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被災地で自衛隊がアメリカ海兵隊に後れを取った理由
美談だけで済ませてはいけない「震災と自衛隊」
2012.03.15(木)北村 淳:プロフィール 「自衛隊との連携は概ね大成功であり、今後発動されるであろうアジア太平洋地域における人道支援・災害救助(HA/DR活動)における日米共同作戦が順調に実施できることを確信している(注:HA=Humanitarian Assistance、DR=Disaster Relief)。
自衛隊は大活躍したと思う。とりわけ、震災津波被災地への10万名の緊急動員に対処した折木統幕長のリーダーシップは極めて優れていた。
また原発事故対処でも、聞くところによると初期対応に逡巡していた政府を説得して果敢にヘリコプターを出動させた決断は見事で、彼こそナショナルヒーローとして高く評価されたのだろう?」
東日本大震災救援のために自衛隊と実施した共同作戦であるトモダチ作戦に指揮下の第31海兵遠征隊をはじめとする諸部隊を投入したアメリカ海兵隊太平洋海兵隊司令官ティーセン(Thiessen)中将は、このようにトモダチ作戦を振り返って筆者に語った。
自衛隊とは何の関係もない一個人との私的会話である以上、中将の言葉は「外交辞令」などではなく、強大な太平洋海兵隊を指揮する軍人の率直な感想と考えて差し支えない。
このような評価をアメリカ海兵隊最高首脳の1人が口にしているからには、国防総省はもとより国務省やホワイトハウスの高官たちも日本側の「しかるべき人々」に対して同様の評価を口にしているはずである。
そのような賛辞を受けた日本側は「アメリカ軍も自衛隊の活動を高く評価している」と自衛隊の活躍を再評価することになるのであろうが、災害救援活動それ自体に対する評価と、その後の対応に対する評価とは無関係であることまでは、おそらく誰も口にしないであろう。
つまり、作戦実施後に教訓を引き出し、それらをもとに将来への備えを開始する過程まで含めて、作戦の評価をしなければならないという軍事常識に従うならば、「東日本大震災に対する救援活動は概ね成功であった」と満足できるのであろうか?
果たして、教訓を真摯に引き出したのであろうか? 教訓を生かすべき施策が具体的に始動しているのであろうか?
米国の真の軍人が抱く疑問、自衛隊は軍事的教訓を得たのか 上記のティーセン将軍の評価と似通った感想を、実際にトモダチ作戦に参加し指揮を執った海兵隊や海軍の将校たちは口にする。しかし、そのような賛辞と平行して、救援活動から得るべき教訓や教訓に対する対処状況に関する疑問なども指摘している。
そしてイラクやアフガニスタンでの戦闘を体験している真の軍人である彼らは、未曾有の大災害に対して空前の規模で出動し大いに活躍した自衛隊の諸活動や救援態勢や組織構造から、日本の国防にとって有用な様々な軍事的疑問を投げかけた。
それらの中には、「日本はいかにして防衛すべきなのか」といった大戦略に関するものから具体的な組織論や装備の問題に至るまで幅広い疑問が含まれている。
いくつかを例示してみよう。
(1)防衛当局による軍事的諸判断を待たずに、政府首脳が一方的に10万人動員を命令したが、そうした統制に対する反省はなされているのか?
(2)自衛隊員に対する食料補給や個人装備の質・量といったロジスティックスが貧弱であり、救援現場の隊員たちの「精神力」と「自己犠牲」に負うところが少なくなかった。これでは、まるで第2次世界大戦中に質・量ともに貧弱な装備と食料・弾薬の欠乏のために悲惨な運命をたどった帝国陸軍兵士の現代版ではないのか?
(3)ちょうど横須賀を母港とする米海軍空母は震災当時に整備中で出動できなかった。だが、運良く、別の空母が日本近海を通りかかったため、救援活動に参加するとともに、日本周辺に対する睨みを利かせることができた。このような抑止能力の現状についての議論が巻き起こっているのか?
(4)アメリカ軍の「CBRNE被害管理即応部隊」(CCMRF)のような対放射能汚染攻撃戦能力を保持していない自衛隊には、福島第一原発事故周辺の放射能汚染地域に急行して震災被災者を救出する活動はできず、それらの被災者を見殺しにせざるを得なかった(注:CBRNEとは、化学兵器・生物兵器・放射性物質兵器・核兵器・高性能爆薬を意味する)。自衛隊ではCBRNE事案対処部隊の構築は進んでいるのか?
(5)「『併用戦能力』(amphibious capability)が全くと言ってよいほど欠落している自衛隊」の救援部隊は、内陸部から沿岸域・海岸線の被災地に到達せざるを得なかった。そのため、本格的救援活動開始には長時間が必要となった。また、孤島化した離島や陸のスポットでの救援活動はアメリカ海兵隊が駆けつけるまで実施されなかった事例もある。日本独自の併用戦能力構築に向けての具体的進捗はあるのか?
これら以外にも様々な疑問が投げかけられたが、本稿では、最も話題の中心となったアメリカ海兵隊の「お家芸」である併用戦能力に関して引き出すべき教訓についてのみ記述する。
アメリカ海兵隊頼みの「併用戦能力」 「併用戦能力」とは、海に浮かぶ発進拠点(通常、揚陸艦という軍艦)から揚陸艇、水陸両用強襲車、ヘリコプターなどを用いて陸上戦闘部隊を陸地に到達させて、海岸部から内陸部にかけての陸上作戦を実施する能力を意味する。
陸上戦闘部隊が陸地にアクセスを開始してから陸上での作戦が完了するまでの期間、海上の軍艦からは敵に対するミサイル攻撃を加えたり、ヘリコプターや攻撃機で敵を攻撃したり、海岸や内陸で活動する部隊に対する補給活動を継続的に加える。
このように、併用戦能力は、陸上戦闘部隊を目的地沖合まで搬送し、作戦中は部隊を支援する能力を持った海軍部隊と、海上から海と空を経由して陸地にアクセスし、作戦を実施し、自前で補給活動も行う陸上戦闘部隊とから構成されている。
前者は海軍が担当し、アメリカ海軍の場合は、このような作戦に特化した水陸両用戦隊という部隊を保持している。後者のエキスパートは、国によって呼称は様々であるが、海兵隊、海軍陸戦隊、あるいは海軍歩兵と呼ぶ。
「海から海と空を経由して陸地にアクセスする」併用戦能力は、海岸線や島嶼を有する国家の防衛にとっては不可欠な軍事力である。したがって、それらの国々の大多数が「海兵隊」「海軍陸戦隊」「海軍歩兵」(以下、総称して海兵隊と記す)を保有している。
ところが、典型的な島嶼国家であり長大な海岸線と多数の島嶼を保有する日本には、海兵隊という組織はもとより併用戦能力自体が存在していない。その軍事的欠缺を穴埋めするために、沖縄を中心にアメリカ海兵隊第3海兵遠征軍の部隊が駐留している。
逆説的に言うと、アメリカ海兵隊が日本に存在しているから、日本防衛当局は併用戦能力の構築を怠ってきたことになる。
(2)へ続く
JBpress.ismedia.jpより引用 |
陸上自衛隊
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本日は、以前より溜まっていた記事の消化として、昨年の東日本大震災の際の記事をご紹介します!
前線で働く「士」がいない
このたび発生した東日本大震災に対応するため、政府は、派遣する自衛隊員の数を、当初の2万人から段階的に引き上げて5万人にした。それをさらに、首相の「鶴の一声」で一挙に10万6000人に倍増させた。
だが、自衛隊には人的資源に致命的な欠陥がある。今回、それがなぜか全く報道されていない。
10万6000人動員体制は3カ月以上はもたない 単に10万6000人を派遣するといっても、容易なことではない。その10万6000人を維持するためには、兵站などの維持に少なくとも5〜6万人ほどの間接要員が必要である。このため、実質的に16万人ほどを、現状の定員約24.8万人から動員する計算になる。しかも実際には10万6000人がすべて現場に入っているわけではなく、市ヶ谷の防衛省で連絡業務に就いている人員なども含まれている。
自衛隊が対応しなければならないのは東日本大震災だけではない。航空基地やレーダー・サイト、潜水艦部隊など、24時間即応体制を取っている部隊や組織も少なくない。また、アデン沖の海賊対策のために護衛艦を2隻、同じくジブチを基地とする哨戒機P―3Cを2機派遣している(基地の守備は陸上自衛隊)。そのほか、ハイチやゴラン高原などにも陸自の部隊を派遣している。これらの部隊の交代要員も必要だ。また東北地方では、自衛隊の部隊自体が被災したケースもある。被災した部隊は実力を発揮できない。
こうした状況を考えると、自衛隊は持てる限りの人的資源を震災の救援に振り向けていると言って過言ではない。このため陸上自衛隊の即応予備自衛官にも初めて招集がかけられている(海上自衛隊と航空自衛隊には通常の予備自衛官だけで、即応予備自衛官は存在しない)。即応予備自衛官は約8500人。多くは招集できないだろう。恐らく10万6000人動員体制は持って3カ月、それ以上の継続は不可能だろう。
現在現場は4勤1休体制を取っている部隊もある。1休といっても後方に下がれるわけではない。現場は遺体の収容作業などもあり過酷である。前線の部隊を入れ替える必要があるが、今のところその余裕はない。このままでは過労死する隊員が出かねない。
10万6000人体制の看板を下ろし、戦線を縮小整理すべきだ。何でも自衛隊にやらせるのではなく、民間にできることは民間に移行すべきだ。また米軍に大規模な派遣を依頼してもいいだろう。
第一線で働く、若い「士」が足りない このグラフの人数は、人員が急激に減る年
度末実員を元にしている。より実情に近い年
平均実員だと2万人程度になる。だが、その
後、士クラスは7000人ほど減員されているの
で、現状はこのグラフに近いものになっている。 軍隊では、人員を階級ごとに将官、将校(佐官・尉官)、下士官、兵と区分する。自衛隊も同様に将官、幹部、準・曹、士と区分している。
将官以下曹クラスまでは定員を充足している。だが士=兵隊に限っては定員の4割強しかいない。つまり単純計算ならば普通科(歩兵)1個小隊は定員30人の3分の2しかいないことになる。まさに、震災の現場では士の数が足りない状況にある。しかも、自衛隊は予備役の数が少ないので、大震災という「有事」において人的な補充ができない。そもそも曹に対して士の定員自体が少なすぎることも問題だ。
加えて、自衛隊でも“高齢化”が進行している。若手である「士」の数が少ないために、自衛隊の平均年齢は2008年度で35.1歳と高い。ちなみに英軍は30.5歳と自衛隊よりも5歳以上も若い。また1991年度の自衛隊の平均年齢は32.2歳だったので、これと比べても高くなっている。
確かに「亀の甲より年の功」とは言う。また近年装備が高度化し経験の浅い士では装備に習熟できない。故に下士官の数を増やす傾向は世界的にある。
だが、戦場や災害救助など「有事」の現場では、連日過酷な肉体労働を強要される。場合によっては何日もろくに眠れない場合もある。士は若いに越したことはない。このため平均年齢の若さは軍隊の精強さを測るバロメーターの一つとなっている。絶対数に加えて、平均年齢の面でも自衛隊は有事において無理が効かない。
簡単に辞めさせられる士だけを減らした この程度の士の充足率で、災害出動に支障が出ないはずがない。もっとも当の自衛隊や防衛省はこの「不都合な真実」を認めようとはしないだろう。問題ないというならば士の定員を現状に合わせて大幅に削減すべきだ。
本来軍隊組織はピラミッド型であるべきだ。なのに、なぜ、自衛隊はこのようないびつな形状になっているのか。
それは自衛隊が見せかけのリストラをしてきたからだ。ソ連崩壊後、防衛大綱(関連記事)は自衛隊の人員抑制を求めてきた。これは限られた予算の中で人件費を抑えて、装備の近代化を図るためだった。
1991年度から2008年度までに定員は2万9552人減っている。ところが実員は5114名減に留まっている。しかも実際に減ったのは2年契約の任官自衛官である士クラス、3万9457人だけ。対して将官を含めた幹部は逆に1734人、曹クラスは1万2892人も増えている(グラフ2)。
自衛隊を企業に例えれば、社長以下係長までの中間管理職までが正社員。平社員の部分は契約社員ということになる。つまり、リストラと称して、簡単に首を切れる契約社員だけを大幅に首を切ったが、“身内”である正社員の数は増やしたことになる。
当然ながら、士クラスよりもそれ以上の「正社員」の方が、平均年齢がはるかに高い。年金や退職金までを生涯賃金を含めれば、その差は極端に違うってくる。将官の場合、幕僚長ならば退職金だけでも7000万円ほどになる。
先述のように人員削減は、それによって装備の高度化を図るためだ。それにもかかわらず、賃金が最も低い士だけを切り捨てた。人件費抑制という観点から見れば人件費の高い将官、佐官の首を切るべきだ。
役人はポストを維持したがる 問題は人件費だけではない。士の数だけを極端に減らすことで有事の即応性を落としている。有事に備えるのであれば士クラスの充足率こそ高く維持するべきである。民間企業でこんなインチキなリストラをしたら株主が許さない。株主が許しても企業として市場で生き残れない。
なぜこのようなインチキなリストラをするかといえば、身内の雇用を維持するためだ。それに手を付けると担当者は総スカンを食う。となれば出世はおぼつかない。
また役人の習い癖で部隊の数とポストを維持したいからだ。いったん部隊やポストを減らせば、その回復は容易ではない。しかし、減らした士の数は予算が増えれば比較的容易に回復できる。そのような計算が働いている。
これは「有事」が来なければ有効な考えだ。だが自衛隊という組織は、本質的にいつ来るか分らない有事に備える組織である。「有事なんて来ない」というのは組織の本質を忘れた組織防衛の理屈でしかない。そして現実に大震災という「有事」が現実として起こっている。
状況に合わせて組織を変革する「決断力」、その変革を実行する「実行力」と「指導力」――自衛隊の首脳には、軍人に必要なこれらの根源的な資質が欠けているのではないか。
次期防衛大綱は「自衛隊全体の人員規模及び人員構成を適切に管理し、精強性を確保する。その際、自衛隊が遂行すべき任務や体力、経験、技能等のバランスに留意しつつ士を増勢し、幹部及び准曹の構成比率を引き下げ、階級及び年齢構成の在り方を見直す。さらに、人員配置の適正化の観点から自衛官の職務の再整理を行い、第一線部隊等に若年隊員を優先的に充当するとともに、その他の職務について最適化された給与等の処遇を適用するなど、国家公務員全体の人件費削減の方向性に沿った人事施策の見直しを含む人事制度改革を実施する」としている。
これは、ほとんど財務省主計局の主張そのものである。防衛省・自衛隊に当事者能力が欠如しているために、財務当局の主張を盛り込まざるを得なかった。何とも情けない。
現状の放漫予算を放置するならば、数年後には防衛予算を編成することすら危うくなる。必要な装備を調達し、それを維持し、充分な訓練を行う予算が確保できなくなる。人件費は退職金などで今後も増加する(グラフ4)。装備が高度化したことで、装備の修理維持費が装備調達費を追い抜いている。しかも装備調達費は、“後払い”である後年度負担が膨らみ、柔軟性を欠いている。その上アラブの政情不安で燃料費は高騰している。
あろうことか、一部の自衛隊OBたちや評論家は今度の震災に際して「だから自衛隊の定員を増やせ」と主張している。だが彼らはこのアンバランスな人的構成とその原因については口を拭っている。予算や人員を増やす前に、予算執行と人事の適正化が必要である。
日経ビジネスオンラインより引用
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自衛隊の給与削減は本当に震災復興に役立つのか
「粛々と任務に当たります」と自衛官は口にするが・・・
2012.03.07(水)桜林 美佐:プロフィール 「夫とはしばらく会えないな」
「あの日」つまり昨年の3.11の地震を都内の官舎で経験し、自衛官の妻がすぐに思ったことだった。
「余震の中、戦闘服を抱え転がるように官舎から飛び出し、駐屯地に向かう休暇中の自衛官たち。小さな子供を抱き、笑顔で見送る妻たち。今でも鮮明に覚えています」
拙著『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』を読んで下さった方からいただいたはがきに記されていた、さりげなく書かれたひと言であるが、目の覚める思いだった。
自衛官を支えている母や妻たち この他にも、自衛官の妻たちと直接お話しする機会があったが、聞いてみると、驚くほどの「覚悟」で、この震災を経験したことが分かる。
「官舎の庭に奥さんたちが集まって焚き火をして、焼き芋を子供たちに食べさせました」
「暖房が使えなかった間は、窓にダンボールなどを張り付けようということになって、みんなで突貫工事をしたんです」
不安な様子を見せることは夫の負担になると誰もが知っている。それに、これまでも「初めて子供が熱を出した時」「肉親が急病で倒れた」など、一番そばにいてほしい場面でも「演習中で連絡も取れないなんてザラでしたから」ということで、同じ境遇にある妻同士が連絡を取り合い、力を合わせてきた。
この凛とした女性たちの力なくしては、あの精強な自衛隊の姿もあり得なかったと言ってもいいかもしれない。
また、震災当時、航空自衛隊に入隊したばかり、自衛官1年生(当時)の母上からも、ご子息に伝えたいこととして手紙を頂戴した。
「自衛官になった息子を誇りに思います。母はいつもあなたを応援しています。どうか無事に任務に励んで下さい」
自衛隊について考える時、その裏に「母あり、妻あり」であることを忘れてはならないだろう(最近は、女性自衛官を夫が支えるケースや、夫婦ともに自衛官という場合も少なくないが)。
「手当を付ければいい」は大きな勘違い そんな話の後に野暮なことを言いたくはないが、「国家公務員給与削減特例法」が成立した。
人事院勧告に基づく平均0.23%の引き下げを4月にさかのぼって実施し、2012年度から2年間は人勧分を含めて平均7.8%削減するという。
これにより捻出された約5800億円は震災復興に充てられる、とされるが、政治家や世の中の多くの人が、この中に自衛官が入っていることをご存じないのではないだろうか。
自・公の働きかけにより、自衛官については猶予期間を民主党案の2カ月から6カ月に延ばすことにはなったものの、削減されることに違いはない。
東北などには、被災して家や車など財産を失った自衛官も多く、彼らも例外なくこの削減対象である。地方公務員については自治体の自主的判断に委ねるとして、対象になっていない。そのため、言いたくはないが、警察や消防などの方たちは給与減にはならない。同じように、自らの家族も後回しにして被災地に赴き、極寒の中でドロドロになって活動したのに、である。
こういう話をすると、よく「手当を付ければいい」などとと言う政治家などがいるが、これで給与削減をリカバーできると思うのなら、大きな勘違いだと言っておきたい。
災害派遣であれ、国際任務であれ、行った人もいれば、その背後には行かずに後方の任務に当たったり、待機をした自衛官もいる。
その全ての人たちがいて、初めて任務は成り立つ。ここに格差を生じさせることは、その重大なる意義を否定するようなものだろう。行かなかった人は、ただでさえ気後れしている場合もあるのに、余計に士気を低下させることが考えられる。
また、これもあまり知られていないが、手当は課税されているのである。つまり、もらう程に税金を払わなくてはならない。
かつて、イラク派遣に赴いたある自衛官は、翌年の税金分が前年の手当分よりも多く、かねて続いている減給の流れで、結果的にマイナス給与となったのだとか。こうした「手当貧乏」現象も起きている。
給与は減り任務が増えても文句を言わない自衛官 自衛隊には組合もなく、誰も細かいことに文句を言ったりしないので、また、そんなことを言う類の、品性のない人たちではないため、給与を減らされ任務は増やされという信じ難い状況が、全く世の中に気が付かれないのが現状だ。
「国のためなのだから、不満はありません。粛々と任務に当たります!」と、何人かの自衛官が言ってくれた。その心根に敬意を表するばかりである。しかし、組織全体のことを考えると、その精神力に依存してばかりはいられない。
おそらく、家庭の財政を担っている多くは妻たちなど家族ではないだろうか。これから悩まなければならないのは、本人よりもむしろ家族と言えるかもしれない。
政府も国民も、自衛官などの強い使命感に助けられていることが多々ある。その彼らを支えている家庭を揺さぶるような施策は、復興費を捻出する以上の損失につながるのではないかと、案じている。 ↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
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「陸自の海兵隊化」が不可能な理由
米海兵隊に頼り切りの状態を脱するには
2012.02.08(水) 桜林 美佐:プロフィール 最近、巷で「陸上自衛隊を海兵隊化したらどうか」などという話を、しばしば耳にするようになった。
のっけから結論を言ってしまうと、これは「カメラマンを辞めてアナウンサーになろう」みたいな、かなり無理のある話である。
この「海兵隊化」論を言っている方の中には、「海兵隊的な装備を保有」することを指しているケースもあり、全てを否定するわけではないが、少なからぬ人が、そもそも「海兵隊とは何か」をよく理解しないまま、勢いで述べているのではないかと思われるふしがあるのが心配だ。
海兵隊とは何か・・・。彼らは、自らで陸・海・空、そして後方支援も一体的に運用する独立軍種であり、自前の戦闘機や海軍の空母などを用いて、究極の自己完結能力を発揮する前方展開部隊である。
一朝有事となれば、まず先に海兵隊が展開し、その後、陸軍が入るという段取りになる。つまり、そもそも両者は違う役割を担っているのだ。
日本の島を奪還しに行くのが米海兵隊でいいのか では、なぜ今、この「海兵隊化」なる話が出てきたのか。それには、昨今の中国の海洋進出への対処として、わが国が島嶼(とうしょ)防衛機能向上の必要に迫られていることがある。
また、こうした中、唯一無比の頼りであった米軍が新しい国防戦略に転換することになったこともあるだろう。さる1月5日に明らかにされた米国の国防戦略の見直しは、中国による軍事的台頭を受け、いよいよ正面からそれに対抗すべく態勢を築くというもので、日本の役割も大いに期待されるであろうものであった。
また、中国の弾道ミサイル「DF21」が沖縄を射程に入れたため、海兵隊をグアムとオーストラリアに分散配置する方針は、わが国がこれまでのように米国依存体質では立ち行かないのではないかと、予感させるものであった。
日本はどうすればいいのか、真剣に考えさせられる時に至ったのだ。
そこで、わが国も沖縄の米海兵隊に依存するばかりではなく、自前で海兵隊的な能力を持つべきではないかと、いう話が出てきたようだ。
それに、日本が自国の島を占領されたなどの場合、それを取り返しに行くのがまずは米海兵隊でいいのか、日本人のために先に海兵隊の血を流させるのか、という思いもあるだろう。
推し進めるべきなのは「陸・海・空自衛隊の統合運用」 しかし、ただでさえ防衛予算が削減の一途を辿っているというのに、一番人員が多いからといって陸自の一部を海兵隊にしてしまおうなどという議論は、あまりに乱暴だ。
海兵隊は短期間運用のパッケージ機能を持つ組織であり、その後には陸軍(陸自)が続く。つまり陸自としての戦力を保持することは不可欠なのだ。全てが前方戦力になることはあり得ない。
どちらかと言えば、この着想は現在進行中の「陸・海・空自衛隊の統合運用」であると言った方が相応しく、この統合運用こそ推し進めるべきものであろう。
もし仮に、わが国に海兵隊を作るならば、「第4の軍」として新たな概念で創設すべきではないか。もちろん、それには莫大な予算の増額と法改正が不可欠であるが・・・。
一方、陸自としても、こうした世界情勢に対しのんびり構えているわけではない。2002(平成14)年には島嶼防衛を主な任務とする「西方普通科連隊」を創設し、陸・海・空自衛隊の統合部隊と米軍との演習も行われるようになった。こうした訓練をさらに強化しながら、自衛隊として統合力を高めようと努力しているところである。
ただ、誤解があってはいけないのは、あくまでもこれらに関しては「自衛隊として」参加しており、「海兵隊になるために」訓練をしているわけではない。
では、装備だけでもそれらしい物を持ったらどうか、という説もあり、これはできればそうしていただければいいと思うが、その場合、「専守防衛」の日本国内にはそぐわないとして、「なぜ、そのような攻撃的な装備を持つのか!」と、国内外からのバッシングを受ける可能性があるだろう。
「こんな機能はいらない」などということで、スペックを妥協させられることも、いかにもありそうである。
海兵隊創設以前にやるべきことは山積 こうした全てのハードルをクリアする必要があるわけだが、果たしてこれだけのコストに見合う運用方法を見出せるのかどうか、あくまで「国内運用」であるという特殊性、国土国情への適合性を考慮しながら「どのように使うのか」を、じっくり考える必要がある。
ただ装備を持てばいいというものではないということだ。
とはいえ、「米軍依存体質」がいいというわけでは、無論ない。いずれにせよ、現在の、自衛隊が単独で機能できないよう制約されている憲法問題も視野に入れた、根本的な国防態勢の見直しが必要であることは言を俟たない。
ただ、それ以前に、現状し得る最大限のことをしなければならないとも感じる。情報・通信態勢や陸自の緊急展手段・・・等々、喫緊の宿題は山積なのだ。
「専守防衛」という世界的に特殊な事情の中では、南西方面のみならず、どこから、どのように狙われるか分からないわが国の主権と独立を守るために、いろいろなオプションを「薄くとも残す」方策が肝要なのではないだろうか。
JBpress.ismedia.jpより引用 |
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本年(2012年)1月10日に10式戦車の入魂式が行われました。そのニュースをお送ります。
2012.1.15 07:00
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