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ロシアの新しい軍事戦略、海洋進出も
ロシアは北方領土により厳しく
2010.11.16(Tue) 兵頭 慎治
 
(1)からの続き
 
 ロシアに対して公的に領土返還を要求しているのは日本だけであることから、この項目は日本に向けられたものである。
 
 「軍事的脅威」として列挙された5項目は、いずれもグルジア紛争に見られるような周辺国との軍事衝突、あるいはそれに至る内外の軍事情勢の不安定化である。
 そして、「軍事的危険」にリストアップされた項目を見ると、旧文書で「主要な脅威」とされたNATO拡大などが扱われている。
 
 旧文書で「主要な脅威」と規定されていた一連の要素よりも、グルジア紛争のような周辺国との軍事紛争が新たな脅威として表面化したため、後者を新たに「軍事的脅威」と規定し、前者を「軍事的危険」としてランクを下げたものと考えられよう。
 

核戦力の重視−先行使用(first use)の要件緩和

 最後に、新文書において最も注目された核兵器の使用規定について分析する。
 
 新文書において確実に言えることは、ロシアが引き続き核戦力を重視していることである。新文書においては、核兵器は核戦争及び通常戦力による軍事紛争の発生を抑止する要素であり続けると明言されており、今後とも戦略的安定性、十分な核抑止能力を維持する意向が確認される。
 
 ロシアが核兵器を重視する理由は、核大国というステータスを維持するという政治的要因と、通常戦力の劣勢を核戦力で補完するという軍事的要因に集約され、これら2つの要因が存在する限り、ロシアが核戦力重視の姿勢を変更することは想定されない。
 
 核兵器の使用要件に関しては、次のように表現されている。
 
 「ロシア連邦は、同国及び(又は)その同盟国に対する核兵器及びその他の大量破壊兵器の使用に対する対応として、また通常兵器を使用した侵略の場合であって国家の存続そのものが脅かされる場合には核兵器を使用する権利を保持する」
 
 まず、旧文書における「ロシア連邦の国家安全保障にとって危機的な状況下における通常兵器を使用した大規模な侵略に対する対応として、核兵器を使用する権利を留保する」という部分から「大規模な」という表現が削除された。
 
 新文書では、単に「通常兵器を使用した侵略」と表現されており、規模の大小は区別されていない。
 
 「軍事ドクトリン」における「大規模戦争」とは、「当事者が急進的な軍事・政治的目的を追求する国家連合または国際社会の大国の間の戦争」と定義されており、通常は米国を含むNATOとの戦争を指す。
 
 他方、「大規模」という形容詞は削除されたものの、「国家の存続そのものが脅かされる場合」という新たな要件が加わり、旧文書で規定されていた次の但し書きがすべて削除された。
 
 「ロシア連邦は、核兵器を保有しない核拡散防止条約(NPT)加盟国に対しては核兵器を使用しない。ただし、このような核兵器を保有しない国が、核兵器を保有する国との共同により、または同盟上の義務の下で、ロシア連邦又は同盟国に対して攻撃をおこなうか、支援する場合はこの限りでない」
 
 これにより、核による先行不使用(first use)の対象から非核国が除外され、ロシアは「非核国に対しては核兵器を使用しない」という「消極的安全保証」の明示を取り止めたことになる。
 
 これらはグルジア紛争を踏まえた変更措置であると考えられ、グルジアとの軍事衝突は大規模戦争ではないものの、ロシアにとって国家の存続が脅かされる場合には、たとえグルジアが非核国であっても、ロシアが核兵器を使用し得ることを示唆していると言える。
 
 以上から、核の先行使用に関してはその要件が緩和され、グルジア紛争のようなロシアと国境を接する周辺地域との軍事紛争においても、ロシアは核の先行使用を行う姿勢を強めたと理解される。
 

米露核軍縮交渉への影響

 ロシアの新しい「軍事ドクトリン」の策定は、今後、米露間の核軍縮交渉にどのような影響を及ぼすであろうか。
 
 米国を含むNATOとの大規模戦争の蓋然性は低下したとの脅威認識から、2010年4月に合意された第1次戦略兵器削減条約(START I)の後継条約に見られるように、ロシアは米国との間で戦略核の一定の削減に同意した。
 
 しかしながら、グルジア紛争を踏まえて、ロシアの脅威認識が国境周辺部における地域紛争に焦点が移ったことから、新「軍事ドクトリン」は核戦力重視の姿勢を強めており、しかも地域紛争における戦術核の先行使用の可能性を排除していない。
 
 このことから、戦略核に関しては米国との間で一定の削減を進めるが、戦術核に関しては依存を強めるという、ロシアの矛盾した核政策の実態が浮かび上がっている。
 
 ロシアの新しい「軍事ドクトリン」を分析する限りにおいて、今後、戦略核に続いて予定されている戦術核の削減交渉は、より険しいものになると予想される。
 

日本の安全保障に対するインプリケーション

11月1日、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は国後島を訪問した〔AFPBB News
 
 最後に、新しいロシアの軍事戦略が日本の安全保障に与えるインプリケーションについて考えてみたい。
 
 最近、ロシアは北方領土問題に対して厳しい態度で接している。7月初旬に択捉島において1500人の兵力を用いた軍事演習が行われたほか、我が国周辺におけるロシア機やロシア艦艇による活動も以前に比べて活発化している。
 
 しかも、9月下旬の中国公式訪問後、メドベージェフ大統領はソ連時代を通じて国家首脳として初めて北方領土の国後島を訪問した。
 
 このようなロシアの対外姿勢の裏側には、「軍事ドクトリン」で示されたロシアの新しい軍事戦略の一端が見え隠れしている。
 
 まず、ロシアが重視する勢力圏的発想であるが、これは旧ソ連圏といった地上部分だけではなく、洋上部分、すなわち地球温暖化により解氷が進む北極海や極東沿岸部も含まれている。
 
 さらに、ロシアの脅威認識が国境付近に集中し、日本からの領土要求を軍事的危険と位置づけている以上、北方領土問題に対するロシアの姿勢は厳しくならざるを得ない。
 
 領土問題を抱え、ロシアと接する日本としても、隣国の新しい軍事戦略に対して無関心ではいられない。しかし、日本の国防議論は、なぜか中国や北朝鮮問題ばかりである。


jbpress.ismedia.jpより引用。
 
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