ミッドウェー海戦研究所

本部URL:http://ameblo.jp/naval-warfare-midway/

ロシア陸軍

[ リスト | 詳細 ]

ロシア軍に関連する記事で書庫を構成しています。
記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
世界の軍事力:最新ロシアの軍事事情(3)
北方領土問題:中国と連携し支配強化を狙う
2011.06.17(Fri)  岡本 智博
州通常戦力(CFE)条約が締結(1992年11月発効)されて以降、数次にわたる交渉を経て欧州は一応の安定を勝ち得ることとなり、ソ連邦の崩壊と冷戦構造が消滅していく中、北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)は2004年にエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国を新加盟国として迎え、現在28カ国で構成されている。
 

NATOの拡大とロシアの「2020年までの国家安全保障戦略」

拡大を続ける北大西洋条約機構(NATO)
イメージ 1 前々稿で紹介した様にNATO加盟国は2004年4月に26カ国であったが、2009年4月にアルバニア、クロアチアが加盟して28カ国となった。
 
 他方、冷戦構造の担い手であったソ連はロシアとして生まれ変わり、国家防衛と安全保障を考慮してNATOの東方拡大を強く警戒するとともに、NATOに対して様々な牽制を加えたのであった。
 
 こうした情勢推移の中、2003年のグルジア「バラ革命」、2004年のウクライナ「オレンジ革命」、2005年のキルギス「チューリップ革命」が連続して発生し、バラ革命では大規模な市民デモ集会がシェワルナゼ大統領を退陣に追い込んだ。
 
 オレンジ革命では改革派の野党勢力が大統領選で不正があったとして大規模デモを展開し、再選挙でビクトル・ユーシェンコ野党候補が当選した。チューリップ革命では議会選で不正行為があったとして野党側が抗議行動を起こし、アカエフ政権が崩壊した。
 
 こうした行動の背景には、各国の安全保障観が反映していたことは言うまでもない。
 
 そしてロシアは、旧東欧諸国やバルト諸国を含むNATOの拡大がかつては万全であったロシアの国家防衛のための緩衝地域を徐々に制約していくことに危機感を抱くとともに、少なくともNATO加盟を希望していたウクライナおよびグルジアの加盟を阻止することが、ウラジーミル・プーチン政権の最大の課題となったのである。
 
 ロシアの大統領がプーチンからドミトリー・メドベージェフに交代した直後の2008年8月8日、まさに北京オリンピックの開幕日、ロシアは旧ソ連の親欧米国グルジアに侵攻した。
 
 米国はグルジアが先に進攻した南オセチアはグルジア領であることを重視してロシアに自制を呼びかけたが、ロシアに対する説得は功を奏さず、南オセチアアブハジアの独立という結末を迎えることとなった。
 
 このように旧ソ連構成国を舞台とした戦闘は、ウクライナおよびグルジアのNATO加盟問題を軸として、ロシアとNATOが相互の影響圏を争う構図ともなっていた。
 しかし、結局のところ国際世論はロシアに妥協し、「事実上のグルジア分割」が確定、ウクライナは希望を果たせないまま政治的にはロシアに接近している。
 
 独立を宣言したアブハジアおよび南オセチアには現在、ロシア連邦との国家連合を目指してロシアに働きかけているという動きがあるが、“ソ連の強権発動が日本の北方領土を、ロシアの強権発動がグルジアの一部であったアブハジア南オセチアの分離を正当化する”、これが国際政治力学の実際なのである。
 
グルジアの首都トビリシから50キロ地点を通過するロシア軍の兵士〔AFPBB News
 
 さてこのような背景の下、2009年5月、「2020年までのロシア連邦国家安全保障戦略」が策定・公表され、ロシアは本戦略の中で“国境警備の強化”を宣言した。
 
 その意図は、欧州正面が一応の安定を見せたと判断したロシアが、本国家戦略の中で、カラー革命の一段落とウクライナおよびグルジアのNATO加盟を阻止したことを踏まえ、欧州正面から極東方面に重点を移行し、極東の警備強化を国家施策の優先事項とする戦略を決定したと判断して間違いないと考えている。
 
 実際のところ、欧州正面に比較しロシアの極東方面には、核兵器および弾道ミサイル開発・配備に邁進する北朝鮮、とみに軍事力の増強・近代化を進め経済発展の続く中国、そして「北方領土」という国境画定問題を抱えた日本と、世界情勢の不安定要素が数多く存在しているのである。
 
 しかもロシアの国家戦略が公表されたあと、陸続として韓国海軍「天安」哨戒艇撃沈事件(2010年3月)、尖閣諸島中国漁船衝突事件(2010年9月)、韓国延坪島に対する北朝鮮による砲撃事件(2010年11月)が発生している。
 
 ロシアの極東地域、我が国からすれば東アジア・太平洋地域は、まさに国際紛争が極めて憂慮される“ホットスポット”なのである。
 

ロシアの東アジア・太平洋地域軍事戦略

 軍事大国ロシアとしての矜持を保ちこれを誇示するため、(1)ICBMの復活配備、(2)警戒飛行の再開、(3)GLONASSシステム再構築への投資、といった施策を推進する傍らロシアは、前述したように国家軍事戦略における重心を極東方面に変更し、極東方面の警備を強化する施策を打ち出すこととした。
 
 こうしたロシアの戦略転換の最中、2009(平成21)年7月10日、「北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律の一部を改正する法律」(以下「北特法」という)が改正され、2010(平成22)年4月1日に施行された。
 
 そしてこれに機を合わせたように2010年9月27日、メドベージェフ・ロシア大統領と中国・胡錦濤国家主席の会談が北京の人民大会堂で行われ、両首脳は「戦略的協力関係の全面深化に関する共同声明」に署名するとともに、「第2次世界大戦終結65周年に関する両国元首の共同声明」を発表した。
 
 当時の「毎日新聞」は、これを受けて「中国は尖閣諸島、ロシアは北方領土における対日交渉を有利に進めるため、歴史・領土問題での中露の協調姿勢を打ち出すとみられている」と、共同声明の中味を解説した。
 
 筆者はこの分析に理解を示したい。日本の北に“北方領土問題”が存在し、西に“尖閣諸島問題”が存在すれば、我が国の力を北と西に分散・分断を図り、ロシアおよび中国がそれぞれの立場で日本に対し攻勢を仕掛けることができる、有利な環境を作為することが両国の連携によってできると考えることは、誰が見ても当然の国家としての戦略なのである。
 
 我が国は国際政治上、現在、極めて困難な環境下にあることを、政府をはじめ一般国民は認識すべきときなのではなかろうか。
 

北方領土問題における我が国の拙劣外交

2010年11月、国後島を訪れたドミトリー・メドベージェフ大統領〔AFPBB News
 
 先に述べたように我が国では2009年7月10日、時の政府であった麻生太郎内閣が「北特法」の改正案を国会に提出し承認され、民主党に政権が移行して鳩山由紀夫内閣が誕生した後の2010年4月1日に施行された。
 
 従って“ロシアが「北特法」の変更に対して警戒感を増大させ、北方領土の軍事態勢を強化し始めた”とすることは間違いである。そうではなくてロシアの戦略転換は、欧州正面の一応の安定化が契機であったことはこれまで縷々述べてきた通りである。
 
 ところで「北特法」改正の内容はどのようなものであったのであろうか。これを調べたところ、その改正では次の2つを見出すことができた。
 
(1)旧「北特法」では“北方領土問題が未解決・・・”という文章が、改正後は“北方領土が我が国固有の領土であるにもかかわらず、北方領土が・・・”となっていること。
(2)改正前の法律では全く触れていない“交流事業”に関する記述が、改正後は法律上明確に位置づけられていること。
 
 筆者はこの改正を見て直ちに、台湾と中華人民共和国がかつて“deduire Independence”の是非を巡って論争したことを思い出した。
 
 すなわち、当時の陳水扁総統が「国名を中華民国から台湾に変えよう、憲法も現在の国体に合致したものに変更しよう」と提議して行動を起こす構えを見せたところ、中華人民共和国はその動きを封殺すべく“Anti-secession law”「反国家分裂法」を制定し、“法律上であっても独立を主張するものに対しては、軍事力を行使してでもこれを阻止する”という決意を明確に表明したのである。
 
 このように法律上の論争は、必ず法律上の反駁をもって対抗するのが国際常識ともなっている。従って筆者は、「北特法」の改正は、日本政府がまさしく性根を据えて「北方領土問題」解決に向けて行動することを決意したと考えた。
 
 それというのも2005年7月、欧州議会はロシアに北方領土の返還を求める決議を採択した。これはすなわち、2004年にNATOおよびEUに加盟を果たしたバルト3国が、旧ソ連が彼らに押し付けた国境画定を糾弾する動きに賛意を示したことによるものであり、こうした好機を捉えて、我が国政府が首相やその他の要人を欧州議会に派遣し、我が国の主張を欧州諸国を含む国際世界に訴え、国際世論を味方にする外交戦略を取ると期待したからなのである。
 
 ところが日本政府はその後、何の行動にも出なかった。
 
 これに反してロシア側は、我が国が「北特法」を施行して間もない2010年5月19日、ラブロフ外相が国家院において、北方4島で活動するサハリン州の企業家が日本政府に査証発行を拒否されたことに触れて次のように述べた。
 
 「存在する現実を認めない日本の指導部の路線を、また、第2次世界大戦の結果としかるべき国連憲章の規定がこれらの諸島には適用されないかのように見せかけようとする日本側の試みを反映している」
 
 「これについてロシアは、断固として同意しない」
 
 しかもこれに先立つ2010年5月9日、モスクワで行われた対ドイツ戦勝65周年記念式典前夜の祝宴において、プーチン首相と会談した胡錦濤主席は次のように発言した。
 
 「第2次大戦勝利へのソ連の傑出した貢献を抹消するため、歴史を書き換えようとしている勢力がある。中露両国は歴史の真実を守る抜くために、協調関係を強めるべきだ」
 
 そのうえで、中露両国が連携して日本に対し攻勢をかけようと提案しているのである。
 
 こうした経緯を受けてメドベージェフ大統領は2010年7月23日、「軍事的栄光の日と記念日に関する連邦法」に改正を加え、日本が第2次大戦の降伏文書に調印した9月2日を「第2次世界大戦終結の日」として新たな記念日に制定する法律に署名し、事実上の「対日戦勝記念日」を成立させたのである。
(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
世界の軍事力:最新ロシア軍事事情(2)
軍事分野における革命の進捗状況
2011.06.16(Thu) 岡本 智博
 
(1)からの続き
 

衛星誘導爆撃の追求

 「GLONASS」衛星により衛星誘導爆撃を実施するためには、「GLONASS」衛星から与えられた移動する通常爆弾の大気圏空間の位置を示す3次元情報と、通常弾頭が到達すべき地球上の目標位置データが必要であり、その2つの位置情報が相対的に誤差ゼロになるまで、滑空を続ける通常爆弾のコントロールフィンに誤差情報を与え続けて通常爆弾の滑空をコントロールする必要がある。
 
ロシアによるCGSの試み
イメージ 2 こうした能力をロシアが獲得するための実験が、2007年5月29日、カプスチンヤールにおいて実施された。
 
 本実験では通常爆弾を搭載する兵器として空中発射型巡航ミサイル「Kh-555M・グラナート」が使用された。
 
 この巡航ミサイルを「イスカンデルM」短距離ミサイルに搭載して打ち上げ、空中において飛翔中のイスカンデルミサイルから巡航ミサイルが分離・発射され、「GLONASS」衛星の誘導を受けて正確に目標を撃破することに成功した。
 
 「Kh-55・グラナート」(Х-55 «Гранат»)は、ソ連時代にラードゥガ設計局が開発した巡航ミサイルである。
 
Tu-160から発射されたKh-555M・グラナート
イメージ 1 北大西洋条約機構(NATO)のコードネームではAS-15「ケント」(AS-15 Kent)と呼ばれている。
 
 この巡航ミサイルは、通常は「Tu-95」や「Tu-160」といった戦略爆撃機に搭載され、戦略核兵器の運搬手段として用いられている。
 
 Tu-95の場合、機種にもよるが6発から16発程度、Tu-160では12発を搭載することができる。
 
 発射されると小型の安定翼を展開し、ターボファンエンジンで推進する。核弾頭も搭載することができるが、その核弾頭は200キロトンの威力を持つ。
 
 射程距離については、初期型は約2500キロであるとされていたが現行型では3000キロ程度に延長されるなど、性能向上が図られている。
 
 また、潜水艦発射型および車輌による地上発射型も開発されていると言われている。
 
 以上をまとめてみると、米国とロシアにおける衛星誘導爆撃システム構築の状況は、2011年4月末現在、次の通りとなっている。
 
イメージ 3
米国とロシアにおける衛星誘導爆撃システム構築推移
 

ロシアの衛星攻撃兵器開発

 ロシアにおけるITの軍事分野への取り込み状況については、いまだに具体的に説明する資料は公表されていないが、ロシアが今般、軍管区を4つにまとめて統合運用体制を確立したことから、JointのみならずIntegrateが意味する統合運用能力を獲得している、あるいは獲得する段階にあることは疑いのないところである。
 
ロシアが開発中の衛星攻撃兵器
イメージ 4 こうしたことに加えて、ウラジーミル・ポポフキン国防次官は2010年3月5日、ロシアが“衛星攻撃兵器”を開発していることを公表した。
 
 ポポフキン大将は他の国々、特に米国および中国がそのような開発を実施していることに鑑み、ロシアもそのような開発に着手すべき必要性があることを公言している。
 
 特に他国が攻撃型の衛星を宇宙に配備するようになった場合、これを無力化することは絶対に必要であると主張した。
 
 宇宙におけるシステムの開発競争はこのように激烈度をさらに高めてきており、“宇宙の軍事利用”にかかる課題が今そこに到来しているという実感を、筆者はふつふつと感じている。
 
 他方、通常爆弾によるグローバル打撃(CGS)が世界の常識となれば、核兵器の存在と有用性が改めて議論の俎上に載ることとなるであろうことは明白であり、「核廃絶」に向けた議論が拡大していくとの予感もまた、筆者はふつふつと感じている次第なのである。


JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
世界の軍事力:最新ロシア軍事事情(2)
軍事分野における革命の進捗状況
2011.06.16(Thu) 岡本 智博
稿で述べた通り、20世紀末に構想され始めたRMA(軍事分野における革命=Revolution in Military Affairs)は、実はロシアが、正確に言えばソ連邦がその先鞭をつけた。
 

RMAの基本的構想

 しかしながら、これを実現するための財政的余裕がソ連にはなかったこと、ペレストロイカを通じてソ連崩壊という未曾有の国難や政治的混乱が発生したこと、この混乱に伴う経済的破綻を現実の姿として世界に露見したことなどから、ロシア連邦成立初期にはとても軍事革命(RMA)を推進することができなかったというのが真実だと言えよう。
 
湾岸戦争でバグダッドの爆撃に中心的役割を演じたF117 ステルス戦闘機〔AFPBB News
 
 他方、米国は1991年の湾岸戦争でRMAの本質が具現化され、新たな21世紀のRMAが始まったことを強く意識するとともに、これを“トランスフォーメーション”と名づけて、軍事分野における大規模な革命的変革を推進することとなったのである。
 
 その興奮を伝える報道として有名なのは、ニューヨーク・タイムズに掲載された次のような記事であった。
 
 すなわち、GPS誘導爆弾JDAM(Joint Direct Munitions)が初めて利用された湾岸戦争での成果を、「湾岸戦争においてたった1トンの爆弾で破壊できた目標は、ベトナム戦争時代の「F-105戦闘爆撃機」に搭載されたテレビ誘導等による爆弾で破壊すれば190トンを必要とし、第2次世界大戦で使用された「B-17」に搭載された照準具によって誘導された爆弾では9000トンも必要とした」との表現で誇示したのであった。
 
 だがRMAは決して衛星誘導爆撃の具体化だけにとどまらない。RMAの範囲は広く、ITの軍事分野への導入から陸・海・空軍の役割分担の変化、各軍編制の革命的変化、軍隊の統合運用(Small J)のみならず、その他の省庁や機関との統合(Big J)等々に及んでいるのである。
 
 これらについては、拙稿「激変する現代戦争の実態について」「新たな戦争の実相と広がりについて」「軍事革命と社会への影響」に詳しいので、ここでは詳細な説明を割愛することとする。
 
 しかしながら、RMAの発端となった衛星誘導爆撃のためのアセットとしては、(1)地球上の1点をデジタル化して目標位置を明確に表示するシステム、(2)高度1万メートルから投下され移動する通常爆弾の空間における位置を特定するための測位衛星システム(米国ではGPS、ロシアではGLONASS)、そして、(3)爆撃の主体となる通常爆弾を運搬する飛翔体、が必要であることは言うまでもない。
 
 これら3つのシステムについて、ロシアが進めている具体的開発・配備等の状況を以下述べてみよう。
 

GLONASSコンステレーション等の整備

カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から、ロシアの人工衛星グロナスM3基を乗せて打ち上げられたロシアのロケット「プロトンM」(2010年12月5日撮影)〔AFPBB News
 
 ロシアの測位衛星群「GLONASS」は、ソ連時代から構築が開始されていた。しかしながら軍事予算の逼迫から、そのコンステレーションは完成にほど遠く、いまだに完成を見ていないのである。
 
 先に述べたように「GLONASS」は、落下する通常爆弾の空間における位置を特定する役割を有しているのであるが、3次元での位置を特定するためには8つある各象限に少なくとも3基の測位衛星が存在することが不可欠である。
 
 換言すれば合計24基の測位衛星群が出来上がれば、地球上のいかなる目標に対しても衛星爆撃が実施できるようになるのである。
 
 こうした認識に立脚してプーチン大統領は、「GLONASS」衛星群整備のため、2006年に2億ドル、2007年に4.2億ドルの予算を、そして2008年9月には新たに26億ドルを、2009年度には18億ドルを投入して、ロシアの衛星測位システムの本格的な構築に着手した。
 
 この時点で「GLONASS」衛星は16基配備されていた。しかし数基はすでに運用中断に陥っていたのである。しかしながらこうした状況にもめげずプーチン首相は、「2011年末までに30基体制の完成を目指す」と宣言した。
 
 2010年9月2日にロシアは、GLONASS衛星×3基を打ち上げた。その結果、この時点では23基のGLONASS衛星が配備されたものの、このうち3基がすでに運用中断に陥っていた。
 
 そこでロシアは、2010年以内にさらに3基の「GLONASS-M」衛星を打ち上げると言明し、その宣言通り同年12月5日に3基のGLONASS‐Mが打ち上げられた。しかしながら打ち上げロケットの不具合により、衛星の軌道への投入に失敗してしまった。
 
 そして同年12月28日、プレセツクから打ち上げ予定であった「GLONASS-K」の打ち上げが技術的理由から延期となったのである。その結果、2010年末現在で運用中のGLONASS衛星は20基である。
 
 「GLONASS」の測位誤差は2〜3メートルであると公表されており、最新型のGLONASS-Kは軍事用として4つのL1およびL2バンド、民間用として1つのL3バンドを確保していると報道されたが、コンステレーションの完成にはさらなる努力が必要となっている状況にある。ちなみに「GLONASS-K」の寿命は10年であるとされている。
 

地球上の目標位置情報の取得

「ガリレオ(Galileo)」計画について会見するアントニオ・タヤーニ欧州委員会副委員長(運輸担当、2010年1月7日撮影)〔AFPBB News
 
 2011年2月1日、ロシア軍は地表観測と3次元マップを作製する目的で「Geo-IK-2 衛星」をプレセツクから打ち上げたが、間違った軌道に投入される事故が発生し、ロシア独自の3次元マップ作製のための第一歩の踏み出しに失敗した。
 
 ドミトリー・メドベージェフ大統領は、関係者を召還して鋭く失敗の原因を追及したと報道された。
 
 この結果、ロシアは現在でも米国が全世界に提供している「GeoEye-1」 衛星群で完成させている3次元マップを利用せざるを得ないこととなっている。しかし、こうした事情は中国、それに欧州でも共通しているのである。
 
 中国は「北斗」衛星群で、また、欧州でも「Galileo」衛星群で測位衛星コンステレーションを構築しようと努力を重ね、米国のGPSコンステレーションへの依存体質を払拭しようとしている。
 

 しかし、すでに述べた通り、地球上の目標位置情報を独自の手段で取得しなくては、有事に独自の衛星誘導爆撃を含む軍事作戦は実施できないこととなるため、特にロシアおよび中国は測位衛星コンステレーションとは別に、目標位置情報取得のための独自の衛星コンステレーションを獲得しようと努力を重ねているのである。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
世界の軍事力:最新ロシア軍事情勢(1)
ソ連崩壊からロシア軍再興への道
2011.06.15(Wed) 岡本 智博
 
(1)からの続き
 

ロシアのRMAに関する基本認識

 さて現在、世界の軍事分野においてRMA(Revolution in Military Affairs)すなわち軍事分野における革命が生起し、欧米諸国を中心にRMA旋風が広がっていることは広く世界に知られているところである。
 
 しかし実際のところ、RMAに先鞭をつけたのはソ連なのである。
 
 もっとも1955年、英国の歴史家マイケル・ロバーツ教授が行った軍事革命についての概念形成がその嚆矢とはなっているが、具体的にはソ連軍参謀総長であったニコライ・オガルコフ・ソ連邦元帥が1980年代半ばに「通常兵器破壊力の核兵器への接近」という基本概念を提示して以降、当該議論はソ連軍上層部の関心を引くこととなった。
 
 本構想はMTR(Military Technology Revolution:軍事技術革命)と称され、オガルコフはこの分野では米国が一歩先んじていると主張した。
 
 彼はヨーロッパ戦域で我、すなわちソ連側に決定的に有利な作戦を行うにはどうすればよいかを悩んでいたのであるが、技術的革新の分野で米国に先を越されたものと判断し、軍事予算の増強、とりわけ米国が主力を注いでいる電子装備品への開発投資を主張した。
 
 しかながら当時のチェルネンコ書記長は、国家財政の逼迫という現実を前にオガルコフ参謀総長を忌避した結果、オガルコフ参謀総長は1984年に失脚した。
 
 ところがその後ソ連邦の書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフは、オガルコフの主張を正しく理解するとともに、1987年5月のソ連革命記念日における軍事パレードが行われた「赤の広場」の壇上にオガルコフ将軍を登壇させて自らの横に招くとともに、観衆の前でオガルコフの先見の明を賞賛したのであった。
 
 これに先立つ1987年4月16日、ゴルバチョフ書記長は第20回コムソモール大会において若者たちに対し、ペレストロイカの成否は実に若者たちの参加いかんにかかっていること、アフガニスタンで戦闘に参加して帰還した若者たちにもっと暖かい賛辞を送ろうではないかということ、そして最後に、特に若者たち3人の名前を読み上げてITの担い手として紹介し、「今この3人がスーペルコンピューテルを造り上げようとしている。ソ連にはこうした若い力が存在するのだ」と若者たちの奮起を促した。
 
 そしてその年、1987年の11月には「軍改革のための作業部会」を設置し、ソ連邦における軍事改革に着手したのであるが、相続く政治的混乱とペレストロイカの終焉、そしてついにはソ連邦の崩壊という結果を迎えることとなったのである。
 
 このような経緯を身近に観察していたプーチン大統領は2002年1月、「2010年までの国家軍備プログラム」を発表した。
 
 ソ連崩壊という政治的混乱、経済的な苦境にありながらも、ロシアの本領は軍事力であり、なかんずく国際社会に風靡し始めていたRMAに着目した、新たな技術開発に力点を置いた、新たな軍事施策を推進すべきことを表明した。
 
 そして特に当該プログラムの推進に当たってプーチン政権は、2002年度国防予算の8分の1を研究開発に充てることを指示した。これがロシア版RMAに着手する、国家としての方向性を規定した、具体的な決意の表明の嚆矢となったのである。
 
 その後間もない2003年3月20日、米国が主導するイラク戦争が開始され、そして5月1日にはブッシュ大統領が戦闘終結を宣言したが、この戦闘を通じてRMAの実態を詳細に理解したロシア軍指導部は2003年10月2日、「ロシア連邦軍指導者会議」をモスクワで開催し、その冒頭の演説でイワノフ国防相(当時)は、次のような認識を披露した。
 
 すなわち、「現代戦で勝利を収め得るのは、情報の流れをすべて統合し、急激に変化する状況に応じてリアルタイムで作戦計画が修正できる柔軟性を保持した側であることには疑いがない。これは、リアルタイムで活動する偵察・情報センター、自動化され防護力の高い兵器・指揮システム、そして重要なものとして偵察機能も打撃機能も有する航空・宇宙システムを保有しなければならないことを意味している」
 
 さらに、「将来の打撃は、火力とC4ISRの組み合わせとなろう。火器の射程と効果の増大に関連して、攻撃においても防御においても、部隊の分散要領、射撃線と待機位置、部隊展開線、第2梯隊および予備との距離の見直しなどが必要となろう」として、将来戦が散兵戦様相となることをいち早く指摘した。
 
 同時に、「長射程の精密誘導兵器を使用して“非接触戦”を企図する敵に対し、ロシア連邦軍は戦争の初期段階から、敵にとって最も望ましくないであろう“接触戦”に作戦の推移を転換させることが肝要である」とした。
 
 さらに続けて、「しかしながら、航空優勢の獲得および精密誘導兵器の大量集中使用は、武力紛争の帰趨に引き続き決定的な影響を及ぼすものの、地上部隊の戦力による大規模な地上作戦を実施する必要性を喪失させるものではない。空からの支援に対する過度の依存は、軍の作戦運用を制限する要素となる」として、戦争の終結のためには陸上戦力の存在が不可欠であることを述べてイラク戦争を総括した。
 
 そして演説の最後に結論として、「現代の戦争において主要な打撃力が空のコンポーネントであることは完全に明白となった。現代戦において、第2次大戦のように戦車の楔による打撃が決定的なものになるであろうと考えるものは、廃れた考えの代表者として生きることになる。敵は戦車に乗ってやって来るのではない」と指摘して、“戦力の統合発揮”こそ、RMAの本質であることを正確に指摘したのであった。
 

ロシアにおけるRMAの進捗と統合運用体制の確立

 2009年5月12日、ロシアは「2020年までのロシア連邦国家安全保障戦略」を公表した。
 
 その中で特に「米国によるグローバルミサイル防衛システムの展開と、核装備および非核装備の戦略的運搬手段を用いたグローバル迅速打撃構想(筆者注:CPGS)の実現という状況下にあって、ロシア連邦は、戦略攻撃兵器の分野における米国との対等性の維持に向けて、最小限の出費により、必要なあらゆる努力を講じる」として、米国のいわゆるCPGS(Conventional Prompt Global Strike)Capability――通常弾頭による迅速かつ全地球規模にわたる打撃力能力――を十分に意識したロシアの戦略を示したのであった。
 
 これに続いて2010年2月には「ロシアの軍事ドクトリン」が公表された。
 
 その概要は軍事的危険として、「NATOの東方拡大」「欧州へのミサイル防衛(MD)システム配備」などを指摘するとともに、核の先制使用については、「ロシアおよびその同盟国に対する核兵器、その他の種類の大量破壊兵器の使用に対する反応として、ならびに国家の存立自体を脅威にさらすような通常兵器の使用を伴う侵略があった場合には、核兵器の使用に関する権利を留保する」 と記述して、欧米先進諸国が進める通常兵器の使用を伴う攻撃に対しては、核兵器によって対応する、すなわち「核の先制使用」を明確に宣言したのであった。
 
 こうしてロシアは、CGS攻撃に対しては核兵器の使用も辞さずの姿勢を取る傍ら、ロシアとしての Conventional Global Strike Capability の追求を開始したのである。
 
 その詳細については別に述べることとするが、他方、核兵器を使用する場合にあっても、また、通常兵器を使用する場合にあっても「統合運用」体制への移行は不可欠であるという認識から、下図に示すような新たなロシア連邦の軍管区体制および有事ならびに訓練時に軍管区での統合運用の要となる「統合戦略コマンド」を、2010年12月1日に発足させたのであった。
 
ロシア連邦における4つの軍管区と統合戦略コマンド
イメージ 1
 振り返ってみれば、旧ソ連邦時代には16個の軍管区が存在していたが、ソ連邦の解体ならびに連邦構成共和国の独立という変化の中で、ロシアの軍管区は8個までに減少していた。
 
 そしてそれぞれの軍管区は、戦車軍および諸兵科連合軍で構成される地上軍部隊と戦略ロケット軍や、戦術航空部隊、国土防空軍によって編成されていた。
 
 他方、海軍はソ連時代およびロシアを通じて一貫して北方艦隊、バルト艦隊、黒海艦隊、太平洋艦隊ならびにカスピ小艦隊の5艦隊編制を採っていたが、今般の改編により各艦隊は4個作戦戦略司令部の隷下に編入されることとなった。
 
発足した4つの作戦戦略司令部
イメージ 2 ただし、以前から国防省の直轄部隊であった遠距離航空隊や特殊機関については、戦略的任務に限り国防省の直轄となるとされているところである。
 
 このような軍管区の見直しはプーチン大統領時代から実施され、8個軍管区が6個軍管区に削減されたり、今般のように4個軍管区に整理されたりする変更があった。
 
 しかし、今般の変更の本質は、地上軍砲兵の役割を“空軍による砲撃”任務が代替したため、地上軍の編制単位を師団から旅団に変更することが可能となり、その分、地上軍の機動がより軽快となり、結果としてそれぞれの軍団の守備範囲が拡大し、軍管区の守備範囲を拡大することができたということなのである。
 
 これがRMA――米国ではトランスフォーメーション――の成果なのであり、そしてまた各国軍隊が取り込んだ新たな改革の方向性なのである。
 

 その詳細は、拙稿『激変する現代戦争の実態について』や『新たな戦争の実相と広がり』あるいは『軍事革命と社会への影響』に詳しく述べられているので、是非とも参照していただきたい。

(つづく、敬称略)

JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 3
困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

↓記事を読む前にクリックでの応援をお願いします。m(_ _)m\¤\᡼\¸ 1
 
 
 
 
 
世界の軍事力:最新ロシア軍事情勢(1)
ソ連崩壊からロシア軍再興への道
2011.06.15(Wed) 岡本 智博
1991年12月ソビエト連邦が崩壊し、それまで連邦を構成していた主権国家の1つとしてロシア連邦が復活した。
 
 しかし、1990年代のロシアはボリス・エリツィン政権の下で民主化が進められたものの、2000年に大統領に就任したウラジーミル・プーチンはいわゆる「主権民主主義」を掲げ、欧米の自由民主主義とは一味違う民主主義路線を突っ走ることとなった。
 

軍事大国としての矜持

 
 この「主権民主主義」の下、ロシア国民はプーチンの国家政策および対外政策を支持し、経済的な混乱に耐えつつも、軍事大国としての矜持を保つ路線を選ぶこととなった。
 
 その背景には、経済混乱とソ連邦崩壊に伴う貧困化という荒波の中、国民は旧ソ連邦のような体制の方が貧しくとも平等感あふれる社会環境であったと考えるようになったことが挙げられる。
 
 さらに、強力な国家主権の存在を国民一般の自由よりも優先すべきとする世論が大勢を占めることとなり、プーチンが意図する軍事大国復活路線を支持することとなった。
 
 プーチン大統領はこうした国民動向を素早く読み取り、大統領1期目の基本政策として「強いロシアへの回帰」を掲げ、チェチェン紛争への対応に象徴されるような強硬な路線を取るとともに、大統領2期目では大国ロシアとしての復権を図るべく、対外的に強硬な姿勢を取ることとなった。
 
 そしてその背景には、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大があった。
 
 NATOは、ソ連が崩壊する前年の1990年、東ドイツが新加盟国として登録された後、1999年にはチェコ、ハンガリー、ポーランド、2004年にはブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、スロバキア、スロベニアと新加盟が相次ぎ、この時点では加盟国は26カ国に及んでいた。
 
 実に、ソ連邦崩壊に前後して11カ国が2004年までに加盟しているのである。
 
 これは、ロシアの国家的・政治的混乱に乗じた欧州諸国が、NATOおよびEUを軸に安全保障体制を堅固にしようとした証しである。
 
 それまで厳然として存在していた“ソ連の脅威”を払拭すべく、ソ連邦崩壊を絶好の機会と捉えてこれを利用し、欧州の安全・安定の基礎となる安全保障政策を推し進めた結果と断言することができよう。
 

軍事大国復活への道

新戦略兵器削減条約(新START)の批准書を交換するロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と米ヒラリー・クリントン国務長官(2011年2月5日)〔AFPBB News
 
 こうした国際情勢の変化、特に欧州諸国の政治攻勢に対しロシアは、2000年代に入ってエネルギー価格の高騰という機会にも恵まれて比較的順調に経済の立て直しに成功し、ロシア全体の国内総生産(GDP)も世界の上位を占める程度までに復活することとなった。
 
 これを利用してプーチン政権がまず手がけたのは、世界に冠たる大陸間弾道弾(ICBM)を中核とする戦略核戦力の再編であった。
 
 2002年6月ロシアは、米国がABM条約(弾道弾迎撃ミサイル制限条約、Anti-Ballistic Missile Treaty)から離脱した機会を捉えてSTART II(第2次戦略兵器削減条約、STrategic Arms Reduction Treaty II)の無効を宣言するとともに、地上配備型および路上移動型ICBMの復活を宣言した。
 
 その後現在に至るまでの間、特に路上移動型で宇宙から発見され難くなって非脆弱性が増大したMIRV型の「トーポリM」の配備を推進し、さらにMIRV型の潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「ブラヴァ30」の開発・配備を急ぎ、加えて近代化されたSLBM「R-29 RGU シネヴァ」の実配備を推進していった。
 
 そしてこの間、ロシアと米国との間で締結された新STARTが2011年2月5日に発効し、米露間には戦略核兵器の新たな削減義務が課せられるとともに、査察・検証システムやデータ交換の原則も更新・確立され、相互査察も再開されることとなったのである。
 
 戦略核配備に上限が設けられた結果、ロシアは、前述のような新型装備、あるいは地対空ミサイル「S-400・トリウンフ」、第5世代戦闘機「T-50」などに代表される各種の新世代兵器の充実に軍事予算を割くことが可能となった。
 
 また、欧米との対立を深めていたロシアは、2006年から戦略爆撃機による長距離警戒飛行訓練を再開し、欧米の戦闘機が緊急出動してロシア機を追尾するケースが相次いでいたが、プーチン大統領は2007年8月、公式に戦略爆撃機による常時警戒飛行の再開を宣言したのであった。
 
 その結果、アラスカ方面および欧州方面でのロシアの戦略爆撃機による警戒飛行が漸増し、我が国にあっても2008年2月9日、ロシアの「Tu-95戦略爆撃機」がいわゆる東京急行と呼ばれている、我が国の太平洋側を警戒飛行して東京付近まで南下しその後北上する飛行が再開された。
 
2010年1月29日、コムソモリスクナアムーレ基地
で初飛行に成功した「T-50」
イメージ 1 続いて2008年10月8日には、「Tu-22M戦略爆撃機」2機が日本海方面に出現、航空自衛隊のF15戦闘機4機が2回にわたって迎撃をする事態となった。
 
 このように、我が国周辺におけるロシア機の進出には著しいものがある。
 
 今般の東日本大震災の間にも3月13日、21日、29日と警戒飛行が実施され、航空自衛隊は大震災対処に精力を注ぎつつ、対領空侵犯措置の一環であるスクランブルの実施で、これらロシア機による威力偵察に対処したところである。
 
 さてこうしたロシアの軍事大国復活への道の締めくくりとしてロシア政府は、2008年5月9日にロシアの首都モスクワの赤の広場において、旧ソ連時代以降初めての対独戦勝記念日を祝うパレードを挙行した。
 

 このパレードにはロシアの本領である各種の核ミサイルや戦車のほか、最新鋭の「Tu-160・ブラックジャック長距離爆撃機」や最新鋭の戦闘機も空からパレードに参加させ、軍事大国ロシアの復活を内外に誇示したのであった。


(2)へ続く
 
JBpress.ismedia.jpより引用
 
↓記事を読み終わりましたら、こちらにもクリックをお願いします。m(_ _)m
\¤\᡼\¸ 1\¤\᡼\¸ 3

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
小窪兼新
小窪兼新
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(42)
  • はっしー
  • success
  • 馬鹿ざわ
  • ゴミ拾い協議会
  • JJ太郎
  • あまのじゃく
友だち一覧
検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

日本海軍

一般情報

政治

経済

趣味

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事