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6月の終わりに、生あくびばかりし一時気を失いかけたので、
二日後脳神経外科を受診(ここは2〜3年前、脳膜外出血で頭蓋骨に穴を開け血液を抜いた病院)
CTを撮るかと思いきや、先生の問診だけで、高血圧の薬が災いしているのでは?と言われ
処方されているクリニックで量の加減は出来ないのか相談したらと、帰された。
クリニックに行き、血液検査をすると肝機能値が尋常ないほどの高値だったため、
7年前ペースメーカーを挿入した大きな病院の消化器内科を紹介された。
7月の初め、紹介された消化器内科を受診。
ここでは肝臓やすい臓などCT画像では、特に異常なしと言われる。
しかし、肺に瘤が見えるのでと循環器科を紹介された。
循環器科では、肺のCTやPET検査、脳のMRIはペースメーカー装着(最近のペースメーカーにはMRI大丈夫な物もある)の為CTに変更。
8月下旬、そして出された結果は、肺腺癌。肺の中には大きな腫瘤と無数に散らばったタマゴ。
リンパ節と骨そして脳に1ヶ所転移がみられる。ステージⅣと告げられる。
その他の臓器、特に肝臓やすい臓などには転移は見られない。
今すぐ命にどうこうは無いが、年齢的(86歳)に積極的治療よりは緩和的治療を勧められる。
母は、股関節の辺りが痛く歩くのが苦痛と訴えたので、骨の痛みを取り骨を丈夫にし骨折予防に取りあえず放射線治療をすることにした。
妹は凄く動揺しオロオロ、がん患者の私は骨転移と聞いて安心していた。
脳の1ヶ所の転移は命を脅かすものではないと言われた。
乳がんの骨転移も直ぐ命には係わらないと聞いているので、私的には安心をしていた。
まぁ〜年も年なので進行も穏やかだろうと、タカをくくっていた。
母は、手術をしないのか、何故悪い物を取らないのか、治らないのかと聞く。
父は初期の前立腺がんでホルモン治療をしていて、パーキンソン病を併発。
何度かの入退院を繰り返し、余命3ヶ月を宣告されたが、結局8ヶ月を生き抜いて6年前他界。
そして私は15年前乳がんを手術し寛解状態。
それを見ているだけに、「手術=治る」 という図式が母の中にはあるようだ。
それが、先週放射線治療の為に入院をした折、妹だけ呼ばれ余命5ヶ月を宣告された。
えぇ〜〜〜〜なんでぇ???? まじっ!
3年前脳膜外出血でCTを撮った時に分からなかったのか?
毎年ペースメーカー装着のため、同病院を受診しレントゲンを撮影しているのに、分からなかったのか?
専門医は自分の専門分野のみ診、専門外の部分は対象に値しないのか?
私には、専門医に疑義が涌く。
今回は、偶々消化器内科の先生が肺の影を見つけて分かったこと。
86歳にして肺がんと分かった方が良かったのか、悪かったのか。知らずに共に棺桶に入った方が良かったのか。
私は、母はがんにはならないと思っていた。脳梗塞か脳溢血か心筋梗塞かなど、血液ドロドロ状態が引き起こす疾患が大と思っていた。祖父(母の父)や伯父(母の兄)がそれで亡くなっているし、叔父(母の弟)も一命は取り留めたが。
まだ母は自分の余命が5ヶ月である事を知らない。
「治らない=死」 ばかり考え後ろ向きになっている。
初ひ孫(現在1歳3か月)の七五三を一緒に祝おうとはっぱを掛けて、生きる目標を立て気持ちを前向きに何とか保たせようと思いを巡らせている。
秋になったら、母・妹・姪っ子・姪っ子の子(女児)、私と女5人で旅でもするかな。
去年からお預けになっているため。
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