ミッドウェー海戦研究所

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陸上自衛隊

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日本を元気にしてくれる夏空の落下傘部隊
2011.07.25(月) 桜林 美佐
「藍より青き大空に大空に  たちまち開く百千の  真白き薔薇の花模様・・・」
 旧陸海軍の落下傘部隊を歌った「空の神兵」。1942(昭和17)年に公開された同名映画の主題歌だ。当時、軍歌として大いに親しまれたこの歌が、陸上自衛隊第一空挺団では今なお歌い継がれている。
 
 震災から4カ月余が過ぎた先日、空挺部隊でも訓練が再開され、創設から数えてちょうど100万個目の落下傘が使用されることになった。
 
 1954年の自衛隊設立以来、57年にわたって鍛錬してきた功績を称える意味で、空挺団出身の火箱芳文陸上幕僚長も部隊からのたっての要請に応え、今年60歳にして実際に降下したというから驚きだ。隊員たちの士気は大いに高まったようである。将軍自らが飛んで見せる、そんな空挺部隊ならではの伝統も受け継がれているのだ。
 

落下傘の縫製、修理を担ってきた女性たち

 今回の災害派遣でも第一空挺団は、福島第一原発30キロ圏内などの捜索にあたるなど、精強部隊に相応しい活躍ぶりだったと聞く。
 
 瓦礫の除去では、「本当にそこに瓦礫があったのか?」と疑うほど徹底的に作業し、家屋の中も完璧にきれいに片付けた。布団まできちんと畳んで置いてあったという。
 
 「そうしないと、結局、何度も同じ場所を作業することになってしまうんです」と隊員は語る。
 
 片付けが中途半端だと、心が残って気持ちの整理ができないだろうという被災者感情への配慮もある。家人が可愛がっていたペットを必死になって探し、亡骸となって発見された猫は丁寧に埋葬して皆で手を合わせたという話も聞く。
 
 そんな優しくて逞しい彼らは、普段、落下傘を背負ってはるか上空から降下するのだが、この落下傘の補修を、実はごく普通の女性たちが担っていることは、あまり知られていない。
 
 松戸の関東補給処で落下傘の補修作業にあたっている女性技官たちだ。
 
 当欄でもかねて述べてきた国家公務員の総人件費改革による人員削減で、この分野も例外なくどんどん減らされている。事務官・技官はアウトソーシングに切り替えていく方針だ。
 
 新しい担い手をなかなか入れられないために、担当する女性技官たちの平均年齢は高くなるばかりだ。皆さん後継者がいないことを案じていると聞く。
 
 ひとつ間違えば隊員の生命に関わる作業だけに責任も重大だ。相応の技術だけでなく、きめ細かさ、そして自衛隊への思いも求められる仕事である。マニュアルがあればいいというものでもない。
 
 これまで、国際緊急援助隊や災害派遣などで急遽、何かが必要になった際など、徹夜で作業をしてくれたりと、彼ら彼女たちの使命感に依存していた面は決して小さくなかった。
 
 アウトソーシング化が進めば、従来のように自衛隊の活動と一体化してやっていくことは期待し難いだろう。
 

「目に見えない派遣活動」は今後どうなるのか

 今回の災害派遣でもいろいろな話がある。
 
 海上自衛隊では、福島第一原発事故の対処のために米軍から提供されたバージ船を曳航することになり、大型タグボート(多用途支援艦)1隻とYT(港内用タグボート)3隻を派遣することになった。
 
 そこで、被曝を少しでも防ごうと、横須賀造修補給所工作部がすぐさま作業に取りかかった。船内の空気密閉のための措置や、操舵室周辺の防護板の取り付け、タングステンシートの敷設などを施したのだ。
 
 作戦が決定されたのが3月24日夕刻、翌朝には曳航を始めるということで、怒涛のような突貫作業だった。しかもその後、船が小名浜に進出したために、陸上から追いかけていって工事を続けたのだという。
 
 また、陸上自衛隊では、悪路でも走行できる96式装輪装甲車(WAPC)の派遣が決まり、被災者が乗りやすいよう手すりや昇降板を取り付けることになった。これを受けて関東補給処では、知恵を絞って必死に作業し、乗る人の安全に配慮した車両に生まれ変わらせたという。これも何日も徹夜をしての作業だった。
 
 その他、行方不明者の捜索に使われた「とび口」などの道具も、一刻も早く届けるため、不眠不休で手作りしたとも聞く。これらは技官の力がなければ、なし得ないことだった。
 
 このような「目に見えない派遣活動」は枚挙に暇ない。そこには技術のみならず、無私の精神やハートが継承されてきたのだ。今後はどうなっていくのだろうか・・・。
 

制約だらけの自衛隊にできることとは

 ところで、第一空挺団ではプライベートな時間を使って、旧陸軍落下傘部隊出身者との交流も行っている。
 
 高齢で1人で外出するのが困難なOBに付き添って、プライベートな時間を使って一緒に新幹線や飛行機に乗り、遠方の慰霊行事に出かけることもあるようだ。
 
 決して強制されているわけではない。先輩がやっているから、その心根を自然に継承しているのだ。
 
 今回の災害派遣の最中に、ある幹部自衛官が言った言葉が妙に印象に残っている。
 
 「自衛隊には何ができるか・・・改めて考えてみると、法的にも物質面でもできないことが多過ぎて愕然とする時があります。でもこれだけは言えると思うんです・・・、人々に勇気と希望を残すことはできるんだと」
 
 自衛隊が教えてくれる「勇気と希望」。それが日本を元気にしてくれるかもしれない。夏空に咲いた白い薔薇にそんなことを思った。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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国際緊急援助活動と自衛隊の課題
スマトラ沖地震・津波への対応を振り返って
2011.06.14(Tue) 永岩 俊道
 
(2)からの続き
 
 一方、ファーゴ米太平洋軍司令官は1月20日の段階で「緊急支援の段階は経過し、復興、再建へ向けて迅速に移行している」とブリーフィングし、早期撤収の意向を表明している。
 
 ブラックマン中将も、「現地に必要以上に留まるつもりはない。外国災害援助局や国連が被災者に必要な支援を維持できる立場になれば、米軍の活動の段階的縮小を具申する」とした。
 
 米軍は展開が迅速であった一方で、他国に先駆け2月初めから逐次部隊の撤収を開始し、2月4日にはエイブラハム・リンカーン空母打撃軍、2月9日エセックス機動展開軍、2月12日ウタパオ基地の第536統合支援部隊司令部を撤収させた。
 

有事作戦基盤を軸とした支援活動態勢

 平時、有事を問わず、軍の編成組織はその時の事態に適切に適合したものでなければならない。米軍の場合、平時の突発事態に対処する場合においても基本的には有事対応の編成組織を準用する形で迅速に活動開始している。
 
 スマトラ島沖地震の際の米軍の初動態勢を例に取ると、発災後24時間以内に太平洋軍司令部内にPACOM作戦計画チーム及び統合作戦センターを立ち上げ、48時間以内にインドネシア、タイ及びスリランカに被害評価チームの派遣を命令するとともに、タイのウタパオ海軍基地にC-130輸送機及びP-3C哨戒機の派遣を命じた。
 
 また、タイのウタパオ基地に沖縄の第3海兵遠征軍展開部隊を基幹とする統合支援部隊(CSF:Combined Support Force)を編成し、統合援助作戦(Operation Unified Assistance)と称する作戦を開始した。
 
 司令官は先に紹介した在沖4軍調整官であるブラックマン海兵隊中将を指名した。
 
 さらに米軍はウタパオ基地に統合調整所(CCC:Conbined Cordination Center)を開設し、各国軍や国連などの調整を円滑にリードした。
 
 統合調整所では、輸送支援初期、米軍が支援各国を集めた会議で各国参加者から状況を掌握し、個別具体的に調整し、コブラ・ゴールド方式(各国が自分たちの部隊の能力と照らし合わせ、実行できる救助活動を請け負う仕組み)と称されるやり方で任務遂行した。
 
 輸送支援などが次第に本格化すると、民軍調整委員会(CMCB:Civil Military Coordination Center)が設立され、被災国、国連、NGOからの輸送支援要請などを基に輸送所要のまとめ、優先順位の設定、実施計画の策定が実施された。
 
 実施計画は統合移動調整委員会(Joint Movement Coordination Board)で調整が行われ、統合軍航空部隊指揮官(Joint Force Air Component Commander)にスロットタイム等が割り当てられ、それに応じた航空任務命令書(ATO:Air Tasking Order)を作成し実施部隊に指名するという輸送業務の調整要領が確立した。
 
 このような調整システムは米軍がイラク等の最前線で任務統制しているCAOC(Combained Air Operation Center)の運用形態と類似している。
 
 有事・戦争に対する諸々の作戦準備が平時における事態対応にも適切に適応できるということであろう。
 
 ちなみに我が国周辺に発生した事態対応は、太平洋軍統括の下、太平洋空軍隷下の第13空軍司令官がすべての軍種を取りまとめる形で全般的な作戦統制を実施している。
 

国際緊急援助活動を成功に導く準備活動の重要性

 スマトラ島沖地震の前年、筆者は空幕の防衛部長(いわゆる作戦部長)を務めていたが、その際、太平洋空軍主催で毎年実施される「環太平洋空軍作戦部長会議」に参加したことがある。
 
 2004年の会議への参加者は米軍をはじめとする環太平洋に所在する国々の空軍の作戦部長であり、米国、日本をはじめとして、韓国、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシア、モンゴル、ニュージーランド、オーストラリア、パプアニューギニア、インド、バングラデシュ等、二十数カ国の作戦部長が参加した。
 
 この年の会議の開催地は、大規模水害に毎年被災すると言われているバングラデシュであった。
 
 意見交換されるテーマは、災害救助や人道復興支援、平和維持など、基本的には戦争以外の作戦が主であり、「平和時、エアパワーを如何に有効活用するか」という課題に対して各国がどのように貢献できるかについて意見交換した。
 
 また、情報の共有、対処計画の立案・調整、連絡先の交換、支援ニーズのリスト化や各国の支援能力把握、各軍の対応能力を高めるための訓練、演習の実施など、より具体的な体制整備について認識の共有化を図った。
 
 また、シーパワー関連の場合、多国間海軍協力のための枠組みとして、西太平洋海軍シンポジウム(WPNS:West Pacific Naval Symposium)が、1988年から2年ごとに西太平洋地域の海軍参謀長等の参加を得て開催されている。
 
 海上自衛隊は1990年の第2回WPNS(タイ王国にて開催)から継続して参加しており、1996年及び2002年には本シンポジウムが東京において開催された。直近では昨年10月にオーストラリアのシドニーにおいて第12回のシンポジウムが開催され、海上幕僚長が参加した。
 
 このシンポジウムは設立当初から、航海の安全や海洋汚染防止などの基本的な課題、海洋安全保障に関する取り組み、さらには海軍の諸活動における相互運用性の向上など、種々の分野における多国間の協力が論議されている。
 
 現在、海上自衛隊幹部学校における指揮幕僚課程学生多国間セミナー、西太平洋掃海訓練、西太平洋国際掃海セミナー、西太平洋潜水艦救難訓練、WPNS多国間海上訓練等の諸活動等がWPNSの枠組みの下で実施されている。
 
 近年、海上交通を利用した大量破壊兵器の拡散、海上テロ、海賊、津波などの大規模災害などが地域の安定化に大きな影響を及ぼしており、西太平洋における海軍参謀長などとこれら海洋安全保障に関する諸問題の多国間協力を図ることは、海洋国家である我が国にとって海洋の安定的な使用を図る上で極めて有益であり、今後とも西太平洋における多国間協力の態勢を推進していくことが必要とされる。
 
 WPNSのメンバー国は、オーストラリア、インドネシア、日本、トンガ、マレーシア、ブルネイ、ニュージーランド、パプアニューギニア、中国、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、アメリカ、カンボジア、ロシア、ベトナムであり、オブザーバー国は、カナダ、チリ、フランス、インドである。
 
 これら各種活動の端緒は、2000年頃に米太平洋軍司令官であったブレア海軍大将が提唱したMPAT(Multinational Planning Augmentation Team:多国間作戦強化チーム)プログラムにさかのぼる。
 
 MPATはアジア・太平洋地域における多国間による軍事活動の構想であり、当該地域に生起した事態に対して多国籍部隊による対処を迅速に実施するため、各国から多国籍軍司令部の基幹要員を参集させ、迅速に司令部活動を開始させることとしている。
 
 MPATが実際に適用されるのは、一時的な国家間の取り決め等により多国籍軍が編成される場合であり、多国籍軍として迅速に対応の体制を整え、事態を収拾し、適切な時期に適当な政府や国連等の機関に任務移管するまでを活動の期間と考えていた。MPATが対象とする事態は、(1)人道援助・災害救助、(2)非戦闘員救出活動、(3)捜索救難、(4)平和維持活動、(5)その他、戦争以外の軍事活動(MOOTW)とされている。
 
 このような平素のスタディーの積み重ねが、スマトラ島沖地震への初度対応にも少なからず功を奏し、共同調整所の設置、活動基盤の構築、統制ネットワークの構築、情報の共有、任務分担、輸送調整等、比較的スムーズに立ち上がることができたと言える。
 
 今回の東日本大震災に対する、特に米国太平洋軍の迅速な対応に、これらの財産が大いに生かされていると言える。
 
  またこれらは、有事経験の無い自衛隊にとって本格的な侵攻事態への対応を考える上での貴重な実行動の機会であり、米軍との連携の在り方も含め、今後の参考としなければならない。
 

おわりに

 今般の大災害への対応ぶりで、自衛隊に対する国民の信頼感は大いに高まった。期間限定とはいえ、異例とも思える判断で隊員の半数近くを今般の災害派遣に集中させ、自衛隊は見事にその期待に応えた。
 
 しかし、自衛隊に期待される役割は災害派遣にとどまらない。国際緊急援助活動など、国際的な安全保障環境構築のための活動に積極的・主体的に関与しなければならないし、新たな脅威や多様な事態への実効的な対応も準備しなければならない。
 
 そして何よりも、本格的な侵略事態への備えをより実際的・実効的かつ深刻に整えておかなければならない。
 
 我が国を取り巻く財政状況や人的環境には極めて厳しいものがあるが、このような状況下であるからこそ、我が国の防衛力の役割の原点に軸を置き、諸々の体制整備を推進していく必要がある。
 
 国際緊急援助活動に参画する際も、その経験を如何に我が国の「防衛行動」に適用させるかということを念頭に置いて活動しなければならない。
 
 米軍の活動状況から見ても、その任務遂行のあり方や日米の連携要領等には、本格的な侵略事態対応の作戦に参考となる財産が満載されている。作戦指揮に係る事前スタディーも含め、積極的に関与していく必要がある。平時に発生する諸々の事態対処は、有事への対処のための貴重な準備機会である。
 

 危機管理の整えに手抜かりは許されないし、「想定外」は論外である。


JBpress.ismedia.jpより引用

 
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国際緊急援助活動と自衛隊の課題
スマトラ沖地震・津波への対応を振り返って
2011.06.14(Tue) 永岩 俊道
 
(1)からの続き

スマトラ島沖地震・津波に対する各国軍の国際緊急援助活動

スマトラ島沖では過去に何度も大震災が発生している。写真は2007年9月、スマトラ島で道路が崩落した様子〔AFPBB News
 
 インドネシア外務省によると、アチェ州には最終的に20カ国以上の国が救援活動などに参画した。米軍を除く主要国の参加状況は以下の通り。
 
 シンガポール軍はASEANの中でも中心的な役割を果たし、輸送、医療、工兵合わせ約900人の兵士、艦艇3隻、輸送機・輸送ヘリ6機などを派遣した。
 
 シンガポール軍はその即応体制、部隊練度及び海上輸送・空輸能力の高さを内外に示したと言える。
 
 フランスは輸送・医療・工兵約1390人、艦船2隻、輸送機6機を送り込んでいる。
 
 オーストラリアは最も迅速に派遣を開始(12月27日)し、マレーシアに次いで最も遅くまで派遣を継続(2005年3月24日)している。
 
 オーストラリアはメダンにオーストラリア軍司令部を開設して「スマトラ援助作戦」と称する活動を実施した。救助活動は、主として航空部隊による物資輸送の他、バンダアチェ市内で工兵部隊による瓦礫除去と浄水・給水活動を実施した。
 
 また医療活動を含め約1000人、艦船1隻、輸送機7機、へり6機などを派遣し、存在感を見せた。
 
 英国は司令部任務部隊及び航空輸送、輸送ヘリ2機を派遣していた。
 
 ドイツは野戦病院に人員約360人、補給艦1隻、ヘリ2機を派遣した。
 
 ロシアは航空輸送・野戦病院に人員約360人、輸送機を派遣した。
 

スマトラ島沖地震・津波に対する我が国の対応

 一方、日本政府は、12月28日にはテロ対策特別措置法に基づいてインド洋に派遣されていた海上自衛隊部隊のうち、任務を終えて日本に向けて帰還中だった護衛艦「きりしま」など3隻をタイ近海に急向させ、捜索・救助および遺体の収容任務等に当たらせた。
 
 1月1日には、小泉純一郎首相は「5億ドル(約510億円)の無償供与、津波早期警戒メカニズムを構築するための協力、自衛隊の追加派遣を検討」など最大限の支援を行うとの談話を発表した。
 
海上自衛隊の輸送艦「くにさき」(ウィキペディア
イメージ 1 1月4日、インドネシアのアチェ州へ海上自衛隊輸送艦「くにさき」・護衛艦「くらま」・補給艦「ときわ」の3隻、航空自衛隊の輸送機2機、陸上自衛隊第7師団など3自衛隊合わせて約1000人を国際緊急援助隊として派遣することが決まり、先遣隊が現地に向かった。
 
 陸海空自衛隊は主として輸送、医療、防疫任務を実施し、派遣期間は2005年1月5日から3月23日までの約2カ月半に及ぶという、これまでの国際緊急援助にない大規模な救援活動を実施した。
 
 陸自は約230人、航空機5機をもって医療・防疫・航空援助を、海自は約600人、艦艇3隻をもって陸自支援及びLCACによる重機輸送等支援を、空自は約100名航空機2機をもってタイのウタパオ海軍基地とバンダアチェ空港間の幹線空輸任務を実施した。
 
 この際、統幕の要員が統合連絡調整所(JCC)をバンダアチェに開設し、インドネシア国軍および在外公館窓口機能を確保するとともに、ウタパオ基地に開設された統合調整所(CCC)における調整業務に参加した。
 
 陸海空の関係は協同であったが、対外的には海自第4群司令が現地部隊代表的立場として、JCCは調整及び情報収集の窓口としてそれぞれ機能させた。
 
 陸自は「くにさき」に主指揮所、「くらま」に分派指揮所を設定し、航空援助隊の指揮と航空機の全般統制および海自との調整を実施した。バンダアチェ飛行場には前方指揮所を開設し、離発着に係る運航統制や貨物の登載卸下について現地政府や国連等と調整した。
 
 アチェ飛行場は超過密状態であり航空機の継続的な係留は困難であったため、機動飛行場として北スマトラ北側のサバン島にある軍民兼用の飛行場を活用した。日々の任務は統合調整所で各国調整のうえ決定されたATO(Air Tasking Order)に従い実施された。
 
 このATO方式というのは、米軍の航空作戦の命令様式を準用したものである。
 
 米軍の主力は2月12日に撤収し、自衛隊はそれからさらに約1カ月長期活動した。自衛隊に対しては、インドネシア政府からさらなる活動継続を打診されていた。
 

国際緊急援助活動における軍の活動

 大規模災害において軍隊の活動が期待されるゆえんは、いずれも当該国の要請に基づきという前提があるが、一般的に軍隊の持つ、(1)広汎多岐にわたる機動展開能力、(2)兵站能力を兼ね備えた自己完結性、(3)混乱している状況下での情報収集・分析能力、(4)確立した指揮統制系統、(5)軍の特殊な能力に期待するなどのほかに代替できない各種理由がある。
 
 加えて、スマトラ島沖地震・津波においては、地上の輸送経路が各地で分断されたことから、空母や輸送艦に搭載されたヘリコプターなどによる航空輸送の所要が増大した。
 
 また、ASEAN域外から派遣された軍隊が被災地に到着し活動を開始した場所の所要は、人命救助の段階から、医療支援、予防衛生、防疫活動、仮設住宅の建設等に移行する段階であった。時間経過とともに軍隊にしかできない業務は減少したと言える。
 
 大規模災害における救援活動に外国の軍隊が関与するのは、その被害が被災国政府自らの対応能力を超え、被災国政府からの要請があった場合に限る行動であり、要請が取り下げられた場合、速やかに撤収する必要がある。
 
 インドネシア政府は外国軍隊による救援活動の早期終了を求める方針を表明、地震発生から3カ月後の3月26日を撤収期限として各国に要請した。
 
 国連はインドネシア政府の方針に対し、救援活動に期限を設けるべきでないと懸念を表明し、救援活動における外国軍の支援継続の必要性を指摘している。


(3)へ続く
 
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国際緊急援助活動と自衛隊の課題
スマトラ沖地震・津波への対応を振り返って
2011.06.14(Tue) 永岩 俊道
災害復旧に自衛隊員は八面六臂の活躍を見せている〔AFPBB News
般の東日本大震災に対する自衛隊の活躍にはまさに目を見張るものがある。
 昼夜を分かたぬ捜索・救難活動、誠を尽くすきめ細かい民生支援、自衛隊頼みの3K(きつい、きたない、きけん)作業に対する献身的な作業・・・。
 
 隊員諸官の真摯な立ち居振る舞いとそれらに対する国民の称賛の声を聞くにつけ、まさにこのような非常時のためにこそ自衛隊の存在価値があり自衛隊を養ってきたのだという自衛隊建設に携わってきた先達の感慨が偲ばれる。
 
 国内の災害派遣に限らず、自衛隊は人道的な貢献や国際的な安全保障環境の改善の観点から、国際協力の推進に寄与することを目的として国際緊急援助活動にも積極的に取り組んできている。
 
 このため、平素から事前に作成した計画に基づき多様な任務に対応できる態勢を維持している。
 
 ただし、これらの態勢を、特定の災害派遣や国際緊急援助活動に適応させることのみを念頭に置いて準備してきていると考えることは適切ではないし、自衛隊の本来任務を見誤ることになる。
 
 また、自衛隊に対する今般の国民の高い評価をもって、災害派遣や国際緊急援助活動こそ自衛隊に期待される第一の任務であると結論付けるのも過早である。
 
 自衛隊の第一の任務は、最も対応困難な本格侵略事態に対する所要の「防衛行動」である。この「防衛行動」を念頭に置いて、体制整備や隊員の教育・訓練を自衛隊創隊以来きちんと整えてきたからこそ、現在、平時に発生したいかなる事態にも迅速・的確に対応できてきたと考える方が妥当である。
 
 むしろ、今般の被災の機会を捉えて留意しなければならないのは、蓋然性は少なくなったと言われている本格侵略事態への対応に本当に遺漏はないのか、徹底的に検証する必要があるということである。
 
 今般の津波事案で、危機管理に「想定外」があってはならないということを我々は痛く思い知った。言うまでもなく「防衛行動」にも「想定外」があってはならないのである。
 
 今般の大震災という貴重な機会を捉え、国際緊急援助活動に焦点を当てて、我が国の安全保障に係る体制整備のあり方について考えてみたい。
 

国際社会における安全保障上の課題と軍事力の役割

 今日の国際社会は、伝統的な国家間の関係から新たな脅威や多様な事態に至るまで様々な課題に直面している。
 
 これらに対応するための軍事力の役割は、武力紛争の抑止と対処、紛争の予防から復興支援、大規模災害などに対する緊急支援などと多岐にわたっている。
 
 このような状況を踏まえ各国においては、多様化した役割・任務に対応するため、優先順位を考慮しつつ国力・国情に応じて軍事力の整備を図るとともに、国際社会における安全保障上の問題に関する国際協力・各種連携を図っている。
 
 我が国においても新たな安全保障環境を踏まえて、国際的な安全保障環境の改善のため自衛隊を主体的・積極的に活用することとしている。
 
 もちろん、所要の防衛力を新たな脅威や多様な事態への実効的な対応、及び本格的な侵略事態に対する備えとして確実に準備することは大前提である。
 

安全保障環境改善のための各国における軍事力の活用

 米国は、地域における抑止と緊急即応能力を強化するとともに、人道的危機や自然災害を含む各種緊急事態により効果的に対処するための能力を構築している。西太平洋地域において、特に人道支援災害派遣および海洋の安全といった分野における共同訓練のさらなる機会を追求している。
 
宮城県気仙沼市で災害復旧に当たる自衛隊員。震災が発生した午後2時46分には全員が黙祷を捧げる〔AFPBB News
 
 中国軍は近年、平和維持、人道支援・災害救助、海賊対処といった非伝統的任務を重視し始めており、これらの任務を行うために積極的に海外に部隊を派遣するようになってきている。
 
 これらの背景には、中国の国益が国境を越えて拡大することに伴い、国外において国益の保護及び促進を図る必要が高まっていることや、大国として国際社会に対する責任を果たす意思を示すことにより自国の地位を向上させる意図があると見られている。
 
 ロシアでは、多極化の趨勢の中で影響力のある1つの極としての地位強化に関心が高く、対外政策の基本方針の中に、主権及び領土の一体性の維持とともに、国際法に則った多国間による国際的な問題解決への関与及び近隣諸国との友好関係の発展を強く掲げている。
 
 オーストラリアでは、東ティモールやソロモン諸島など自国の近隣地域を中心に、アフガニスタン問題などの国際的な安全保障問題の解決にも幅広く積極的に関与している。
 
 また同国は、インドネシアとは幅広い防衛分野における協力を謳った安全保障協力枠組みに関する協定を結んでいる。さらに、マレーシア、シンガポールとはニュージーランドや英国とともに非伝統的脅威に主眼を置いた共同演習を行っている。
 
 東南アジアの地域の各国は経済発展などに伴い、域内各国間および域外との相互依存関係が深化してきている。この地域の各国は伝統的な国防のほか、テロ対処、海賊などの新たな安全保障上の課題にも応じた軍事力などの形成に努めている。
 
 この地域に米軍は多国間軍事演習「コブラ・ゴールド」や「協力海上即応訓練(CARAT)」など累次にわたる共同軍事演習や軍事技術供与、軍事援助などを実施している。
 
 インドでは、PKOなど世界平和を支援するための活動に積極的に参加している。平成22(2010)年にはPKO活動に8000人の人員を派遣している。平成20(2008)年からソマリア沖での海賊に対する警戒活動を実施している。
 

国際緊急援助活動に対する我が国の取り組み

 我が国は、1987年に国際緊急援助隊法を施行、また、1992年には国際緊急援助隊法を一部改正し、自衛隊をもって国際緊急援助活動やそのための人員機材等の輸送を行うことを可能とした。
 
 以来、自衛隊は、その装備や組織、平素からの訓練などの成果を生かし、自己完結的に救助活動、医療活動などの国際緊急援助活動を行う態勢を維持してきた。
 
 自衛隊の国際緊急援助活動の枠組みとして、主として、(1)応急治療、貿易活動などの医療活動、(2)ヘリコプターなどによる物資、患者、要員などの輸送活動、(3)浄水装置を活用した給水活動などの協力、(4)自衛隊の輸送機・輸送艦などを活用した人員や機材の被災地までの輸送等を実施するとしている。
 
 具体的にいかなる活動を行うかについては、個々の災害の規模や態様、被災国政府または国際機関からの要請内容など、その時々の状況に合わせ対応している。
 

2004年スマトラ島沖地震・津波発生の際の米軍行動の特徴(「誇りある作戦」)

軍隊や自衛隊に求められるのは迅速性だ
イメージ 1 我が国の国際緊急援助活動の在り方を考えるため、2004年に発生したスマトラ島沖地震・津波の際の米軍の対応に焦点を当てて考えてみたい。

2004年12月26日、スマトラ島沖で発生した大地震(マグニチュード9、震度8)およびそれに伴う巨大津波は、東南アジア諸国に甚大な被害をもたらした。
 
 中でも最大の被災国となったインドネシア共和国政府は、12月26日、スマトラ沖地震・津波による災害を「国家災害」に指定し、国家災害調査委員会を設置するとともに救援活動を開始した。
 
 当時インドネシアはアチェ州の分離・独立問題を抱えていたが、救援活動を優先させることとし、12月28日には外国の機関・団体がアチェ州で救援活動に当たることを認めた。
 
 米国のジョージ・ブッシュ米大統領は12月29日記者会見し、大津波の被災地支援のため、米国、日本、オーストラリア、インドなどからなる米国主導の「コア・グループ」を創設し、緊急的に初度対応する意向を表明した。
 
 米国主導の「コア・グル―プ」方式には、米国の影響力が大きくなりすぎるとして一部の国から懸念が示されたが、そもそも国連等の初動対応能力には限界があり、いずれ災害復旧・復興は国連主導の長期的支援になることが予測されており、取り急ぎの態勢で当初の緊急的な活動が開始されたと言える。
 
 米軍は軍の本来任務からしてもそもそも派遣期間の長期化は望んでおらず、この作戦においても当初から「迅速な展開・早期撤収」を前提として活動していた。
 
 発災後、米太平洋軍は数時間以内に被害調査隊を被災各地に送り、空母エイブラハム・リンカーンなど5隻の空母打撃群と、グアム島から第15海兵遠征隊を乗せた強襲揚陸艦ボナム・リチャードなど7隻の遠征打撃軍を急派した。
 
 浮かぶ倉庫と言われ浄水能力も高い海兵隊の事前集積艦6隻も集め、沖縄から第3海兵遠征軍兵士と工兵を高速艇で派遣した。
 
 緊急支援という軍事作戦に関し、当時のファーゴ米太平洋軍司令官は1月10日、ハワイの司令部の記者会見で「軍だから提供できる支援が必要とされる限り、米軍は現地に留まる。我々は米国民に代わって支援の手を差し伸べることを誇りに思っている」と語った。
 
 米軍の人員は艦上に約1万2000人、タイ・ウタパオ基地のタスクフォース司令部に約1400人、スマトラ・アチェ州等現場に約1000人。航空機は輸送ヘリ、「C-130」輸送機や「P-3C」哨戒機など約90機。病院船を近海に待機させた。病院船マーシー(寝台1000床、手術室12室)は2005年1月11日に現地入りし、活動を開始した。
 
 エイブラハム・リンカーンはアチェ州バンダアチェ沖、ボナム・リチャードは同州ムラボ沖停泊、輸送ヘリが水、食料や医薬品などを艦艇から被災地へ、病人や負傷者を被災地から艦内の医療施設に搬送した。
 
 スリランカ沿岸に対しては、ドック型輸送揚陸艦ダルースを中心に、スリランカ政府の要請に基づき、輸送、医療、工兵支援を実施した。
 
 「国連からの担当官もおり、各国の政府、非政府組織が参加して他国が努力している。米軍は調整にあたり、あらゆる輸送、補給の装備や人員を提供している」と太平洋軍の広報官は言い、ファーゴ司令官も各国軍の協力について、米国とタイが中心の多国間軍事合同演習コブラ・ゴールドなどで「人道支援の演習を繰り返してきたから円滑に実施できることだ」としていた。
 
 現地で米軍派遣部隊の指揮を執っていたのは、沖縄駐留の第3海兵隊遠征軍司令官ブラックマン中将であったが、米軍の撤収間際、タイのウタパオ海軍基地の統合共同調整所で面談した時の彼の言葉は、平時における米軍海兵隊の活用の新しい在り方を象徴する印象深いものだった。
 
 「海兵隊というのはその任務や行動形態から一般的にあまり良い印象を持たれていないが、今回の派遣は被災当初の人命救助が主たる任務であり、結果的にインドネシア国民からも大いに感謝され、兵士にとっても『胸を張って撤収の途に就ける』実に誇らしい任務であった」
 
 そもそも米軍海兵隊は、アメリカ合衆国の法律の規定に基づき、米国の国益を維持・確保するための緊急展開部隊として、海外での武力行使を前提として行動する自他ともに認める外征専門部隊である。
 
 ところが最近、米国はその海兵隊を武力行使のみならず、良好な安全保障環境構築のための公共財として、戦争以外の平和維持活動や国際緊急援助活動などの局面においても積極的に活用することとしている。
 

 もちろん、このことが戦争の最前線での戦闘行動という役割を放棄するということではなく、常日頃、有事対応の厳しい作戦準備を積み重ねているからこそ、平時の多様な任務遂行が即時可能となるということである。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
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 「自衛隊ってすごい!」――。今回の大震災であらためて自衛隊の活動に舌を巻いた人は多いことだろう。被災地で活躍するその勇敢な姿は、被災者のみならず、日本中の希望として各メディアにこぞって報道された。しかし、震災現場で自衛隊が具体的にどのような活動を行う集団なのかということはこれまであまり知られてこなかった。はたして、震災現場や社会における自衛隊の役割とはどのようなものなのだろうか。過日、『ありがとう自衛隊 〜ヒゲの隊長が綴る日本再興奮闘記〜』(ワニブックスPLUS新書)を出版したばかりの元・自衛官、イラク派遣隊長を務めた際は「ヒゲの隊長」のあだ名で親しまれた参議院議員・佐藤正久氏に、知られざる自衛隊の現場について話を聞いた。

――今回の震災における自衛隊の活動で、佐藤議員が一番印象に残っているものはどのようなものですか?

「行方不明者の捜索ですね。この任務は、生存率が大きく下がる最初の72時間が勝負と言われます。震災発生当初はガソリンも供給できず、水や食料も届かないという状況の中で自衛隊が活躍をしました。自衛隊は自己完結性を持った組織のため、食事も風呂もガソリンもすべて自ら賄うことができ、備蓄もある。ただ、今回の震災では被災地域が広範囲に渡り、当初は自衛隊でも物資が足りませんでした。ご遺体を発見してもそれを運ぶ担架すら不足しており、ご遺体を背中に背負って運んだり、ゴム長などもないので、カッパを上から着ただけの状態で海水の中に入っていったりしていました。瓦礫で傷んでしまったご遺体の中には手足がなかったり顔がつぶれていたり、とくに津波では服が脱げてしまうため、裸のご遺体もたくさんありました。そのため、泥だらけになったご遺体を洗ったりすることもあったんです。とても厳しい状況でしたが、そういったご遺体の回収作業ができるのは自衛隊しかいないわけですから、やるしかないんです」

――自衛隊の災害派遣部隊の活動というのは、まず行方不明者の捜索から始まるんですか?

「はい。最初は人命救助、捜索ですね。その際、ご遺体も見つかるわけですから、一番優先順位が高い。同時に後方部隊は食事や水の支援を行います。今回は東北地方に住んでいる500人以上の隊員に出動命令が出ましたが、自分の家族と連絡も取れないまま現地へ向かい、行方不明者の捜索、あるいは孤立者の救出といった任務にあたった隊員も数多くいました。実際に家族が亡くなったり、家が流された隊員もいます。でも、自衛隊員は自分の身内よりも一人でも多くの被災者を救い出し、少しでも早くご遺体を家族の元に戻す、という使命感を持っているんです」

――自衛隊では行方不明者の捜索や瓦礫撤去など、災害派遣のための特殊な訓練もされているのでしょうか?

「あくまで国防のための訓練であり、災害用の特別な訓練をしているわけではありません。訓練には精神面、肉体面、スキル面の3つがあります。まず、精神面は日ごろから鍛えておかないと、いざ任務にあたる時に心が折れてしまいますよね。今回、若い隊員の中にはご遺体を見たことがなかった者も多く、本当につらい状況だったと思います。さらに雪や雨が降る中、かん水しているところに入り捜索活動を行い、戦闘服は2着しかないので次の日もまた濡れた服を着ていかなければならない。食事も被災者の前で食べるわけにはいかないので、場合によってはご遺体を運んだ車の中で食べなければなりません。精神的な強さというのは、現状よりももっとつらい訓練の中で培っておかなけえれば絶対に耐えられるものではありません。

 肉体的な強さについてもそうです。例えば30〜50キロの重い荷物を背負いながら、100キロの道のりを歩くという訓練があります。実際の戦場では体力温存のため、そのような長距離を歩くことはありません。しかし、日ごろから訓練を行っていれば、いざという時に無理が利くようになるんです。

 スキル面もすべて応用です。日ごろから組織として動くという訓練をしておくことによって現場でバラバラにならず、指揮官の命令一つでどのようにでも動ける。自衛隊というのは人数が十分ではないので、駐屯地ごとにそれぞれ専門部隊が分かれています。任務があると、それぞれの駐屯地から必要な隊員をつまみ出してプロジェクトチームをつくるんです。"ミッション・オリエンティッド"とよく言いますが、日ごろからそういう訓練をしておかないと、現場現場のニーズに対応できないんです」

――スキルといえば、今回は原子力災害派遣も行われましたが、原子力についても専門的な知識が必要とされると思います。そういった訓練もされているのでしょうか?

「一部の部隊はそういう知識を持っていますが、ほとんどの隊員は持っていません。ですから、今回も専門的な教育を受けた隊員がみんなに教育をしながら活動を行っています。自衛隊員と言っても、大多数の人は放射能や原子力のことまでは分かりませんから。ただやること自体は日ごろの国防の応用です。ヘリから原子炉への散水や、放射能除染もそうです」

――すべての訓練が応用として現場で生かされているんですね。しかし、そんな自衛隊員でも、精神的にまいってしまうこともあるともあるんじゃないですか? 先日、仙台に行ったときに、自衛隊員の人が「もうつらい」と漏らしていたという話を聞いたんですが。

「今までにないような経験をしていますからね。たとえば、ご遺体にまつわる話ですが、ご遺族の方から探してほしいと頼まれて沼地などにボートや、あるいは胸まで沼に浸かりながら自衛隊員が捜索します。ご遺族はその様子を周りで見ているわけです。ようやく見つかったときに、ご遺体が想像していない状態であっても、自衛隊員はご遺族との対面に立ち会うわけですよね。あるところでは、行方不明だった3歳の男の子のご遺体が自衛隊の捜索で見つかったんですが、ご遺体の状態は直視できるものではなかった。そのご遺体を遺体袋に入れて引き渡すときに、お母さんが『よかったね、自衛隊の人たちが助けてくれたよ。今度生まれ変わって大きくなったら自衛隊に入れてもらおうね』と泣きながら語りかけたそうです。自衛隊員たちはみんなで線香をあげて合掌し、見送ったりするわけですが、そういう場面に何度も立ち会わなければならない。自衛隊員たちにも家族がいるわけですから、やはりつらいものがあります」

――被災地での活躍ぶりを見ると自衛隊員はスーパーマンだと思ってしまいがちですが、人の死に立ち会うということはやはりつらいことなんですね。本書では災害現場での口内炎や便秘といった、自衛隊員の身体的な苦労も語られていますが、他にも病気などに罹ることはあるのでしょうか?

「自衛隊は大"痔"主と言われています。野外で用を足す場合が多いので、痔になりやすいんです。それと、水虫も多いですね。瓦礫を踏み抜かないようなブーツを履いているので足が蒸れやすいんです」

――佐藤議員も自衛官の時代はそういった悩みを抱えていたんですか?

「私は痔は大丈夫だったんですが、水虫は今でもダメですね(笑)。あんな水浸しのところを歩くんだから、直るはずがないですよ」

――自衛隊に対する特別手当が、わずか1,620円ということにも驚かされました。

「そこは言っても仕方がないことですが......。ただ、自衛隊員が一番求めているものは名誉と誇りです。被災者からの感謝の気持ちや、『生まれ変わったら自衛官になりたい』という言葉、それに天皇陛下からの頂いた感謝のお言葉......。自分の身を犠牲にしてでも国のためにというのが自衛隊員の精神的な軸になっています。その見返りはお金ではなく、名誉と誇りなんです」

――震災から3カ月が経過しました。今後、自衛隊はどのような活動を行っていくのでしょうか?

「災害派遣の現場では、行方不明者の捜索は一段落するでしょう。しかし、仮設住宅ができるまでは引き続き生活支援、つまり水と食事の支援が求められます。また、いまだ収束していない福島第一原発事故でもモニタリングや除染などの活動が続いていきます。現場から離れたところでは、今回の災害派遣を踏まえた教訓づくりが行われます。今回の教訓事項を洗い出し、次に反映させる。首都直下型地震や東海、東南海地震などが発生した場合に備え、準備を進めていきます」

――復旧活動を通して、あらためて自衛隊の活躍がクローズアップされています。佐藤議員としては、この状況をどのようにご覧になりますか?

「震災の直後から多くの方々を救出し、ご遺体の捜索にあたるなど大活躍する自衛隊の姿は誇らしく感じています。しかし一方で、自衛隊に対して間違ったイメージを持っている人も多くなっていると思いますね。自衛隊を『災害派遣部隊』と見ている人や、災害派遣専用の部隊として強化すべきじゃないかという議論も出てきています」

――「自衛隊の本来の活動」とはどのようなものでしょう?

「自衛隊の任務には国際貢献や災害派遣もありますが、あくまでも『国防』が中心の軸です。その応用で国際貢献や災害派遣などが可能になるわけで、そちらが中心になってしまったら間違いなく"弱い"自衛隊になってしまうでしょうね」

――最後に、佐藤議員から、現地で活躍する自衛隊員にメッセージはありますか?

「参加されている隊員の方々の汗と想いが被災者の希望になり、安心の糧になります。だから最後まで力と汗を振り絞って活動していただきたいですね」

(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

●さとう・まさひさ

1960年、福島県生まれ。陸上自衛官として国連PKOゴラン高原派遣輸送隊初代隊長や、イラク先遣隊長、復興業務支援隊初代隊長などを歴任。2007年に退官し、現在は自民党参議院議員として外交防衛委員会理事、自民党「影の内閣」防衛副大臣、国防部会長代理などのポストに就任している。
日刊サイゾーより引用
 
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