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ロシア

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2011.5.4 18:00
 旧ソ連の最高指導者として1991年4月に初訪日したゴルバチョフ・ソ連大統領と海部俊樹首相(当時)が日ソ共同声明に署名して20年。北方領土をめぐる日本とロシアの領土返還交渉は、現在も先行きが見えない状況にある。日露双方の考え方にはどのような差異があるのか。連載「ソ連崩壊20年」の番外編として、イタル・タス通信社東京支局長のワシーリー・ゴロブニン氏に電話で聞いた。(黒川信雄)

 −領土返還交渉において、日本人とロシア人の間で思考や交渉の進め方にどんな違いがあると感じるか

 「さまざまな、細かい問題について、意見の不一致がある。まず、第二次世界大戦の終わり頃をどのように評価するか。ロシアでは社会の多数の人々は、日本が当時、帝国でナチス・ドイツとの同盟国であり、旧ソ連を脅かしていたと考えている。だから、1945年8、9月の(旧ソ連の)作戦に対しても、この大枠で捉えている。つまり、日本が領土を失ったのは、正当な罰だという考え方だ。一方の日本は、旧ソ連の戦争参加については、全く違う観点で見ている。

 また他の例を挙げれば、56年の日ソ共同宣言があるだろう。日本の解釈は、旧ソ連が日本に2島の返還を法的に認めたというものだが、ロシア側にとればこれは、約束ではなく、(2島返還の)提案だったということだ。そして、日本が我々の提案を拒否し、今も拒否し続けている。ロシアが二島返還を提案したというのは、あくまでも平和条約を結んだ後に、いわば「プレゼント」として「譲る」というスタンスだ。「譲る」ことはできる。でも「返還」ではない。ここが微妙なところだ。

 日ソ共同宣言については、プーチン氏が大統領になり、2000年のNHKインタビュー、また(01年の)イルクーツク(での森喜朗首相との会談)で(その有効性を)認めた。ただこれは、小泉純一郎首相(いずれも当時)が拒否した。ロシア外務省の見解としては、この宣言は唯一、国際条約という資格を持つ。今後の交渉も、これを一番重要な基盤にしなくてはいけないと考えている。

 また東京宣言の解釈をめぐっては、日本は法と正義に基づいて解決するということを、四島返還を意味するという解釈を取っている。一方でロシアは、領土問題の解決は「いろいろな形を取ることができる」という考えだ。つまり、「今のままで解決する」という考え方だってできる。あらゆる解決方法がありうるということだ」

 −長年日本に住むなかで、ロシア人はどのような日本人観を持っていると感じるか
 「旧ソ連時代は、日本に対しとても好意的だった。半分は好奇心、またもう半分は、日本人の性格への高い評価だ。また文化、料理、映画などにも関心が高かった。

 もちろん、メドベージェフ大統領が国後島を訪問したことは、日本人の反発を招いた。そしてその際には、ロシアにおける日本への態度には変化が生まれた。

 ただ今日は、東日本大震災の影響を受け、ロシアでは日本への同情が極めて強い。反日的な流れには、ほとんど終止符が打たれたと言っていいだろう。

 またロシアでは、反米の意見が強い。それと比べ、日本に対しては別の考え方が多い。つまり日本=米国ではない。日本は、米国のように帝国主義ではない。ロシア人の多くは、米国は今でもロシアにとり脅威だが、日本は違うと考えている。これは、ドイツやフランスといった欧州の国々への考え方と似ているだろう。

 −これまでの領土交渉史で、「ここは解決の好機だった」と思える時期があったと考えるか

 「最大のチャンスは、ゴルバチョフ時代の終わりごろから、エリツィン時代の初めまでだろう。もうちょっと日本側が弾力的に振る舞えば、例えばドイツのように積極的に振る舞えば、状況は違っていたのでは。当時、ロシアの予算も厳しい状況だった。もうちょっと思い切った協力ができれば、状況は変わっていたのではないか。また、人間的なつながりづくりも必要だった。米国のアドバイスを受け、エリツィン・橋本間では関係を作ったが、すでにエリツィンは病気で、改革の機運も弱くなっていた。その結果、チャンスを失った。

 ただ理解すべきは、今後ロシアのどの政権であっても、今の日本側の立場を受け入れることはできないだろうということだ。国内の保守派であれ、改革派であれ、受け入れられない。それは国の敗北につながるからだ。妥協が必要だ。

 ただ今の日本では、(そのような交渉を行うほど)政権に余裕がない。力もない。しっかりとした、強い政府が生まれてくる可能性も低いだろう。
 
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日ロの絆が深まる今こそ
北方領土問題を進展させるチャンス
2011.04.12(Tue) コンスタンチン・サルキソフ
日本大震災は、全世界に大きな衝撃を与えた。もちろんロシアにもだ。ロシアの政府や国民は今まで見られなかったような深い思いやりの気持ちで、日本国民に哀悼の意を捧げている。同時に、もしもロシアで同じような災害が起きたら、日本のように社会は秩序を保っていられるのかという心配もわき起こっている。
 
 モスクワの日本大使館の入り口や鉄製の垣根では、厳粛な表情で花束を備えるモスクワ市民の姿が見られた。ロシア人が外国の大使館に献花したのは、9.11事件以来初めてである。
 
 幼少時に広島で被爆した佐々木禎子という少女が、白血病を治すために1000羽の鶴を折ったという有名な話がある。ロシアの学校でその話を教わったという生徒が自分で鶴を折り、「日本の子供たちに手渡してください」と日本大使館の職員にお願いする感動的な場面もあった。
 
ウラジオストクで、東北地方太平洋沖地震の募金箱に100ルーブル(約280円)紙幣を入れる男性(c)AFP/GENNADY SHISHKIN〔AFPBB News
 
 3月29日、ロシア国立交響楽団が日本の被災者のためにチャリティーコンサートを開催した。セルゲイ・ラフマニノフのボカリーズ歌曲の演奏中には、ホールのあちらこちらから女性のすすり泣く声が聞こえた。指揮者は、拍手をしないで被災者に思いをはせるよう呼びかけ、観客は静かに退場していった。
 
 日本大使館には、次のような多数の激励と称賛のメールが送られてきている。「われらの友達よ、頑張ってくれ」「日本人の辛抱強さに感激!」「日本は絶対に復活する」「日本には底力があるぞ! がんばれ! 我々が救援に行くよ」「震災に屈服せず、尊厳に満ちた姿で復興しようとしている日本人は全世界の模範である」
 

ロシアと日本の相互不信も破壊されてなくなった

 石原慎太郎・東京都知事は、東日本大震災が「天罰」だと言ったそうだが、ロシア正教のある聖職者は、「自然に対して傲慢になっている人類を神様が戒めるために、科学技術で最も発展している日本を選んで、天罰を下したのだ」とコメントした。ただし、その聖職者は国民から轟々たる非難を浴びた。
 
 「今回、日本が体験した悲劇のおかげで、地球がいかに狭いかを痛感した。これを機に日本とロシアは一層親密な関係を築けるだろう。日本の皆さんは家屋を破壊されたが、日ロ両国民のお互いの不信感や警戒心も破壊されてなくなったのである」という声も聞こえた。
 
 2010年秋頃から日ロ関係は徐々に悪化していた。はたして大震災を機に好転していくだろうか。あくまでも雰囲気だが、この震災でロシアの日本に対する感情は一変してしまったように思える。
 
 未曾有の災害に見舞われた日本の様子を毎日テレビで見ているロシアの政治家は、心境が変わってきたらしい。
 
 メドベージェフ大統領は、2月に菅直人総理が「ロシア大統領の国後島の訪問は暴挙だ」と発言したことに怒っていたが、震災が発生すると直ちにお見舞いの電報を打ち、3月14日には、菅総理に「お見舞いとともに、深い哀悼と全ロシア国民からの連帯の意を伝えたい」と電話をかけた。
 
 また、原発事故によって日本がエネルギー不足に陥るだろうと、エネルギー分野担当のセチン副総理と話をして、日本への石油・天然ガスの輸出を増量するプログラムを打ち出した。
 
 2009年5月に東京で署名された日ロ原子力協定は、今年から実行される。福島第一原発の事故が収まれば、日本とロシアの間で、原子力に関する新しい協力体制が進められるだろう。ちなみにアメリカの「ニューヨーク・タイムズ」は、チェルノブイリ原発事故の経験を持つロシアの原子力技術が世界で最も信頼性が高いとしている。
 

領土問題に対する強硬な発言が消えたラブロフ外相

 大震災は、領土問題にも影響を及ぼしている。セルゲイ・ラブロフ外相はNHKのインタビューでお見舞いの意を表明しながら、北方領土問題について従来通りの原則論的な話をしていたが、注目に値する発言もあった。
 
 まず、ロシア大統領はこれから南千島を訪問する予定はないという。これは言うまでもなく、被災から必死に立ち上がる日本国民を刺激するのは好ましくないという、ロシア国民の総意である。
 
 予定されていた、「美しすぎる女スパイ」アンナ・チャップマンを団長とする与党「統一ロシア」の付属青年団体の千島訪問も取りやめられた。
 
 さらにラブロフ外相は、「ビザ(パスポート)なし交流」を継続すると断言した。北方4島の主権は、曖昧な状態が続くということだ。4島の共同開発に関しても、「主権を巡る両国の立場を崩さない方式を探る構えがある」と声明した。
 

 これを出発点にするのならば、まずは中国と韓国の企業を外して日本とロシアで4島の共同開発を進めることが、主権の問題が解決に近付くシナリオではないかと思う。


JBpress.ismedia.jpより引用

 
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福島に注がれるロシアの熱い眼差し
反日から一転したロシアの雰囲気、1万人の難民受け入れも
2011.03.17(Thu) 菅原 信夫
国の苦しみを外地から見ているのも、大変つらい。状況を頭では分かっても、困難を共有できない苦しみというのもある。
 

福島の原発事故で一変した雰囲気

 3月11日、夕方のテレビニュースで東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)の被害を知ったロシア人の友人たちから次々と電話がかかる。
 
 内容はすべて、私の家族、会社のスタッフの安否問い合わせ、ならびに大変な目に遭っている日本の被害者への連帯宣言である。
 
 中には、私がモスクワで仕事をしているのなら、この際家族をモスクワに呼び寄せればよいではないか、その方がそもそも自然だよ、というものもあった。
 
 しかるに、3月12日、福島原発のトラブルが報道され、そして建屋が爆発するにおよび、電話はぐっと減った。
 
 要するに事故は継続中で、この先この事故がどんな展開をするのか、もう誰にも分からなくなったからだ。
 
 私の昔からのパートナーで産業技術に強い友人は、チェルノブイリとの原発システムの違いを述べ、だから福島は安全性が高い、我が国の専門家も最悪の事態は避けられるという意見であることを伝えてくれた。
 

ソ連はチェルノブイリで国家を崩壊させた

 しかし、ほかの友人たちは、しばらく福島の様子を注視しよう、という反応に変わった。
 
 チェルノブイリ事故を1986年に経験しているロシア(当時はソ連)国民は、表面には出さないが原発に対する警戒感は極めて強い。また、この事故が契機となりグラースノスチ(情報公開)を展開するゴルバチョフがソ連を崩壊に導いた、と言うこともできる。
 
 従い、ロシアでは原発事故という言葉は、社会体制さえ変えかねない重みを持ち、それゆえ国民を身構えさせる。このテーマには、他国の事故とはいえ、簡単に論ずるには相応しくない重みがある。
 
 先週末の3月12日、土曜日にもかかわらず、ウラジーミル・プーチン首相は日本への支援策を協議するための臨時会議を招集した。
 
 召集されたのは、次の3人。
 

プーチンの機敏な、そして強力なリーダーシップ

大使館に届けられた花束とメッセージ。温かい
言葉は、その後ロシア政府からの無償エネルギ
ー提供申し出など、具体的な形を取って表れる
ことになる
イメージ 3 連邦政府副首相イゴール・セーチン、原子力エネルギー国家コーポレーション(ROSATOM)セルゲイ・キリエンコ、非常事態省第1次官、ルスラン・ツアリコフ。この3人の各組織トップに対し、プーチン首相の指示は極めて明快であった。
 
(1)日本は極めて重要な戦略的パートナーである。
 
 今回の災害で原子力発電からの電力供給が減少するので、これを補填すべく、代替エネルギーとしてサハリン2の液化天然ガスの日本への輸出量を増量できるよう急ぎ検討すること、また、石炭、電気の供給についても可能性調査を開始すること。
 
(2)極東における状況を24時間体制で監視し、有事には可能な対策をすべて活用すること。
 
(3)極東沿岸地域に装備した津波警報システムの稼働状況の確認。
 

サハリン地方では早くも放射能測定結果が新聞を賑わす

 この報道をしたRBK紙は(2)の内容を詳しくは書いていないが、これこそが大気中の放射能の24時間監視のことであることは、召集されたメンバーから十分推測がつく。
 
 事実、この報道後、沿海州、サハリン地方などにおける大気中の放射能測定結果が新聞に記載され始める。
 
 同時に、この席でプーチン首相は日本政府の受け入れ了解が取れ次第、非常事態省ならびにROSATOMの専門家を含む第1次救援隊の日本派遣を指示した。
 
 この時点から日本大使館とロシア外務省を窓口とするロシア救援隊来日のための調整が始まり、何と、3月13日モスクワ時間17時(日本時間同日23時)には、もう第1次隊は日本に向けて出発するのである。
 
 大使館関係者によると、ロシアにおいてはプーチン首相の指示となると、それはもう絶対的なものであり、これを万難を排して実行することが組織のトップには求められているのは知っている。
 

日本にも災害専門の支援対策チームの設立を

大使館前に置かれた記名帳に書かれた
日本国民への連帯の言葉。我々のやれ
ることは何でもするというトーンが市民か
らロシア政府まで貫かれていて、難民1万
人をロシアが受け入れるという話までメデ
ィアに出ている
イメージ 1 しかし、今回のようにはっきりとその過程を見ると、改めてプーチン首相の指導力、決断力を見る思いがする、ということであった。
 
 物事決定におけるスピード感。これは特に自然災害の場合、最も重要な要素であろう。災害専門の支援対策チームとしては米国のFEMAが有名だが、我が国でも、そろそろ同様の組織を考える必要が出てきている。
 
 それにしても、今回の震災がこれだけの国際的な注目を呼ぶ背景には、間違いなく人類史上にも残る地震+津波被害と併せて、日本のような先進工業国でしか起こりえない原子力発電所における予想外の緊急事態、というものがある。
 
 そして、各国は既にそこに気がついていて、米国、中国、ドイツ、などすべての救援隊に原子力の専門家が入っている。それをロシアが黙って見ているはずもない。
 
 チェルブイリでの政府による情報隠蔽が、その後、国を滅ぼすことになるという歴史を持つロシアが、日本政府の発表をそのまま受け取るはずもない。
 

福島の事故で原発輸出を妨げられたくないロシア

 また、ソ連がロシアに成り代わった際、多くの研究所、施設が閉鎖された中で、モスクワ郊外にあるクルチャトフ原子力研究所は、その広大な敷地とともにしっかりと生き残った。
 
 そこには、ソ連時代に建設された原子力発電所が引き続き稼働していること、またロシアは国家戦略として原子力発電所建設を国の輸出産業に育成していきたい、という理由があったからだ。
 
 福島原発事故がロシアの原発輸出の障害になってはならない、という命題が見え隠れする。
 
 かくして日本の福島原発を舞台に、世界の先進各国による情報入手戦争の幕が切って落とされた、などと言うのはうがちすぎだろうか。
 
 昨日来、モスクワの日本大使館正門前には、1人、2人と花束を手にした人々が現れ、黙祷をしては、持参した花束をそっと置いて去っていく、という光景が繰り返されている。
 

反日から一変したロシア市民

 花だけでなく、犠牲者を弔う蝋燭を数個ならべて、そこに点火していく年配者もいて、いよいよ花を置く場所がなくなってしまった。
 
 本日から大使館では机を正門前に置き、献花を受けるとともに、そこに記帳の場を用意した。中には子供連れで来る若いお母さんもいて、老人から若者まで年齢層の幅広さには驚かされる。
 
 1月には日本はロシア国旗を侮辱した、とするデモ隊に囲まれたわが大使館だが、今は、悲しみを共有しようというロシア人と彼らの献花した花に囲まれている。
 
 車から降りて黙祷後、すぐにその場を去ろうとした中年男性にお礼を述べたところ、次のような返事をもらった。
 
 「自分は工場を経営している。日本を手本に自分の会社を現在まで大きくした。そんな日本が苦しんでる姿を何もせずに見ていることはできない。自分は日本とともにある、という意思表示をさせてもらいに来た」
 

ヨーロッパロシアより日本に愛着があるカムチャツカ人

 白いバラを1本手に持って大使館前に来た男性は、次のように話してくれた。
 
 「カムチャツカで生まれ、カムチャツカで育った。自分はモスクワではなくて東京に行くのが夢だった。極東、沿海地方のロシア人は、多くがヨーロッパロシアより日本に愛着を持っている。建設業をやっているので、復興の手伝いをしたいと思い、署名に来た」
 
 そして、その後、思いもかけない展開があった。
 
 正門前に河野雅治・駐ロシア大使が現れ、弔問者に感謝の声をおかけになったのだ。 日曜日にまさか大使が大使館の外に出て礼を言うなど、他国ではまずないだろう。
 
 だから、礼を言われたロシア人には、それが河野大使その人だとは知るべくもないが、一人ひとりの弔問者に頭を下げられる河野大使の姿に、私は目頭が熱くなるのを感じた。
 

「日本よがんばって、私たちがついているから」

3月14日(日曜日)、大使館正門前でロシア
市民からの献花を受ける河野雅治駐ロシア
大使(右端)。 この前後から、多くの市民が
大使館に献花と見舞いに訪れた
イメージ 2 記帳者の列が途切れた時、記帳された言葉を読ませてもらった。
 
 「ただただ、私は日本人が好き」
 
 「日本よ、がんばって、私たちがついているから」
 
 そして、次のような言葉もあった。
 
 「チェルノブイリを思い出しました。当時小さかった子供をどこにつれて行けば安全なのか、言いようのない不安を覚えました。皆さんの不安を私は大変よく理解できます、がんばってください」
 
 国家という単位になると、災害といえどもそれは国と国の駆け引きの場になることはよくある。しかし国民レベルでは、自分の体験から導かれる共感というものが、他人の不幸を理解するキーになる。
 

日本から送られてきたヨード剤に、恐怖心を掻き立てられた

 その点、ソ連時代、ロシア時代と苦労を続けてきたロシア人には、他人の不幸に共感する心があると思う。
 
 確かに私にも忘れられないチェルノブイリの思い出がある。当時モスクワに駐在していた私は、2歳の娘を連れてきていた。完全には離乳していない娘も含め、我が家の牛乳の消費量はかなりのものだった。
 
 そしてチェルノブイリ事故で、この牛乳が飲めなくなった。いや、それだけではない、砂場まで放射能で汚染されるのではないか、という恐怖で、外で娘を遊ばせることさえできなくなった。
 
 東京本社からはヨード剤が送られてくるが、それは一層の恐怖感を掻き立てる。見えない放射線との戦い。誰にも経験がないこの戦い。
 
 我が大使館の発表さえ信じることができず、大使館に駐在されている科技庁(当時=現在は文部科学省)の原子力担当者の家族がどのように過ごすか、というのが我々駐在員の一番信頼できる情報となった。
 

チェルノブイリ事故で戦友となった日本人とロシア人

 家内が大使館にフィンランド製ミルクの配給を受け取りに行った時に、当時のNHK小林和男モスクワ支局長にインタビューをされ、日本でもニュースの一部として放映されたビデオに、家内の不安な声が残っている。
 
 その意味で、チェルノブイリ事故の中で子育てをしたロシア人と我々夫婦は、戦友だと言うこともできる。
 
 放射能との戦いにおける戦友が今の日本に増えることは、大変な悲劇ではあるが、これを契機にして、より多くの人々が連帯して、原子力を考えるために大きな声を上げることが可能かもしれない。
 

 母国の苦しみを外地で見て苦しむのは、必ずしも同胞だけではなく、同じ体験を持つロシア人でもある、ということを改めて学んだ。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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先程の記事では敢えて明るい話題のみ取り上げましたが、この記事は鬱記事ばかりです…。
 
↓まずは、航空自衛隊の被害の模様です。非常に深刻な事態のようです。
イメージ 1 航空自衛隊松島基地は津波で、大きな被害を受けた。

 滑走路など基地全体が水没したほか、基地内にあった航空機も全滅するなど、壊滅的な被害を受けた。滑走路は離着陸できるようになり、16日には救援物資の空路での輸送も始まったが、完全な復旧の見通しはたっていない。

 海岸から1・5キロほどに位置する同基地には11日、津波が約2メートルの高さまで押し寄せ、建物の1階が水につかった。約900人の隊員は全員避難して無事だったが、基地内にあったF2支援戦闘機など固定翼機24機と、UH60J輸送ヘリ4機の計28機すべてが津波に流されたり、水につかったりして使用不能になった。

 曲技飛行も行う「ブルーインパルス」は、計7機を保有していたが、うち6機は11日にあった九州新幹線の全線開通で展示飛行を行うため、事前に芦屋基地に移動していて難を逃れた。

 また2本ある滑走路も一部が土砂や流木で埋まり、一時使用不能に。滑走路が内部の砂などの透き間に水が入っているとみられることから、水が着陸の震動によって液状化現象を起こす恐れもあるという。

 隊員らは土砂を取り除くなどの復旧作業を行い、15日には2本の滑走路が離着陸できる状態まで回復した。16日、隊員らは滑走路に残った土砂を重機で取り除いたり、津波で流されたT4練習機にブルーシートをかけたりしていた。隊員の1人は「復旧の見通しはまったくたっていない」と途方にくれていた。2011年3月17日13時57分
読売新聞より引用
 
そして、人の弱みに付け込む敵に関する記事3連発行きます!!
 
↓まずは、ロシア人の妄想か願望!?
調査研究本部主任研究員 布施裕之

 北方領土の返還要求に応じないロシアに、日本が戦争を仕掛けてくるとの珍説が先月、ロシア・マスコミをひとしきり賑わせた。戦争で領土を奪おうなどとは思ったためしのない日本には寝耳に水の話だが、ロシアの報道機関がいかに日本について無知かを改めて証明する好例だろう。

 「日本が宣戦布告を準備」との対ロシア開戦説がネットに掲げられたのは先月下旬。日本大使館がモスクワ在住の商社員に対し、「北方領土返還のため、宣戦布告を検討している。いつでも帰国できるよう待機するよう」に命じた、とする出所不明の情報だった。

 折しも菅直人首相が、メドベージェフ露大統領の国後島訪問を「許し難い暴挙」と断定した直後。開戦説はフォーラム欄で、「日本が攻めてくれば核兵器で一蹴だ」などと乱暴な論議を呼んだほか、これと相前後して、政権と一線を画す左翼紙「プラウダ」や有力ラジオ放送局「マヤーク」が取り上げ、それぞれ日本や軍事の専門家が見解を披露した。

 このうち日本専門家はさすがに「日本との戦争などありえない」と否定した。だが、「ロシア地政学研究所第一副所長」の軍事評論家は「クリール(千島)だけでなく、ウラジオストクからカムチャッカ、海から空まで巨大な戦域が戦場になるだろう」と開戦説を肯定するような見方を示したばかりか、ロシアがクリミア戦争に追われていた1855年、日露和親条約で日本が「南クリール(北方領土)について有利な合意」を結んだことを、日本の狡猾さを示す例にあげた。

 第二次世界大戦終了後、武力で領土を拡張したのはロシアによる北方領土占領しかない。その意味で、開戦説は自らの尺度で世界を測るいかにもロシアらしい見方だ。しかも専門家まで加わるというのは、ロシア報道の無責任さや外国に対する無知ぶりを示すもので、確かに話題にするのも気が引ける。

 ただ問題は、別の見方が成り立ちうることだ。開戦説は、北方領土占領が「第二次大戦の結果」という、メドベージェフ政権がしきりに強調する論理に添ったものでもある。領土交渉さえ否定するような、「目には目を(戦争で奪った領土は、戦争で取り返せ)」と言わんばかりの方針を示す政権を、左翼を含むロシア国民が支持しているのだ。

 東日本大震災と福島原発の事故で救援隊が派遣されるなど、日露関係は当面「政治休戦」の趣きだが、メドベージェフ政権の北方領土問題に対する姿勢に変わりはない。プーチン・メドベージェフ体制の基本方針が変わらない限り4島が返ることはないだろう。2011年3月15日
読売新聞より引用
 
上の記事は、ブログ「ネトウヨにゅーす。」さんの記事「ロシア「日本が宣戦布告してくる可能性もある」 」より引用しました。
 
↓火事場泥棒にして人間の屑!
ロシアのラブロフ外務大臣が、「ロシアは、領土問題を解決し、平和条約を締結するため、日本と協議を行なう用意がある」と語りました。

専門家は、「この発言は、現状において、日本とロシアの関係改善を促すものになる」と見ています。

ファールス通信によりますと、ラブロフ大臣は、15日火曜、NHKのインタビューで、「ロシアと日本の領土問題については、我々は平和条約の締結に関する協議を継続する用意があり、この問題に対して強い関心を持っていると言わなければならない」と述べました。

ラブロフ大臣は、14日月曜、自ら、在ロシア日本大使館を訪れ、地震と津波の犠牲者に哀悼の意を表しました。

ロシアは、日本の地震被災地に、いち早く救助隊を送っています。

専門家によれば、現在の危機的な状況の中で、日本政府がロシアの支援を受け入れたことは、今後、両国の関係改善を大きく促すものになるだろうということです。

ロシア外務省の関係者は、「日本での災害が、ロシアと日本の緊密化、両国の領土問題の解決を助けるものとなるよう期待している。

アメリカ同時多発テロ事件の際には、ロシアとアメリカの関係が改善され、ポーランド元大統領が乗った飛行機が墜落した際には、ロシアとポーランドの関係が改善した」と述べています。
 
上の記事は、ブログ「ネトウヨにゅーす。」さんの記事「ロシア「日本の震災を最大に支援するために、北方領土の話をしたい」 」より引用しました。
 
 
↓そして人の弱みに最大限付け込むロシア根性!
 ロシア空軍の情報収集機が17日、日本海で日本領空に接近したことが分かった。領空侵犯の恐れがあるため、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)して対処した。日本海では強襲揚陸艦「エセックス」など米軍艦艇3隻が酒田港(山形県)沖に集結し、そこから第31海兵遠征部隊(沖縄県名護市など)が仙台空港の復旧支援活動に展開している。ロシア機は日米共同対応を偵察する狙いがあったとみられる。

 接近したのはロシア空軍の電子情報収集機「IL(イリューシン)20」。17日午前10時ごろから北海道西方を南下し、北陸地方沖の日本海まで飛行した後、昼すぎにロシア方面に飛び去ったという。領空侵犯はしていない。

 空自戦闘機は東日本大震災への支援活動を終えて通常の警戒態勢を敷いているため、緊急発進に支障はなかった。ただ、C1輸送機による水や物資の輸送は活発化しており、ロシア機の接近が空自の調整業務全体の障害になった可能性もある。

 ロシア軍は昨年12月の「日米共同統合演習」の最中に、能登半島沖の訓練空域に哨戒機2機を進入させ、演習を妨害している。2011.3.17 19:22
産経ニュースより引用
 
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英メジャーを手玉に取る、ロシアの闇将軍
メキシコ湾で泣いたBPがロスネフチと株式持合いへ
2011.02.24(Thu) W.C.
 
(1)からの続き
 
 BPとTNKが、どの時点で手を組むことを決めたのかは定かではない。しかし、かなり早い時期からBPは素人・ポターニンを見限ってTNKに乗り換えることを考えたと見るのが妥当だろう。
 

お似合いの結婚に見えたのだが・・・

 ロシアでのビジネスは、誰を相手に選ぶかによってほぼすべてが決まる。まるで結婚のようなものである。ならば、こちらの運命を保つためには離婚も再婚もあって当たり前の話。
 
 だが、乗り換えた再婚がうまくいく保証もこの世にはない。
 
 TNK-BPはBPにとっては上述のように投資先として大成功だったが、それはBP自身の世界戦略の中でTNK-BPを1つの駒として動かせる、つまりはAARが自分に従順な相手という前提の下での話である。
 
 AARはAARで、BPの助けを借りて、あるいは利用してTNK-BPをロシアの石油企業として世界に勇躍させようとした。だが、この構想を持ち出すと、BPは抑えにかかった。
 
 腕力があるとは言っても所詮はロシア企業、と甘く見過ぎた面もあるだろう。
 

ガスプロムが絶世の美女に見えてきた

 また、TNK-BPの念願であった東シベリアのガス田開発計画にガスプロムが待ったをかけると、その交渉で猛者であったはずのAARが巨人・ガスプロムに対しては全く歯が立たないことも見せつけられてしまった。
 
 何だ、思ったほどの連中じゃあないではないか、それに引き換えガスプロムの何と美しく見えることか。
 
 BPとAARの経営方針の不一致が、2008年に爆発することになる。両社の不和が表面化し、BPからの派遣者のビザが停止されたり、連邦保安庁が事務所に踏み込んだりが始まると、西側のメディアは、BPがロシアから追い出される、と騒ぎ出す。
 
 さらに、ここまでやるからには背後にガスプロムがいるに違いない、という憶測が流れ、これにロシアのメディアまで同調した。
 
 国家が民間石油資本の乗っ取りを強行するという、「恐ろしいロシア」を描くうえで格好の筋書きであり、ロスネフチがユーコスの資産を買収(接収)したなら、次はガスプロムに登場してもらわねば読者は納得しない。
 

BPはガスプロムとの再婚を目論み、現パートナーの追い出しにかかる

http://img3.afpbb.com/jpegdata/thumb200/20101210/6567384.jpgガスプロムの後ろ盾。ウラジーミル・プーチン首相〔AFPBB News
 
 しかし、2008年4月の露紙「ヴェードモスチ」(英フィナンシャル・タイムズ紙と米ウォールストリート・ジャーナル=WSJ紙の提携メディア)の記事で、それまでの報道がすべて引っ繰り返される。
 
 実態はAARとの対立に際し、BPがガスプロムへの接近を図り、TNK-BPからのAARの追い出しにかかったというのである。そして、AARの後釜にガスプロムを据えようという目論見が暴露された。
 
 再婚は当たり前の行動なのだ。ましてやその相手が、ロシア最大の企業で最強の権力者プーチンを後ろ盾に持っている超美人なら、そちらに寄り添わぬ方がどうかしている。
 
 それで走った、そしてこの騒動は長い時間をかけた結果、双方痛み分けでよりを戻す和解がなされた。
 
 BPから出ていた社長とAARの主要取締役の1人が解任され、取締役会をBPとAARで50:50に分け合うことで何とか決着がついた(この時に解任されたTNK-BPの社長が現BP本体の社長のDudleyである)。
 

しかしパートナーは手強く、ガスプロムにも逃げられた

 物事はBPの望むようには動かなかった。BPの予期に反してAARの抵抗はしぶとく、ガスプロムも途中からこの問題に関しては局外中立の立場にいることを強調し始め、浮気の相手から逃げてしまった。
 
 BPの最大の誤算は、ガスプロムがロシアで最強であると信じて動いたことにあるだろう。当時の世評から見れば2度目の再婚相手としては最適に見えた。ガスプロムさえ味方につければ、ロシアでの厄介な諸問題を避けて通ることができる・・・。
 
 にもかかわらず、それが最良の選択とは限らないところが、ロシアの難しさである。
 
 2008年9月にBPの幹部は、「AARとの争いで間接的にロシア政府の関与があったと言える」と語っている。当時この発言は、やはりBPを追い出そうとするロシア政府の意図があったのではないかとも解釈された。
 
 だが、最近の英エコノミスト誌は、AARがこの戦いで現副首相のセチンに援助を求めたと指摘している。同じ頃にウィキリークス(Wikileaks)に現れた、在モスクワ英国大使館から本国への当時の電信内容を参照しているようだ。
 

裏で糸を引いたセチン副首相

イゴーリ・セチン副首相(ウィキペディア
 その通りなら、AARはガスプロム対セチンの戦いに持ち込んだわけで、結果はセチンがBPの完全勝利を阻み、同時にガスプロムがセチンには遠慮したという図式が見えてくる。
 
 BP幹部の述べた「ロシア政府の関与があったと言える」とは、セチンの存在を指していたものとも受け取れる。
 
 こうした過去の流れの中でBPがロスネフチとの3度目の再婚を求めるとすれば、その動機も理解できないわけではない。
 
 2010年に実力社長を追い払った後のロスネフチは、会長のセチンが支配する世界であり、ロシアの石油分野での旗艦になりつつある存在である。これほど頼りになる相手はいない。
 
 だが、セチンも今回はいささか厄介な立場に立たされている。AARとBPの関係はもはや感情レベルまで行き着いてしまった。ビジネスのうえで一度こうなったら、ロシアではもう修復の手立てはない。
 

AARを追い出せるか、闇将軍の試金石に

 ならばAARにお引き取り願うか?
 
 ありそうな筋書きだから、すぐにロスネフチによるTNK-BPのAAR持分買収の噂が出て、ロスネフチの社長がこれを否定する一幕もあった。
 
 セチンにAARを追い出すだけの力があるのか。まだ疑問だらけである。そしてこれが闇将軍と言われる彼の実力の試金石になるし、強者を求め続けるBPの浮気癖が、世の盛者必衰の理に少しは注意を向ける契機になるのかもしれない。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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