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ドイツ海軍

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Bismarck-Klasse Schlachtschiff  K.M.S. "Bismarck".
独逸海軍ビスマルク級戦艦『ビスマルク』 昭和16年 バルチック海 重巡洋艦プリンツオイゲンより撮影
 
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 本日2014年6月8日1989年6月8日ドイツ海軍戦艦ビスマルクが、フランスのブレスト西方650キロメートル、4,700mの海底で発見されてから25周年にあたります。
 
 そこで、本日もアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。 評価の対象は、ロバート・D. バラード著戦艦ビスマルク発見です。
 
 戦艦ビスマルクをご存じない方は、リンク先の"Wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「貴重な証言の数々」
評価 ★★★★★
 本書は、豪華客船「タイタニック」を発見したことで知られるロバート・バラート博士が、第2次世界大戦中の1941年5月27日、大西洋でイギリス海軍の攻撃を受けて沈没したドイツ海軍の戦艦「ビスマルク」の海底での姿を本レビュー執筆時の25年前の2014年6月8日に発見した調査を書籍化したノンフィクション・ドキュメンタリーです。

 ビスマルクの調査は本レビュー執筆時までに5回行われており、この調査は最初の1回目の調査を記録した内容となっております。

 そのため、本書の内容は最新の調査研究を把握していない部分があります。例えば、本書ではビスマルクが沈没後、単純に海底火山の斜面を艦首から滑った説を掲載していますが、2002年5月27日に映画監督のジェームズ・キャメロン氏が海底に着底した詳細を検証した結果、艦体全体が海底火山の斜面に叩き付けられた斜めに滑り落ちたことを発見し、当初の説と異なることを明らかにしています。

 しかし、本書の長所として既に鬼籍に入られた関係者の証言が掲載されていることが挙げられます。

 現在、ビスマルクの調査記録で日本で商品化され手に入る書籍は本書しかなく、その点において貴重な映像となっております。
 
 明らかに内容が不足していますので、近日中に加筆する予定です。
 
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 本日8月24日は、第二次世界大戦中の1942年にガダルカナル島をめぐってソロモン諸島の戦いで生起した第二次ソロモン海戦日本海軍が米海軍と交戦してから71周年にあたります。
 
 そこで、本日は第二次ソロモン海戦71周年記念特集としてアマゾンの軍事関連書籍の書評を行います。
 
 
 第二次ソロモン海戦をご存知ない方リンク先の"Wikipedia"の項目をご覧下さい。
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「過去から現在まで網羅されています!」
評価 ★★★★★
イメージ 2今月号の「丸」は、先月の「丸」8月号に引き続き特集内容に即した戦時中のUボートの写真を使用して、スタイリッシュな表紙となっております。
その目次は、以下の通りです。

■WWI〜WWII「Uボート」テクニカル読本
■欧州を震撼させた「無制限潜水艦戦」始末
■復活した「海底の刺客」栄光と悲劇
■日本海軍籍に入った15隻のUボート
■大西洋に再来した「海の狼」たち
■世界のベストセラー・サブマリン輸出事情

表紙以外にも優れた内容ですので、星5つです。
 
 明らかに内容が不足していますので、今年中に加筆する予定です。
 
 上のアマゾンに公開したレビューにご賛同いただける方で、アマゾンの「このレビューは参考になりましたか?」の項目に「はい」にクリックをお願いします!
 
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Bismarck-Klasse Schlachtschiff "Bismarck".
独逸海軍ビスマルク級戦艦『ビスマルク
 
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 本日、5月27日は第二次世界大戦中の1941年ドイツ海軍戦艦ビスマルクが沈没してから71周年にあたります。
 
 そこで、本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「ディスカバリーチャンネル ジェームズ・キャメロン 海底の戦艦ビスマルク [DVD]です。
 
 戦艦ビスマルクをご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「解説に難がありますが、貴重な映像です」
評価 ★★★★
このDVDは、映画「ターミネーター」や「エイリアン2」そして「タイタニック」で著名な映画監督のジェームズ・キャメロン氏が、第2次世界大戦中の1941年5月27日、大西洋でイギリス海軍の攻撃を受けて沈没したドイツ海軍の戦艦「ビスマルク」の海底での姿を本レビュー執筆時の10年前の2002年5月27日から行った調査を描いたノンフィクション・ドキュメンタリー作品です。

この残念ながら、何らかの要因であきらかに誤ったナレーションや台詞が出てきます。まず、ビスマルクのスペックを紹介するシーンでは、最大速力32ノット、最大射程28000mとしていますが、実際は最大速力29ノット、仰角30度で35,500m。次に、英海軍の巡洋戦艦フッドと交戦した距離実際の10分の1の距離である2500mと解説。ビスマルクの砲弾重量の解説では、「1トンを超えた」としていますが、実際の重量は800 kgで異なっております。好意的な見方をすれば、メトリックトン(1000 kg)と米トン(907.18474 kg)を混同し、なおかつビスマルクを撃沈した英戦艦ロドネーの砲弾重量を米トンで表現すれば、正しい表現です。

しかし、このDVDには多くの長所もあります。まず、ビスマルクが沈没し、海底でどのように着底の詳細を検証し、最初の発見者であるロバート・バラート博士の調査では単純に海底火山の斜面を艦首から滑った説から、異なることを明らかにしています。さらにビスマルクの損傷箇所を徹底的に調査した点、例えば、ビスマルクの舷側に被弾した砲弾の数を数えたことも、長所として挙げられます。

ビスマルクの調査は過去5回行われており、この調査は最後の5回目の調査を記録したDVDとなっております。現在、ビスマルクの調査記録で日本で商品化され手に入る映像コンテンツは、このDVDとロバート・バラート博士がビスマルク発見時のDVDのみで、その点において貴重な映像となっております。
 
※このレビューは書き掛けです。近日中に改訂いたします。
 
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冒頭の写真は、ブログ「旧日本海軍・艦艇写真のデジタル着彩」さんの作品「Deutsche Marine 〜ドイツ海軍」より引用しました。
 
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四水会講話「Uボートの鉄板」平成15年2月26日より引用。
 
(2)からの続き
 しかしさすがの独も脆性破壊の知識に乏しく溶接時の割れ防止にのみ注目していたようだ。しかしSchumidt博士の提言になる最新の改良案が割れ防止と同時に脆性破壊肪止にも有効な成分であった。偶然詰果オーライか、研究者の勘なのか知る由もない。(ちなみに2隻目の寄贈Uボ-トは翌年日本に回航中大西洋で暗号解読で待ち伏せた米駆逐艦によつて撃沈された)

 Si-Mn系高張力鋼は戦時中には試作程度で終ったが、戦後防衛庁艦艇用高脹力鋼として息を吹き返した。

4. 日、米、独の海軍艦艇に使用した鋼材
 溶接にはリベットと違い特殊な(焼きが入り難く割れ難くかつ粘っこい材料)が必要であるとする親在の考え方から溶接性鋼材の生産を意図した国は終戦までどこもなかった。戦前リベット時代の軟鋼は溶接性が悪く溶接船は何時脆性破壊で壊れてもおかしくなかった。ただ米だけが戦標船で脆性破壊という不幸に遭遇した。

 米の戦標船の事故の調査委員会の研究・調査は戦後まで続いた。その結論米では当時事故の主原困を溶接技量未熟とか構造の応力集中とか高い残留応力内在であるとして、この対策で事故はほぼ防げるとしていた。

 1940年頃のABS(米船級協会)規則でようやく溶接船にキルド鋼(鋼中に酸素が少なく脆性破壊を起こし難い鋼材)の使用を義務付けた。以後世界に各国船級協会を通じてこのような溶接性軟鋼の使用が船舶に広がり、さらにこの種の鋼材はJIS化され、SM400の溶接構造用圧延鋼材として、一般の橋梁、タンク、建築などの溶接構造造に適用・波及している。

(2)高張力鋼
 英では1890年頃C(炭素)量0.25-0.35%の高張力鋼を艦船に使用したのが始まりらしい。

 1913,4年頃帝國海軍はこれを真似た炭素鋼のHT鋼(引張り強度54-60kg/㎜ を大艦用に、HT鋼(引張り強度59-68Kg/㎜ を駆逐艦用に生産、適用した。これらは要素の考慮がないリベット専用の鋼材だ。Cが高くなると伸びと絞りが劣るので、Mnを増加したC-Mn鋼〔C、0.25%、Mn 1.5%〕、Duecol鋼(英国David Colvill社製)、海軍ではこれを艦艇用として採用した。

 1931年以降はHT,HHT鋼を国産のDS鋼に切替える方針で規格化したが、製鋼技術が悪く歩留まり50%しかなく、戦時中は生産が抑制される始末だった記録がある。

 DS鋼といえどもリベット時代の鋼材で溶接にあまり適さない。日本の艦艇はこのようなHT.HHT鋼、DS鋼のような溶接性の劣る鋼材で全艦艇を溶接して建造した。恐ろしいような気がするが、不思議に脆性破壊事故の報告がない.この鋼材の選択から見て独がダントツで、米が次ぎ、日本は米よりも劣る。(従来は一般に溶接採用率で比較していたが小生はこれと異なる指標をここに示す)

 戦後米のフリゲート艦を借用した警察予備隊が筆者の所属した造船所のドックで亀裂発生、この鋼材を分析、調査したところ恐ろしく劣悪な鋼材だったことを記憶している。

 しかも全溶接艦だ。高級なVANITY鋼などはまだ主力艦の一部にしか採用されず中、小艦艇では使っていないのだろう。よくもこんな艦が太平洋を無事越してきたもんだし事故も聞かない。米も日本とも大差なしだろうか。

 帝國海軍は第四艦隊事件以前の時代では溶接採用に積極的で世界に先駆け多くの艦艇を溶接で造った。

 1930年呉工廠で起工した敷設艦、八重山(排水量1380トン図・6)では60%溶接化に挑戦、横須賀工廠はよこれに対抗意識を燃やし、1032年に遂に全溶接の潜水母艦、大鯨(L:210m、排水量1万トン、図・7)を完成させた。藤本支援を得た溶接派はこの艦に夢を託したが、この艦は溶接ひずみで大騒ぎとなり、何とか完成に漕ぎつけたものの多くの問題を残した。工廠責任者は左遷され溶接反対派から攻撃の的となった。

 第四艦隊事件で溶接から大きく後退した帝國海軍は、神経の繊細な貧乏国である。ゆとりもない。長年の技術輸入国で後進性のためだろう事故前も事故後もしっかりした基礎研究がなく、したがって信念が弱い。これに対して独は基礎研究と事故後の研究が十分で、溶接化方向の初心を貫いた。

 一方米だが独のような溶接の基本研究は少ない。たとえ10%の船が壊れても戦争遂行に役たてば成功という成果第一主義国だ。また西部開拓精神か、すべてに図太くかつ金持ちのゆとりもあり失敗にも鷹揚だ。

 戦艦金剛以降が国産化であるが、機械とか要所、要所の部品が外国技術の導入品で、外国技術依存体質のまま背伸びしたままついに遂に戦争に入ってしまったのが日本だから仕方がないのかも知れない.海軍は抜群な優秀技術を育ててきたが後進性による基礎知識の優劣が要所、要所に露見した。 艦艇にもそれがあった。

 特に潜水艦に至っては独と英のコピー艦から脱却できない技術水準だったことを考えると一般艦艇の溶接技術が独,米と一応何とかコンパラブルだから海軍の技術者はよく頑張ったものだというのが小生の正直な感想だ。

5.むすび
 溶接割れ感受性が低くかつ靭性のよい溶接性鋼材が現在の高張力鋼の技術領域である。独が1930年という早期に溶接のためには特殊な鋼材が必須として実用化まで持って行った先見性と行動力は卓越したものだった。

 この安価で資源豊富のSi-Mn系のUボート型を戦後防衛庁で艦艇建造に当って推奨したのは級艦政本部にいた牧野 茂大佐らと福田 烈中将、呉工廠の潜水艦高張力鋼開発プロジェクトにいた若手の堀川一男、寺尾貞夫氏らだ。

 つまり海軍時代にやり残した仕事を戦後達成した。しかもこの材料は船舶だけでなく陸上の鋼構造一般に広がり.JIS溶接用構造用圧延鋼材規格品になった。

 技術は全て積上だ。戦後造船の溶接技術は日本が世界一だとうぬぼれ喧伝するマスコミに真実を伝えたい気がするがもはやその必要もないか?

 改良は日本のお手のものだ.この鋼材を熱処理して世界独自の安価な調質HT60鋼を日本製鋼が開発した。これは自衛隊の初期の潜水艦にも使用され、のちに日本国内に広がった。

 一方米では得意なNi、Mo、Crなどの低合金鋼の高張力鋼を伸展させ、遂に1950年頃にU.S STEEL CO.は傑作鋼、80kg/㎜ 強度のT-1鋼を1950に開発・生産化した。

 このタイプの日木製HT-80鋼は近年大阪の南港大橋をはじめ、さらに改良型HT-80鋼が明石大橋にも採用されている。

 最近のわが潜水艦用高張力鋼はこのT-1鋼の延長線上にありさらに高強度鋼である。

 なお現在潜水艦の工作ではわが國造船業は米に技術指導をする高度のポテンシャルを持っている。

 創造的開発より改良と実用化、工作面を得意とする日本の体質は変わるらないようだ。しかし3Kの製造業を避ける若者が多い日本ではこの特徴さえなくなりそうだ。

筆者職歴
 三菱重工(株)横浜造船所入社以来27年間造船工学部に勤務し溶接と船舶建造の技術者、研究者、および管理者を務めた。昭和55年造船の構造不況により横浜造船書の造船部門が解散となった当時は造船工作部長。横浜造船所最期進水責任者を務めた。(同所はこれを機に本牧と金沢地区に移転し、跡地はみなとみらい21に変貌した)この後本社技術部本部転勤後退職し、巴コーポレーションにに転職、豊洲工場長として送電鉄塔製作に従事、巴技研副社長を経て、現在同社特別顧問。(社)日本溶接協会テクニカルアドバイサー。総和37年溶接関係の研究で工学博士の学位受ける。
 
 
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四水会講話「Uボートの鉄板」平成15年2月26日より引用。
 
(1)からの続き
 当時の新鋭艦艇には溶接多用艦艇が多く、事故にあった艦がたまたま殆ど全溶接艦艇だったため溶接にも事故原因の嫌疑がかかり、疑わしきは避けるべしとして、この事件後艦艇の溶接採用は大憎後退すべしという指令が翌年艦政本部から出された。羹に懲りて膾を吹くの類かも知れぬ. (小生見解は後述)

(3)艦艇改造と溶接制限時代
 海軍はこの2大不祥事件のあと全艦艇の強度を見直し、低重心化と船体縦強度補強の全面改造方針を出し工廠と造船会社は2、3年かけ、この改造工事に明け暮れた。

 軽快な艦艇建造責任者天才藤本喜久雄少将の失脚、藤本に反目する神様平賀譲中将の復帰で首をすげかえた。平賀はこの1936年の方針で帝國海軍艦艇にそれまでの天才藤本の造った軽快な高性能艦艇はなくなり、低重心化され船体補強されて台風には強いが重く運動性の悪い平凡で鈍重な艦艇に変貌した。

 ロンドンに訪れて市民から飢えたる狼と評されたような精悍な重巡は残念だが開戦当時ないことを知つていた国民は殆どいなかった。(我々の憧れた帝国海軍艦艇のイメージは昭和11年前のものである)
 
平賀譲
イメージ 2 艦政本部は1936年1月、第四艦隊事故調査結果を総括してそれまでの全溶接船体を一挙に大幅にリベット接合に戻す指令を出した。これには溶接嫌いな平賀の顔が見え隠れする。これにより船体の主要構造継手には溶接が禁止された。

これは先進世界の10年前のレベルに戻ったことになる。 これら船体構造の強化改造と溶接の縮減で艦艇の重量はさらに重くなった。

 このまま大東亜戦争に入ったので帝国海軍艦艇の運動性は敵米艦艇より劣ったと推定できる。またリベット継手であった我が艦艇の最大の弱点は至近弾のショックでリベットが緩みみ容易に漏水することであった。これは米艦艇に比し致命的な弱点だ。機雷、雷撃を受けるリベット潜水艦は特に不味い。この弱点による沈没が戦記にあまり記されていないのは分折する余裕までなかったせいだろう。

 さて多少専門的になって恐輻だが、一般にリベット継手の船は万一亀裂が外板とか甲板に伸展してもリベット継手で止まる性質があり、他方溶接継手は亀製が止まず伝播する傾向がある。この 溶接構造の欠点をカパーするのがねばい鋼(靭性のよい鋼、溶接性のよい鋼)の使用である。

 このように考えると平賀の勘、溶接は危ないからリベットに戻した判断は溶接性の劣る鋼材使用の帝国海軍艦艇にとって技術的には間達いとはいえない。

問題は構造の安全性向上は戦闘力かという海軍用兵側の判断が正しいかどうかだ.日本造船学会の百年史などによるとリベットに戻した平賀は正しかったという造船屋もいる。何故なら日本の艦艇に脆性破壊がなかったのはリベット艦だったからだという。

 台風に対し安全だが鈍重なのがいいか軽快で重武装だが耐波浪性にやや難があるのがいいかの判断の間題だ。用兵の立場は後者を優先するべきだろう。要は海戦で勝つのが目的だから、問題となった駆逐艦を改造する程度でよく、台風によって壊れる艦艇がどれほどの確率かだ。

 溶接からの全面撤退指令は如何なものか。

 羹に懲りた過剰反応と小生は思う。

 さらに辛口の評価だが、造船の神様まかせにして本来の軽快艦艇を鈍重艦艇に改造させたような愚から、当時帝囲海軍のトップの側近に有能な技術スタッフがおらず総合的判断力が欠けたか、下層の技術屋の声を聞く耳を持たないトップの独裁かいずれにして総合判断したリーダーシップがなかったのは誠に残念に思う。

 日本では、欧米のように専門家を集めた対等な立場のプロジェクトチ一ムで問
題解決に導くのが弱いのは昔も今も変わりがないように思う.(士、農、工、商の
上下関係の体質がプロジェクトチームの邪魔)

3-2 アメリカ
 アメリカは当初第二次世界大戦の連合国側だったが当初は参戦せず、欧州
に大量の戦略物資を海上輸送することとなり。その後の参戦で東南アジアヘ輸
送が増え続けたためアメリカは1940年建造開始の全溶接のリバティ型貨物
T-2タンカーなどの戦時標準船をさらに増産し続けた。これらは自動車工場
のような流れ作業の量産方式で短工期で生産するため新旧22造船所で対応し
た。
 
粗悪な鋼材と不適切な溶接工程によって
折損事故を起こしたスケネクタディー
イメージ 3 これら船標船は終戦までに累計約5,000隻という天文学的な数量が建造された。(ルーズベルトは太平洋をこの船でアメリカがらJAPまて橋架けよと叱咤、激励したのは有名)しかしこの素人集団が造った粗製乱造船は内約10%の約500隻が戦争によらず船体構造に脆性破壊を発生して壊れた。

 中にはには冬季岸壁係留中夜明方にいきなり大音響とともに船体が二つに
折れたものがあった。(図・4)内部応力による低温脆性破壊だったが、当時米と
いえどもこの脆性破壊の知識が皆無だった。(脆性破壊というのは鋼が低温で
脆くなり亀裂は1,500〜2,000m/sという高速で伝播し、瞬時に轟音とともに崩壊
にいたり恐ろしい)

米の事故調査委員会ではこの破壊の事故原因に動員された不熟練溶接工の
低技能、高い残留応力の内在などを挙げた。戦後3、4年経ってから脆性破壊
の研究が進みようやく鋼材の溶接性(溶接割れ感受性と鋼材のねぱさ、靱性)
が不良を主原因に挙げる始末だった。(リベット用の溶接性の悪い鋼材をそのま
ま使用したのが原因)

 しかしアメリカの事故調査委員会はこれだけの大事故を起こしながらこの事
故の技術者の責任を不問とし、この船が戦争を勝利こ導く貢献をした実績から
この戦標船建造のた大プロジェクトは大成功と賞賛した報告がある。日本とは
技術的責任、評価および対策がかなりに違うことに注目したい。

3-3 ドイツ
 ドイツ軍規格の溶接性高張力St52鋼材(引張強度52kg/m㎡、一般の構造用
鋼材の42Kg/mm2に比べ約1.5倍の強度材)の歴史は古く1930年頃に規格化
が始った。

 ドイツが高強度材を開発した狙いは省資源だ溶接の比較

(1)溶接性軟鋼という報告がある。省資源小国の自認からきたもので高い強度
の鋼を使えば鋼材使用量が減るからだ。

 この鋼材は高強度の上驚くべきことに開発当初から溶接割れ感受性の少な
い溶接用の鋼材を狙った特殊のものだ。

 溶接割れは溶接棒と溶接工の技量で防ぐべしとし鋼材に頓着しないのが当
時の世界の常識だったにもかかわらず、このような早期にこの画期的着眼をし
生産に実現した偉業については先に述べた。

 溶接割れの危険性を下げるには低C〔炭素〕量とし、このため強度不足になっ
た分の補償には有効な合金元素を投入することが溶接工学の基本だが、この
独がこのための元素SiとかCuおよびMnという、地球上で得やすくかつ安価なも
のを選んだんだことこも注目したい。SiとMnは脱酸元素のねばさを改善する効
果もあることは今では常識だが当時はなかったようだ。(脆性破壊防止に有効
な元素)

 アメリカとの比較をしてみよう。米ではこれよりかなり後だが1942、3年頃に、
艦艇用溶接性高張力鋼VANITY(Ni,V系で高価な溶接性高張力鋼材だが靱性
向上した溶接性鋼)を開発実用化した。金持ち国の開発だけのことはある。

 高価な元素NiとかVを使用して溶接性を向上した。

 50キロ級高張力鋼では独型・米型の両鋼材について溶接性を比較すれば両
者に優劣の差はないといえるが、安価な分だけ独が優位といえる。

 鉄は国家なりと称した時代に造船屋がお上の如き鉄屋を動かしたことは信じ
難いことだ。しかも溶接のまだ幼稚な時代に反対派もあっただろうが、これを乗
越して将来を見て実用化を推進したのだ。多分造船、機械の製造者、製鉄業
者等がリーダの海軍に協力プロジェクトチームを結成した筈だ。優れたリ一ダシ
ップのもと総合的研究・開発が推進されたに違いない。プロジェクトによる総合
力発揮が下手な日本人に参考になる。

 独の高張力鋼の強度の狙いが60キロというようなさらなる高強度材ではなく
ほどほどの強度て無理の少ない52キロを狙ったことはドイツ人らしく堅実で、憎
い限りだ。

 安価なSi-Mn系鋼で靭性が期持できる上限強度が52キロということも既に知
っていたのか、または偶然の結果なのかは分らないが大したものだ。

 彼等は、まずドイツ、ベルギ-など欧州の全溶接の橋梁に初期成分のSi-Cu系
St52鋼材を適用した。艦艇用のトライヤルだったのためではなかろうか。1936
〜1938年にかけ.これらの橋梁の幾つかに亀裂が入り、なかには大音響ととも
に3つに分折崩壊したトラス橋もあった。(図・5)全く予期せぬ大事故発生だった
が、彼等はこの事故でも溶接を諦めず、あくまで鋼材の改善と溶接の改善に向
って初志貫徹した。

 その後鋼材と溶接棒の改良は進み、最終的には適度の成分量バランスのSi
-Mn系を最良鋼として選び、この鋼材を1935、6年頃以降艦艇に使用したらし
い。当然これが潜水艦Uボートにも採用された。

 開戦前1941年当時の独駐在の海軍武官西島亮一は、艦政本部にSt52鋼材
の情報を伝え我が海軍でもこれを真似て開発すべきことを艦政本部に促した。
 第四艦隊事件のあと我が海軍はリベット多用に逆戻りしたが`潜水艦だけは
さすがに堪らずリベットでは無理として海軍造艦溶接派の一部は上層部に嘆願
しこれが認められた。

 1941年艦政本部の通牒によって呉工廠に溶接性高張力鋼開発プロジェクトを
立ち上げた。(造船屋小岩健、寺尾貞一と冶金屋堀田秀次、堀川一男の4人のチーム。開発の目的は居住区の緩和と生産性向上ということであった。呉海軍工廠製鋼部史料集成による)

 彼等は独、および米の艦艇用高張力鋼を試作してて比較研究した結果、独
のSt52を手本とすることになった。

 日本海軍がやっとインド洋に出撃する約束に小躍りして喜んだヒットラーはお
礼にUボート2隻を日本に送る約束をした。ミッドウェイで大半の艦艇を喪失した
後だけに我が海軍はインド洋出撃を澁ったがUボートの欲しい海軍はインド洋
出撃を約した。
 
ペナンを出港する呂500
イメージ 4インド洋の連合国の補給が帝國海軍の攻撃で破壊され、これで独がアフリカ作戦に勝利できるヒツトラーは読んだのだ。かくて独占領下のフランス基地を発した最初のUボート1隻が喜望峰を回り、1943年当時日木占領下であったマレーシァのペナン島に到着した。(このU-511は同年8月呉に到着し日本艦籍に組みこまれ呂号500、皐月一号なった。基準排水量1,137トンの中型潜水艦)この艦にこ3人の独の造船・溶接の専門家が乗り込んでおり、ベナンから彼等は空路来日した。

 内一人は独における造船・溶接の最高権威者Schumidt博士だった。彼呉工
廠の帝国海軍の高張力鋼プロジェクトチームに対して技術アドバイスをした。
Sl-Mn系にAlを微量入れることを彼が呉の研究所でチームに推奨した報告が
ある。

 現在の低温用鋼アルミキルド細粒鋼のはしりだ。見事な金属屋の勘(?)だろ
う。
(3)へ続く
 
 船舶の脆性破壊は、現在でも起こる事故です。詳細は、ブログ「ネトウヨにゅーす。」さんの記事( `ハ´)「最も高価、最高の技術で船作ったアルヨ」→折れて沈没」(いいタイミング壊れてくれた!w)をご覧ください!
 
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