台媒:日本民?的优良素质遭无能政府贱用!台湾の雑誌「今週刊」は、「優秀な日本人が、無能な日本政府に苦労させられている」という内容の記事を掲載しました。 http://taiwan.huanqiu.com/opinion/2011-03/1573612.html ざっくり ・日本は災害に起きても冷静に対応しててすげえ ・避難誘導とか電車とかもすげえ ・マスコミもCM止めてまで災害情報流しててすげえ ・内閣の対応の遅さに非常にびっくりしてるすげえ 最後、日本人は優秀だが、政府はとびっきり無能だった! 3/17 福島原発の現状と、今後予想される危険〜後藤政志さんニュースの深層3/17(木)「福島原発事故 メディア報道のあり方」1/3ニュースの深層3/17(木)「福島原発事故 メディア報道のあり方」2/3ニュースの深層3/17(木)「福島原発事故 メディア報道のあり方」3/3・電源を回復させないと水が循環せず冷却できない。放水では焼け石に水。 ・原子炉の下には複雑な制御棒や配管や配線がある。これはTV解説者は知らない。 ・海水注入は水分が蒸発して大量の塩が出て配管やバルブに塩が固着して詰まっている状態。 ・電源とポンプが回復しても冷却は困難。 ・現地の東電スタッフは、既に生死に関わる量の被爆をしている。 ・TV解説者はパニックを押さえる事ばかりで、本当の事を話していない。 ・1機の原子炉が逝けば人間は近づけなくなる。つまり他も冷却が継続できなく結果6機が逝く。 ・6機全てが完全に冷却できるには全て成功する必要があり、その可能性は低い。 ・最悪の事態が起きたら1週間で日本全土が放射性物質で覆われる。雨が降れば地面に落ち水と野菜も汚染される。 ・最悪を想定し、被害を最小限にする措置を検討する段階。 ・セメントで固める事も検討し、全国のセメント屋に手配すべき。 ・東電は無知なので対応能力はない。ド素人の保安員、政治家達が集まっても意味がない。スリーマイルの対応より悪い。 ・現地には原子炉を設計した日立と東芝のスタッフを集めて対応するべき。 ・「健康に被害がない」は嘘。放射線物質が飛んでいる状態。 ・生活比較で現在言われている単位は『シーベルト/年』。発表しているのは『シーベルト/時間』。これを誰も指摘しない。 ・CTスキャンは『放射線』。飛んでくるのは『放射線物質』。放射線物質を吸い込めば、体内で長期間被爆する。 ・400ミリシーベルトは年間被爆量の350万倍。 ・福島県内は大量に汚染されている。 ・『直ちに健康に影響は出ない』という表現は許しがたい。ガンは数年後にも出る。 ・ドイツ人が解析した放射線の移動シミュを日本が公表すべき(http://www.spiegel.de/wissenschaft/natur/bild-750835-191816.html) ・全国の原子力発電所がなくても大丈夫。真夏の最大使用時でも火力と水力だけで賄える能力がある。日本の原発17機全て止めた事もある(停電なし)。 塩でバルブが閉まらない、完全に一致 http://hissi.org/read.php/newsplus/20110315/WkJtSnFOeHVP.html 福島第一原発正門付近、15日にも中性子線検出2011年3月16日16時12分asahi.com東京電力は16日、福島第一原発の正門付近で15日にも中性子線が検出されたことを明らかにした。モニタリングカーによる計測で、15日午前1時30分と同40分にそれぞれ、1時間当たり0.02マイクロシーベルト、0.01マイクロシーベルトの中性子線を検出したという。 中性子線は同原発3号機が水素爆発を起こした後の14日にも検出され、再び検出できないレベルになっていた。 中性子線は核分裂が起きた時に出てくるが、検出の原因は不明。 さて・・・何が真実で何が嘘なのか・・・ マジでわからなくなって来た・・・
|
台湾
[ リスト | 詳細 ]
|
台湾の黄昭順・立法院委員は14日までに同委員事務室の趙志勲主任を解任したと発表した。趙元主任は、日本の東北・関東地方で11日に発生した大震災と尖閣諸島の問題を絡め、インターネットで「助ける必要はない」、「日本人は犬だ」などと表明し、非難が集中していた。立法院委員は台湾の「議会議員」に相当する。委員の事務所主任は「議員補佐」の役職。中国新聞社が報じた。 趙元主任は12日、インターネットで「なぜ、日本人を助ける必要があるのか。釣魚島(尖閣諸島の中国側呼称)をまず考えるべきだ」との意見を表明した。「軍を釣魚島に出動させるチャンス」とのコメントが寄せられると、さらに「東京を攻めて、数千万人を殺してやりたい」、「訂正。殺すのは日本の犬どもだった」などと書き込んだ。 同書き込に対して、非難の書き込みが殺到した。趙元主任の上司にあたる黄委員に対しても「選挙の時に、1票を使って制裁を」などの批判が寄せられた。 黄委員は趙元主任の解任を発表し、取材に対しては「心が痛む。社会各界の皆さんにお詫びする。日本の被災者の皆さんにお詫びする」などと、謝罪の言葉をひたすら繰り返したという。(編集担当:如月隼人) http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0314&f=national_0314_088.shtml
|
|
台湾と日本で新しいアジアの時代をつくろう
台湾は中国の一部ではない〜李登輝元台湾総統インタビュー(最終回)
2011.01.03(Mon)
(1)からの続き
日本においては「李登輝友の会」というのがありましてね。2006年に山口県周南の児玉神社に私が書いた扁額が納められました。友の会の支部から児玉神社に書いてくれと言うてきましてね、それで書いたんですよ。(同神社には4代台湾総督・児玉源太郎が祀られている)
一昨年(2008年)には松島の瑞巌寺に、「奥の細道」ゆかりの土地を歩いたときに私と家内の歌った句が碑になって芭蕉の脇に建てられました。ノーベル賞をもらった以上の名誉だと思ったな(笑)
私の現在の考えと実践を整理してみると、東西文明の融合と中華思想の精神的束縛からの解放という経験を得て、日本人と台湾人の中国からの精神的自立によって国交なき日台関係を心の絆に結びつける、これによって日本と台湾の主体性、アイデンティティー形成に寄与するという意図が働いています。
日本が主体性を獲得するためにこれから変わらなくちゃならないのは、日本人が精神的に解放されるのが、まず第一です。
日本はいま心理的に閉鎖状態に置かれておるんです。これは第2次世界大戦に負けたという事実が、日本人をして精神的な鎖国に入らしめている。これをなくさないといけない。
台湾も無血革命の明治維新を経験した なくすにはどうするか。心理的ないろんなファクターを取り除く必要があります。それによって日本人が精神的に解放され、中華思想の呪縛から精神的に自立できる。
台湾では台湾経験がこれをもたらしました。厳しい独裁政治の中で、平和的な方法で血も流さず、民主的な自由な形の政権に変えてきた。
これはそれまでの政治学や社会学で言えば、こんなやり方でやることではない。政治改革とは、革命によって血を流して、社会をひっくり返してやるというのがそれまでの考え方ですよ。
坂本龍馬もあまり血を流さなかった。鳥羽伏見の戦い、蛤御門とあることはあったけど、全国的な問題はほとんどありませんでした。それでも明治維新が出来上がった。
台湾もそのようにして政治改革をやり遂げました。ところがこの経験以外に、いまの台湾には国際的な地位がない、法的な地位が与えられていない。
だから台湾は「国」として、ほかの国との間に公式な外交を結ぶというのが非常に難しい。でもそれで私は総統として、歩き回っていろんな実質外交をやってきた。このような考え方は常識的な考え方からは出発できないですよ。
これが私の台湾経験。この「台湾経験」というのはちょっと難しい概念だけれど、台湾における純粋経験です。
純粋経験というのは、西田哲学の『善の研究』で言われているのは、主観と客観が分裂する以前に、見たそのものから直感を得る、主観客観を離れて直感的に物事をとらえて、とらえたこれから何かを進めてやっていく。
こんな考え方はいまは当たり前ですがね、昔はこんなことは誰も考えていなかった。台湾経験については、東京外語大の井尻(秀憲)教授が『李登輝の実践哲学 五十時間の対話』の中で書いております。
いま中国と台湾の間にはECFA(海峡両岸経済協力枠組協定)というヘンテコな協定があります。(2010年6月締結)
台湾を中国と同一視するのは蔑視以外の何ものでもない イギリスが香港を放棄したとき中国はCEPA(中国本土・香港経済連携緊密化取り決め)を作って、ポルトガルがマカオを放棄したときにももう1つCEPA(中国本土・マカオ経済連携緊密化取り決め)を作って、これらは全部「一中市場」だとしました。
ECFAで中国は台湾に一中市場に入れ、台湾も一中市場だと言っています。
台湾は国際的にはWTOのメンバーですよ。一中市場に入るということは、台湾の主権を無視することなんだ。
台湾と中国が1つの市場を中心にして経済協力をやっていったらば、台湾の労賃は下がります。サラリーも下がります。お金持ちはお金持ちになるが貧乏は増える、失業者が増える。
これは台湾を非常に侮辱したやり方ですよ、台湾と中国の関係が非常に悪くなる。こんなことはやめなさいと私は言うんです。こんなことをやるよりも、ECFAを凍結してFTAをやればいい。
FTAもECFAも自由貿易協定で同じじゃないかと言うかもしれませんが、ECFAは一中市場でしょ、「ひとつの中国」の市場でしょ。
ところがFTAは全世界を中心にした考え方だから、台湾の主権は依然として台湾が握っている。一中市場に入ると台湾は主権を失ってしまいますよ。
台湾がここまでやってきた、いちばん大事なものは何か。台湾は民主国家であるということです。台湾2300万人の人民が主権を握っているんです。
いまの国民党政権は中国大陸と台湾をなんとか結びつけようと考えていますが、あと2年、2012年には総統選挙があります。総統が台湾のために働かなかったら、われわれは本当の台湾の人を総統に選びますよ。
そういうような制度が出来上がっているのだから。台湾は民主国家なのだから。
――インタビューの最後に、日本のみなさんに一言いただけますか。
台日が協力し合い、アジアや太平洋の新楽章をつくりましょう。
私は、台日両国がアジア太平洋地域の自由と平和の共同戦略の促進につながり、確実に台日両国の経済、政治、軍事、文化の各領域において全面的な協力体制を強化でき、ともにアジア太平洋の歴史に新たな楽章を書き加えることができることを願っています。
(了)
第1回「台湾は日本が近代国家に育てた」
第2回「国民は二の次になった日本の政治家」 第3回「台湾と日本で新しいアジアの時代をつくろう」
|
|
台湾と日本で新しいアジアの時代をつくろう
台湾は中国の一部ではない〜李登輝元台湾総統インタビュー(最終回)
2011.01.03(Mon)
第1回「台湾は日本が近代国家に育てた」
第2回「国民は二の次になった日本の政治家」 第3回「台湾と日本で新しいアジアの時代をつくろう」 マット安川 李登輝閣下は日本統治下の台湾に生まれ、敗戦によって日本が台湾統治を放棄するまで「日本人」として生き、次いで中華民国の「中国人」として生きてきました。しかしその実は、「台湾経験」に裏打ちされた強烈な自意識を持つ確固たる「台湾人」です。
混迷を深める日中関係そして東アジア情勢を、日本と中国互いの隣人として、同時に当事者として捉えられる稀有な人物であると言って過言ではないでしょう。
船頭がどこへ向かおうとするのか一向に見えないばかりか、そもそも船頭がいるのかさえ疑われる日本は、いまこそ閣下のことばに耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
かつて日本には国家百年の計があり、それを支える教育政策があった。ことばの端々からそのことがうかがわれたインタビューの最終回。日本への力強いメッセージが語られます。
日本人はなぜ中国にぺこぺこ頭を下げるのか李登輝 日本においては指導者のリーダーシップの不在というようなことが言われますが、アメリカが何か言うたびに「Yes, Yes」とか、ことあるごとに中国に頭を下げる必要はないんですよ。
私が分からないのはね、いまの日本の政権を握った人たちは、なぜどの人もこの人も中国に対してペコペコ頭を下げているのか。これだけ実力のある国が・・・でしょ?
田中(角栄)・大平(正芳)以降、この状態がクセになっちゃっている。(日本は田中首相・大平外相のときに台湾との日華平和条約を廃止し、日中国交正常化を実現させた)
しかし考えてみれば、やっぱりアメリカは国際的に一番力があるし日米同盟もあるし、将来における西太平洋の主導権を誰が握るかという問題もある。
やはり日本、台湾、アメリカの関係をうまく維持するように、昔のクラシカルな連中が考えるようなやり方ではなくて、自由諸国、民主主義諸国がお互いに平和的にやっていく方向で解決しなくちゃならないんです。
日本にもそういう外交官が出てきて、アメリカとこういうことをちゃんと話し合う。それにはまず第一に、総理が非常に大事です。総理がこういう気持ちでアメリカと話し合う。
アメリカとはそれができるはずですよ。アメリカ人は日本の文化を尊敬しているんだ。
オバマ大統領が日本を訪れて天皇陛下に会ったとき、彼は天皇陛下に90度の最敬礼を挙げたでしょ。その後で中国に行ったときには、そんなことはやっていない。
もともとアメリカ人の知識分子は中国に対して好意的である、これは間違いありません。アメリカ知識人の考え方は非常に中国に同調しているでしょ。
これは中国が諸国から圧迫されてあちこち占領されていた時期、出遅れたアメリカはどこにも入っていけなかった。だから機会均等、門戸開放を呼びかけた。これが中国に対しては中国に味方すると言ったんだな。
このような考え方が深く入り込んで、アメリカ人は中国にある程度味方をしている。
オバマが天皇陛下に頭を下げた理由 そんな中で、なぜオバマは天皇陛下に最敬礼したのか。
オバマはアメリカで大統領になった最初の黒人ですよ。黒人がアメリカでやっと大統領になれた。アメリカはすでに黒人に大統領をやらせないとうまくいかないところまで来ている。
そのかわりオバマは苦労してきた。例えばキング牧師、私が非常に尊敬している牧師ですけどね、私がアメリカにいたときに暗殺されました。そんなふうに黒人はアメリカで苦労してきた。
オバマは恐らく心の中では、いろんなことを考えているんですよ。その彼が天皇陛下に対して90度頭を下げたのは、私に言わせると日本文化に対する尊敬ですよ。
天皇陛下は日本の文化を代表する、そして日本にはこういう文化がある、この文化に対するアメリカ人の、黒人としての尊敬ですよ。
日本の新聞、雑誌、テレビはこのことについて何も言わないけれども、これを日本ははっきり知らないといけない。
オバマの後で、習近平が日本にやって来て天皇陛下に会いましたね。ああいう若者がああいう態度を取るというのは、日本を見くびっているんですよ。それがオバマと違うところ。
中国人の日本に対する考え方を、あんがい日本は知らないんですよ。中国人の中に深く入ったことがないから。
私は22年間、「日本人」でした。日本の教育を受けて日本の生活に入って、軍隊にも行ったしいろんなことをやっている。
そして今度は「中国人」として中国社会に入ると、中国人とは何か、北京政府が何を考えているか、台湾における中国人が何を考えているか、われわれには分かりますよ。
習近平は日本を見くびっている 彼らは現実的ですよ、ものすごく。
習近平が今までどこにおったかご存じ? 福建省(大陸の台湾対岸)の主席ですよ、だから彼は台湾のことをよく知ってる。
ものすごく現実的で、日本を見くびっていて、台湾のことをよく知っている。こういう人物が胡錦濤の次の指導者になるんです。
こういうところでも私は、日台関係を将来どうすべきかということを考えなくちゃならないんです。
日台関係で私が言うのは、心と心の絆を築き上げろということ。いまだんだんと、そういう状態が出てきております。台湾龍馬会もそうですし李登輝学校もそうです。
(2)へ続く bpress.ismedia.jpより引用
|
|
国民は二の次になった日本の政治家
武士道教育に力入れる〜李登輝元台湾総統インタビュー(2)
2011.01.01(Sat)
(1)からの続き
商業銀行に外貨のまま預金させた 外国が台湾元をどんどん買いにくる、その外貨を中央銀行に持っていかせず外貨のまま商業銀行にとめておく。そうするとお金が外貨でとまっているし利息も外貨。台湾ではインフレーションは起こりませんでしたよ。
1997年のアジア通貨危機でも台湾は何も起こりませんでしたよ。なぜかというと簡単なことで、そのときは1ドル28圓だったのをどんどん下げさせたんです。
当時台湾は売ってばかりでした、2週間で200億売ったんだな。中央銀行の総裁が困っちゃってね。行政院長(首相)と財政部長(財務大臣)、中央銀行の総裁を自宅に呼びました。
総統は中央銀行の政策の監視をなかなかできるものじゃないんです。それで私が彼らに話したのは、政策の話をするんじゃないんだと、まずお互いに考え方を変えましょうと。
まずお金というのは何に使っているかと聞きました。いままでお金は支払いのときのアカウントユニットとして存在していた。このアカウントユニットそれ自体をいつも確実な数字に収めておけば、国はインフレーションにならなかった。
お金はアカウントユニットから商品に変わった これは昔のことなんだ、金本位制度の時代はそうだった。いまは金本位制度は捨てられた。だからいまの貨幣というのは何だ、いまは商品だよと言いました。
お金でお金を買ってるでしょ。デリバティブとかへんてこなファンドを作って、それで世界が動いているでしょ。
アメリカのいろんな債権ね、最後は債権にして売り回って、そんなものを買って結局2008年のリーマン・ショックでものすごい打撃を受けたんでしょ。
私はそのとき、お金はモノだから、お金でお金を買うんだから、為替レートを28圓に収めることはないよ、どんどん落とせ、34〜35圓まで落とせと言いました。
実際そこまで落ちていって、そして台湾はなんともありませんでした。こういうことは非常に弾性的に考えなくちゃならないことなんですよ。
大筋を決めてから討論させる この会議の後で建議を出させてね、部長とか副総統とかいろんな人間を全部集めて全員で討論したんです。もちろん最後の結論は私が出して、結論を出した後で持って帰りなさいと、いまの結論を持ち帰らせて、それを修正して行政院で発表させた。
そうすると、それは総統一人の考えじゃなくて、財政部長が出してきた政策ということになるんです。そして安全会議で決まったものになる。
それは私が責任を逃れるというのではなくて、部下に権限を与えることなんです。彼らの考え方、全員が一致した考え方を持ったということなんです。
もう1つ、私が総統のときにしたことをお話ししましょう。
1990年の9月21日に大地震が起こったでしょ(台湾集集地震)。この大地震は私「救災日記」というのを書いて、これはPHPで日本語に翻訳されました(『台湾大地震救災日記』)。
100年ぶりの大震災に直面して何をしたか 「救災日記」の内容を言いますとね、9月21日の台湾大地震は100年内のいちばん大きい地震で、この大地震が起きたときは夜中の1時47分でしたけども、私はまだ寝ていませんでした。台北でひどく揺れた。
すぐ私ね、侍従長にこの地震はどこで起こっているか、どんな程度か、どんな状態か調べてこいと、と同時に参謀総長にこの状態を知らせろと指示を出しました。
1時間足らずですぐ電話がきて、これは日月潭の西(南投県集集鎮の)ふたつの山の間が震源地であると。それが分かったから命令を出しました。参謀総長に、明日の朝6時に軍隊を全部派遣しろ、各村に指揮所を置け、そしてそこから救済に当たれ、被災者を救いなさいと。
そのとき私は総督府に顔を出す予定だったんです。それから災害地に出発する。ところが総督府の前に来たら、これじゃあ時間が遅れるということで、直接松山(台北松山空港)に行って飛行機に乗って台中に行きました。
そこから車で現地へ向かったんだが、道が崩れていて入れない。それでヘリコプターに乗り換えて被害の中心地を見に行ったわけです。
小池百合子から神戸の仮設住宅を寄付するとの申し出 いろんなところを見て回って、死者は2300人という報告だった。(台湾行政当局の最終発表では、死者:2,415人/負傷者:11,306人/行方不明者:29人)
2300人を処理するにはどうしても3日間はかかるということでした。しかし3日間のうちに死者をうまくおさめないと、9月で暑いからたいへんなことになってしまう。
その夜に小池百合子が電話してきてくれました。そして私に神戸の仮設住宅を1500戸あげたいがどうだと言う。たいへんに嬉しいことです。翌朝すぐ小渕(恵三)総理と話をしてくれて、結局1000戸くれるということになりました。
翌日私は、東勢というところに昔陸軍病院があった場所を整理して、軍隊の主導で仮設住宅を置くように命令しました。
3日間の間に死者をうまく全部処理しましたよ。棺おけが足らないから軍隊から戦死者を入れる袋を借りてきて棺おけの代わりにしたり、台中だけじゃ焼き場が足らないから台南とか遠いところの焼き場まで持っていったり。
現金を持って被災者に配り歩いた こういうことを3日間やった後で、今度は被災者の救済に取り組みました。初めて緊急法というのを作ってね。すべての法律を排除して、この方法で被災者を助けなくちゃいけないという緊急法というのを作ったんです。
ところがこんなことをやってもね、いざとなったら行政面で迅速にできないんだ。政府は被災者の救済に2000億のカネを出すことを決めたんだが、その2000億のお金がいつ人民の手に届くか。2〜3カ月もかかるんですよ、だいたい。
そんなに待っていられないんだよ。田舎ではいますぐお金がほしくて、何かやらなくちゃいけない。だから私がお金を持って行きました。だれのお金かというと、国民党のお金ですよ。
1郷鎮に200万圓、地震の被害の小さいところは100万圓ぐらい。それを侍従長に持たせてね、行く先ごとにこれで道の整備から死んだ人の供養からいろんなことに使いなさいと渡していきました。
小さいカネだけどね、とても助かるんですよ。2000億というお金は大きなお金だけど、いつ降りてくるか分からない。
阪神淡路大震災をテレビで知った日本の総理 あのときは台湾は政府が多すぎてね、中央政府から省政府から県政府、それから田舎の郷鎮役場、こう長たらしいことをやっていたんでは、いつお金がいちばん必要な下の役所に行くか分からないんですよ。
こういうようなときに、いちばんいい方法、速い方法を使ってね、それに全部変えたんだ。
最近、江口(克彦)さんが台湾に来たときに、日本の神戸の地震のことを聞きました。彼が参議院に当選したから招待したんですよ。
彼が言うには、あのとき村山(富市)総理はテレビで初めて地震のことを知って、これから会議をやりますと言ったというんだな。これじゃダメなんだよ。
(明日につづく)
|



