ミッドウェー海戦研究所

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日本海軍

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USS "New Orleans" (CA-32)
 
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 本日、2012年8月9日(現地時間8日)は、第二次世界大戦中の1942年日本海軍が米、英、豪海軍に対して、ソロモン諸島の戦いで生起した第一次ソロモン海戦にて、日本海軍が勝利してから70周年にあたります。
 
 そこで、本日は昨日に続いて、第一次ソロモン海戦戦勝70周年記念特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。
 
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「第一次ソロモン海戦を知りたい方には、必見の書」
評価 ★★★★★
<目次>
第一部 警報
第1章 「だから奴等はやってきたのだ。そうだろう?」…9
第二部 敵味方の行動検証
第2章 来るべき事件…31
第3章 靴紐作戦…38
第4章 空母部隊出発…62
第5章 「われわれは奴らの寝込みを襲うつもりだ」…94
第6章 艦長が私室に引き上げる…115
第三部 戦闘
第7章 幸運はすべて日本軍に…133
第8章 ボード大佐、好機を逸す…161
第9章 「ワレ友軍ナリ」…174
第10章 「奴らをやっつけろ!」…200
第11章 友情の霊柩艦…220
第12章 幻の戦い…247
第13章 豪巡「キャンベラ」の最後…257
第14章 後始末をつける…272
第四部 この海戦の余波
第15章 ターナーとクラッチレーは最善をつくした…293
第16章 もつれたクモの巣…313
第17章 彼らはあの電報を読めなかった…339
参考文献…366
お礼の言葉…371
著訳者あとがき…373

<書評>
本書は、太平洋戦争中に日米両軍が死闘を演じたガダルカナル島周辺海域、通称「鉄底海峡」で始めて生じた海戦である第一次ソロモン海戦を詳細に研究した戦史ドキュメンタリーです。

この戦史ドキュメンタリーの話題の中心は、ガダルカナル島水域に侵入試みる日本海軍第八艦隊を最初に発見した豪空軍のカタリナ飛行艇が、既存の戦史で発見無電を打たなかったため、米豪海軍が奇襲を受け壊滅的な被害を受けたとされてきた常識を一次資料を用いて、覆した点にあります。

この一次資料を巧みに用いた素晴らしい戦史ドキュメンタリーは第一次ソロモン海戦を知りたい方には、必見の書といえます。
 
 最近、投げやりなレビューが続いておりますが、正直なところほとんどの読者が無反応のため、やる気が失せつつあります。
 
 アマゾンのレビューを書いて解ったことは、正論が通じるほど世の中甘くない。そして前田利家が言い残したように、助けてくれる人は、ごく少数ということですね。
 
 ちなみにYahoo!ブログの軍事カデゴリーで、この記事は非表示設定にされて一般のブロガーの目に触れないようになっています。いい加減、こういう根拠が示されない嫌がらせは止めて貰いたいですね…。
 
冒頭の写真は、ブログ「旧日本海軍・艦艇写真のデジタル着彩」さんの作品「US Navy 〜アメリカ合衆国海軍」より引用しました。
 
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近代化改装後の重巡洋艦青葉型青葉』(昭和16年10月頃)
About Oct,1941The Aoba-class Heavy cruiser "Aoba"after modernization.
 
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 本日8月8日は、第二次世界大戦中の1942年日本海軍が米、英、豪海軍に対して、ソロモン諸島の戦いで生起した第一次ソロモン海戦にて、日本海軍が勝利してから70周年にあたります。
 
 そこで、本日は第一次ソロモン海戦戦勝70周年記念特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。
 
 
 第一次ソロモン海戦をご存知ない方のために、概略を"Wikipedia"より引用しますと、↓
概要
第一次ソロモン海戦(だいいちじソロモンかいせん)とは、太平洋戦争時、1942年8月8日〜9日に日本海軍連合国軍(アメリカ海軍イギリス海軍オーストラリア海軍)の間で行われた海戦。連合軍の呼称はサボ島沖海戦 (Battle of Savo Island)。日本軍艦隊は夜間水上戦闘で連合国軍艦隊を圧倒したが、戦略的な勝利に結びつけれられなかった。
 
 第一次ソロモン海戦の詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"Wikipedia"の項目や下の動画をご覧下さい!
 
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「身びいきが酷すぎます」
評価 ★★★
イメージ 2<目次>
はじめに Introduction 4
年表 Chronology 8
開発と発展の経緯
Design and Develoment 10
アメリカの条約型重巡洋艦
US NAVY TREATY CRUISERS
米海軍の巡洋艦運用方針
US NAVY CRUISERS DOCTRINE

日本海軍の条約型重巡洋艦
IMPERIAL NAVY
TREATY CRUISERS
日本海軍の巡洋艦運用方針
IMPERIAL NAVY
CRUISERS DOCTRINE

対決前夜 The Strategic Situation 22
技術的特長 Technical Specification 26
 米海軍巡洋艦 US NAVY CRUISERS
  ペンサコラ級 ノーサンプトン級 ポートランド級 ニュー・オリンズ級
  ブルックリン級/セント・ルイス級
 日本海軍の条約型重巡洋艦 IMPERIAL NAVY TREATY CRUISERS
  古鷹型/青葉型 妙高型 高雄型 最上型
乗組員 The Combat 44
 米海軍:巡洋艦乗組員 US NAVY CRUISER CREWS
 日本海軍:巡洋艦乗組員 IMPERIAL NAVY CRUISER CREWS
戦闘開始 Combat 53
 【第1次ソロモン海戦(1942年8月8〜9日)】
 【サボ島沖海戦(1942年10月11日)】
統計と分析 Statistics and Analysis 69
戦いの余波 Aftermath 75
参考図書 Bibliography 78

※上の目次は、3Pにある目次に評者が副題を追加しました。

<書評>
 本書は、第2次世界大戦時に日米両海軍がガダルカナル島周辺海域で重巡洋艦を主兵力として戦った海戦である第1次ソロモン海戦とサボ島沖海戦を分析した本です。

 本書の概略を述べると、著者のスティル・マーク氏がアメリカ海軍退役中佐であるため、米海軍への身びいきと言葉の壁から生じていると思われる日本海軍への無知、さらに読者層が英語圏の人々のため読者層に媚びた記述、つまり戦勝国の人々が過去の栄光に浸ることを目的とした記述が多々見られる研究書となっています。

 例えば、47Pのサボ島沖海戦及び第3次ソロモン海戦で指揮を取ったノーマン・スコット海軍少将に対する評価は、その際たるものと言え、お世辞にも優れた指揮を取った言い難いスコット海軍少将への高評価は、本書を読む際の注意すべき傾向としての指針として、注目すべきでしょう。

 この傾向は、他の部分でも遺憾なく発揮されており、本書の「技術的特長」で「第2次世界大戦前に建造されたアメリカの重巡洋艦としはもっとも洗練されていた」と賞賛されている米海軍のニュー・オリンズ級重巡洋艦ですが、第1次ソロモン海戦後の米海軍の調査報告では、「我々の軍艦は、戦うために作られていなかった」と痛切な文字が並んでいたと記憶しています。これは、第1次ソロモン海戦で戦没した米重巡洋艦「アストリア」が、幾つかの缶室と機関が無事だったにもかかわらず、甲板上で艦載機用のガソリンタンクに引火し、その火炎が吸気口から機関部へ進入し、機関員が脱出を余儀なくされ動力が途絶。消化不能に陥り火災の為すがままになった事実からも解るように、多くの問題を米海軍の重巡洋艦は抱えていたと考えられていますが、その点には、一切触れられていません。

 また、日本海軍の記述でも幾つか疑問点が存在します。

 「日本海軍:巡洋艦乗組員」では、「動きが悪い兵員は、(中略)士官からも直接体罰を受けることが多かった」とありますが、「軍艦長門の生涯」によると当時の日本海軍では士官が兵員の教育に直接口を出すことは不文律で禁じられており、逆にそれが下士官から兵員への虐待行為を止めることができなかった原因でした。これは明らかに当時の日本海軍の常識でしたが、言葉の壁のせいか常識を本書の著者は理解していなかった模様です。

 また、51Pの第1次ソロモン海戦の指揮を取った三川軍一中将への評価で米輸送船団を攻撃しなかった点に関して「柔軟性に欠ける」としていますが、当時者の証言によると、三川中将は再突入の意思があったものの、先任参謀の神重徳大佐の意見に引きずられて、再突入を断念しており、この「柔軟性に欠ける」との評価は、強い疑念を抱かざるを得ません。

 このような幾つかの問題点を孕んだ本書への評価は低くならざるを得ず、基本的に本シリーズに対して好意的な評者でも星3つを付けるのが限界でした。
 
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冒頭の写真は、ブログ「旧日本海軍・艦艇写真のデジタル着彩」さんの作品「重巡洋艦『青葉』 Heavy cruiser Aoba 1941」より引用しました。
 
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 本日8月7日は、1942年に アメリカ軍がガダルカナル島に上陸し、ガダルカナルの戦いが開戦してから70周年にあたります。
 
 そこで、本日はガダルカナルの戦い開戦70周年特集としてアマゾンの軍事関連商品の評価を行う予定でしたが、仕事が多忙で明日の第一次ソロモン海戦にお送りします。m(__)m
 
 そこで、本日はガダルカナルの戦いであまりにも著名な空中戦の動画を取り上げて、お茶を濁します!
 
 ガダルカナルの戦いをご存知ない方は、リンク先の"Wikipedia"をご覧下さい!
 
 
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戦艦『長門』(昭和19年10月21日 ブルネイ泊地)捷一号作戦出撃準備中
Oct.21,1944:Battleship "Nagato" at Brunei.
 
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 本日7月29日は、1946年日本海軍戦艦長門』がアメリカ軍の核実験であるクロスロード作戦で標的艦として沈没してから66周年にあたります。
 
 そこで、本日は戦艦長門』沈没66周年追悼特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。
 
 書評の対象は「戦艦「陸奥」沈没69周年特集」で取り上げた軍事雑誌『丸 2012年4月号』特集「長門&陸奥 大艦巨砲主義の世紀」再書評です。
 
 戦艦長門をご存知ない方のために、概略を"Wikipedia"より引用しますと、↓
概要
軍艦 長門(ながと)は旧長門国を名前の由来に持つ日本海軍戦艦で、長門型戦艦の1番艦である。第二次世界大戦前は日本海軍の象徴として親しまれた。敗戦後は米軍に接収され、原爆実験に供され沈没した。
 
 完成当時の1920年(大正9年)では世界最初であり、かつ最大口径の16.1インチ(当時日本はメートル法を採用していたため実口径は41cmちょうど)主砲と[2]、当時の戦艦の中では非常に高速である26.5ノット(公試26.443ノット)の機動力を持つ高速戦艦で[3]、世界の軍事史や軍艦史にも大きな影響を与えている。
 
 2番艦の「陸奥」と共に各国海軍から注目され、大艦巨砲主義が最盛期をむかえていた列強海軍の熾烈な建艦競争にワシントン海軍軍縮条約による一定の歯止めを与えるきっかけとなったのも本艦であった。
 
 完成後に連合艦隊旗艦となり、第二次世界大戦後に有名になった大和型戦艦大和」が戦中は存在そのものが極秘だったこともあり、戦前と戦中には長門・陸奥こそが日本海軍を代表する戦艦として国民から親しまれ、太平洋戦争開戦後の1942年2月までは連合艦隊旗艦として連合艦隊司令長官 山本五十六大将が座乗していた。
 
 太平洋戦争中は「大和」「武蔵」に次ぐ主力艦として温存され、終戦まで稼動可能な状態で生き残った唯一の日本戦艦である。
 
 戦艦長門長門型戦艦の詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"Wikipedia"の項目か、下の動画をご覧下さい!
 
 
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「冒頭から驚きで満載です」
評価 ★★★★★
この軍事雑誌「丸」の特集では、長門と陸奥が取り上げられています。その目次は、以下の通りです。

特集 大艦巨砲の世紀 長門&陸奥
特集ギャラリー レイテ沖海戦後の「長門」―39
太平洋を睥睨した「7号戦艦」の全貌 兵器研究家 小高正稔―72
日米英「16インチ巨砲」開発レース 砲熕兵器研究家 国本康文―82
アーマー・テクノロジーを解剖する 兵器研究家 小高正稔―88
サマール沖に轟いた「長門」の咆哮 兵器研究家 大塚好古―92
国民的アイドル戦艦「陸奥」の生涯 軍事ライター 坂本雅之―98
海上の覇権を争ったリヴァイアサン 軍事ライター 宮永忠将―98
"DD「ながと」誕生計画"のif 機械技術史家 吉原幹也―108

冒頭の『特集ギャラリー レイテ沖海戦後の「長門」』では原勝洋氏から提供された初出のレイテ沖海戦から帰投後の11月26日に撮影された長門の損傷状況を示した写真が掲載され、もう新発見の「長門」の写真は無いと考えていた評者は、冒頭から驚きました。

「太平洋を睥睨した「7号戦艦」の全貌」では、これまた新たに発見された平賀譲アーカイブの資料を元に戦艦「長門」の実像に迫っています。次に「日米英「16インチ巨砲」開発レース」と「アーマー・テクノロジーを解剖する」で、戦艦「長門」のハードウェアの解説を行っています。

一部の軍事好事家から不評な仮装戦記を思わせる題名ではありますが、意外に読ませる記事が「”DD「ながと」誕生計画”のif」です。内容は、戦後の軍事技術の変遷を辿っており、軍事雑誌「丸」に相応しい記事となっています。
 
 明らかに内容が不足していますので、近日中に加筆する予定です。
 
 上のアマゾンに公開したレビューにご賛同いただける方で、アマゾンの「このレビューは参考になりましたか?」の項目に「はい」にクリックをお願いします!
 
 レビューへの賛同を頂けるとより多くの人にアマゾンでのレビューが見られる仕組みになっております。
 
冒頭の写真は、ブログ「旧日本海軍・艦艇写真のデジタル着彩」さんの作品「戦艦『長門』 Battle Ship NAGATO 1944」より引用しました。
 
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上の画像は、鹵獲時の古賀一飛曹の零戦を再現したと思われるイラスト
 
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上のイラストは、古賀一飛曹の零戦を米軍が修復した1942年9月20日時点での一番最初の塗装を再現したイラスト。
 
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 本日、2012年7月11日(現地時間10日)は第二次世界大戦1942年アラスカ準州アリューシャン列島アクタン島に不時着した零式艦上戦闘機いわゆるアクタン・ゼロが、アメリカ軍に発見されてから70周年にあたります。
 
 そこで、本日はアクタン・ゼロ発見70周年特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。書評の対象は『古賀一飛曹の零戦―太平洋戦争の流れを変えた一機です。
 
 アクタン・ゼロをご存知ない方のために、概略を"Wikipedia"より引用しますと、↓
 概要
 アクタン・ゼロ: Akutan Zero、あるいは古賀のゼロKoga's Zero〉、アリューシャン・ゼロAleutian Zero〉とも呼ばれる)は、第二次世界大戦中にアラスカ準州アリューシャン列島アクタン島に不時着した三菱零式艦上戦闘機二一型(製造番号4593)のアメリカ軍における呼称。1942年7月にほとんど無傷のままアメリカ軍に回収され、大戦中アメリカ軍が鹵獲した初めての零戦となった。回収後、機体は修理され、アメリカ軍テストパイロットによってテスト飛行が行われた。結果、アメリカ軍は大戦を通して大日本帝国海軍の主力戦闘機であった零戦に対抗する戦術を研究することができた。
 
 「アクタン・ゼロの詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"Wikipedia"の項目や下の動画(NHKの番組ですから話半分程度の無いようですが。w)をご覧下さい!
 
 
 
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「古賀一飛曹の零戦の価値とは
評価 ★★★★★
イメージ 3<目次>
序文 6
謝辞 11
プロローグ 14
第一章 空気力学上の不可能 17
第二章 零戦の設計過程 29
第三章 息の長い零戦 39
第四章 真珠湾での零戦 55
第五章 第一次ダッチハーバー襲撃 75
第六章 ミッドウェイ海戦での零戦 89
第七章 嵐の中の日本艦隊を追って 107
第八章 失われた古賀の零戦 119
第九章 古賀の零戦の発見と修理 135
第十章 再び飛んだ古賀の零戦 149
第十一章 古賀の零戦の重要性 167
エピローグ 174
付録 零戦対米戦闘機 186
古賀一飛曹の遺体を追って 204
あとがき 212
参考文献 214

<帯紙の紹介文>
太平洋戦争は零戦がなければ始まらなかった、とさせいわれている。
緒戦、無敵を誇った零戦が、開戦後六ヶ月目に米軍に捕獲され、あらゆる角度からの徹底的な調査が研究調査によってその秘密のベールが明らかにされてゆく。防御を徹底的に廃し運動性能を最優先とした零戦の性能に驚きながらも、彼らは冷静に対向策を構築していった。次第に劣勢になってゆく零戦と歩みを同じくして追い詰められてゆく日本軍。
アリューシャン列島アクタン島に不時着した古賀一飛曹の零戦を軸に、アメリカから視た零戦の栄光と挫折をあらわにする戦記ドキュメント。厖大な証言をもとに迫る、ノンフィクションだけが持つ迫力の太平洋戦争裏面史。

<書評>
 本書の原題は、"CRACKING THE ZERO MYSTERY"。直訳すると「ひび割れたゼロ」で、本書は、第二次世界大戦中の1942年6月、古賀忠義(こがただよし)一等飛行兵曹が搭乗する三菱零式艦上戦闘機二一型(製造番号4593)が、ミッドウェー攻略作戦の陽動として、6月4日にアラスカ準州アリューシャン列島のウナラスカ島ダッチハーバーを攻撃中に被弾し、アクタン島にて不時着に失敗。7月に発見され、ほとんど無傷のままアメリカ軍に回収し、調査した話を詳細に綴った戦記ドキュメントです。

 本書の詳細に目を転ずると、第一章から第七章までが零戦の開発から開戦を経て、古賀一飛曹の零戦が、ダッチハーバーを攻撃するに至った経緯をアメリカの読者向けに説明しています。この内容は、日本人読者には目新しい部分が少ない部分もありますが、アメリカ人から見た太平洋戦争や第七章で触れられているダッチハーバーでの米軍の詳細を知る上で、興味を惹かれる内容となっています。

 そして、第八章から本題の古賀一飛曹の零戦鹵獲の話がメインになります。本書の著者ジム・リアドン氏は第二次世界大戦中に17歳で米海軍に志願し、駆逐艦“ラバリング”の乗組員として太平洋の各地を転戦した経歴から、多くの米海軍軍人の知遇を得ており、また本書の初版が出版された1993年6月4日時点で、日米の関係者ほとんど存命しており、その関係者の証言や調査内容は、極めて貴重なものとなっております。

 現在、ネットの普及と一次資料のネット上での公開によって、「付録 零戦対米戦闘機」と重複する部分をネットで読むことが出来ますが、本書では関係者の個人的なメモや証言を元に古賀一飛曹の零戦の発見と米軍での調査を再現しているため、ネット上の情報の追随を許さない内容となっています。

 本書での古賀一飛曹の零戦から得られた情報の価値に関しての評価は、第十一章で極めて高かったという立場をとっています。この点に関しては、関係者や歴史家の意見の分かれるところですが、古賀一飛曹の零戦から得られた情報の価値に関して最も公正な評価も本書に掲載してあります。

「もし我々がアクタンの零戦を手にしたことによってアメリカ人パイロットの命が、たとえ唯一人であっても救うことが出来たのであれば、それはそれだけでも本当に価値のあった事なのではないだろうか。」
古賀一飛曹の零戦を発見したPBY機のパイロット、ビル・シーズ退役海軍大佐の証言
 
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