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結婚して40年経っても、父と母はいがみ合ってる。
子の自分がたまらない気分になる言い方をする。
子どもの頃から何一つ変わっていない。
二人とも障碍者となった今でも、いがみ合ってる。
両親の喧嘩に祖父母まで加わって…。
ほんとに小さな頃、毎晩繰り返される罵り合いに
階段に座り声を出さずに泣いたものだ。
そんなに憎いならバラバラになっちゃえばいいのに、そう思ったものだ。
父より10年先に障碍者になった母。
言語障害もあっておかしなことを言ってしまう母に
介護者である父は「そうじゃないだろ!」と容赦なく責める。
言葉の間違いを許せない父に責められ、小さくなってる母を見て、
僕は母が最後まで話し終わるのを聞くようになった。
聞き終わって、母が何を言いたかったのか考える。
10年後、父も倒れて障碍者に。
それから数年…障碍者としては先輩の母は、
着替えやら もたつく父に「なんでそういうことするんだ!違う!」と責める。
責められても父はうまく着替えることはできない。
母に責められても うまく着替えることはできない父を見てるのが辛くて
「そろそろ帰るわ」と、今日は実家をあとにした。
障碍を負って母は穏やかになった。
でもね、母が倒れたのは僕がリハビリ施設にいた時。
こちらがマトモに話ができるようになった時には、母が喋れない人になっていた。
もう私たちは思いっきり感情をぶつけてしゃべることはできない。
母がまだ言葉を持っていた頃には、責められた記憶しかない。
父が倒れた時、母は大変だった。子供のようになってしまった。
それで、余計に もう自分には母はいないのだと思うようにした。
それでもそんな中、
私の誕生日に一時間ほど不自由な体を引きずって商店街へ行き
タートルネックの服を買ってきてくれた母。
以来3年。
私は何かあるたびに「私には、こんなお母さんがいるんだぞ!」と、
それだけで生きていけるような気分になる自分がある。
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いい お話をありがとうございます!
2010/8/16(月) 午後 9:16 [ Katsu ]
とても考えさせてくれる話です。読ませて頂きました。
2010/8/26(木) 午後 4:01