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四水会講話「Uボートの鉄板」平成15年2月26日より引用。
イメージ 21.はじめに
 ドイツの潜水艦Uボートは、第2次世界大戦中大西洋において連合国の通商破壊作戦に活躍した様子が幾つかの映画にもなったので戦後でもUボートの名前を知る人は多い。

 この潜水艦の耐圧殻に使用された高張力鋼St-52〈Stahl52.英語のSteel52.引張り強さ52Kg/㎜平方の高強度鋼で溶接の使用に耐える溶接性鋼)とその溶接こそ世界の造船技術史上最優秀の開発として世に顕彰すべしというのが小生の主張だ、溶接には溶接に適したした特化鋼材が必要であるとする理論は現在溶接技術の基本だが.戦前は日、米にこの知臓が乏しかった.しかしドイツだけは違っていた。溶接の実用化が始まったばかりの1930年頃、海のものとも山のものとも分からぬ溶接技術の幼稚な時期だったが、独は世界初の溶接性鋼を軍用に規格化をし製品化した。これがこのSt52鋼であったが、これを目的であった潜水艦Uボートに適用して見事な高性能溶接潜水艦を造りあげた。この驚くべき先見性と製品化に至る実行力には全く感服する。しかしこれまでの海軍・造船関係の資料にこれに関するす記述が見られず、何故か無視に近い扱いを受けている。 鋼材という地味で専門的過ぎる分野のせいか造船屋の関心が薄くと価値感が低かったせいか、または戦後米一辺倒の時代で敗戦国独に闘心がなかったせいなのかはよく分らぬところだが恐らくこれら全てが要因だろう。

 小生はこれを世に蹟彰すべしという理由からかなり以前からこの鋼材と溶接開発の歴史に注目していたが実証資料が少なくて困っていた。ところが最近ようやくこの関連のネタを県立川崎図書館にあった呉海軍工廠製鋼部史料で見付けた。

 この史料によると1941年海軍は潜水艦用st52鋼の調査とそのモデルの試作研究開始を発令し、1944年にようやく製品の試作に成功したことが分った。

 溶接には特化鋼が必要という認識がドィツ海軍に遅れること10年だ。ちなみに米、英側海軍でも独よりもこの認識が遅れ、78年後CORTEN鋼を、また12、3年後VANITY型溶接性高張力鋼を開発し艦艇に適用した。戦後溶接採用時期とか溶接採用率で海軍の溶接技術力の比較をして来たが、小生はむしろ溶接性鋼材への着眼時期で判断すべきだとする新説を造船屋に訴えたい。

 海軍工廠の造船と冶金専門屋4人で編成されたこのプロジェクトは当初米、英および独の各種高張力鋼をモデル試作し比較したが、結論として独のSt52鋼が最高であることを導いた。資源が入手しやすいことも選択の理由であった。 この試作鋼材は1943年Uボートで来日していた独の最高権威者Dr,Schumidtから高い評価を受けかつか彼の指導も得て完成させたた。

 終戦前小型潜水艦にはこの鋼材を適用はしたものの実戦での参加はなく、本鋼材の本格生産を目指したが、1944年八幡製鉄所が空襲で壊滅し果たせなかった。

 かくて海軍技術関係者の夢は破れて終戦を迎えた。しかし海軍技術者の夢と執念は戦後自衛艦建造で実った。戦後、防衛庁の自衛艦にはこの独型St52型が選ばれたのだ。

 海軍技衛者の夢が戦後ようやく花咲いたロマンのある話だ。プロジェクトXの対象になるだろう。

 小生は入社当時著名な旧海軍技術者が顧問として参加した自衛艦の鋼材と溶接関係の委員会に出席し、すこしは当時の様子を知っていたが、Uボート用鋼St52鋼がまさかここに生きていることはつゆ知らず、またこんな経緯は噂にも上がらなかったので高張力鋼は日本独自の開発だと思っていた、恐らく戦後の造船屋も皆そのような感覚だろう。

 この種の高張力鋼は現在JIS化された最もポピュラな溶接構造用鋼材で、通称50キロハイテンと呼ばれ船舶の外橋梁、建築鉄骨、タンクなどにその適用範囲が広がり、今や日本発の世界に誇るべき品質の鋼種の1つとみなすようになった。

 さて海軍艦船に関する書籍は今でも掃いて捨てるほど多いが、帝國海軍艦艇について鋼材と溶接という切口で建造技術を分析したものはまず見られない.当時どのような鋼材を使用し、溶接をどれぼど多くかつ健全に採用したかによってその国の海軍の方針や技術レベルがわかる。小生はこの切口で、日、米及び独海軍の艦艇の比較を試みた。

 他に例をみないものと自画自讃している。この談話ではあまり専門的になり過ぎず、また海軍の身贔屓の感情に流れぬよう心がける積もりだ。海軍の先輩への非難にとれるような表現が間々あるかもしれないが、小生の本意はそうではない。

 本談話のストリ一はおおよそ次のようである。

(1) 高性能で強力な武装の艦が勝利することを日本海海戦が世界に証明した。

(2)これ以降先進諸国の果てしなき新鋭艦艇建造競争が始まった。

(3)列強は海軍軍縮条約を結び、艦艇建造競争にブレーキを掛けた。

(4)元気な日、米は太平洋を挟んで対立、艦艇の量的制限下質的向上競争に国運を賭した。

(5)質向上には艦艇の軽量化が必要で高張力鋼とその溶接採用が必須の条件であることから各国は溶接の研究と実用化に血眼になった。

(6)ドイツでのUボート用鋼材と溶接は橋梁に試用されたが、崩壊事故を起こした。しかし彼等はこれに屈せず初心を貫いて改善し、最終目的のUボート適用で大成功。

(7)米では戦時中全溶接の戦標船約5000隻のうち10%が溶接に絡む大事故(脆性破壊)を起したが、溶接から撤退せず終戦まで建造を続け勝利に寄与した。

(8)日本海軍は艦艇の2大不祥事故から安全で丈夫な艦に改造し、溶接も大幅に滅らしてリベット継手にもどした。このため海軍の特徴だった艦艇の軽快な運動性が喪失し、かっ漏水に弱いハンデも背負った艦艇で不幸にも戦った。

(9)このことからわかることだが、リーダーシップのなさ、グループ内での専門家の生かし方の弱さが海軍にあったようだ。今なおこの欠点が政府や企業に残るようだ。

(10)溶接には溶接特化鋼は必須と判断してこの鋼を生産しUボートに適用したドイツの技術の先見性と実用化に最高の敬意を表しこれを顕彰したい

2.艦艇軽量化の世界的競争
 世界の海軍が何故艦艇の船体に強い鋼を使用し、その接合を従来のリベットから溶接に替えるのに血眼になったか。 (1921〜1945年)

 世界の海軍国の本格的な溶接の採用は1930年頃から始まり1935-1940年間のわずか数年間の熾烈な溶接採用競争の結果、技術は平常の20年分の進歩を遂げたといわれる。

 艦艇の性能アップのために最も有劾な船体軽量化は、優れた設計と高張力鋼および溶接の全面採用で初めて可能となる。
 
イギリス海軍戦艦ドレッドノート(HMS Dreadnought)
イメージ 4この背景となった歴史を順に次にまとめた。

(1)主力艦の兵装の優位が勝利を導くことを日本海海戦で東郷艦隊が世界に実証した.世界の海軍は直ちにこれに反応した。(1921-1945)

(2)すなわち列強は艦艇の増量と高性能化にむけて果てしなきな競争を始めた。(ドレッジャーノート型さらに超ド級戦艦陸奥など高性能戦艦が出現し世界の脅威となる)

(3)艦艇建造競争による国防費のうなぎのほりの高騰に手を焼いた列強は1921年ワシントン海軍軍縮会議を結び軍拡に歯止め掛ける。〔主力艦が対象で米5:英5:日3:佛1.75:伊1,75とした〕この結果各国は他の補助艦の増強で規制を逃げ、またや艦艇増強の競争が激化した。

(4)1930年ロンドン海軍軍縮で、枠外艦とか補助艦まで網掛けを拡大し、艦艇総量と各艦艇規模を制限し歯止めを掛けた。

(5)この両軍縮条約の結畢艦艇の総量、各艦艇の規摸および兵装上限規制を受けた列強は量の競争から個々の艦艇の質的向上戦争に向った。質的向上のためには高張力鋼の使用が必須で、かつ従来のリベット継手を溶接に切替えることが必須で、これらにより艦艇は軽量化しこの分を高性能化に回せた。(溶接の採用により船体重量が約10%軽滅)特にわが海軍は対米・英劣性を質的向上で補うことが戦力バランス上必須だった。

 海軍はかねてから優秀な設計屋を育成してきた、そして彼等は世界が信じがたい程優秀な高性能艦艇を多数建造して世界をあっと驚かせた.例えぱ平賀 譲の設計になる条約上限の1万トン重巡「妙高」は最傑作艦の一例だ。同時に各艦艇の溶接の採用率は増え、巡洋艦とか駆逐艦は大部分の継手が溶接になった。

(6)溶接採用の結果船体のブロック建造と量産化も可能となり、短工期で軽量の商船建造が可能となった。

特に米は1940-1945年の間、全溶接の採用で工期が極端に短縮し戦標船の量産化を実現したことは有名だ。米はこれで軍需品の補給力を大輻アップして戦局を有利に展開できた。溶接は生産性向上にも夫きく貢献できた。

3.各國海軍の船体と溶接関連の事故
 艦艇の量産化および溶接化の過程で秘められた事故があったが.各国これをどう対処しまた乗り切ったのかを比較して見よう。

3-1 日本
(1) 水雷艇、友鶴の転覆事故
 排水量600トンの水雷艇に駆逐艦並の大砲と魚雷発射管砲を装備しロンドン集約制限で劣勢となった帝圃海軍駆逐艦隊を600トン以下の水雷艇群で補強することとした。

水雷艇友鶴
イメージ 3 水雷艇友鶴はその内の一隻だ。(図・2)600トン以下の艦艇は条約での制限を受けなかったもので駆逐鑑不足をこのタイプの水雷艇で力バーする計画だ。
 
 海軍造鑑技術の2大不祥事件の1つといわれる水雷艇友鶴の転覆事故が1934年に起きた.友鶴は悪天候の中の訓練で旋回で横転・転覆死者多数を出した。この新聞記事は社会的大問題となった。事故の原囲は本艇が過度の重武装のため高重心で復原力不足だったことだ。造船設計の基本中の基本スタビリテイに欠陥があった。用兵の要求で無理に無理した設計が事故をもたらしたのだろうか、これでそれまで世界を唸らせた海軍の艦艇設計陣の信頼は丸潰れとなった。

(2)第四艦隊事件
悪いことは重なるものだ。この翌1935年の9月26日三陸沖の海軍大演習で航行中の第四艦隊が猛烈な低気圧に遭遇し、三角波を伴う激しい波浪によって全溶接の日本の誇る特型一等駆逐艦、初雪夕霧が艦橋付近から艦首船体をもぎ取られる事故を起こした(図3)。

その他にも10隻以上の艦艇が亀裂や皺で損傷。死者、行方不明54人の大惨事となった。これがあいついだ海軍2大不祥準件の2つ目だ.このあまりにも大きい事故故.海軍は本件を一般国民に秘した。本件は一般の造船屋でも終戦後初めて知ることとなった。

 この事故の原因は..極限までの軽量化を目指すあまり縦強度が不足したためだ。これも設計のいろはのいの字の造船設計の基本的欠陥だ。

 縦強度設計の世界的基準は欧州の設計基準である波高/波長比に1/20の値が一般に採用されてきた。ところが日本近海ではとぎとして欧州と波浪が異なり、欧州にない特異な1/10の異常波も観測されていたのだ。ちなみに事故当日この値1/13であった。しかも波長がて1OOmで、これが駆逐艦の長さにぼぽ等しく、Sagging状態で最も応力の厳しい条件計画の約2倍の応力となる。その上スランミングといって波によって船によって船体の底が叩き付けられる動荷重が加わったからたまらない。かねてから戦艦、巡洋艦のような大型艦では1/20でよいが、駆逐艦では危険で見直すべしという意見が一部にあつたようだが目をつぶったようだ。同情すべき点もある。
(2)へ続く
 
 HP四水会の講演から引用した文章を掲載しました。文中に登場する単語で調べるのが面倒な人のためにリンク先に、Wikiを始めとする必要な情報を提供するサイトを紹介しましたので、ご覧ください。
 
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 本日、12月26日は第二次世界大戦中の1943年北岬沖海戦おいて、ドイツ海軍シャルンホルスト級巡洋戦艦の1番艦「シャルンホルスト」が撃沈されてから68周年記念日にあたります。
 
 そこで、本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「MILITARY CLASSICS (ミリタリー・クラシックス) 2006年 SPRING VOL.13です。
 
 シャルンホルスト級巡洋戦艦シャルンホルストをご存じない方は、下の略歴をご覧下さい。
イメージ 3シャルンホルスト (Scharnhorst, DKM Scharnhorst) は第一次世界大戦後にドイツ海軍が建造した巡洋戦艦シャルンホルスト級巡洋戦艦の1番艦(ネームシップ)。艦名はナポレオン占領支配からドイツが独立戦争を起こした際に活躍したプロイセン陸軍の将軍、ゲルハルト・フォン・シャルンホルストに由来する。ドイツ海軍は戦艦に分類し、イギリス海軍は巡洋戦艦に分類した。
"Wikipedia"より引用
 
 シャルンホルスト級巡洋戦艦シャルンホルストの詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。
 
 
下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「巻頭特集は、良かったが…。
評価 ★★★★
 本誌の巻頭特集は、二式単座戦闘機鍾馗。第2特集は、ドイツ海軍のシャルンホルスト級巡洋戦艦、そして連載記事から構成されている。

 巻頭特集の二式単座戦闘機鍾馗には、野原茂氏を中心とする執筆陣により、一定の品質が保たれている内容となっている。内容を完全に精査したわけではないが、瑕疵は見当たらなかった。

 しかし、第2特集ドイツ海軍のシャルンホルスト級巡洋戦艦では、幾つかの瑕疵が存在する。

 78Pと79Pに37mm連装機銃との記述があるが、94PのSKC/30の解説に記載されているように「実は3.7cm高角砲SKC/30型は、ドイツ軍お得意の自動装填式の機関砲ではなく、対戦車砲のような人力装填式の砲であった。」と明記されており、明らかに誤りである。

 なお、重箱の隅を突く指摘であるが、"SKC/30"の記述であるが、より正確に書くと"3.7 cm SK C/30"で、SKとCの間にスペースを入れるのが正式な名称であるが縦書きの弊害かスペースが部分が潰れており、注意が必要である。

3.7 cm SK C/30 on a Dopp LC/30 stabilized mount
イメージ 2 この「機銃」の誤記は、ミリタリークラシックス誌上で初めての誤記であるが、その後発売されたNO,33「巻頭特集ビスマルク」でも「機関砲」として再度繰り返されており、この時点で過ちに気付かずに是正されなかったのは、禍根を残したと言っても言い過ぎでは無いだろう。(3.7 cm SK C/30を「機銃」と誤記したのは、評者の知る軍事資料なかで本誌だけである)

 また、94Pの解説には(3.7 cm SK C/30 は)「連装砲架の場合は毎分64〜80発が発射できた。」とある。個人的にはこの記述を信じたいのであるが、資料によって発射速度がバラバラであるので、明確な出典があれば良かった点が悔やまれる。

 またこれらの記述の特徴として、自動火器の名称の定義が執筆者によって、バラバラであることは問題である。「機銃」の記述は旧海軍式呼称(40mm以下の自動火器を「機銃」と呼ぶ)で、「機関砲」の呼称は戦後、自衛隊でも用いられているとなった英米式呼称(20mm以下の自動火器を機関銃、それ以上の自動火器を機関砲)である。本誌は初心者向けの記事も連載されていることから、このような自動火器呼称の各国での定義についても言及するか、「記述が執筆者により異なる」の但し書きは必要と思われる。巻頭特集では、旧陸軍での自動火器の名称の定義が書かれており悪い意味で好対照な記事となってしまった。

 これら第2特集での瑕疵の原因として考えられるのが、本誌の文責が、全面的に執筆者にあり編集部が一切介入しないことによって瑕疵が生じていると考えざるを得ない。本来の雑誌編集の有り様としては正しいかも知れないが、執筆者の力量によって大きく左右される記事の質をある程度安定させるのは、文責を見直さない限り同様の問題が繰り返されると考えられる。

 本誌に対する評価は、巻頭特集の出来が良かったので非常に甘いが星4つである。
 
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 本日、12月24日は、第二次世界大戦において活躍したドイツ海軍の軍人カール・デーニッツKarl Dönitz1891年9月16日 - 1980年12月24日1980年に亡くなってから、31周年記念日にあたります。
 そこで、本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「10年と20日間―デーニッツ回想録です。
 カール・デーニッツをご存じない方は、 下の略歴をご覧下さい。
 
イメージ 2カール・デーニッツKarl Dönitz1891年9月16日 - 1980年12月24日)は、ドイツ軍人大統領。最終階級はドイツ海軍元帥(大提督)。潜水艦作戦の第一人者で、無線誘導による群狼作戦をあみだした。チャーチルを最も苦しめたドイツの軍人の一人。終戦時には、ヒトラーより後継者指名を受け、ナチス・ドイツ大統領に就任し連合国に降伏。

ニュルンベルク国際軍事裁判では、連合軍検察の「侵略戦争の積極的遂行」などの罪で死刑が求刑されたのに対して、禁錮10年の判決が言い渡された。なお、同時に「罪となるべき事実」とされた「無制限潜水艦戦争」については、アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツが大統領命令で提出した、「同様の行為を米軍が太平洋で行った」ことの証言がなされたためか、無罪が言い渡されるが、1956年に釈放された。
"Wikipedia"より引用
 
 カール・デーニッツの詳細をさらに知りたい方は、リンク先の"wikipedia"のカール・デーニッツの項目をご覧下さい。また、Uボートとは何かご存じない方の向けに動画を用意しましたので、ご覧下さい!
 
 
 
 下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「Uボートを知る上で必読の書
評価 ★★★★★
 本書は、開戦時にドイツ海軍の潜水艦隊司令としてUボート作戦を指揮し、終戦時にドイツの国家元首として、軍歴を終えた軍人カール・デーニッツの回顧録である。

 カール・デーニッツの回顧録には、デーニッツの個人的エピソードを纏めた『ドイツ海軍魂―デーニッツ元帥自伝』があるが、本書はデーニッツ自身が戦時中に記録した潜水艦隊司令長官戦時日誌とニュルンベルク裁判に臨んで纏めた資料をシュパンダウ刑務所の出獄後に彼自身が一般の読者向けに再編集した回顧録で、第二次世界大戦時でのUボートの作戦活動を中心に回顧している。

本書の目次は、以下の通りである。

第1章 まえがき
第2章 新しい任務
第3章 集団戦術
第4章 一九三五‐三九年の潜水艦建造計画
第5章 戦争勃発までの重大期間
第6章 潜水艦戦初期 一九三九年‐四〇年三月一日
第7章 ノルウェー出撃と魚雷危機
第8章 大西洋戦第一期 一九四〇年七月‐十月
第9章 潜水艦部隊の組織
第10章 大西洋戦第二期 一九四〇年十一月‐四〇年十二月、欠陥と分散配備の年
第11章 一九四一年十二月十一日以前のアメリカの対独戦
第12章 大西洋戦第三期 一九四二年一月‐七月、アメリカ海域での戦い
第13章 大西洋戦第四期 一九四二年七月‐九月、船団攻撃と遠距離攻撃
第14章 ラコニア号事件
第15章 潜水艦兵装の改善
第16章 大西洋戦第五期 一九四二年十月‐十二月、船団攻撃の拡大と遠距離攻撃
第17章 海軍総司令官に任命
第18章 大西洋戦第六期 一九四三年一月‐五月、最大の船団攻撃から潜水艦戦の瓦解
第19章 海軍総司令官としての私の任務
第20章 一九四四年七月二十日事件
第21章 一九四三年五月から終戦までの潜水艦戦
第22章 国家元首
第23章 むすび
補遺
訳者あとがき

 本書の書き出しは、第1章の「まえがき」でデーニッツが第1次世界大戦で捕虜になる経緯から始まって、第23章「むすび」でヒトラーに対するデーニッツ回顧で終わっている。

 本書は執筆されてから年数を経て内容が幾分古いとはいえ、当事者によって語られた作戦の細部に渡って包括的なUボート作戦を語る書籍は、今後存在しない以上、Uボートに関する書籍で本書がしばしば引用されていることからも分るように、Uボートを語る上で必読の書です。

 Uボートに興味がある人で本書を定価2,900円で手に入れる機会があった場合は、即手に入れるべきでしょう。
 
チラ裏を書きますと、まだ完全に本書は読み終わっていません!orz
438Pもある本なので、やっつけ仕事の感がありありのレビューの訂正は必須なのですが、完璧なものを作るのは不可能でしょう…。
レビューなのに魚雷の話を縷々と語っても問題かもしれませんし。(G7aやG7eに興味が有る人は、必読書です!)
それ以上に、26日のシャルンホルスト沈没追悼特集が待っているので、ちょっと手を入れるの精一杯です…。
なお余談ですがこの企画に合わせて、プロフィールの表示画面が、U96のエンブレム「笑うノコギリザメ」に変わりました。史実のエンブレムと微妙に色が違いますが、許してください!w
 
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 本日、11月30日1942年に第二次世界大戦において、ドイツ海軍仮装巡洋艦トール」が横浜港ドイツ軍艦爆発事件での大爆発に巻き込まれて破棄されてから67周年記念日にあたります。
 
 そこで、本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「ドイツ仮装巡洋艦vsイギリス巡洋艦 大西洋/太平洋1941 (オスプレイ“対決”シリーズ)です。
 
 仮装巡洋艦トールをご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
奮戦!ドイツ仮装巡洋艦
評価 ★★★★★
 本書は、題名の通り第2次世界大戦でイギリスの通商破壊戦を挑んだ商船改装したドイツ仮装巡洋艦とそれに立ち向かったイギリス巡洋艦と武装商船(注1)の死闘の物語である。目次は以下の通り。

はじめに
年表
開発と発展の経緯
技術的特徴
対決前夜
乗組員
戦闘開始
統計と分析
戦いの余波
参考図書

 恐らく、本書を手に取られた方は「海の狩人アトランティス」の読者の方も多いと思われるが、仮装巡洋艦「アトランティス」に関しては、どちらか言えば脇役で、主役は仮装巡洋艦「コルモラン」と豪軽巡洋艦「シドニー」で、その対決に多くの紙面が割かれている。

 一見すると、この対決は一方的にイギリス巡洋艦に分があるように思え、実際の対決の勝敗もドイツ仮装巡洋艦の0勝2敗1分になっているが、このスコアをイギリス武装商船や抵抗した商船も含めた艦対艦戦闘全体で勝敗を再計算すると3勝2敗2分になり、意外にドイツ仮装巡洋艦の奮戦が目立つ。

 本書のテーマであるドイツ仮装巡洋艦とイギリス巡洋艦の対決の詳細を分析を披露すると、必ずしもイギリス巡洋艦の一方的な優位とは言えず、仮装巡洋艦「ピンギン」対重巡洋艦「コーンウォール」では「コーンウォール」が「ピンギン」の軍門に下る寸前まで追い込まれ、「コルモラン」対「シドニー」では、窮鼠と化した「コルモラン」に襲われた「シドニー」が相打ちとなった挙句、「シドニー」乗員が全滅する惨劇を引き起こした。

 唯一の完全成功例が、「アトランティス」対重巡洋艦「デヴォンシャー」の対決だけという、イギリス海軍にとって惨憺たる結果に終わった。

 本書は、その結果に至る経緯を徹底的に詳細を分析して、ドイツ仮装巡洋艦の侮り難い実態と問題が山積したイギリス海軍の通商破壊戦対策の全貌を明らかにしている。

 評者が見つけた本書の瑕疵は、37Pの重巡洋艦「デヴォンシャー」対「アトランティス」の戦闘日付が1940年11月22日になっているところだけである。(正しくは、1941年)

 不満な点としては、ドイツ仮装巡洋艦の通信システムに言及した点は、高く評価したいが、もう少し詳細な部分に触れて欲しかった点と、沈没した「シドニー」が2008年に発見されたが、その全体像が無かったことであるが、「参考図書」でその詳細を紹介したHPのURLが記載されていることでフォローされている。

 本書の評価は、この様なマイナーな題材の本を出版した出版社への敬意を込めて、星5つとさせていただいた。

(注1)正式呼称は、AMC:"Armed Merchant Cruisers" 直訳すると「武装商船巡洋艦」であるが、本書では「武装商船」と約されている。
 
 このレビューは完全に脱稿していますが、wikiの解説に不満があるので、仮装巡洋艦に関して、近日中に余裕があれば、この記事に解説でも書くかもしれません。(恐らく、読者の方の中には、仮装巡洋艦といわれてもサッパリ解らない方もおられるでしょう)
 しかし、本日は完全に失敗しました。
 レビューのある通り、仮装巡洋艦「アトランティス」沈没70周年に合わせて、レビューを投下すれば良かったのに忘れていました…。orz
 さらに本日は、ソビエト連邦軍がフィンランドに侵攻して冬戦争が勃発とルンガ沖夜戦の日にも当たるのですから、軍事的には重要な日なのに微妙に外したネタになりました、来年の70周年戦勝記念はルンガ沖夜戦の何かをできれば幸いですね。
 
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 本日、11月12日1944年に第二次世界大戦において、ドイツ海軍の戦艦「ティルピッツ」がイギリス空軍の12,000ポンド爆弾「トールボーイ」を使用した爆撃を受け沈没してから67周年記念日にあたります。
 
 そこで、本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「MILITARY CLASSICS (ミリタリー・クラシックス) 2011年 06月号です。
 
 戦艦「ティルピッツ」をご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
読むな危険
評価 ★
 本書の巻頭特集は、ドイツ海軍の「ビスマルク級戦艦」である。MILITARY CLASSICS (ミリタリー・クラシックス) 2011年 03月号 [雑誌]の次号広告の惹句は、以下の通りであった。

「ビスマルクってそんなに強いイメージあるー?それどこ情報?どこ情報よー?」

 この惹句を見たときに評者はある種の期待をしたが、その期待は裏切られることがなかった。つまり、いい加減な記述で突っ込み満載の雑誌が出版されるであろうとの!

 まず、18Pで38センチ主砲が紹介されている。主砲の口径すなわち砲身長であるが、単に47口径と書かれているだけである。日本、イギリス式とドイツ式の口径表示は異なり、ドイツ式の口径表示は薬室の底部から砲身の長さを示し、日本、イギリス式の口径表示は尾栓頭からの砲身の長さを示すので、同じ口径でも、ドイツ式の口径表示は短くなる。日本、イギリス式にビスマルクの主砲38cm SK C/34の砲身長を換算すると51,66口径であり、公称より長砲身であるが、この点に関しては一切触れられていない。

 また「砲弾は薬莢を使う莢砲で水上艦では珍しい。これはドイツ海軍の特色で、被弾時の防爆対策のためだ。」と解説しているが、明らかに可笑しな話である。ビスマルクの主砲弾の装填は、弾頭、絹のパッケージの副装薬、薬莢の主装薬の順で行われ、金属薬莢は尾栓から発砲時に火薬のガス漏れる垂直鎖栓式特有の現象を防ぐために存在するのであって、絹のパッケージの副装薬が用いられていることから解るように金属薬莢の使用は、防爆対策ではない。

 さらに「水上艦では珍しい。」とあるが、米英の巡洋艦では金属薬莢を用いている艦も散見されることから、「戦艦では珍しい。」の誤りではないだろうか?

 もっと付け加えると、19P「対空兵装」のCGと解説文に「3.7cm連装機関砲」とあるが、ラインメタル社製3.7cm SK C/30は「高角砲」であり、「機関砲」ではない。人力で砲弾を装填するのである!

 なお、この解説文のCGが仮に「ビスマルク」ではなく「ティルピッツ」だったとしても就役当初の「ティルピッツ」には、3.7cm SK C/30高角砲が搭載されており、やはり誤りであると指摘したい。

 このように僅か2Pだけでもこの有様で、いちいち突っ込みを入れれば際限がない本書の巻頭特集であるが、「ビスマルクってそんなに強いイメージあるー?それどこ情報?どこ情報よー?」に対する回答を持って、終わりにしたい。

 逆に本書の関係者に問いたい「では、あなたは正確な情報を持っているのですか?」と。

 この書評で評者が使用した情報は、全て一般に販売されているものばかりである。しかし、その一般流通している本にすら、ろくに目を通さずに本書が執筆されているのは、明らかで、読者を馬鹿にしているとも受け取れる惹句を用いた挙句、極めて品質に問題のある情報を読者に提供した本書は、極めて好ましくない。評者個人としては、突っ込みどころ満載のネタを提供していただいたので、実にありがたい存在ではあるが、いい加減な情報を掴まされた一般読者は溜まったものではないだろう。

 よって、他の記事には一定の価値が認められるものの、その価値を相殺して余りあるほど問題があるので、星は一つである。

参考書籍
グランドパワー12月号別冊ドイツ海軍艦艇図面集1「ビスマルク級戦艦ビスマルク」ガリレオ出版
 
※このレビューは書き掛けです。近日中に改訂いたします。
 
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