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ロシアの成長を妨げる「欧州への郷愁」
アジアへのインフラは乏しく、中国には強い警戒心・・・
2012.01.25(水) W.C.:プロフィール 3月4日の大統領選で、ウラジーミル・プーチンが最初の投票で過半数を制して決選投票を回避できるかどうかがロシアの政治での関心事になっている。(敬称略)
ほかの候補者が勝つ可能性はほとんどないとはいえ、プーチンにとってはこれまでの実質的に12年に及ぶ治世への信任投票に等しいから、その支持率が50%を超えるかどうかは今後の任期6年間(再選で12年間)の安定度を大きく占ってしまうことになる。
最近の世論調査では、設問によってその支持率や人気度が30%台後半から50%をやや上回る数値の間を動いている。日本の政党以上に今のプーチン陣営は、こうした世論調査の“民意”の動きに一喜一憂しているのだろう。
一人歩きを始めた社会不安 社会の、それも特に中間層に蔓延する「閉塞感」がプーチン政権の安定に影を投げかけているとは、過去半年以上にわたりロシアの内外で叫ばれ、筆者もそれに同調してきた。
しかしその「閉塞感」の原因は何かと問えば、その答えは論者によって多種多様。問題が具体的なようでもあり、「ぼんやりした不安」のようでもあり、真相は「藪の中」である。
ロシアの文豪の言を待つまでもなく、不幸のあり方は人それぞれで皆異なるのだから当然なのだろう。
だが、想像力の逞しいロシア人であるから、それが何倍にも増幅されて個別の事情がどこかに捨てられた後の「不安」だけが、今度はぼんやりではなく堂々と一人で歩き始めて社会現象にまで行き着いてしまう。
ロシアは2020年まで生き残れるか 昨年の8月に、ロシアの現・公正党代議士であるS・ペトロフが、露紙に「ロシアは2020年まで生き残れるか」と題した論を書いた(2011年8月1日ヴェードモスチ)。
ペトロフは戦闘機スホーイのパイロットから自動車販売業に転じ、10年余で大手自動車販売会社のロルフを築いた実業家である。その彼も思いあまったのだろう、今の状態が続くならロシアは2020年までもたない、と悲痛な声を上げる。
時代にもはや合わない旧態依然の政府組織、相変わらずの資源依存経済、政府と社会に蔓延する腐敗、簡単に侵害される個人の所有権、事実上強いられた結果の投票行動、社会が参加しない体制そのもの・・・。
ロシアの社会経済発展戦略 2020年まで、とは、プーチンと現大統領であるドミトリー・メドベージェフが中心になって策定を進めている「2020年までのロシアの社会経済発展戦略」を捩(もじ)ったものだ。
何度も作成されてはすぐに改訂され、目立った成果を生んだようには見えないこの種の政府版将来図への批判でもある。
そして、ソ連のオールドファンならお気づきだろうが、ペトロフの論の題自体が、1969年に当時の反体制派A・アマルリクによって書かれ西側で発刊された『ソ連は1984年まで生きのびるか?』に擬されている。
現状のロシアは四十余年前と同じ? このアマルリクの書は、麻痺し始めていたソ連の中央集権組織への批判である。
ペトロフも自分の議論の中で、今のロシアが陥っている官僚組織の深刻な問題〜ドクトリンでも、為政者の性格でも、伝統でもなく、その中でプーチン自身ですら身動きが取れなくなり、上からの指示も通らなくなっている国家官僚組織が国を支配している実態は、40年余前のアマルリクの批判の通りではないか、と訴える。
ただ、アマルリクの著作では、ソ連は1984年に滅亡するが(最初は1980年の予定だったが、G・オーウェルの『一九八四年』になぜか合わせたらしい)、それは無謀な中ソ戦争への突入が直接の原因となっている。
書かれた年の1969年には確かに中ソの軍事衝突が発生しているから、そこから想像が芽生えたのだろう。
今年のAPECで開催国ロシアに何ができる その時代と今とは異なり、ロシアの「閉塞感」と中国とを関連づけるような議論はさすがに出ていない。もし強引に結びつけるなら、東に進み始めたロシアの道筋にどうもあまり協力的ではない隣人、といった像がせいぜいだろうか。
ロシアの政権は2006〜2007年から本気になって東シベリア・極東の経済発展政策を進め始め、2010年7月にハバロフスクでメドベージェフはアジア太平洋地域に向けてのロシアの進出姿勢を初めて強調した。
今年の9月にはアジア太平洋経済協力(APEC)の閣僚会議もウラジオストクで開催される。さあ、気持ちの準備は整った、いざ東へ・・・だが、この地域でロシアにいったい何ができるのか、の解はいまだに出ていない。
インフラの欠如で中国に輸出できないエネルギー 「中国のように援助資金を大量にばら撒くだけの財布があるわけでなし、米国のように軍事基地を多数維持できるはずもない」
「製造品で売れるものは兵器か原発程度、地下資源ですら極東での鉄道・港湾をはじめとするインフラが欠如していることから、豪州やモンゴル、それに中央アジア諸国にアジア太平洋地域の市場がどんどん押さえられている状況にある」
こう露紙は悲観的に書く。
核大国で国連安全保障理事会の常任理事国の立場など、アジア諸国の経済成長の前では葵の御紋の価値さえない。
中国に対する強い警戒心 そして、中国はロシアが提案するアジア地域での集団安全保障の構想に、口では賛成するが実際には乗ってこない。
エネルギー大消費国となった中国とロシアのエネルギー資源の組み合わせは、経済学の教科書が競って喧伝したくなるようなモデルケースのはずなのだ。
しかし、石油でもガスでも話がまとまらないか、まとまってもその後でなんとも恥ずかしい「言った・言わない」の問題が起こってしまう。
そんな相手からの人口圧力で、東シベリア・極東が席巻されてしまったら・・・確かにこれはまだ切迫感こそないものの憂鬱ではある。
ならば、なぜ「東へ」などという、スローガンにすらなり切れない言葉にロシア政府も外国の観察者もいまだに踊るのか。この答えは簡単だろう、「西」がダメでもう頼れそうにもないからだ。
インフラ整備を独り訴えてきたプーチン 欧州がアジアに比べて経済成長で劣っている、とは既に10年以上も前からロシアには分かっていた。
だがその後の資源の国際価格高騰で、量は増えなくとも欧州向けの売り上げが倍々で増えてしまったために、アジアの新規市場の開拓といった手間がかかり面倒な仕事は誰も引き受けようとしなかった(特に政府のインフラ整備)。
この点で声を枯らしてその必要性を訴えていたのはプーチンだけだったのではないか。
揺らぐ「欧州あってのロシア」 そんな状況に冷水を浴びせたのが2008年のリーマン・ショック、それに2011年の欧州の政府負債リスク問題である。一挙に、もう欧州に望みはないのではないか、という悲観論に落ち込んでしまう。
欧州は他国である、ロシアではない。にもかかわらず、欧州あってのロシア、とは経済に限らず歴史や文化の中で醸成され深く根づいたロシア人の思いである。この思いが揺らいでいることが今の「閉塞感」の主要因ではないか、とつらつら思うものだ。
英紙フィナンシャル・タイムズは2012年の新年から紙面で「資本主義の危機」を連載特集し始めた。ロシア人にはこれが「欧州の危機」と読めてしまう。いささか想像力過多でもあり、それでもかなり当たっているものだから始末に悪い。
かつてI・エレンブルグというソ連の作家がいた。スターリンがこの世を去った直後の1954年に『雪どけ』という小説を発表し、この題名がその後の東西冷戦の緩和の代名詞にもなったことで名を馳せている。
10代で共産主義運動に身を投じ、その後は転向方々欧州に活動の根城を移してソ連紙の特派員なども務め、1930年代の初めにソ連に戻った。
その彼がベルリンに住んでいた1923年に『トラスト D.E.』という小説を発表している。D.E.とは「Destruction of Europe」の頭文字で、欧州破壊トラスト、とでも訳せるだろう。
真っ先にドイツが10万人を除いて壊滅アドルフ・ヒトラー(右)とベニト・ムソリーニ(1937年)〔AFPBB News〕
この小説の筋立ては真に荒唐無稽である。
モナコ国王の血を引く1人の男が、欧州の物理的な消失を夢見る米国資本を口説いて200億ドル(今の価額なら多分1500億ドル以上)を出資させ、その目的達成のためのトラストを設立する。
1927〜1940年の間にこのトラストの仕かけで、無抵抗のドイツはフランスの一方的な航空機・戦車による攻撃で壊滅(5500万人で生き残ったのは10万人足らず)。
欧露と中・東欧はフランスの細菌兵器で全滅、英国は鉄鋼製品の価格半減から経済的にまず破滅し最後は飢餓で滅亡へ。
南欧諸国は伝染病、オランダはフランス軍の薬品投下、北欧は睡眠病でそれぞれ消え去り、最後に残ったフランスは麻薬蔓延と国内内戦で自滅していく。
わずかに残った欧州人は、今や近代工業地帯となったバイカル地方などのロシア東部で冶金工業に20万人程度が細々と従事するのみ・・・。
第1次大戦後の虚脱感が生み出した作品 第1次世界大戦後の欧州の虚脱感と頽廃、共産主義革命に対抗できる精神的文化を生めない欧州への失望と批判、これに彼特有のSFの先見性(一度に数千機の軍用機が登場して単葉機も飛ぶ、戦車が陸上での戦闘の主役を占める)が加わった結果で生まれた作品のようだ。
書かれた1923年は、日本では関東大震災に襲われた厄年であったが、ドイツもフランスとベルギー両国のルール地方占領に起因する歴史的ハイパーインフレを経験した年だった。
従って、そのドイツが真っ先に絶滅することも不自然には捉えられない時代環境が周囲にあったのだろう。
シュペングラーの『西洋の没落』の影響か 欧州の衰亡については、この小説が出る5年前にシュペングラーが『西洋の没落』第1巻を刊行している。エレンブルグもこれを読んでいたかもしれない。
だが、100年先の2000年代での衰退を文明史的に説く哲学者の論とは異なり、1940年に欧州はこの地上から消されてしまったのだ。因果関係の論理性などどこにも出てこない。3億5000万人の欧州滅亡という結果だけが不気味に描かれる。
1929年に米国で始まる大恐慌も、弱体ドイツがヒトラーという強烈な指導者を生んで、1940年にパリがドイツ軍の手に落ちることもエレンブルグが正確に予測できていなかったとしても、筋立てが荒唐無稽であったにせよ、彼の空想上でイメージした破滅のタイムスパンは実際に起こったことに酷似しているとも言えないだろうか。
閉塞感がさらなる閉塞状況を生み出す 彼はこの世の整合性を究極では求めていたようだ。だから人為的な合理性創出を謳う共産主義を支持したし、それが揺らいでしまえば『雪どけ』になる。
そのセンスが鋭いものだったから、時代の先取りも叶い、鬼才と呼ばれもした。
翻って今を見れば、多くの中間層は全員が鬼才になれるわけではない。だがエレンブルグを生んだロシア(生まれはキエフだが、この際それは無視する)には、少なくとも日本人とは異なった、先を読もうとする想像力、悪く言えば心配性の気が強く巣食っているのではないだろうか。
そして、それが「閉塞感」を実際以上に膨らませてしまうように見えるのだ。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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ロシア
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ロシアの下院選挙から次期プーチン体制を大胆予測
エネルギー資源に頼る経済では2期12年の政権維持は困難に
2011.12.15(木) 杉浦 敏広:プロフィール このリポートは筆者個人の予測・仮説にすぎず、筆者が所属する組織の見解を代弁するものではないことを、最初にお断りしておきたいと思います。
ご存じの通りロシアでは12月4日、7政党が政党比例名簿代表制により450議席を争う第6期下院選挙が実施されました。12月6日現在の暫定結果ですが、投票率6.2%(前回63.8%)、政権与党『統一ロシア』の得票率49.5%(前回64.3%)、獲得議席数は238議席(前回315議席)でした。
与党の大敗と大規模な反政府デモ 以下、第2位がロシア共産党92議席(57議席)、第3位は公正ロシア64(38)、第4位がロシア自民党56(40)となりました。政権与党の得票率は半分を割り、77議席喪失。文字通り、“大敗”と言えましょう。
一方、政権与党側の組織的大規模選挙違反も指摘されており、翌5日には各地で反政府デモが発生。デモを鎮圧すべく、首都モスクワには露内務省の国内軍が投入され、大勢の逮捕者が出ました。
本稿ではまず、前回のロシア下院選挙を概観。今回の選挙結果を受け、ウラジーミル・プーチンのロシアは今後どのような方向を志向するのか、大胆に予測したいと思います。
12月4日の下院選挙に参加した政権与党『統一ロシア』の政党比例名簿第1位はドミトリー・メドベージェフ大統領その人です。議席数は合計で450議席(任期5年)。
現在では全議席、政党名簿比例代表制により割り当てられますが、以前(2003年度まで)は半分が小選挙区制、半分が党比例代表制となっていました。
時差が9時間ある国の投票方法 投票時間は朝8時から夜8時まで。露国内では東西9時間の時差があるため(以前は10時間)、最後に投票が終わるカリーニングラード州の夜8時(モスクワ時間夜9時)まで、選挙結果予測などを流してはいけないことになっています。
極東・シベリア地域の選挙結果がウラル以西地域の選挙に影響を与えぬよう、非常に合理的な措置と言えましょう(時差のない我々日本人には参考になります)。
1990年代の下院選挙では得票率に応じ議席が割り当てられたため、小党乱立となった苦い経験より、議席獲得得票率最低5%条項が設けられました。
前回2007年12月2日の下院選挙ではこれがさらに7%に引き上げられ、この7%条項をクリアーした政党は4党のみとなりました(投票率63.7%、統一ロシア得票率64.3%、ロシア共産党11.6%、ロシア自民党8.1%、公正ロシア7.7%)。
選挙に立候補した政党は15、立候補を受理された政党は11、議席を得た政党は上記4党。死票は議席獲得政党に割り当てられ、最終獲得議席は各々315議席、57、40、38となりました(第5期までの下院任期は4年間)。
純粋な野党と言えるのはロシア共産党だけロシアの抗議デモは米政府の扇動だとして米国を非難したプーチン首相〔AFPBB News〕
ただし、公正ロシアと自民党は政権与党の別働隊ですから、実際の野党はロシア共産党のみとなります。
ロシアでは、重要法案は下院の3分の2以上の賛成をもって採択されます。国家予算や憲法改正条項などはこの重要法案となりますが、従来は政権与党1党のみで何でもできたわけです。
なお、前回の7%条項では死票がたくさん発生したので、今回の選挙では得票率5〜6%未満は1議席、6〜7%未満の政党には2議席が割り当てられることになりました。
さて、今回の下院選挙の焦点は、下記2点でした。
(1)政権与党『統一ロシア』がどれだけ議席を失うか?
(2)ロシア共産党がどれだけ議席を伸ばすか? 選挙前の各種世論調査機関による支持率調査では、「統一ロシア」は50%を少し超える程度となっており、300議席超の議席獲得は不可能と予測されておりました。そして政権与党にとり、今回の選挙結果は予測よりも厳しいものになった次第。
プーチン・ロシアの方向性 今回の選挙結果を受け、ロシアは今後どうなるのでしょうか?
今回の選挙結果が来年3月のロシア大統領選挙にも影響を与えることは必至ですが、来年の選挙ではプーチン首相以外に有力候補者はいませんので、プーチン首相が大統領職(次期より6年間x最高2期)に復帰することはほぼ確実と思われます。
ただし、前回の大統領就任時とは様相が大きく異なります。
ボリス・エリツィン露連邦初代大統領は1999年の大晦日、国民に謝罪して大統領を突然辞任、後任にプーチン首相を大統領代行に指名。プーチン大統領代行初の仕事が、「エリツィン大統領と家族は神聖にして犯すべからず」という趣旨の大統領代行令第1号の布告となりました。
1990年代末期は一時期油価が1バレル10ドルを切る時代となり、≪油上の楼閣経済≫たる国家財政は破綻。デノミやインフレで、国民の不満は頂点に達していましたが、プーチンが大統領に就任するや否や神風が吹き、油価上昇と共にプーチン人気も右肩上がり。まさに、(ほかの要因もありますが)油価とプーチン政権はほぼ正比例していたとも言えましょう。
油価高騰を享受しているロシア経済ですが、もし油価が下落すれば、プーチン政権はどうなるのでしょうか?
ロシアの政治経済情勢が不安定となって一番困るのは欧州です。欧州にとり、「強いロシア」を標榜するプーチンは(ほどほどに)強くなくては困るのです。弱いプーチンが「強いロシア」を標榜すれば、洒落にもなりません。
では、次期大統領候補のプーチン首相は今回の大敗を受け、来年3月のロシア大統領選挙に勝利すべく、いかなる対策を講じるのでしょうか?
大胆に予測します。もちろん1つの仮説にすぎません。
カザフ、ベラルーシとのユーラシア同盟に活路 プーチンの次なる一手。それは、カザフ、ベラルーシとの経済統合を強力に推進。最終的には、今年10月4日に発表した「ユーラシア同盟」 を目指すでしょう。さらに、この経済統合過程にウクライナも巻き込み、ユーラシア同盟の盟主として、生き残りを模索するのではないでしょうか。
さもなくば、ソ連邦共産党が崩壊したがごとく、「統一ロシア」も分裂して、プーチンは政権基盤を喪失。ロシアは1999年末期のロシアのごとく、「分裂の瀬戸際にある」 状態に陥るかもしれません。
この点を一番心配しているのが、なんと、ロシア自民党です。自民党は既に国民に対し、「統一ロシア」への団結を呼びかけていますので、「統一ロシア」「公正ロシア」「ロシア自民党」の大連立も視野に入れていることでしょう。
弱いプーチン(=不安定なロシア)は、欧州のエネルギー安保にも支障をきたします。EUは対露エネルギー依存度拡大を望んでいませんが、第1次エネルギー供給源としてのロシアは大事な存在です。
ロシアの政治経済情勢が不安定になることにより、ロシアからの石油・ガス供給が不安定化することは、EU諸国の国益に反します。
ロシアと一衣帯水の欧州は米国とは対露ポジションが異なるので、ロシアに対する欧州と米国の関係に微妙なズレが生じることも予見されます。
さて、油価が100ドル前後の高値に張り付いている現在、もし油価が下落すれば、プーチン新政権の運命やいかに?
油価は上下に大きく動く可能性大ゆえ、筆者は、2期12年間のプーチン大統領職は有り得ないと予測します。
ロシアは常に、強い指導者を求めます。さて、プーチンの次は誰になるのでしょうか? ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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新生プーチン政権は今まで通りにはいかないだろう
下院選挙で明確に、カリスマ的リーダーの人気が失墜
2011.12.15(木) コンスタンチン・サルキソフ:プロフィール 12月4日に行われたロシア議会の下院選挙で、与党「統一ロシア」は大きく議席数を減らした。与党の獲得議席は、前回の2007年選挙と比べたら半分以下になってしまった。
得票数を水増ししたとされる「不正選挙」に対して、12月10日に数万人が参加するデモが行われた。これは、プーチンがロシアを率いるようになってから一番大きい反体制デモであった。デモの目的は「革命」ではなく、プーチン政権を合法的な手段でやめさせることにあった。
今回の選挙結果は、ロシアの今後の政局を見通す上でもっと注目に値すると思う。
まず、今回の選挙の結果は2012年3月の大統領選挙にどのような影響を及ぼすだろうか。それについては、ロシアの政治専門家だけではなく一般のロシア人の大多数も、あまり大きな影響はないだろうと見ている。
プーチンの返り咲きは決して円満に進むとは言えないが、プーチンの代わりを務められる適当な政治家がいない。今回の下院選で議席数を伸ばした政党のリーダーの中に、プーチンと互角にわたり合えるような政治家は1人も見当たらない。
「出来レース」の政権交代に国民は辟易 しかし、大統領の座に復帰するプーチンのそれからの6年間は、彼にとって大変な試練になることだろう。
今回の選挙結果で明らかになったように、プーチンの人気は下落している。プーチンから、ロシアの「救世主」というイメージは失われた。さらに、選挙で不正を働いた「詐欺師と泥棒の政党」に対する抗議と反感は、プーチンとメドベージェフの両氏に向けられている。
今までプーチンは、国内の政治が安定し、国民の生活環境が向上したことを訴えて、人気を維持してきた。だが、今となっては「安定ではなく停滞だった」と受け止められている。
ロシアが輸出する石油と天然ガスの価格が上昇したおかげで、確かに国民の生活環境は次第に良くなってきた。しかし一方で、汚職、貧富の格差、社会不平等などの問題が表面化してきた。また、経済改革は遅々として進まず、中小企業の経営は相変わらず苦しい。
プーチンとメドベージェフが交互にトップに立つ「出来レース」の政権交代に、ロシア国民は辟易としている。11月21日に、プーチンはモスクワの格闘技スタジアムで、観客からそれまでにないブーイングを浴びせられたのは、その表れだろう。
議会のコントロールは今まで通りにできるのか 今回の選挙結果は、2000年から続いているプーチン型の政治システム(強権的な政治家が君臨する民主主義)を変えるきっかけになるだろうか。
ロシアの政治評論家は慎重な見方をしながらも、「なるはずだ」と口を揃える。
同じ政党・勢力がずっと政権を握ることに対して、ロシアの有権者は明確に「ノー」というメッセージを送った。議会では複数の政党が並び立ち、様々な意見を闘わせるべきだというのが、有権者の考えである。
プーチンとメドベージェフの側近の中には、2大政党が拮抗する状態が望ましいと考える政治家もいる。
今回の選挙で議席を伸ばし、躍進した「公正ロシア」の党首、セルゲイ・ミロノフは、もともとプーチンの腹心の1人だった。だが、数カ月前にプーチンと袂(たもと)を分かった。公正ロシアが、プーチン率いる統一ロシアと連合を組むのか、それとも敵に徹するのか、注目されている。
今までプーチン=メドベージェフ政権は議会を牛耳り、容易に自分たちの意見や政策を通すことができた。今回の選挙結果によって、その状況は変わるだろうか。
これに対しては意見が分かれている。今のところ純粋に「野党」と言えるのは共産党だけである。公正ロシアとロシア自由民主党は本物の野党だとは言えない。その状態で議会をコントロールするのは、プーチン陣営にとってそれほど難しいことではない。
だが、選挙期間中に「統一ロシア」を猛烈に攻撃していた政党が、簡単にプーチン陣営の思い通りにはならないという意見もある。
したがってプーチン政権が、今までのように強権的に議会を動かすのか、それとも各政党の意見を尊重して妥協点を見出すようにするのか、どちらの態度を取ることになるのかは見えてこない。
ロシアの外交はますます内向きに 最後に、ロシアの外交は今後どうなるだろうか。
今回の下院選挙で議席を増やした野党は、例外なく民族主義の色が濃い。場当たり的に民族主義を振りかざす政治家が、議会で増えたのである。
そのためロシアと、アメリカおよびNATOとの関係が、今以上に複雑化して、問題をはらむ可能性が大きい。議会では、アメリカとNATOを攻撃する発言が今まで以上に聞かれるようになるかもしれない。
メドベージェフ大統領には、アメリカに接近し、NATOとの協力体制を構築しようという意欲があったが、来年、プーチンが大統領に復帰したら、その方針は変更される可能性がある。
ロシアには中国と接近するという選択肢もあるが、国民の間には中国への警戒心が根強い。また議会でも、基本的に賛成の立場なのは共産党だけで、他の政党は抵抗するだろう。
したがって、プーチン政権の外交はますます内向きになっていくおそれがある。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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今週は「ロシアンウィーク」と銘打って、ロシア特集を行っておりました。その第三弾記事の番外編をお送りします。番外編は、ロシアでジャーナリズムへの検閲を懸念させるです。
2011.12.14 21:18
産経ニュースより引用
この記事だけでは内容が不足しておりますので、そもそもウラジミール・プーチンとは何者なのか?この問いに答えた関連動画をご紹介します。
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今週は「ロシアンウィーク」と銘打って、ロシア特集を行っておりました。その第三弾の記事を二回に渡ってお送りします。第二弾は、ソ連崩壊後のロシアで新たなる力の政治を目指すプーチン氏の戦略目標の根源に迫った記事です。その記事だけでは内容が不足しておりますので、その記事の前に関連動画をご紹介します。
2011.12.15 00:03
帝政ロシアとソ連の夢が破れてソ連が解体したあと、故エリツィン大統領の失政が続き、2000年から新たな夢を振りまく「プーチンの時代」となった。 産経ニュースより引用
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