ミッドウェー海戦研究所

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フランス

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 本日7月14日は、1789年フランス革命勃発から223周年記念日にあたります。
 
 本日は、「ナポレオン獅子の時代 9」、「「ナポレオン獅子の時代 1」」、「「ナポレオン 覇道進撃 2」に引き続き、少年画報社の雑誌「アワーズ」で絶賛連載中の長谷川 哲也先生のマンガ単行本「ナポレオン 2―獅子の時代 (ヤングキングコミックス)の書評を行うことにしました。
 
 フランス革命をご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「パオリはここにいるぜ」パスカル・パオリ
評価 ★★★★★
<あらすじ>
 1789年7月14日、ついにフランス革命が勃発した!
 民衆の無軌道なバスティーユ襲撃に始まり破壊と殺戮による混沌がフランス全土を覆い尽くす…。そんな中、パリの陸軍士官学校の砲兵科を卒業、1785年に砲兵士官として任官し、ラ・フェール砲兵連隊に所属していたナブリオーネ・ブオナパルテ少尉は、暴徒鎮圧を命じられ鎮圧に成功するものの任務に嫌気が差し、休暇願を提出して故郷のコルシカに帰郷してしまう。

 一方、パリでは革命が進行し、ジャコバン派のリーダーであるロベスピエールがルイ16世の処刑を画策する。ロベスピエールと国王の処遇で意見を異にするミラボーは己の死期を悟り、1768年にミラボー自ら軍に加わってジェノヴァからコルシカの領有権を譲渡されたフランスによるコルシカ侵攻で追放した、コルシカ民族主義の指導者パスカル・パオリの帰国を人生の贖罪として実現させる。このパオリのコルシカ島帰還によって、ナブリオーネ・ブオナパルテ少尉の運命が大きく変わることになる…。

<書評>
 この第2巻では、若き日のナポレオン・ボナパルトの苦悩と挫折と雌伏の時である1792年のコルシカ島への帰還から追放。そして1793年に原隊復帰し、トゥーロン攻囲戦に参加直前のエピソードを描いています。

 本書は、ナポレオン・ボナパルトが大活躍するトゥーロン攻囲戦の直前で終了しているので、第4巻と同時に購入することを強くお勧めします。実に良いところで終わるので、本書のみを購入すると、次の第4巻を読めずに強いストレスを受けること請け合いです。

 また、この第2巻から児玉源太郎氏の大陸軍戦報の掲載も開始されました。この大陸軍戦報は、厖大な情報が行き交うナポレオンの人生を余すことなく知るために、本編を補完する歴史論文がメインとなっております。ただし、月刊「アワーズ」で連載中に掲載された大陸軍戦報は、単行本では再掲載されておりません。そのため、大陸軍戦報を全て読みたい方は、連載と単行本の両方を購入する必要があるので、注意が必要です。
 
 上のアマゾンに公開したレビューにご賛同いただける方で、アマゾンの「このレビューは参考になりましたか?」の項目に「はい」にクリックをお願いします!
 
 レビューへの賛同を頂けるとより多くの人にアマゾンでのレビューが見られる仕組みになっております。
 
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 本日6月18日は、1815年ワーテルローの戦い終結から197周年記念日にあたります。
 
 
 ワーテルローの戦いをご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「砲声に向かって進め!」ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼー
評価 ★★★★★
<あらすじ>
 エジプト遠征でナポレオンの不在を好機と見たオーストリア、イギリス、ロシア、オスマン帝国の四カ国は、1798年12月24日、第二次対仏大同盟を結成し、フランスへの攻撃を開始した。フランスへ宣戦したオーストリアは、1800年までに北イタリアの大部分を奪回した。そのオーストリアに反撃すべく、アルプス越えを行ったナポレオンが攻勢に転じた第二次イタリア遠征(1800年5月〜6月)のクライマックスがこの巻では中心に描かれる。

 ナポレオンはオーストリア軍の背後に出てミラノとパヴィアを占領し、オーストリア軍退路の遮断に成功。1800年6月9日、ジャン・ランヌ率いる8,000の予備軍が、ジェノヴァに篭城するマッセナの降伏で参謀本部の混乱した命令をものともせずモンテベロの戦いでオット将軍率いるオーストリア軍18,000を撃破!(クロード・ヴィクトール・ペラン将軍の手を借りたけど、気にしない!)

 同年6月13日、ナポレオンは、モンテベロの戦いの勝利と戦闘に有利な土地であるサン・ジュリアーノ平原を明け渡したオーストリア軍のミハイル・メラス将軍が決戦を避け、ジェノバかヴァレンツァへ逃亡を試みるであろうという自説を強くした。しかし、メラス将軍はナポレオンとの決戦を決意して東進、アレッサンドリアまで前進した。これに対してフランス軍は、午後9時、視界不良によりアレッサンドリアと自軍の間に横たわるボルミダ川の橋への砲撃を中止して、橋を完全に落さずに放置、オーストリア軍主力がトリノにとどまっていると誤認し、軍を分散したまま野営した。

 こうして、ボルミダ川の橋を渡河したオーストリア軍と野営中のフランス軍が、1800年6月14日未明、アレッサンドリア近郊のマレンゴ村において遭遇。午前6時、オーストリア軍の本格的な攻撃と共にヨーロッパ史を変える「マレンゴの戦い」が、ナポレオンにとって最悪のタイミングで開始された!

<書評>
 本書の中で大きく取り上げられている「マレンゴの戦い」でのテーマを解りやすく一言で言うと「有能な将軍とは、こういう人です。」ということをルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼー将軍を通して、示しているとことが見所の一つでしょう。

 劇中のドゼー将軍の台詞「行軍の基本を知っていますか」「砲声に向かって進め」の二つですが、後年、ナポレオンが戦う重要な戦いで、もう一度似たような場面があります。

 その詳細は、ネタバレになるため言いませんが、その史実とこの史実(この台詞は、長谷川マジックではなく、史実に基づいたものです)を重ね合わせると、いかにドゼー将軍が、後年、ナポレオンが「私が知る最も優秀な将軍」と評した理由が良く解るでしょう。

 このきわめて優れた長谷川先生の演出に星5つです。
 
 恐らく、マレンゴの戦いが生起した6月14日ではなく、本日の6月18日にレビューを書いたことで、解る方には解るネタバレとなっております。このレビューを読んだ方が、どれくらい気付くか楽しみです!w
 
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 本日12月2日は、1805年フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト率いる大陸軍オーストリア領(現チェコ領)モラヴィアブルノ近郊の町アウステルリッツ(現在のスラフコフ・ウ・ブルナ)郊外で生起したアウステルリッツの戦いで、ロシアオーストリア連合軍を破った戦勝206周年記念日に当たります。(中途半端な年数ですが、許してください!)
 
 本日も前回の「アルコレの戦い戦勝215周年記念 特集『ナポレオン獅子の時代 9』」に引き続き、少年画報社の雑誌「アワーズ」で絶賛連載中の長谷川 哲也先生のマンガ単行本「ナポレオン獅子の時代 1のレビューを行うことにしました。
 
 アウステルリッツの戦いをご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。(非常に良く書かれています!)下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
「ただ一撃で、この戦争は終わる」 ナポレオン
評価 ★★★★★
 本書を手に取ったのは、とある大規模書店のマンガコーナーであった。そのコーナーの中で本書が立ち読み自由の見本誌として、置かれていた。その見本誌の状態はボロボロであったが、逆にそれは多くの人が興味を持ったために読んだ証拠であり、その傍には「目指せ100巻!長谷川先生頑張ってください!」との書店の定員による手書きの広告が置かれ、定員お勧めの商品である本書に非常に興味を惹かれて、手に取ったのが本書との出会いである。

 読了後の感想は「圧倒された!」の一言に尽きる。

 本書にも登場するプロイセン将校クラウゼビッツが、その著書「戦争論」の中で「戦争芸術の粋」と呼んだアウステルリッツの戦いが長谷川先生の手によって、その戦場描写とナポレオンの天才振りが鮮烈に描かれ、圧倒されてしまったのである。

 本書の概略は、既に述べたアウステルリッツの戦いが前半のメインで後半は、ナポレオンの出身地であるコルシカ島とフランスの関係をフランス革命の立役者である「疱瘡の虎」ことミラボーの目を通して描かれる。そしてナポレオンの誕生からフランス軍士官学校へ入学、父カルロとの死別、ナポレオンの後年の述懐の言葉を借りると「哲学的な体験」で本書の幕が閉じる。

 是非、長谷川先生が描いた「戦争芸術の粋」をお読みいただきたい!
 
  恐らく、「ナポレオン獅子の時代」をご存じない方もおられるでしょうから、登場人物の紹介をしたいと思います!
 
イメージ 4 我らが偉大なるフランス皇帝
ナポレオン1世陛下である!
 
 第1巻の陛下の画像がこれしかなかった…。orz
 
 陛下!申し訳ありませんでした!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5
 我らが偉大なるフランス皇帝
ナポレオン1世陛下の臣下であるルイ=ニコラ・ダヴー元帥。
 
通称「不敗のダヴー」。
 
 アウステルリッツでは、第3軍団を指揮し、囮である右翼担当。
右のコマでは、メガネを掛けていませんが先天的な弱視。 ナポレオン1世陛下の任じた26元帥の中で最優秀の元帥。
 
 
 
イメージ 3
 我らが偉大なるフランス皇帝ナポレオン1世陛下の敵。
 
ロシア皇帝アレクサンドル1世(ロマノフ朝、14代目)
 
 この恐るべき髪型は、史実に則った髪型です…。orz
 
を参照してください!
 
 
 
 
イメージ 6
ブクスホーデン、ロシア陸軍元帥伯爵。
 
 "wikipedia"のアウステルリッツの戦いの項目によると、酔っ払いながら指揮を取った挙句、クトゥーゾフの増援の命令を無視した大馬鹿者です。マンガの中では、その馬鹿さ加減が無いため、ある意味で史実よりいい扱いを受けている!w
 
 
 

イメージ 2
 ナポレオンの父 カルロ・マリア・ブオナパルテさん、いろいろあった人のようですが、Wikiに項目がありませんでした!(泣)
 
 本編では変わり者でありながら、ナポレオンの良き理解者として、登場しています。
 
右のコマのセリフは名言ですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 これ以外にも紹介しなければならないキャラクターが多数おりますが、本日はこれまでにしたいと思います。
 
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 本日11月17日は、1796年ナポレオン戦争におけるイタリア戦役アルコレの戦いでナポレオン率いるフランス軍がイタリアでオーストリアを破った戦勝215周年記念日に当たります。
 
 本日も毎回恒例のアマゾンの軍事関連媒体の評価を行うことにしました。評価の対象は、「ナポレオン獅子の時代 9 (ヤングキングコミックス)です。
 
 アルコレの戦いをご存じない方は、リンク先の"wikipedia"ご覧下さい。下にアマゾンに公開したレビューを掲載します。
 
突破口が開かれれば均衡が崩れる 他にはなに一つ残らぬ (ナポレオン)
評価 ★★★★★
 まず本編の概略を述べると、オーストリア軍を破り、ミラノ攻略を成功させたナポレオン率いるフランス・イタリア方面軍。イタリアの攻略を確固たる物にすべく、ロンバルディアのかんぬきと呼ばれる水上都市マントヴァを包囲下におくが、そこに新たな敵、オーストリア軍・新司令官ヴルムザーが兵力6万と共に現れる。

 カスティリオーネ戦でオーストリア軍を撃破したものの、バッサーノ戦で狂気の山越えを行いヴルムザーを追撃するが取り逃がし、マントヴァへの逃走を許してしまう。

 さらに現れた新たなる敵、オーストリア軍・新々司令官ダルヴィンチ。

 ダルヴィンチにより、後退を強いられたナポレオンはアルコレの沼沢地帯で敵への後方機動を試みるが、失敗!部下と共に先頭に立ち、軍旗を手に突撃したナポレオンにオーストリア軍の重散弾が襲い掛かる!そして混乱の最中、ナポレオンは敵中に取り残される…。

 ここから先は、本書を直接読んでお楽しみ頂きたい!

 読了後の感想を述べると、本作の主人公は、ナポレオンとその部下達であるが、この巻ではそれに負けず劣らず濃いキャラクターの敵であるオーストリア軍の司令官達と、その司令官達の元で雨後の竹の子のように、湧き出てくるオーストリア兵が影の主役として、活躍している。

 とにかく、本当に史実に基づいた劇画か!?と叫びたくなるほど、激戦に次ぐ激戦であるにもかかわらず、消耗を物ともせずに、劇中の登場人物であるランヌの言葉を借りればゴキブリの如き生命力を持つフランス軍は、凄まじいの一言に尽きる。

 また、本書を読む際に注意しなければならないことは、余白を最大限に活用すべく編み出された解説欄の場所である。カバーを外さないと解説欄「大陸軍戦報」を読めない。気付かない人はいないと思われるが、念のため、注意を喚起しておきたい。
 
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被災者に余計な不安を与えたフランスからの助言
チェルノブイリの時の経験は分かるのだが・・・
2011.03.30(Wed) 鈴木 春恵
外に暮らす日本人の多くが、母国の惨状に驚愕し、泣けて泣けて仕方なく、けれども、「具体的には今は何もできない」と、その無力さにさらに打ちひしがれていたのが、震災直後の状態だったと思う。
 
 私自身、電話がうまくつながらなかった実家のことを心配しつつも、すでに予定されていた仕事の約束をつとめて冷静にこなすしかなかった。
 
 もちろんその先々で、日本のことは話題になり、顔を合わせるすべての人が家族や友人たちの安否を尋ねてくれるし、すでに被災された日本の人々へのお見舞いを口ぐちに述べる。
 
 そのことをありがたく受け止めつつも、(今は何もできない)と、半ばあきらめの気持ちで、その不安と焦燥感を押し込めようとしていた。
 

日本の支援をしてくれるなら避難用の飛行機を送ってほしい

 原発の事故が報じられるとすぐ、ヨーロッパの首脳たちは、今後予定されている原発の見直しを発表した。そして「日本の震災に関して、できるかぎりの協力をする」ともコメントしている。
 
(それならば、ヨーロッパから飛行機を飛ばして原発周辺の住民をそっくり避難させてはくれないか・・・)
 
 問題の現場から40キロの地点に家族のある筆者としては、そんな荒唐無稽とも思われる願いさえ抱いていた。
 
 2日半ぶりに何とか電話が普通につながるようになり、両親や、その隣に暮らす弟家族と話をする段になって、その場所の空気と、こちらで盛んに伝えられている危惧、この2つの境遇の温度差に愕然としてしまった。
 
 日本時間14日朝のことである。このことは、前回のコラムの後半に書いた。
 
 そのギャップを認識した瞬間から、私の中にあった「何もできない」という思いが決定的に変わった。今そこにあるのは、目には見えない津波のようなもの。そこから家族をどうにかして救いださなくてはならないと思ったのである。
 
 できるだけ早く、できるだけ遠くに逃がさなくては、と。
 
 それからというもの、電話と携帯メールとで、義妹に被曝の危険と避難の必要を訴え、インターネットの情報を駆使し、協力を求めたい人々に電話をかけ、策を講じ始めた。
 
 家族全員での移動が無理なら、せめて義理の妹と3人の幼い姪、それに母だけでも・・・。つまり女子供だけでも逃げてほしいと思った。
 

避難を主張するフランスの私にとまどう家族

 弟は公務員。任務を離れられる立場になく、すでにそちらの方でいっぱいいっぱいの毎日を強いられているのは想像がついたし、父は、地震の翌日、原発が爆発した日に先祖の墓が被害を受けていないか確認に出かけていった人。そう簡単に代々の土地を離れる人とは思えなかった。
 
 身を寄せる先として、南関東にある叔母の家を考え、すぐにそちらに連絡をする。「疎開」「県外避難」という言葉がまだ使われていなかった時期ゆえ、いきなり避難先を打診された叔母夫婦も、最初は驚いた様子だった。
 
 それでも、こちらの勢いに押されたように、「できる限りのことはする」と快諾。ひとまず受け入れ先の準備はできた。しかし問題は移動手段。東北新幹線はもちろんのこと、高速道路も使えないとなれば、一般道を下るしかない。
 
 義妹がカーナビで検索したところによれば、所要時間は12時間。女子供だけの車中、運転手はこの義妹ただ1人。
 
 うまくいったとしても夜間の走行も考えなくてはならず、さらに大きな余震、あるいは、ひとたび原発に重大な動きがあれば、関東全体がパニックになることも予測される。そんな中を南下しなくてはならない。
 
 「春休みの旅行だと思って。何もなかったら、私が騒ぎすぎたってことで、みんなで笑い話にしてくれればいいから」
 
 そう口にしてみたりするものの、単なる旅行のレベルでないことは誰の目にも明らかだ。
 
 こちらからのやいのやいののメールと電話、さらには頻繁に起こる余震をかいくぐって、義妹は水、食料、携帯用コンロ、そして子供たちの身の回りのものなどをワゴン車に詰め込んでいた。
 
 「私は、行くつもりでいるんですけれど」。母親としての使命感にほかならない。
 

避難したくても十分なガソリンが手当てできず断念

 行動力ある義妹ゆえ、彼女の車にはすでに満タンのガソリンが入っていた。しかし、道の状態や時間のかかり方によっては、途中での補給を考えなくてはならない。
 
 そのために、都内の親戚に連絡をすると、すぐさま町に出て予備燃料の確保に動いてくれたのだが、このときすでに、都内でも燃料の不足が始まっており、保険のガソリンは手にはいらなかった。
 
 さらに、私の気持ちを萎えさせたのは、その後3日間のうちに70%の確率で予報されていた首都圏の大地震。
 
 「それでも、行ってほしい」と、苦渋の言葉をわたしは口にした。けれども、そこには恐らく、義妹をさらに奮い立たせるほどの勢いは感じられなかったに違いない。
 
 NHKの24時間放送を横目に、コンピューターと電話にかかりっきりになってから、どれくらい時間がたったのだろう。窓の外のパリの空が明るいのか、暮れているのか、それすら見ることなく時間が過ぎた。
 
 日本時間15日の早朝、母を促すべく、実家に電話をする。まだ就寝中だったとみえ、やや時間をおいてくぐもった声の父が受話器をとった。
 
 「できるだけ早く、日のあるうちに着けるように・・・」とはやる私に、父は返した。
 
 「心配してくれるのはありがたいが、もういい加減にしてくれ。煽り立てないでくれ。おまえの電話が始まってから、○子はうつ病に近いような状態になっているぞ」
 
 いらだちとやるせなさを懸命に押し殺そうとして、それでも勢い余った父の声音に、私は言葉を失った。そして沸騰していた全身の血液が一瞬にして冷えて落ちたような気がした。
 

放射能より2次災害の方が心配

 「放射能ももちろん心配だが、俺にしてみれば、こんな状況の中を発たせることの方がよほど心配だ」
 
 2次災害・・・。
 
 気がつけば、義妹とのメールと電話のやりとりは、この24時間の間に数十回になる。母親としての子供の将来に対する責任、そのために、家族の多少の反対を押し切ってまでとろうとしている様々なリスク。そのはざまで引き裂かれるような気持ちを抱いていた義妹のことを思った。
 
 私が彼女に、そして家族にかけた心の負荷は、すでに大震災、やまない余震で疲弊しきっているところに追い打ちをかける、2次災害といえる類のものではなかったか・・・。まだはっきりとは見えていない危惧に、先回りして対面させようとしたといってもいい。
 
 この朝、原発は新たな煙を吐いた。首都圏への南下を決行することを逡巡した結果、義妹と3人の姪はさらに30キロほど原発から遠ざかることになる彼女の実家の方へと移っていった。
 
 それからすぐ、わたしは弟にメールで、ことの次第を詫びた。義妹の返事から、弟は彼女の意思を尊重してくれていることは知っていた。彼自身が行動を起こせる状況ではないゆえに、その心情もまた察するにあまりある。
 
 「本当にいろいろと助言をありがとう。少し休んでください。あとは天に祈るのみです。今、地震で被害なく命があるのも運命、ここで被害を受けるのも運命です」
 
 3月11日からこの時まで、私はあまり泣かなかった。しかし、この返信を読んだ瞬間、涙がとめどなく流れるのをどうすることもできなかった。
 
 ヨーロッパの友人たちは、私と家族を心配してくれるがゆえに、徹底的に逃げることを勧める。彼らの頭にあるのはチェルノブイリの教訓。事故現場から数カ国隔てたフランスで、当時の政府は言ったという。
 

チェルノブイリでフランス人が経験した政府のウソ

 「放射能の雲がフランス国境を越えて入ってくることはない」と。
 
 もちろんこれは、全く事実ではなかった。だから、とにかくこういった火急の場合には、政府の言うことをまず疑ってかかり、自分の身は自分で守るしかないと思っている。
 
 よしんば、その発表がのちのち事実であったと分かったとしても、何を信じていいか分からない状況では、とにかくできるだけリスクを避けるような行動に出る。
 
 「10%のリスクを取るか、リスクを限りなくゼロにするか。僕だったら絶対に後者を取るね」と、あるフランス人は言う。
 
 その人はさらにご丁寧にも、こんなたとえをしてくれた。
 
 「仮に10の穴があるピストルに1つだけ玉が入っているとして、それを自分の頭に当てて引き金を引くことが、君にはできるかい?」
 
 彼の言うリスクというのは、もちろん被曝のことに尽きる。
 
 その発想からすれば、ガソリンの不足、道中の危惧といったもろもろの都合は、もしかしたら取るに足らないと言えるレベルのことかもしれず、さらには、いつまで続くかしれない疎開先での不便、離れ離れを余儀なくされる家族といったことは別の次元に類するのかもしれない。
 
 15日の朝をもって、私は、避難を強調することをやめた。皮肉なことに、このあとになって、県外避難の動きは目に見えて増え始めたが、逆にその場に残る家族の決断を尊重することに決めた。
 
 「予断を許さない」原発のことは、こちらでも毎日報道されており、友人たちからの慰めとアドバイスが入り混じった声もやまない。
 

現場の事情に詳しくない助言はただのおせっかい

 「政府の指示があるまで、家族は動かないと思うわ。私からはもう避難を強要しないことにしたのよ」と言うと、受話器の向こうで溜息をもらしているのが分かる。
 
 「土壌の汚染があると、そこは使いものにならないわね・・・」
 
 意地悪で言っているのではなく、ただ冷静な分析をしてくれようとしているのは分かる。しかし、それに思いを致せというのは、故郷を遠く離れた安全な場所にいるはずの私自身にとっても酷なこと。
 
 「今はそういうことを聞きたくない」
 

 その声音がよほど冷徹だったのだろう。受話器の向こうの友人は黙った。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
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