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再び注目集めるイスラエルの核保有疑惑
エジプトが提案する大量破壊兵器なき中東
2011.10.11(火) 矢野 義昭
1.はじめイスラエル南部のケネブ砂漠にある原子力発電所〔AFPBB News〕
エジプトは今年9月に入り、IAEA(国際原子力委員会)のメンバー国に対し、イスラエルによるその原子力施設に対する広範な査察拒否を許せば、拡散阻止の信頼のおける強制機関としてのIAEAの評判を損なうことになると警告している。 またエジプトのエネルギー相はIAEAの総会で、1995年にNPT(核兵器不拡散条約)加盟諸国が、中東諸国に条約に加盟して核兵器を域内からなくすように迫った時以来、イスラエルは少しもNPT加盟に向けて歩み寄っていないとも、述べている。
これまでイスラエルは、核兵器の存在を否定も肯定もしないという政策をとってきた。アラブ諸国は域内での軍備管理交渉を進めるため、イスラエルにNPTに署名するようにIAEAの総会で迫る決議を追求しないことに合意してきたと報じられている。
2009年も2010年もそのような手法がとられてきた。しかし昨年は、危うく覆されそうになった。
欧米は、イスラエルの核兵器を標的にすると、中東域内での大量破壊兵器の拡散を阻止する努力が損なわれるとしてきた。しかしエジプトは、今年9月末のIAEA会合のために、包括的な中東域内でのIAEAの査察の実施を提案したとしている。
さらにエジプトは、今年11月のIAEA会合では中東の非核兵器地帯条約に向けて前進し、2012年までに中東を大量破壊兵器のない地域にする意向を表明している。
このように、イランの核開発が進展する一方で、イスラエルの核保有についても明確にするように求める声が、中東諸国内でも高まっている。その背景には、イスラエルの核保有に至る長い歴史がある。
2. イスラエルの核保有に至る歴史的背景: スエズ動乱の衝撃 イスラエルの核保有は「公表された秘密」である。米国の秘密解除された大量の文書から、1975年までには、米国はイスラエルが核兵器を保有していることを確信するに至っている。
イスラエルは、その最も初期の段階から核の選択肢についての調査を行っていた。1949年には2年間のネゲブ(Negev)砂漠の地理学的調査を開始している。
1852年にはイスラエル原子力エネルギー委員会が設立され、「二度と虐殺の羊にはならない」ための最善の道として、核爆弾に長年にわたり専念してきたアーネスト・デビッド・バーグマン(Ernest David Bergmann)が議長を務めた。
彼は同時に国防省の研究インフラ部長でもあった。その指導下のMachon4と呼ばれる研究機関では、1953年までに、ネゲブ砂漠で発見されたウランの抽出法と重水の生産技術を開発した。
原子炉の開発ではイスラエルはフランスの援助を求めた。両国の協力関係は1950年代の初めにまでさかのぼる。フランスは、40メガワットの重水を使った原子炉の建設をその頃に始めた。
両国政府は、冷戦時代の二極体制の下で、ある程度の自治権(autonomy)を確保するための手段と、独立した核の選択肢をみなしていた。1956年の秋には、フランスはイスラエルに18メガワットの研究用原子炉を供与した。
その数週間後に起こったスエズ危機は事態を大きく変化させた。英仏とイスラエルは、イスラエルがエジプトとの戦争を起こし、英仏が平和維持のために軍を派遣することで合意した 。
スエズ危機の時、ハンガリーでは暴動が起こり、ソ連はその対応に追われていた。フランスはアルジェリアの反乱に悩まされ、米国ではドワイト・アイゼンハワー大統領が2期目の選挙戦の結果待ちの状況にあった。
このような米ソが動きのとれない中で、1956年10月29日夕刻、イスラエル軍によるスエズへの奇襲侵攻が開始された。
空挺部隊がシナイ半島のミトラ峠に降下し、3方向から地上師団がシナイ半島の国境から侵攻、1週間でシナイ半島の全域とスエズ運河の東岸を占領した。
イスラエルはこの際にエジプトの戦争能力を奪うことができ、参戦の代償としてフランスから原子炉の供与を受けることも保証される。さらには、シナイ半島を平定することを目論んでいた。
11月5日と6日、英仏両軍はスエズ運河の都市を空挺部隊と海兵隊で占領した。このような動きに対し、米国は、アラブ諸国の指導者が反発してソ連側につき、中東へのソ連の自由な介入への道を開くことを恐れた。
特に英国の参戦は意外であり、アイゼンハワーを怒らせた。ロンドンでは労働党が参戦に反対し、ポンドは下落し、米国はポンド安定化へ協力を拒否した。
フランスでは、アルジェリアの反乱を抑えるためととられ、戦争は正当化された。迅速な勝利は3国に安堵をもたらし、イスラエルは勝利を宣言した。
しかしその直後に、最も危惧されていたソ連の介入が始まった。ソ連から11月6日の勝利宣言の数時間後、英仏両国には同文の、イスラエルにはそれよりもやや表現の柔らかい最後通牒が届けられた。
フランスに届いた通告では、「ロシアが核兵器を保有していることを忘れてはならない。もしも空挺大隊の降下を中止しなければ、それらを貴国に対し使用するであろう」と明言されていた。
同日、米ソ両国は英仏に対し、撤退を宣言するよう強要した。国連軍が両国に取って代わることになった。
イスラエルに対する最後通告では、「イスラエル政府は、平和とその市民に対して無責任で犯罪的な行為を行っており、イスラエルの国家としての存続に疑がいを持たせている」とされていた。
さらに「ソ連はミサイルでイスラエルを攻撃できる」との警告もされた。国連ではイスラエルの撤退が賛成68、棄権10、反対1で可決された。英仏は棄権し、イスラエルのみが反対した。
フランスはイスラエルに「ロシアが、中東への介入の準備をしており、その第1目標はイスラエルへの攻撃である」と告げた。
その前日アイゼンハワーは第2期目の大統領に選ばれ、圧力を加えることができるようになった。
イスラエルに示された警告は、「シナイからの撤退の拒否は、世界の平和を危機にさらすものである。ソ連がもしも軍事的に介入すれば、第三次世界大戦になるおそれがある」とし、イスラエルの米国によるすべての援助は停止され、国連のイスラエルに対する制裁を支持するであろうとするものであった 。
ソ連の3国に対する恫喝は、とりわけイスラエルに、潜在的に信頼できない同盟国に依存するのを止めるために、独立した核能力が必要であることを認識させたのみではなく、フランスの指導者に、友好国に対する支援の約束を十分に果たせなかったとの、負い目を感じさせることになった。
フランスは、イスラエルに対して核爆弾という「貸し」を負うことになったのである。
3. フランスの協力 1957年10月、フランスとイスラエルは、協定を見直し、フランスは24メガワットの原子炉を建設することに同意した。議定書では、文書にされなかったが、再処理のための化学プラントの建設も含まれていた。
イスラエル北部の町キリヤトシェモナの軍陣地で、155ミリ砲弾をレバノン側に撃ち込むイスラエル軍の砲兵部隊兵士(2006年)〔AFPBB News〕
この施設は秘密とされ、IAEAの査察対象外となり、ディモナ(Dimona)砂漠に建設された。
その建設が最高潮になったころ、1500人のイスラエル人とフランス人の労働者が、ディモナの建設に従事していたが、秘密を守るため、フランスの税関吏は、原子炉について南米向けの衛生用施設などと知らされていた。
さらにノルウェーから購入した重水は第三国向けとされたが、フランス空軍は、4トンの物資をイスラエルに空輸した。
1960年に国際的に知られることになり、フランスの国際的な立場への悪影響を恐れたシャルル・ドゴール大統領は、再処理プラントの建設を停止する代わりに、その代償として戦闘爆撃機を売却することを提案した。
これに対しイスラエルは、核兵器製造には決して使用する意図はなく、プルトニウムの抽出もしないと保証するとし、フランスに対し、フランスがすでに据え付けた施設とウランを提供し、国際査察を要求しないと保証することを要求した。
さらに、フランスの援助なしで完成した原子炉の存在を示した。フランスはこれに応じ、1964年に原子炉、再処理プラントとウラン燃料を供給し、原子炉は臨界に達した。
(2)へ続く JBpress.ismedia.jpより引用
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イスラエル
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未来兵器シリーズ第2弾は、「無人急降下爆撃機」!
昨日に続き、再びイスラエル製兵器を取り上げます。
これまた古い記事ですが、ご覧下さい。↓
2009年02月14日 13時35分01秒
しかし近年になってUAV(Unmanned Aerial Vehicle)など無人兵器の開発が進むと空中にとりあえず浮かべておいて目標が見つかったら飛び込ませる「Loitering Attack Munition(うろつきミサイル)」という構想が生まれました。 動画ではかなり小さな目標でも中心を捉えて命中しています。こんなものに狙われたら命がいくつあっても足りません。 驚愕の詳細は以下 IAI Predicts Big UAV Market - And Unveils Loitering Missile 2月11日から15日まで行われる航空見本市Aero India 2009のプレセミナーにおいて、イスラエルの航空機メーカーIAIが発表したこのUAVは複合センサーと対レーダー誘導センサーを装備し、対空レーダーや装甲車両などの標的を検知し半自動で標的を破壊するというもの。 コンテナからロケットブースターで射出
そのまま一定高度まで上昇
標的のほぼ中心に命中する
炸薬を搭載していればここで爆発
なおIAIの調査チームによると米軍では既にジェットエンジン駆動のより高速なUAVが実用化されているということで、軍需産業における競争はますます激しくなりそうです。
GIGAZINEより引用
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5月20日のコメント欄で予告した未来兵器シリーズを開始しました。
昨今の緊迫した情勢を無視するな!とお怒りのコメントを頂きそうですが、北朝鮮の工作員対策にお勧めと思い掲載に踏み切りました。
多少、古い記事ですが、第1弾は、無人歩哨。
2007年6月11日
Noah Shachtman
イスラエル軍は長年にわたり、ガザ地区のパレスチナ武装勢力が越境してイスラエル側に入ってくるのを防ぐ方法を見つけ出そうと試みてきた。その最新の方法は、遠隔操作の機関銃、地上センサー、および無人機をネットワークでつないだ「自動殺傷ゾーン」を、60キロメートルの境界に沿って設置するというものだ。このシステムは、『See-Shoot』(見て、撃つ)または『Sentry Tech』(ハイテク歩哨)と呼ばれている。
軍事情報紙『Defense News』のBarbara Opall-Rome氏は、「初期のSee-Shootシステムの配備計画では、ガザ地区境界のフェンス沿いに点在する小型陣地の数カ所に、0.5口径の自動機銃を設置することになる」と書いた。
機関銃を配備する陣地は、遠隔操作拠点と指令センターに光ファイバーで接続され、一種のロボット狙撃手の役割を果たす。これにより、約1500メートルもの範囲を強制的に立入禁止区域にできる。 機関銃は、銃砲および銃座の遠隔操作ステーション『Samson Remote Controlled Weapon Station』(Samson RCWSPDFファイル)に設置される予定だ。また、このシステムは「境界沿いに数百メートル間隔で」小型陣地に配備されることになると、『Jane's Defence Weekly』は見ている。陣地は「(警報、センサー、鋼製扉で)防御とセキュリティーが図られ、未使用時にRCWSを保護する、格納式の装甲カバーを備える」という。
IDFのセンサーが標的になり得るものを発見すると、オペレーターは、電気光学(EO)式の昼夜センサー・パッケージを介して、Sentry Techに標的の確認または攻撃の合図を出せる。つまり、センサーが得た情報がRCWSのEOパッケージに転送されると、RCWSは回転して標的を捕らえるので、オペレーターは対象を確認し追跡できるのだ。(中略)システムが故障した場合は各Sentry Techが互いにカバーでき、1ヵ所(の指令センター)は最大15ヵ所のRCWSをコントロールできる。 究極の理想は、人の介在が不要な「閉回路」のシステムだ。しかし、Opall-Rome氏はこう予想する。「幾重にも重なりあうセンサー・ネットワークの忠実度に上層部が完全に満足するまでは、そして、コンピューター画面の前に配置される19歳や20歳の兵士がシステム操作の十分な訓練を受けるまでは、攻撃ボタンを押す前に指揮官の承認が求められるだろう」
さらに、Opall-Rome氏はこう指摘した。「See-Shootが体現するIDFの目標は、境界地帯で承認不要の戦闘を遂行するというものだ。これにより、侵入者の阻止や敵側による調査活動への対応といった目的で、歩兵を派遣する必要がなくなる」。See-Shootは、承認不要の戦闘というより大きな計画の一環と言えるだろう。
約400万ドルのこのシステムは、2007年の晩夏には完成する見込みだ。「しかし、イスラエル政府はすでにIDF南部司令部に対し、テロが広がるこの地帯で最近急増した武力衝突に対処するため、このシステムの部分的な利用の開始を許可している」とOpall-Rome氏。
ハイテク歩哨の計画はよいアイディアのように思えるかもしれない。しかし、Haninah Levine氏は、この技術は2006年夏の第二次レバノン戦争の教訓を無視したものだと語る。同氏によると、この戦争の調査を担当したウィノグラード委員会は、「『承認不要の戦闘』の実態は『(敵が)比較的容易に到達できる地点から兵士と軍事的標的を引き払うこと』と表現し、この戦略こそが第二次レバノン戦争の下地を作ったIDFの失敗の主要素だと断じた」という。
問題は、技術が失敗を犯すことではない。技術は交戦状態が生み出す問題を解決しないということが問題なのだ。レバノン国境沿いで問題だったのは、交戦規定がIDFに対し、ヒズボラから攻撃された場合しか発砲を許可していなかったことだ。そのせいで、電気フェンスの警報はいつも無視されたため、この技術は結局役立たずに終わった。警報がヒズボラの攻撃準備を示しているとイスラエル側が気づいた場合でさえ、無視されたのだ。 [日本語版:ガリレオ-緒方 亮/高森郁哉]
ガザ地区境界線に広がる、イスラエルの「自動殺傷ゾーン」
2008年12月 8日 Noah Shachtman
一方イスラエルも、独自の国境監視塔を建設しているが、こちらの監視塔は、遠隔操作ができる自動機銃を備えている。
『Sentry Tech』(ハイテク歩哨)と呼ばれるこの監視塔は基本的に、サイロの上に搭載された遠隔操作式の攻撃用設備だ。[イスラエルの退役大佐である]David Eshel氏は、『AVIATION WEEK』のブログ『Ares』で次のように説明している。
「敵対行動をしているとおぼしき標的を検知し、それがSentry Techにある武器の射程範囲にある場合、指定された標的を攻撃し殺傷する。複数の施設を1人のオペレーターで操作できるので、オペレーターが確認と査察、さらに標的との交戦を行なう際に複数の監視塔を使用できる」[過去記事によると、1カ所の指令センターは最大15カ所の銃座をコントロールできるが、将来的には承認不要の全自動式も検討しているという。銃座は数百メートル間隔で配備]
2007年にわれわれがこうした監視塔の存在を知ったとき、イスラエル国防軍はちょうど、このシステムを完成させ、ガザ地区との境界沿いに1500メートルの範囲で「自動殺傷ゾーン(日本語版記事)」(小窪注※上の記事の事です)を作ろうとしているところだった。
「どの監視塔も、7.62口径銃または0.5口径銃を1基を備えている。周囲の環境に馴染むように設計された防弾天蓋によって、敵の攻撃などからも守られている」とEshel氏は説明する。
[過去記事によれば、これらの追加は、立ち入り禁止区域を数キロメートル範囲まで拡大するための措置。なお、過去記事「時速約80キロ、モノレールで移動する監視ロボット」では、テルアビブのベングリオン空港でデモンストレーションが行なわれた監視システムについて紹介している]
[日本語版:ガリレオ-藤原聡美/合原弘子]
"WIRED VISION"より引用。
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うーん、どこかの国の某政党よりはるかマシと思うのですが・・・。
人気ブログランキングへイスラエルのスパイ、模擬訓練中に市民から通報 逮捕される【11月25日 AFP】イスラエルの対外特務機関モサド(Mossad)の見習いエージェント(スパイ)が、首都テルアビブ(Tel Aviv)での模擬訓練中に市民に通報され、逮捕されていたことが24日明らかになった。 各メディアはこのニュースを一斉に報じ、ある番組のコメンテーターはあきれ返った様子で「モサドが国外ではもっと有能であることを祈ろう」と語った。 この見習いエージェントは23日、テルアビブ市内で車両の下にダミーの爆弾を仕掛けるという暗殺の訓練を行っていたが、これを通行人の女性が目撃。女性は近くを通りかかった警官にこのことを話し、警官がエージェントを逮捕した。警察で尋問された際にこの人物は必死に説明を試み、モサドのメンバーであることがようやく認められたという。 モサドは、模擬訓練を行う際、リアリティーを持たせるため、警察などへの事前通告は一切行っていない。 ■過去の栄光にかげり こうした失態は、過去20年間でたびたび発生しており、モサドのかつての栄光は急速に光を失っている。 1991年には、キプロスのイラン大使館に盗聴器を仕掛けようとしたエージェント4人が現地の警察に拘束された。1998年には、キプロス南部の海軍基地でスパイ活動を行ったとして、エージェント2人が収監された。同じ年、複数のレバノン人の電話の盗聴を試みたとして、エージェント1人がスイスで執行猶予付き禁固刑の判決を受けている。 最大の失態は1997年に起きた。イスラム原理主義組織ハマス(Hamas)の幹部、ハレド・メシャール(Khaled Meshaal)氏の暗殺を企てたが失敗。これが、友好国ヨルダンとの国交断絶の危機を招き、和解のために当時ハマスの指導者だったアハメド・ヤシン(Ahmed Yassin)師の釈放に追い込まれた。(c)AFP
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