ミッドウェー海戦研究所

本部URL:http://ameblo.jp/naval-warfare-midway/

陸上自衛隊

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全16ページ

[10] [11] [12] [13] [14] [15] [16]

[ 前のページ | 次のページ ]

困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

 ↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
わずか数時間で日本は中国に占領されるぞ
守りに強い陸自を削るとは、新防衛大綱の大失態
2011.02.03(Thu) 柴田 幹雄
 
(1)からの続き
 
4 全面侵攻の可能性と陸上自衛隊
 
 日本に対する全面侵攻の可能性は低い、だから陸自を削減してもよい。と言うのは文字通りの本末転倒である。「全面侵攻」の前に「陸上自衛隊を相手に、長期間の血みどろの地上戦を覚悟してまでの」という形容詞句がつくのを見落としている。
 
 陸上自衛隊が戦っている間に、日米同盟に基づく米軍の来援、国際世論の形成なども行う時間を稼ぐことができる。
 
 もし陸上自衛隊が限りなく縮小されれば、陸上戦闘を回避して、小規模の部隊が潜入し、必要とする島に旗を立ててしまえばおしまいである。
 
 また日本全域を押さえようと思えば、同じく少数の部隊で、首相官邸、議事堂、放送局を押さえ、「日本人民の総意を代表して、日本解放のため立ち上がった」などと放送されてしまえば万事休すであろう。
 
 少数の部隊で日本を制圧もしくは政治目的を達成可能になるなら、海自・空自の目をすり抜け、または合法的に入国することも含め、海自・空自のターゲットにならず侵入されてしまう危険性がある。
 
 
 言い換えれば、陸自がなければ全面侵攻などしなくても、それと同じ戦争目的は達成できるのである。
 
 陸上自衛隊があればこそ、それに対抗する戦力を集中し、これを輸送する船団、輸送航空機を連ね、護衛がついて侵攻作戦になる。ここで初めて海上自衛隊、航空自衛隊も侵攻部隊を戦力発揮のターゲットとして認識できる。
 
 尖閣諸島周辺での青い漁船の不法行動や、いわゆるグレーゾーンの紛争に対処するため必要なのは、海自・空自の強化より、領海・領空を含む領域警備の法律的根拠の整備と、不法行動には断固とした処置を取るという政治的決断力であろう。
 
 また、防衛白書や、防衛計画の大綱に「懸念事項」と記された中国海軍の増強に対し、海自・空自を充実すると言うなら、それはグレーゾーンへの対処でなく、陸自をも巻き込む全面対決への対処であると覚悟を決めなければ艦艇、航空機を増やしたところであまり意味はないように思われる。
 
 また実際に全面侵攻が企てられるかどうかは別として、今回の尖閣事件ではっきりしたことは、軍事力をバックに恫喝をすることが有効だということである。
 
 日本が全面侵攻に対しても自らを守るに足ると思える程度の備えがない限り、実際は行う気がなくても、全面侵攻をにおわされただけで引き下がらざるをえないということが明白になった。
 
 日本に照準を合わせている核ミサイルについては、米軍の拡大抑止に期待するしかないが、中国恐怖症を克服し、少なくとも通常兵器での恫喝に泰然としていられるためには相当の備えが必要である。
 
 それには陸上自衛隊の増強、充実は不可避である。中国海軍が強化されるということは、すでに強大な兵力を持つ人民解放軍を、その海軍力が及ぶ範囲のどこへでも軍事展開できるということである。
 
5 防衛計画の大綱への疑問
 
 今回の防衛計画の大綱を一読し、「防衛力を単に保持すること」から「適切に運用」することへ重点を移し、そのために必要なことに手を打つという変換は大いに評価できる。
 
 しかしそれをもってして、「基盤的防衛力構想」から「動的防衛力の構築」構想への変換とするなら違和感を覚える。
 
 基盤的防衛力とは、あくまでアジア全体を見て日本という場所に力の空白を作り不安定化することを避け、限定的で小規模な侵攻には独力で対処できる程度の防衛力で、本格侵攻には戦力のエクスパンド(拡張)をして対応するという「量的基準」について、しかも平時から保持しなければならない最低限の「基盤的」量について述べたものである。
 
 ところが、今回の「動的防衛力」構想は、使い方について述べたものではないか。
 基盤的防衛力構想の時代でも、例えば、北海道が侵攻されるとなれば、北海道以外に所在する師団を北海道に戦略機動させ、動的な戦力発揮を目指していたし、そのための長距離機動訓練も行っていた。
 
 基盤的防衛力構想では、情勢が緊迫し、有事が迫ってくれば、緊急に隊員募集し有事に必要な部隊を新編し有事対応の訓練をし、弾薬も緊急増産をする。
 
 さらに有事法制も作るという準備をある程度の期間で行うというエクスパンドの考え方が付随していた。
 
 ところが、今回の大綱では「兆候が現れてから各種事態が発生するまでの時間が短縮化され」(不法行動から武力攻撃自体まで)「事態に迅速かつシームレスに対応」と記述されている。
 
 ということは平素から、すでにエクスパンドした有事対応の編成、弾薬備蓄その他を構築しこれを直ちに使えるような状態で維持することが理論的に必要である。
 
 従って、動的防衛力を事態に即応して迅速に運用するなら陸自だけでも20万人くらいは平素から維持しておくことが大前提であろう。
 
 ところが、あろうことか陸上自衛隊は、1000人の削減だという。また火砲も戦車も200門/両減らされ、基盤的防衛力という平時から持つべき最低限の装備と考えていた数の半分以下に減らすことになっている。
 
 これでは論理的整合性が全くなく、動的防衛力構想は単なる削減のための屁理屈になってしまう。財政的に逼迫した状態で1000人削減に踏みとどまらせた関係者の努力に敬意は表するが、政治決定をした責任者の罪は重い。
 
6 陸上自衛隊のマンパワーについて
 
 陸上自衛隊の勢力15万4000人を多いと見るか少ないと見るかは、それぞれであろう。
 
 人口比で見ると、兵士1人が支える国民の数は、北朝鮮25人、英国610人、米国508人、ドイツ512人、フランス458人であり、一方、日本は900人である。
 
 北朝鮮は別格としても、先進諸国の兵員の2倍の仕事を陸上自衛官はしなければならないということである。
 
 しかもここで比較した欧州の国は、少なくとも直接的に侵略を受けることはもちろん軍事的脅威を受ける可能性も、極めて低いと思われるにもかかわらず、それだけの兵員を擁しているのである。ちなみに日本の警察官は約25万人、消防官は約15万人である。
 
 では、15万4000人というが、実際の戦闘員はどれくらいだろうか、正確な数字は手元にないが、概算してみよう。
 
 いわゆる第1線戦闘部隊である普通科連隊は約50個ある。1個連隊実員が600人として約3万人、そのほか特科(砲兵)、戦車などの直接戦闘に関わる職種を1万人として計4万人ほどであろう。
 
 作戦を行う際は普通科連隊を単位として組み合わせるので、平均すれば、各県に1個普通科連隊強、この場合北海道のような広大な地域も、東京のような首都機能集中の場所も均等割すれば1個連隊の600人プラスアルファで守る。
 
 その600人も昼夜兼行で戦闘するわけにいかなければ、シフトを組めば200〜300人。1つの県を防衛するのに働けるのは200〜300人の兵士が戦闘に従事する。多いか少ないか。
 
 均等割りでなく東京で見ると、東京都および関東6県を守る陸自第1師団は約六千数百名であり、東京都内にある普通科連隊は、第1普通科連隊のみであり600人くらいであろうか。
 
 一方、東京都を管轄する警視庁の警官の数は、4万3000人である。国際貢献から災害派遣、緊急患者輸送まで何でも自衛隊だが、その数は決して多くない。


(3)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 2\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
わずか数時間で日本は中国に占領されるぞ
守りに強い陸自を削るとは、新防衛大綱の大失態
2011.02.03(Thu) 柴田 幹雄
 
1 はじめに
 
1853年、浦賀沖に来た黒船4隻の中の1隻
「サスケハナー」(ウィキペディア
イメージ 1「太平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も眠れず」。1853(嘉永6)年に黒船来航で大騒ぎの日本を揶揄した狂歌である。
 
 平成22(2010)年尖閣沖での青い中国漁船の体当たり攻撃や、平成19(2007)年の北朝鮮弾道ミサイル発射時なども大騒ぎになった。
 
 黒船では大騒ぎに引き続き、列国のアジア植民地化の危険を乗り越え明治維新という大きな歴史の進展があったが、今回はどうだろう。
 
 北西からの強風・大波に飲み込まれるのを防ぐ対応を急がねばならない。大騒ぎをするだけで忘れ去られれば、文字通り国難が忘れた頃にやってくる。
 
 我が国は、言うまでもなく島国で、四面をオホーツク海、日本海、東シナ海そして太平洋に囲まれている。日本へは海を渡ってこなければならない。すなわち脅威もまた海を越えてやってくる。
 
 この脅威に最初に対抗するのが海上自衛隊と航空自衛隊である。従って、海・空戦力の重要性は論ずるまでもない。そして中国の軍近代化特に海軍力の増強はまさに歴史的と言える。
 
 さらに、南西諸島、小笠原諸島、南鳥島や沖ノ鳥島を持つ日本の排他的経済水域は膨大な広さを有し、海自、空自に期待するところは大きい。
 
 しかし、海・空自さえしっかりしていれば日本は守れると勘違いをして、陸上自衛隊の予算を削ってでも海・空自衛隊を強化せよとなると、ナンセンスを超えて、これは危険である。
 
2 海空戦力の特性
 
 陸上戦力に比べた海空戦力の特性はいくつかある。その1つが、空戦、海戦は、陸戦に比べ、OR(オペレーションズ・リサーチ)で計算したものに近い結果が実戦でも出る傾向が強い。その計算の1つにランチェスターの2次公式と呼ばれるものがある。
 
 質が同等のA、B両国の戦闘機が空戦を行った場合、残存機数は両者の戦闘参加機数の2乗の差の平方根で表せる。つまりA国5機とB国3機で戦闘した場合、Bの側が全滅するまで戦うとAの側で残るのは5−3=2でなく、25−9=16の平方根つまり4機が残る。
 
 Bは3機が全滅するまで戦ってもAの1機しか落とせない。戦力に差があれば結果が2乗で開いていくのである。
 
 もちろん戦闘機の性能やパイロットの技量や戦法の差で変わるが、これも定数を設定してシミュレーションできる。このシミュレーションは3次元空間を双方自由に機動し、機銃、ミサイルを撃ち合う空戦でかなり実戦に近い計算結果を得られる。
 
 海戦も空中戦ほどではないにせよ似た傾向がある。つまり敵味方の戦力分析が我に有利であると確信すれば、攻撃側は、攻撃開始をする場合の結果に対する不安が少ない。言い換えれば戦争開始の敷居は、必ずしも高くない。
 
 またもう1つの特性は、航空機、特に戦闘機の燃料搭載量から、戦闘の継続時間は通常数時間である。この短い時間に戦力の優勢な側が決定的な戦果を収める場合が多い。
 
 海戦もまた逃げも隠れもできない海上で、大口径火砲やミサイル、航空機からの爆撃・雷撃といった相互に致命的な破壊力を持つ武器で撃ち合うため、1日とか2日の短時日で決着がつく場合が多い。
 
 もちろん一国の空軍戦力、海軍戦力が日露戦争の日本海海戦のように1度の会戦で全力がぶつかることは稀であろうが、ひとたび優劣の差が開けば、戦闘を繰り返すごとに文字通り2次曲線的に戦力は落ちていく。
 
 さらに、これも海空戦力の特性の1つだが、地上にいる航空機の戦力は零であり、停泊中の艦船の戦闘力も通常の停泊状態なら零に近く、飛行場、停泊地を攻撃されればひとたまりもない。
 

真珠湾攻撃が証明した海空戦力の攻撃力

真珠湾攻撃で沈没する米戦艦「アリゾナ」
イメージ 2 1941年12月7日(ハワイ時間)の日本海軍による真珠湾攻撃は、航空戦力、海上戦力の特性をよく表している。
 
 日本海軍の空母から発進した約350機の艦上航空機の攻撃で、戦艦アリゾナをはじめ米海軍太平洋艦隊の戦艦6隻はすべて大きな損害を受け戦闘力を失った。
 
 また、ヒッカム、カネオヘ、ホイラーなど各飛行場にいた航空機約400機も188機が破壊、155機が損傷を受けた。
 
 このように、航空戦力は瞬間的に発揮する打撃力は素晴らしいものがあり、一方、海空戦力は戦闘態勢にないところを奇襲されると極めて脆弱であることが理解できると思う。
 

2時間で壊滅したエジプト空軍

 1967年6月5日朝、イスラエル空軍は、エジプト空軍がイスラエルの攻撃を予測し警戒していた早朝の警戒態勢を解除する時間帯で、高級将校が出勤途上である0845時(午前8時45分=エジプト時間)にエジプト飛行場を航空攻撃した。
 
 イスラエル空軍は10カ所のエジプト飛行場に一斉に航空攻撃を敢行し、その9飛行場を同時に、10番目を数分遅れて爆撃した。2時間足らずでエジプト空軍は壊滅し、6日間戦争の勝利は不動のものとなった。(田上四郎著 「中東戦争全史」)
 
 現代戦において奇襲などあり得ないという意見もあろうがそれは違う。攻撃をされる側は必ず奇襲の要素を持つ。すなわち攻撃されるとは思っていたが、こんなに早く来るとは、とか、こんなに大量に集中してくるとは、この時間に来るとは、などということになる。
 
 またはもっと端的に、まさか軍事的手段を使うとは思わなかったなどということになった場合、侵攻国空軍の奇襲攻撃で、日本の海空防衛力は瞬時に消滅もしくは大打撃を受ける危険性がある。
 
 しかも、これをニューヨーク時間で土曜日早朝に行えば、国連安保理が召集されるまでに数十時間を要し、国際世論を形成することもままならない。これで陸上自衛隊が弱体なら戦わずして日本は相手国の政治目的を受け入れるしかない。
 
 海空戦力は、攻撃をする場合には、非常に大きな打撃力があり、しかも迅速に行うことが可能で、攻撃後直ちに戦場を離脱することができる。
 
 その一方、防御という戦術行動は陸戦と異なり有利な要素は多くない。
 
 専守防衛という軍事的合理性から見れば極めて難しい戦略をとっている以上、日本周辺の海域・空域で防勢に立たざるを得ず、薄皮一枚と言えるほど縦深がなく、海・空戦力での防衛は固くても脆い防弾ガラスの防壁のようなものであろう。
 
3 陸上戦力の特性
 
 陸上戦力の特性は一言で言えば、地形を利用して強靭な戦いができることである。特に防御においてその特性を発揮する。
 
 大東亜戦争時における島嶼作戦で、日本陸・海軍地上部隊は、艦砲、航空戦力まで含めれば数十倍から数百倍の米軍を相手に数週間、時に数カ月間にわたって防御戦闘を継続した。
 
 ベトナムでは、ジャングルを利用し、北ベトナム軍は当初フランス軍と、のちには世界最強の米軍を相手に戦い抜き、最後はT-54戦車を先頭にハノイの南ベトナム大統領官邸に突入したシーンは有名である。
 
タリバンの攻撃に応戦する米軍(アフガニスタンで)〔AFPBB News
 
 急峻な山岳地帯の多いアフガニスタンでは、歴史的にここに侵攻した大国の軍隊はいつも苦戦している。
 
 地上戦は、地形を利用しこれを戦力化することができる側に有利に働く。相対的な戦闘力比で優勢だからと言って、計算通り戦いが進むものではない。
 
 地上戦の泥沼に足を取られ、引くに引けなくなることが往々にして生ずる。
 
 作戦が数日以上続くのであれば、弾薬、燃料、医薬品、食料・飲料水などを継続的に補給せねばならず、道路、橋梁の補修、構築、情報、通信、輸送などを行う部隊も必要となり、戦闘員の数の数倍に及ぶ戦闘支援、兵站支援の要員を現地に送り込むことになる。
 
 従って、軍事力を使おうとする側にとって、海空戦力を運用するのみで解決できると思えばその使用への敷居は高くない。
 
 しかし、陸上戦力の投入を迫られるようなことになれば、国家としてがっぷり四つに組んでの戦争状態を覚悟せねばならず、戦争抑止の効果としては高いものになる。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 2\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 4
 
 
 
 
日本は「火砲」を捨て去るつもりなのか
大メディアがあおる国防費節約、陸自軽視の風潮
2010.12.22(Wed) 桜林 美佐
よいよ年末。市ヶ谷の防衛省内外での話題の中心は、もちろんクリスマスでも年賀状でもなく、政権交代により1年遅れた「防衛計画の大綱」(防衛大綱)と「中期防衛力整備計画」(中期防)が閣議決定されたことに尽きるだろう。
 
 それに先立ち、様々なマスコミが防衛・安全保障論議を繰り広げたが、その中で気になることがあった。それは「海と空の防衛を重視すべき」「旧装備の戦車や火砲を削減すべき」という論調が目についたことだ。
 
 専門家が分析するのならまだしも、一報道機関までが防衛予算の配分に言及して、以上のように踏み込んだ見解を示したことは残念でならない。
 
 国民がテレビや大新聞から受ける印象は非常に大きいからだ。報道の論調が世論ひいては政治に少なからず影響を及ぼしている可能性が高い。
 

マスコミが国民に植え付けている間違った認識

 例えば、11月21日付の読売新聞(社説)では、陸上自衛隊が南西方面の防衛に対処するため増員を要求したことに対し、「増員分は純増ではなく、冷戦時代の名残である北海道の2個師団・2個旅団体制などの縮小で捻出すべきである。陸自の要求は筋が通らない」と指摘していた。
 
 また、「陸自の定員や戦車・火砲を一層削減し、その分を海自と空自の装備や定員の増強に充てる必要がある」と論じた。他のメディアでも同様の見解が出ていたようであった。
 
 これはあくまで、わが国の防衛予算が今以上に増えないことが前提となっている。限られた範囲内でやりくりするのが当然といった考え方である。
 
 現実主義ではあるが、国内外にメッセージを発信する機関として「適切」とは言い難いのではないだろうか。
 
 再三、言われているように、防衛予算はここ9年連続で削減されている。人も減り、モノも買えず、そのうち訓練もロクにできなくなるのではないかという状況である。
 
 その「ないない尽くし」の中で、「陸」「海」「空」自衛隊が予算を分け合う構造ゆえ、おのずと「パイの奪い合い」になってしまっている。
 
 冷静になって考えれば、国の財政のために、あるいは安心して暮らせる云々の社会保障費捻出のために、せっせと国防にかかる予算を減らし続けていることは利敵行為でもあり、すなわち、私たち国民の安全を損なうことなのである。
 
 予算のやりくりの是非は防衛省の知見に任せるべきで、真に国益を追求するメディアならば、周辺各国が国防費を増やす一方でわが国だけが減らし続けるという状況が、いかに異常で、パワーバランスを崩しているかについて警鐘を鳴らすべきではないだろうか。
 
 お金や人が減っても内訳を変えればなんとかなる、という発想は、「今のままでも問題ない」という誤った認識を国民に与えてしまうだろう。
 
 だが、自衛隊OBの方々が、JBpressの他の記事ですでに述べられているように、陸海空自衛隊において余裕のあるところなど、どこにもないのだ。それによるデメリットをもっと叫ぶ必要がある。
 

火砲を捨て去るという「愚」

 各論を言い出せばきりがないが、今回の防衛大綱と中期防の閣議決定に関して印象的な事柄をざっくりと挙げると、まずは「武器輸出三原則」等見直しについての記述が見送られたことがある。
 
 そのこと自体は、防衛大綱への記述にかかわらず、これから軌道修正することが可能だが、社民党の言いなりになった感が否めない。そのような政権に、これから先ますます厳しくなるであろう安全保障問題を託すのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
 
 次に、冷戦期に配備された戦車や火砲は不要ということで、一層削減の流れとなったことも気にかかる。前回の防衛大綱と見比べると、戦車が約600両から約400両に、火砲が約600門から約400門への削減となった。
 
 この決定が、大手プライム企業のみならず、数多くの中小企業、町工場に与える影響は計り知れない。関係企業の事業撤退に、ますます拍車をかけることになるだろう。「武器輸出三原則」も手付かず、量産の期待もできない、となれば、もう「国産」を諦めるしかない。
 
 今回の防衛大綱は、火砲との「別れの予感」とも受け取れる。つまり、かつては「戦場の女神」と呼ばれた火砲も、今や魅力のない「おばさん」(!?)になってしまったので、静かに退場していってもらおう・・・というメッセージなのではないかと、私は勘ぐってしまうのだ。
 
 火砲のない陸軍、それが意味するところは何なのか。「節約が大事」だと言う人たちには、女神を見捨てることの愚をよく考えていただきたい。
 
 戦車や火砲がなくなると、最後の頼みがなくなる。海と空でシーレーン防衛をしたり、ミサイルディフェンスをしても、そこを破られてしまえば本土決戦しかない。
 
 専守防衛の日本は、その時にしか敵を攻撃できない。しかし、敵が上陸してきた時に歩兵だけで戦おうとすれば、たちまち全滅。戦車や火砲で歩兵を守る必要があるのだ。
 

国防に対する国民の「やる気」のなさの表れなのか

 また、陸自は1000人の削減となり、モノだけでなく人も割を食った。いや、人員に関しては、財務省の要求水準までは削減されなかったことから、人よりもモノを捨てたという見方もある。
 
 だが、むしろ、そうした苦渋の選択をせざるを得ないほどに、人員不足が切羽詰まっていたと捉えるのが妥当だろう。海外での活動や災害派遣など、任務は増加の一途を辿っているからだ。
 
 総じて対中シフトなど、トレンドを押さえているとはいえ、本来、防衛大綱とは10年先を見据えた防衛力整備計画であり、現在のことに対応するだけでは不十分である。
 
 まして中期防は、前回に比べ約7000億円の減少となった。日本人の国家防衛に対する「やる気」のなさを示していると言われても仕方がない。
 

 とにかく、どんなに名文句を並べても、予算が付かなければ話にならないのである。


jbpress.ismedia.jpより引用。
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 2\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1 
 
 
 
いつまで日本は腰抜けでいるつもりなのか
まずは自衛官の倍増を〜「防衛計画の大綱」見直しに望む
2010.10.21(Thu) 岡本 智博
(1)からの続き
 この事実に加えてさらに言えば、我が国はそのようなチャンスを自ら放擲して、自国の雇用機会を局限している状況の中で、ハンデキャップを背負いながら、国際経済競争を戦っているという側面もあることを忘れてはならない。

なぜ自衛官定数は増勢されなかったのか

 さて、第1次防衛力整備計画以来我が国は、第2次〜第4次と防衛力整備計画を重ね、その後、数次の中期防衛力整備計画をさらに重ねて装備の近代化を図り、物的防衛力の量的かつ質的向上に努めた。
 
 この間、自衛隊の兵器・装備は量的にも質的にも充実し、訓練環境も徐々に良くなって訓練の質も向上してきている。最近は自衛隊の任務も拡大され、国際平和活動支援という方面でも活躍が期待されるようになった。
 
 しかしただ1点、自衛隊の人的防衛力の量的側面、すなわち、自衛官の定数は25万人から全く増強されていない。自衛隊の任務がどんどん拡大し、多様化されていてでもある。
 
 そのわけを、ある国会議員に率直に問うてみた。すると議員は、「自衛隊は昭和40(1965)年代の半ば、クーデターを起こそうとしていた」と語り始めた。
 
 確かに筆者が現役自衛官であった頃、後藤田正晴元警察庁長官は、「警察の現員数を超える自衛官の増員は決して認めない」と言っているとする噂話が流れたことがある。
 
 なるほど自衛隊は警察予備隊から発展したものであるから、予備隊が本隊を超えて増員されることへの警戒心が存在していたことはあり得る。
 
 これに加えて、自衛官によるクーデターへの危惧であるという。三島由紀夫の盾の会に係る事態の背景には、そのような動きがあったのであろうか。
 
 また、統合運用の歴史にも旧帝国陸・海軍出身者への警戒がうかがわれる。
 
 すなわち、旧軍の反省を踏まえて、陸・海・空軍が統合して作戦を実施することを新しい自衛隊に求めた旧軍出身者に対し、我が国政府は、昭和29(1954)年に統合幕僚会議(統幕)の発足を容認したものの、統合幕僚会議議長の権限は、出動時(防衛出動、治安出動)、あえて繰り返すが、平時には認可されない、出動時のみの指揮命令の統合調整を担当することに限定した。
 
 それから7年後の昭和36(1961)年、統合幕僚会議議長の権限は、出動時において指揮命令の基本、すなわち、有事に統合部隊が編成された場合の部隊に対する指揮命令権が付与されることとなった。
 
 見方によればこれは進歩である。しかし、統合部隊に対する議長の権限は有事のみに限定されていることを理解してほしい。明確に言えば平時は、統合幕僚会議議長には、指揮権限が存在しない状態であったのである。
 
 こうした状態が是正されたのは、平成10(1998)年、実に、統合幕僚会議が発足して44年後に、議長の“出動時以外における権限強化”が図られ、出動時以外、すなわち災害派遣、国際平和協力業務等、平時であっても統合調整を実施することができることとなったのである。
 
 そして最終的には平成16(2004)年12月、「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱について」が閣議決定され、「各自衛隊を一体的に運用し、自衛隊の任務を迅速かつ効果的に遂行するため、自衛隊は統合運用を基本とし、そのための体制を強化する」という内容が認知されたのであった。
 
 そしてその後の平成18(2006)年3月、「新たな統合運用体制への移行」施策として統合幕僚監部の新設が具現化され、「統合幕僚監部」が発足し、現在に至っているのである。なるほどこの時には、自衛隊には、旧軍出身者は皆無の状態となっていた。
 
 第2次世界大戦が終了して既に65年が経過し、戦後の教育は自由民主主義の価値観を基盤に行われ、若い世代は自由民主主義の価値観とともに、これに伴う義務についてもよく理解している。
 
 それでも自衛官はクーデターを起こす虞があると考えられているのであろうか。日本国民は、そして政治家たちは、本当に自衛官を志す戦後の世代が、クーデターを起こしかねないと危惧しているのであろうか。
 
 それともこの外に、自衛官増員を危惧する何らかの理由があるのであろうか。

「防衛計画の大綱」見直しに望む

 1991年ソ連の消滅とともに冷戦構造が崩壊して以降、国家間の大規模な紛争や戦争の発生は遠のき、現在は、非国家主体のテロやもう少し規模が大きい国際テロが、世界各国の喫緊の脅威と捉えられており、我が国もその例外ではない。
 
 また、有事にあっても大規模な着上陸脅威よりもゲリラ・コマンドウといった形式の脅威が卓越すると見られている。
 
 そのような状況下、世界各国は、このような脅威に対応するためには不可欠の軍隊の兵員数を、決して大幅に減らしたりはしていない。
 
 有事・緊急時におけるテロ・ゲリラへの対処には兵員数の多寡が決め手であり、平時にあっても国連平和協力活動を含む国際協力のため、さらには自国に発生するであろう災害派遣のために、兵員数を必要とする事態が決して少なくならないことを認識しているからである。
 
 我が国もまた決してその例外ではない。こうした事態への対応の任にある自衛隊全体はもとより、特に陸上自衛隊は、国際平和協力活動を新たな任務として与えられながら減耗補充のための増員さえも事業仕分けの対象となり、全く認められていない。
 
 陸・海・空自衛隊の現場は、要員不足で自衛隊の本来任務である国防のための訓練さえ、十分にはできない状況にまで追い込まれているのである。
 
 こうした事実に加え、我が国の憲法第9条に依拠した我が国の最高裁判所の判断によれば、自衛隊は軍隊ではない。自衛隊は軍隊ではなく、国家防衛のための実力組織なのである。

軍隊創設を拒んだ吉田茂は草葉の陰で何と思う?

ダグラス・マッカーサーと吉田茂(ウィキペディア)。
1954年撮影
イメージ 1 こうした曖昧さを残したまま、また、これまで述べてきた人的防衛力の増勢には全く手がつけられぬまま、我が国の国政は既に50年が過ぎているのである。
 
 我が国の軍隊創設を拒んだ吉田茂元首相でさえ、その政策がなんと50年間も続くとは考えていなかったであろう。
 
 我が国は、国政選挙の票にはならないからとして、国防戦略および国防施策を放置したまま、現在まで無為に過ごしてきた。国家の運営は既に限界に来ている。
 
 自衛隊定数の増加、憲法9条の改正による自衛隊の軍隊化、さらには、自衛隊の軍隊化はもとより、中国国務院公安部に所属する人民武装警察部隊やロシア連邦内務省に所属する特別任務民警支隊(OMON)や国内軍(内務省軍)が警察任務を付与されているとはいえ軍隊であるように、我が国の治安警察部門も軍隊として位置づける施策、すなわち治安警察機関の軍隊化といった施策も必要なのではなかろうか。
 
 特にテロやゲリラへの対応については、警察と自衛隊の連携が不可欠であるからで、こうしたトータルな意味での緊急事態対応施策が推進されなければならないのではなかろうか。
 
 幸いにして来年3月、すなわち2011年3月までには、民主党政権下で初めての「防衛計画の大綱」見直しが行われる予定となっている。
 
 その見直しの最重要課題として、是非とも、自衛官の増員を掲げてほしいものである。自衛官定数の増員は、決してたやすいものではない。それは、例えば50万人の増員を掲げたとしても、一挙に50万人の採用はできない。
 
 年間2万人の増員を計画しても、50万人の増員のためには25年かかる。そのためには、防衛予算のGNP1%枠を撤廃し、人件費の増大を予期しなくてはならない。

日本に依頼心が強ければ日米安保も機能しない

 しかしながら、日本が米国におんぶに抱っこの依頼心を放置したままでは、我が国の自立どころか日米安全保障条約さえ機能しない。
 
 米国をはじめ、中国も、韓国も、台湾も、シンガポールも、ベトナムも、日米安全保障条約の枠組みは日本の防衛のためだけではなく、アジア・太平洋地域の平和と安全のために極めて有効に寄与していると口をそろえているにもかかわらずにである。
 ここにあえて言うが、日米安全保障体制の堅持と日本の上述のような自力防衛努力を二者択一理論でとらえる向きがある。しかし、それは誤りである。
 
 少なくとも我が国に通常戦争レベルの紛争が周辺国との間で生起した場合においても米軍の来援を当てにしなければならない程度に自衛力規模を規制しては、我が国は独立国としての矜持を問われる。
 
 ましてテロやゲリラという脅威に対応する場合、警察および自衛隊の人員は多ければ多いほど、隙のない防衛態勢が取れるのである。
 
 そして米国は、我が国のかかる努力が日米安保体制の深化の妨げになるとは決して考えていない。むしろその反対で、日本の防衛の自立化は、真の意味での日米同盟関係の確立に寄与すると考えているのである。
 
 政権交代を1つの契機として、一部警察機能の軍隊化、自衛隊の軍隊化を図る前にそれぞれの増員により、国家防衛の基本を樹立するとともに、これまで放棄していた人的防衛力増員による国内消費の増大を期待し、先に述べた論理に従って我が国の経済活動を活性化したいものである。
 
 今般は韓国および台湾の例だけを取り上げてみたが、一度、その他の自由民主主義諸国の正規軍及び準軍隊の総兵員数の現況を探ってみて、世界の趨勢はどのようになっているのかを把握してみてはどうか。
 
 それがその国家の自国防衛に対する意欲のメルクマールの1つであることは疑いのないところである。我が国は、子ども手当のような福祉の前に、なすべきことがあるのではなかろうか。あえて国民各位、国会議員各位に問うものである。


jbpress.ismedia.jpより引用。
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 2\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1 
 
 
 
いつまで日本は腰抜けでいるつもりなのか
まずは自衛官の倍増を〜「防衛計画の大綱」見直しに望む
2010.10.21(Thu) 岡本 智博
国は第2次世界大戦の戦後処理の交渉の中で、朝鮮半島の南北分割占領をソ連側に対し提案し、北緯38度線を軍事境界線としてソ連と対峙する国家戦略を取った。

日本再軍備論

日本再軍備の方向性を探っていたウィリアム・H・ドレイパー
米初代陸軍次官(ウィキペディア
イメージ 1 ところが昭和25(1950)年6月25日、朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮という)は、国家として成立して間もない大韓民国(以下韓国という)に対し、突如、軍事境界線を越えて侵攻を開始し、朝鮮戦争が勃発した。
 
 しかも、ソ連の極東に対する意図はそれだけにとどまらず、北朝鮮とともに韓国を脅かす方向の道を模索し始めていたのである。
 
 一方、第2次世界大戦に勝利し日本を占領していた米国は、朝鮮半島の南北分割を採ったものの、終戦直後から既にソ連の意図を察知して、これに対処する意図を示していた。
 
 そのような国際環境の中、昭和23(1948)年3月21日、米陸軍次官ウィリアム・H・ドレイパーは、国務省政策企画部長J・ケナン、陸軍省作戦課長C・シャイラー准将とともに、占領軍総司令官ダグラス・マッカーサー元帥を訪問した。
 
 ドレイパー訪問の意図は、日本再軍備のための方途があるか否かを探ることであった。しかしながら、当時、幣原内閣の司法大臣の職にあった木村篤太郎のメモによれば、マッカーサー元帥の日本再軍備に関する意見は次のようなものであったという。
 
(1)日本再軍備は、最も厳粛な国際的約束に違反する。極東諸国は、依然として日本再軍備を死ぬほど恐れている。
 
(2)日本再軍備は、軍国主義の排除と軍需産業の禁止を規定した米国の占領方針に違反する。
 
(3)我々が最大の努力をして日本を再軍備しても、3流どころか5流並みの軍隊以上のものは作れない。外敵から自衛できる望みはなく、ソ連にとっては好きな時にひと呑みにできる餌に過ぎない。
 
(4)日本は経済的自立のために闘っている。再軍備による負担が加われば、日本の生存は望み薄になる。
 
(5)日本国民自身が軍隊を支持していない。彼らは無条件に、政策の手段としての戦争を放棄した。
 
 しかしながらその2年後に朝鮮戦争が勃発し、緒戦で釜山陥落の危機に追い込まれたマッカーサー総司令官は、日本駐留の全米軍を朝鮮戦線に投入することを決定した。
 
 この事態を受けて昭和25(1950)年7月8日マッカーサー元帥は、警察予備隊7万5000人の創設、海上保安庁8000人の増員を許可したのである。

第1次防衛力整備計画

木村篤太郎(ウィキペディア
イメージ 2 木村篤太郎は、昭和27(1952)年10月30日、保安庁長官事務取扱の職にあった吉田茂首相から職を引き継ぎ、保安庁長官に就任した。
 
 明けて昭和28(1953)年、第3代占領軍総司令官に就任していたマーク・クラーク大将から木村保安庁長官に対し、「今の保安隊は弱体で緊急の用に役立たない。それで防衛分担金380億円、これを全部使わせるから、さしあたり自衛隊を32万5000人に増強しろ」との申し入れがあった。
 
 朝鮮戦争はその時、南北軍事境界線を挟んで膠着状態にあったが、木村篤太郎は「今の志願制では25万の増強が精一杯である。32万余に増強するには徴兵制を採らねばならない」としてこれを断った。この交渉には当時外務大臣であった岡崎勝男が同席していたという。
 
 木村篤太郎回想録『卆翁百話』をさらに引用すれば、保安庁長官であった木村篤太郎と吉田首相が我が国の再軍備についていろいろ話し合う中、吉田首相は「現今の急務は、まず経済復興と国民生活の向上に全力を挙げるべきで、軍備を持つわけにいかない。しかし独立国となった以上は、当然、軍備を整えなければならない。今はやれないが、その時に備えておく必要がある」と、既に述べていたという。
 
 昭和29(1954)年3月に日米相互防衛援助協定が結ばれ、日本は「自国の防衛力の増強」という義務を負うことになった。これを受けて、同年6月9日に自衛隊法と防衛庁設置法が成立した。
 
 翌7月1日に陸・海・空の3軍を備えた自衛隊および防衛庁が発足して、保安庁(保安隊・警備隊)は廃止となった。
 
 このような経緯を経て、撤退した米軍の役割を引き継ぎ、我が国の陸上防衛力を整備するとともに、海上および航空防衛力についても、ともかく一応の体制を作り上げること、すなわち、骨幹防衛力を整備することを主眼として、昭和33(1958)年度から昭和35(1960)年度までの3カ年間の計画として、「第1次防衛力整備計画」が策定された。
 
 これによると、陸上自衛隊については自衛官18万人、海上自衛隊については艦艇約12万4000トン、航空自衛隊については、航空機約1300機を整備することが目標として掲げられている。
 
 すなわち、簡潔にこれまでの分析結果を述べれば、自衛隊は、発足間もない時点から現在に至るまで、自衛官定数25万人という規模が、実に、50年間にわたって変化せず、全く増強されることがなかったのである。
 
 これは昭和32(1957)年5月20日に閣議決定された国防の基本方針の第3項にある、「国力国情に応じ自衛のために必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する」という基本方針が、兵器・装備の面では漸進的に防衛力整備がなされてはきたものの、物的防衛力と併行して防衛力を形成する人的防衛力の造成については、漸進的にも何も、全く増強されないまま50年間放置されたことを意味しているのである。

周辺諸国の兵員数現況

朝鮮戦争から50年。韓国では今年9月、韓国、米国の軍人、退役軍人が参加して朝鮮戦争の激戦を再現するイベントが開催された〔AFPBB News
 
 朝鮮戦争はいまだに終結せず、現在でも休戦状態にある。あえて言えば極東地域は、いまだに冷戦構造を引きずっているということである。
 
 こうした緊張の中にある現在、その当事者である韓国や台湾は、どのくらいの兵力を擁してこの緊張に対峙しようとしているのか。
 
 当然、日本もその緊張に直接対峙している国の1つなのであるが、我が国の兵員定数の現状については既に述べてきたので、長年にわたって造成されてきた人的戦力増勢努力の結果としての、当該2カ国、すなわち韓国と台湾の兵員数の現状についてここに取り上げてみたい。
 
 確かに軍事力の規模は、決して兵員数のみで比較できるものだけではないし、それぞれの国家軍事戦略とともに積み上げられる兵器・装備の質・量、訓練の質・量、国民はじめ兵員の士気の状況など、考慮すべきものは幾多と存在することは言うまでもないことである。
 
 しかしながらあえて言えば、国家の総人口に対してその何パーセントを国家防衛に当てているのか、国家防衛に自国民の汗と血をどの程度当てているのかという視点も、国家の防衛努力の程度を測るための重要な視点である。
 
 以上の考察に依拠して韓国および台湾の兵力規模の現状を見ると、北朝鮮と陸続きで朝鮮戦争が終結していない韓国の場合は、正規軍約69万人、準軍隊が約6万人、総計75万人であり、それは韓国の総人口約4850万人の1.55%を占めている。
 
 また中国大陸からは狭隘な海峡を介して存在する台湾は、正規軍約30万人、準軍隊が約3万5000万人、総計約33万5000万人であり、これは台湾総人口2300万人の約1.46%を占めているのである。ところが日本の自衛官総数は25万人にも満たない。
 
 このような現実を米国はどのように観るのであろうか。我が国・日本の総人口は約1億3000万人である。そこで韓国と台湾の総人口に対する兵員数比の平均である約1.5%を採って日本の自衛官定数を計算してみれば、実に195万人となる。
 
 いや我が国は、アジア大陸からは日本海という大海により離隔されているので、元寇の役の時であっても自国の防衛に成功しているではないか、と反論する人々がいる。
 
 その通りであろう。旧軍時代は、日本海は50個師団にも匹敵する価値があると、巷間言われていた。これを考慮に入れてみても我が国の自衛官定数は、95万人いても不思議ではないのである。

米軍の血を期待する気持ちで、本当に国は守れるのか

1964年、防衛大学校を訪問して「自衛隊はいつか必ず国軍となる」
と演説した故・吉田茂首相(筆者撮影)
イメージ 3 それでもなお、自力防衛の規模を問題にすべきではなく、我が国の自衛官定数は25万人だが(現員数は約24万人であり海上保安庁を準軍隊として加えても総計25万人)、 日米安全保障条約が存在するので、日本は米国に期待して国家防衛を全うしようとしているのであると主張する人々がいる。
 
 しかし、そういう人たちには、日本という我が国の防衛のために、我が国は、多大な米国軍兵員の血を期待している、あるいは依存しているのであるという事実を、明確に自覚してもらう必要がある。
 
 あえて言い換えれば、我が国は、日本の防衛のために、70万余の米軍の兵員を期待していることとなる。
 
 さらに言えば、日米安全保障条約の第5条に掲げられた我が国に対する共同防衛のために、第6条で約束した施設・区域を米軍に提供し、また1978年から始まった「思いやり予算」を提供することで、70万余の米軍兵士の血を期待している、これらを簡潔に言うのであれば、カネや物の提供で、我が国の防衛を期待しているということなのである。
 
 こうして具体的に数字に置き換えて議論を進めると、米国民が、「日本は本当に自国を自らの手で守るという気概があるのだろうか」と考えるのも無理はないように思われる。
 
 気概がないからこそ、すべてが依頼心から発しており、日本人は魂を失っているのだと米国民から、そしてあえて言うのであれば中国人民からも、韓国民からも、台湾国民からも、評価される状況となっているのであろう。
 
 「自らの国は自ら守る」というのであれば、我が国の自衛官定数は、日米安全保障条約を与件として容認してもなお、75万人程度は確保すべきなのではあるまいか。
 
 自衛官定数が現在の3倍増になれば、韓国や台湾のように兵員の国内消費による自国の経済活動への寄与も大きくなるし、また、軍隊経験を通して、若者たちの志操を練磨できる機会も増大することとなる。
jbpress.ismedia.jpより引用。
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 2\¤\᡼\¸ 3

全16ページ

[10] [11] [12] [13] [14] [15] [16]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
小窪兼新
小窪兼新
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(42)
  • 底質汚染
  • ゴミ拾い協議会
  • 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化
  • 役に立つマネジメントシステムって
  • へたれ海軍史研究家
  • 保守プロパガンダー
友だち一覧
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

日本海軍

一般情報

政治

経済

趣味

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事