモスクワ市民20万人ほどが政治的な刺激を求めて行ったものだと発言している。
ペスコフ氏の言い分も一理ある。確かにモスクワ以外に暮らす人々の大部分は、不安定化を恐れて今でもプーチン首相を支持している。しかし、複数の社会学者やアナリストによれば、モスクワの中間層に広がる不満は、今や他の大都市にも見受けられるという。
さらに重要なことに、ロシアではまだ中間層は少数派かもしれないが、時代の傾向を生み出し、世論を形成する力はある。クレムリンは早々にこの点に気付いたが、その対応は不透明だ。
クレムリンは知事選挙を復活させる(ただし更迭権は確保する)など、いくつかの象徴的な譲歩を実行している。厳しく管理されている国営テレビチャンネルについても、一部の野党政治家の出演を許可したが、あくまで米国の回し者という取り上げ方だ。
大富豪ミハイル・プロホロフ氏(写真)は大統領選への出馬を認められたが・・・〔AFPBB News〕
政府は中間層にアピールできる億万長者の大物実業家ミハイル・プロホロフ氏を大統領選候補として認め、その一方でリベラル派の政党ヤブロコの古参議員グリゴリー・ヤブリンスキー氏の出馬は却下した。
こうした対応すべてから分かるのは、プーチン首相には政治制度を開放し真の競争を導入するつもりはなく、今後も変化を装い続けるということだと、あるベテランのロシア人ビジネスマンは述べている。
クレムリンは最新の意志表示として、抗議行動に対抗する集会を組織した。2月4日には公務員などからなる数万人の人々が近郊の町からモスクワにバスで連れていかれ、プーチン首相への国民の支持を印象づける集会に出席させられた。
クレムリンを支持するプロパガンダ担当者の演説は、西側諸国、そして「オレンジ病」と表現される一連の抗議行動に対するヒステリーを呼び起こす意図があった。しかし、このプロパガンダはむしろプーチン首相への怒りをかき立てた可能性が高い。
元副首相のアリフレド・コフ氏は、プーチン首相の支持率と指導者としての正当性は今後損なわれる可能性が高いと予測する。特に、今後着手しなければならない経済改革のためだ。
「プーチン首相を個人的に嫌悪する波が高まり、最も実利的な支持者でさえ同首相を見捨て始めるだろう」とコフ氏は記している。もしプーチン首相が弾圧を試みれば、エリート層との対立はさらに深刻なものになるはずだ。
前財務相のアレクセイ・クドリン氏は、クレムリンと抗議行動の参加者たちの仲裁者の役割を果たそうとしている。今のところ、双方ともクドリン氏の提案を受け入れていない。
支配層のエリートの一部から支持されているプロホロフ氏も、抗議行動の参加者たちからの支持を得られずにいる。プロホロフ氏もクレムリンの計画の一部であり、支配者側の一員と考えられているためだ。人気コラムニストで抗議行動の理論提唱者でもあるキリル・ロゴフ氏は「何のために彼のような人物が必要なのか?」と疑問を投げかけている。
ロシアに必要なのは制度改革であり、新たな密室の取引ではないと、ロゴフ氏は主張する。法の支配を尊重する政府に権限を委譲するには、不正のない選挙を実施するしか方法はない。これはロシアで過去一度も実現していないことだ。
穏健な意見を口にする元石油王ミハイル・ホドルコフスキー氏は脱税で有罪判決を受けているが、政治的野心を見せたことが本当の理由とされている〔AFPBB News〕
興味深いことに、最も穏健な意見を発しているのは石油会社ユコスの元トップで、現在収監されているミハイル・ホドルコフスキー氏だ。
当の抗議参加者にはほとんど無視されたものの、同氏は最近、これらの参加者に向けて呼びかけを発表し、官僚制度への文民統制を強化しながら、協力姿勢のある官僚を取り込むことが最善だと訴えた。
「プーチン首相の側近の中でも、クドリン氏らは排除すべきではない。プーチン首相は彼らを影響力を行使する手段と見ているかもしれないが、我々は彼らを同胞と見なさなくてはならない。問題は、内戦なしに切り抜けることができるかどうかだ。それ以上でもそれ以下でもない、それだけのことだ」
© 2012 The Economist Newspaper Limited. All rights reserved.
英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
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シリア独裁政権を擁護するロシア
ブレジネフ時代にふさわしい拒否権行使
2012.02.13(月)Financial Times:プロフィール
2012年2月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
筆者は先日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、同国政府がシリアのバシャル・アル・アサド大統領の残忍な抑圧を支持する理由を説明するのを聞いた。
もっとも、本人がそういう表現を使ったわけではない。元キャリア外交官のラブロフ外相は賢明な男だ。
外相はありとあらゆる詭弁を弄し、悪意ある西側諸国のプロパガンダに反して、ロシアは完全に公平に行動していると説明した。それはまるで冷戦に戻る旅のようだった。
国連安全保障理事会でのロシアの拒否権行使(中国も同調した)は、予想可能かつ、実際に予想されていた結果をもたらした。アサド大統領は一般市民も武装組織も見境なく、反体制派に対する軍事攻撃を強化した。
死亡者数は急増している。シリアは全面的な内戦に陥りかけており、交渉による権力移行を目指すアラブ連盟の取り組みは一段と後退している。
アラブの春は西側の策略? 拒否権行使には何通りもの説明がある。ロシアにとってアサド王朝はソビエト時代以来の戦略的な同盟相手だ。ロシア政府(と中国政府)は、他国にだまされて、リビアのムアマル・カダフィ大佐の失脚につながった国連決議案を受け入れさせられたと思っている。
シリアのタルトゥース港は、ロシアにとって極めて重要な海軍基地だ。大規模な武器売買契約も絡んでいる。こうした事情をすべて、ロシア政府お馴染みの不干渉の原則に加えることができる。
だが、ミュンヘン安全保障会議でのラブロフ外相の講演は、別のことも伝えていた。ロシアは守勢に立たされているのだ。来月の大統領選挙は、ウラジーミル・プーチン首相の新たな大統領任期(12年)の始まりを告げるはずだった。ところがプーチン首相は今、かつて友好的だった群衆から野次を飛ばされ、モスクワの街頭での大規模デモに見舞われている。
これに対するお決まりの反応は、外部の敵を責めることだ。国内での不満からアラブ世界の民衆蜂起に至るまで、ロシア政府はあらゆる事象を西側による策略というレンズを通して見る。こうした主張によると、ロシアは冷戦時に得ていた尊敬を与えられなければならない。
だが実際には、プーチン首相は任期終盤のレオニード・ブレジネフ大統領と似ている。国外での大言壮語は国内での権力衰退を隠してくれないのだ。
ラブロフ外相の話を聞くということは、抗議の自殺をしてアラブの民衆蜂起の火付け役となったチュニジアの野菜売りは米中央情報局(CIA)の工作員だったと考えるようなものだ。同じく、ベンガジのイスラム主義者たちやタハリール広場の若者も西側諸国に雇われていた。アサド大統領に対する反乱は、米国政府に触発された策略の最新任務にすぎないというわけだ。
もっと平凡な現実は、アラブ世界で突然起きた政治的な目覚めに、誰もが不意打ちを食ったということだ。このショックの後、西側諸国は必ずしも安心した様子に見えないということも指摘しておくべきだろう。
フランスの最初の直感は、チュニジアのゼン・アル・アビディン・ベンアリ大統領の体制を支持することだった。米国はエジプトのホスニ・ムバラク大統領の失墜で極めて重要なアラブ同盟国を失った。バラク・オバマ政権はいまだに、新たに選ばれたイスラム主義者たちを友人として扱うべきか敵として扱うべきか、はっきり決めかねている。
ダブルスタンダードはロシアの専売特許ではない。最近ではアラブの自由のために積極的に発言するようになったとはいえ、西側諸国は今も、石油に恵まれた湾岸諸国の独裁者に民主化運動が波及することを恐れている。
一変した地政学的な景色 だが、避けることのできない真実は、中東の地政学的な景色が一変したということだ。米国とロシアはかつて、それぞれの勢力圏の境界を区切るきれいな線を引くことができた。今ではアラブ人が、中東は自分たちのものだと主張している。
ロシアはこの画期的な変化において、間違った側に身を置いてしまった。ロシア政府がアサド大統領を支持したことで、中東地域が米ロ両国に対して抱く見方が変わるはずだ。
数十年間にわたってイスラエルと西側寄りの独裁者を支援してきた米国は、アラブの街頭デモの標的になった。しかし今、スタートで躓いたとはいえ、米国政府は改革派と手を結んだ。一方、ロシアは自国に、独裁的な現体制の擁護者という役割を与えてしまった。
2月上旬、アラブ人はラブロフ外相がダマスカスでアサド大統領の支持者たちに歓待される様子を目にした。彼らはホムスで繰り広げられる残酷な包囲攻撃の映像を見る時、停戦を目指すアラブ連盟の努力をロシア政府が妨害したことを思い出すだろう。
今回の拒否権行使はアサド大統領に自国民を殺すライセンスを与えたと非難したのは、決してトルコ政府だけではなかった。
もしかしたらロシア政府はまだ、アサド大統領が権力の座にとどまるだけのテロを展開できると思っているのかもしれない。プーチン首相は先日、アラブの専制君主がもう1人倒れた場合の象徴的な意味を恐れていることを認めた。
ロシアと中国の読み違い だが、この点に関するロシアの論理は、救いようがないほど支離滅裂なものになっている。ロシア政府は一体どうしたら、アサド大統領の暴力による支配を支持することが、ロシア政府の腐敗と不正選挙に対してロシア中産階級が抱く怒りを和らげるなどと思えるのか?
中国はロシアより控えめな姿勢を取り、他国の内政への干渉に反対する伝統的な立場を唱えてきた。だが、中国政府の態度にも、アラブと国際社会の世論の読み違いがうかがえる。かつては不干渉の原則を、西側の帝国主義者の略奪行為から身を守るために必要な保護策として掲げることができた。ところが今ではこの原則は、抑圧を支持する言い訳に見え始めた。
西側諸国について言えば、ラブロフ外相の悪夢にもかかわらず、直接介入に対する熱意はほとんどない。リビアは小さな戦争だった。飛行禁止区域や避難区域の設定は決して容易ではない。シリアの場合には、アサド大統領の空軍を破壊しなければならない。米国防総省はもうずっと昔に、中東での戦争にかかわる意欲を失っている。
西側はシリアに制裁を科すだろうし、反体制派に武器を与えろという圧力にさらされるだろう。だが、西側の意向は、アラブ連盟とトルコに先導的な役割を担わせることだ。暴力が長引くほど、宗派間の内戦のリスクが高まり、さらには中東地域全体でのスンニ派とシーア派の衝突のリスクも増していく。
ラブロフ外相、これは西側の陰謀ではない。何が起きたかと言うと、状況が変わったのだ。シリアでも中東地域でも、そう、ロシアでも。今や誰も冷戦にまつわる言葉に興味はないのだ。
By Philip Stephens
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プーチンの誰も知らない錬金術
沿ドニエステル共和国で20年ぶりに政権交代したわけ
2012.02.02(木) 藤森 信吉:プロフィール 旧ソ連内に存在する非承認国家の1つ、沿ドニエステル共和国で昨年12月に大統領選挙が行われ、エフゲニー・シェフチュク候補が当選、第2代大統領に就任した。(敬称略)
ソ連崩壊から20年間にわたり沿ドニエステル共和国の独立路線を指導してきたイゴール・スミルノフは、ロシアからの援護を受けられず強力なライバルたちの前に選挙で惨敗、あっけない幕切れを迎えた。
(出所)沿ドニエステル中央選管HP
この政権交代は、2つの意味を持っている。第1に、しばしばスミルノフ独裁と表現されてきた沿ドニエステル共和国の権力構造の多元性である。同国ではスミルノフ一族は通関(密輸が盛んな非承認国家において通関は一大資金源である)、治安関係を掌握し、「シェリフ」グループが小売り、流通を支配してきた。
シェフチュクはこの「シェリフ」出身である。一方で、この国の工業生産の大半を叩き出す大企業はロシア資本傘下にあり、「平和維持」名目でロシア軍も駐留している。
スミルノフ政権はこの3者のバランス上で成り立っており、シェリフとロシアが反対に回れば、スミルノフの再選はおぼつかなくなる。
第2が、ロシア政府の影響力の強さである。上記のように、ロシアは沿ドニエステルの工業と軍事を支配しているが、これ以外にも、住民にロシア年金を支給し、様々な社会援助と称する補助金を流し込んできた。
2006年選挙では、ロシア政府はシェフチュクに対するネガティブキャンペーンを張り立候補辞退に追い込んだが、今回の選挙では、逆にスミルノフ一族の援助金不正利用を攻撃し、その一方で、カミンスキーを「統一ロシア」の党大会に招いたり、資金を援助したりと早い段階で政権交代を画策してきた。
金融危機以降、沿ドニエステルは不況から抜け出せず、ロシア政府の援助にますます頼り、スミルノフ自身がロシア資本と衝突したり、沿ドニエステル議会との対立を激化させたりとその指導力にロシア政府は不満を抱いてきた。
シェフチュクは、かつて与党「刷新」を率いて議会議長まで務めていたが、大統領との対立激化の責任を取り自ら職から降りていた。その議長職と与党代表を継いだのがカミンスキーである。
シェフチュクとカミンスキーとの間にさしたる政策の違いはなく、個性(性急で若いシェフチュクと穏便な中年カミンスキー)が異なる程度である。
ロシアの影響力 沿ドニエステル「共和国」は、モルドヴァ共和国内を流れるドニエステル川左岸とウクライナとに挟まれた細長い地域を実効支配しており、2010年統計によれば、住民数51.8万人(出稼ぎにより実際の定住者は40万人弱と言われる)、面積4163平方キロ(石川県程度の面積)、国民総生産(GNP)10億ドル弱の極小国である。
ここにロシア政府が肩入れする理由は何だろうか。
第1が、一般に言われているところの「対モルドヴァ外交のカード」である。
沿ドニエステル問題を協議する「5+2」(沿ドニエステル、モルドヴァ、ロシア、ウクライナ、OSCE、EUおよび米国はオブザーバー参加)は2006年以来開催されておらず、交渉再開をチラつかせたり、沿ドニエステル駐留ロシア軍の撤退を示唆しながら、モルドヴァの外交、特にその親EU政策に影響を与えることが可能である。
第2が、「ロシア資本のオフショア」地としての役割である。
沿ドニエステルには、ソ連時代から国際競争力ある重工業が立地しているが、ほとんどがロシア資本によって買収されている。
特に、モルドヴァ製鉄所(MMZ)と、モルドヴァ地区火力発電所(MGRES)は、沿ドニエステルの2大企業であるが、前者はウスマノフ率いるMetalloinvestが筆頭株主であり、後者はInter RAO(統一エネルギーシステムの海外部門)が株式の51%を所有している。
沿ドニエステルにあるセメント工場もウスマノフが買収しており、ソチ五輪特需で大いに潤っていると言われている。ウスマノフは、プーチンの盟友として知られており、先のロシア下院選挙でプーチンを批判した週刊誌編集長をオーナー権限で解雇したことは記憶に新しい。
ウスマノフはこの地にあるセメント工場も買収しており、ソチ五輪特需で大いに潤っていると言われている。
これらロシア資本の企業活動に、ロシア政府は露骨な肩入れを行ってきた。例えば、2007年には、プーチンはモルドヴァ政府に働きかけ、モルドヴァ国内の送電線を用いてMGRES電力のルーマニア輸出を実現させている。
その代償として、モルドヴァ政府は、沿ドニエステルから電力を「輸入」しており、2010年度にはモルドヴァの総消費電力の3分の2はMGRES供給となっている。モルドヴァ政府は、沿ドニエステル共和国と政治的に対立する裏で、ちゃっかり経済の恩恵に与っているのだ。
「無料」の輸入天然ガス 沿ドニエステルのごとき極小国の企業が国際競争力を有する理由は簡単である。電炉や発電の燃料たる天然ガスのコストが著しく安いためである。
今日、モルドヴァおよび沿ドニエステルのガス供給は、モルドヴァガスとガスプロムの契約によっている。モルドヴァガスは、ガスプロム(50%+1株)、モルドヴァ政府(35.33%)、沿ドニエステル政府(13.44%)の持ち株比率で創設され、ガスプロムとの契約が、モルドヴァおよび沿ドニエステル「両国」の供給量・価格を決定してきた。
しかし、2005年、沿ドニエステルは、ガスプロム社との単独契約を求め、一方的にこの契約形態から脱退してしまった。これ以降、沿ドニエステルは、モルドヴァガスが契約した価格に従わず、ガスプロムへの支払額も未確定であるとして支払いを留保し続けている。
ガスプロムはと言うと、なぜか供給停止措置を取っておらず、累積未払い代金は既に沿ドニエステルの国内総生産(GDP)の2倍にまで積み上がっている。
ガスプロムは、供給停止に否定的である理由を「沿ドニエステル下流の消費国のみならずサウスストリーム計画に悪影響を与える」としているが、一方でEUという最重要消費者を下流に抱えていたウクライナに対しては容赦なく供給停止した事実を考えると、沿ドニエステルが特例とされていることがよく分かる。
ロシア企業がMMZやMGRESを買収した時期と、沿ドニエステルがモルドバガスから離脱してガス代金を滞納し始めた時期が重なっているため、不払いの一件はロシア側の入れ知恵ではないかとすら思えるほどだ。
その証拠に、沿ドニエステルが不払いを開始して以降、ガスプロムの沿ドニエステルへのガス供給量はなぜか増えており、MGRESの発電量も伸びている。安い天然ガスでMGRESが輸出を伸ばして潤っているのは歴然とした事実である。
例えば2008年度、ガスプロムとモルドヴァガスの契約ではガス価格は1000立方メートル当たり240ドルであったが、沿ドニエステル国内では、発電所向け36ドルという法定価格が設定されていた。
周辺国に比べ、10分の1以下というコストである。こうした沿ドニエステルの価格政策は、ガスプロムにガス代を支払わない限り、破綻することはない。
ガスプロムが損を被り、統一エネルギーシステムやウスマノフが儲ける、という図式は、かつてロシア企業が得意としていた移転価格と見なせないわけでもない。
しかし、ガスプロムの債権は将来的には、モルドヴァや沿ドニエステルの資産と相殺可能なのだから、単なる損失ではない。
そして御多分に漏れず、ロシア資本の儲けの流れは不明朗である。MGRESのルーマニア輸出には、お約束のようにペーパーカンパニーが仲介者として存在しており、ウクライナへのガス輸出を仲介していたロスウクルエネルゴを髣髴させる。
(出所)ロシア通関統計およびモルドヴァ・エネルギーバランス統計から推計
以上のように見ると、ロシア政府(あるいはプーチン)にとって都合がよい沿ドニエステル政権とは、曖昧な「非承認」という立場を堅持しつつ、ロシア資本の企業活動を無条件で保障してくれる政権である。
非承認国家の「親ロ」外交 スミルノフのように、本当に独立しようとしたり、取引に不正があるとしてMMZの輸出を差し止めたりする指導者は困るのだ。
沿ドニエステルが、再統合であれ分離独立であれ、国際的に承認された国家になってしまうと、ガス未払いレトリックは使えなくなる。
今の「非承認」ステイタスが続く限り、ロシア資本の儲けは続くし、モルドヴァへの外交カードも維持し続けることができる。強い批判の中で選挙資金を必要とするプーチン陣営にとって、沿ドニエステルは容易に手放すことができないオフショアでもあるのだ。
一方、シェフチュク新大統領の下、沿ドニエステル国では、既にモルドヴァ間での往来手続きが大幅に簡素化されており、政治面でも報道の自由といったリベラル化が予想されているが、親ロシア政策まで変更することは不可能である。
非承認国家のリーダーたちは、親ロシアである限り欧米諸国からの承認は得られず、ゆえに「非承認」から脱することができないことを理解している。
しかし、軍事や援助金のみならず住民の出稼ぎ先や年金支給までロシアに頼る状況では、忠誠心を飼い主に示し続ける以外の選択肢は彼らに存在しないのだ。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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「文句なしに大統領になる」方法を考案中のプーチン
2012年のロシアは不確定要素だらけ
2012.01.19(木) コンスタンチン・サルキソフ:プロフィール 2012年はロシアに何が起きるのか、例年以上に予想がつかない。
まず、3月4日には大統領選がある。今までの10年間は、誰が選ばれるのかを容易に予想することができた。だが、今年は違う。
2011年12月には、下院選挙の不正疑惑を巡ってプーチンに抗議する大規模なデモがモスクワで起きた。プーチンの信用は大きく失墜しており、大統領選でもたやすく勝利することはできないだろう。仮に再び政権の座に就いても、以前のように絶対的な権力を行使することはあり得ない。
昨年末の反プーチンのデモには、「野党勢力」だけではなく中産階級の一般市民も数多く参加した。その人たちの支持を取り戻すために、プーチンは多くの難しい課題をクリアしなければならない。
1回の投票で勝つべきか、再投票で勝つべきか まず、大統領選を極めて「公正」に行わなければならない。下院選の時のように不正疑惑が広がれば、プーチンの当選は「またもや支配勢力の仕業だ」と攻撃を受けることになる。その後の6年の任期中、ずっと政権の正当性が問われ、反対ムードが広がり、数万人の大規模デモにつながる恐れがある。
これを避けたいプーチン陣営は「文句なしに当選する」方法を考えている。
選挙では、候補者の誰かが1回目の投票で過半数の票を獲得しなければ、2回目の投票が行われる。1回目の投票だけで当選してしまうのが政権復帰の早道だ。だが、プーチンの場合、2回目の投票にずれ込んで、そこで勝てば、「よく頑張って有権者の支持を得た」と評価され、「公正な選挙」が行われたイメージが強くなる。
プーチン陣営の中では、1回で勝つべきか、2回目に勝つべきか、どちらが望ましいか意見が分かれている。
確かに、2回目の投票にずれ込むと、以下のようなデメリットがある。まず、1回目の投票で勝てなかったことから「国民から完全には支持されていない」という印象が残る。また、2回目の投票でプーチンが当選する確率は100%ではない。「プーチンにはもう任せられない」というムードが国民の間に渦巻いており、2回目の投票で相手が誰であっても票が流れてしまう恐れがある。
もちろん、その「第2の候補」が誰であるかによるだろう。仮に共産党の代表であれば、エリツィン時代の大統領選にあったように、「2つの悪ならば、より小さい悪の方を選ぶべし」という心理が働き、プーチンは当選するかもしれない。
透明性の高い選挙は実現できるか クレムリンのスタッフは、「1回の投票で勝てないとプーチンらしくない」と選挙の戦略を練っている。
しかし、2011年12月17日に行われた公式な世論調査(「もしも明日、大統領選が行われたら、誰に投票するか」を聞いた)では、プーチンの得票率は45%しかなかった。非公式な数字はもっと低い。
大統領復帰後の支持率を高めるには、どうしても公正な選挙で国民の納得を得なければならない。
そこで、投票所にはウェブカメラを設置し、投票箱を透明な材料で作るという。選挙日には、投票所の全景と投票箱を撮影しながら、リアルタイムの開票結果を選挙中央委員会のサイトで伝える。
これだけで大統領選が公正なものになるかどうかは疑問だが、プーチン自身は当選した暁に「ごまかしは一切なかった」と宣言できるように、巨額の国家予算を用意し、技術面を含めての選挙改革を行うという。
また、プーチンは昨年末の下院選挙で惨敗した与党「統一ロシア」とは距離をとり、2011年5月に自らの発案でスタートした「人民戦線」に選挙活動の軸足を置くという。
人民戦線は、地方の政治家、労働組合や婦人団体、青年団体など、様々な立場の人々を取り込んだ運動団体である。プーチンの狙いは、自分が国民の生活の近くにいることを訴え、広く支持を得ることにある。
暗雲が立ち込める国家財政 もう1つ、プーチン政権への批判を和らげ、落ち着かせるために不可欠なのは、政治改革である。
おそらく大統領の座を降りることになるメドベージェフは、2011年12月、年次教書に約束した知事選挙の復活や、比例代表選挙区の改革、結社の自由拡大、新たな民間テレビ局「社会テレビチャンネル」の開局などの法案を、2月中旬までに下院の評決に出すと約束している。
だが、それ以上にロシア国民が関心を寄せ、大統領選の結果に影響を与えそうなのが、社会福祉予算の取り扱いである。2011年、ロシアでは軍人や警察官の給与、老人への年金給付額が引き上げられ、防衛費も急速に増加した。
そのため、ロシアの国家財政には暗雲が立ち込めている。
2011年は石油価格が平均105ドルだったので、大きな問題がなかった。その水準が続けば、黒字予算は維持される。だが、石油価格が下落すると、あっと言う間に赤字予算に転覆する。赤字を埋める「予備基金」は、2011年9月時点では8000億ルーブル弱しか残っていない。
ロシア中央銀行の1月12日の発表によると、外貨準備高は最近増えておらず、4980億ドルである。ロシア経済発展省が同日に発表したデータによれば、「国内政治リスク」を反映して2011年の投資収支はマイナスになり、ロシアからの資本流出は、当初の見込みの350億ドルを2倍以上も上回って800億ドルになったという。
さらにEU危機やイラン問題などの外的な政治リスクを考えると、ロシアの2012年はますます予測することが困難である。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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