ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全77ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

つながり。

かつて私は「回復」しかしないので、
回復しなかった時期があります。

まあ、ある意味での自嘲ですけどね。

私は人一倍ミーティング出たけど、
長い間それしかしなかったようなところがあって、

以て回復しなかったのですよ。

その頃は、ただの取っ付きにくい人だったと思う(笑)

でも最近は…


古い仲間が知り合いの方々に論文を回覧してくれたらしく
そこから次へと繋がっていくのが嬉しい。

そしたら恒夫がさ、
「お前の論文パクったぞー」って笑いながら言う。

いいよ、パクっても(笑)

パクられたらもう一流ってことです!なんて、
言ってくれる友達もいて

そういう見方もあるのですね(笑)

まぁ、私達のは当事者学ですからねぇ…。

誰が言ったかというより、
誰が言葉にしたかって感じですかね。

しかし最近、毎週のように東京来てるなー( ̄〜 ̄)ξ


そんなこんなしていると、
去年ゲスト講師で行った大学から非常勤講師の依頼が。

と言っても持ち時間は同じ。
ってことは、ただ謝金が下がるという意味ですかね? ー0−; ぼそっ

明日はDARS。

たまらん。

無事、刑務所から感謝状もいただき
明日から出張です。

茨城⇒神戸と渡り歩きます。

戻ってすぐ、今度は大阪・東京と
これまた渡り歩きです。

忙しいったらありゃしない。

刑務所に入るようになって早5年。

明日は表彰していただけるということで、
今からちょっと興奮しています。

毎年100人ほどと会ってきたので、
トータルでは500人ほどにはなっていると思われますが

その効果、(…というのは測るものではないと おいらは思いますが)
法務省としては気になるとこでしょう。

それを思うと気が重い。

ホラ、回復ってのを
単に再発しなかったら成功、みたいな。

世の中の価値観(というか法務省の)で判断したら、
結果はガタガタということになるんだろうけど…。

けど単に、自分の過去だけ振り返ってみても
初期の頃はガタガタでしたしね(笑)

ひどいときなんか、リハビリ施設(あでぃ窟というらしい)近くの墓場で
“茶色い鼻くそあぶって”おもーくなってたりね(笑)

じゃあ、それがダメだったかというと
むしろ逆で、そういう経験が必要だったわけでね。

自分を語る時の大切なストーリーとかになってるんで。

だから、刑務所がおいらに求めていることと
おいらが刑務所でばら撒いてるものとは

違ってる気がするんですね。

向こうは気付いてないけど(笑)


12あるステップの道半ばで亡くなった仲間をして、
「それはそれで立派な生きざまである」と言ったスポンサーの言葉を思い出しますね。


ともあれ、あす刑務所は賞をくれるワケですが、
資格や学位取った時の方が 素直にうれしい!と言ってた気がします。

ひねくれてますかね?

かんたんに言えばこうだ。

今までは当事者であるか、専門家であるかだったように思う。

専門性と当事者性は相反するもののように捉えられてきた。

それは客観性という観点からそうなのか、治療という構造上なのか

ともかく、当事者以上にわかっている専門家がいて

専門家は当事者を治療する。(らしい)


主体が専門家で当事者は客体。


そして、そういう治療構造から離れて(そして対等な援助関係において)

自分の場合は回復した訳だけども、←名古屋弁(笑)

当事者として、どんなに経験を積んでも

それは当事者でしかないらしい。


半面で、大学出たばっかの兄ちゃん姉ちゃんでも

それは専門家なのだという。


なんかおかしいなぁと思って

ここ何年か勉強したわけだけども、

資格も学位も取ったわけだけども。


待てど暮らせど専門家にならない(笑)



大学出て働きはじめたばっかの兄ちゃんは専門家。

同じ資格も学位も持ってるのになあ…


いっそ、当事者だと言うのやめたら専門家?笑 

専門家というのは、当事者であると言えない人のことか。

あ、違うか。


専門家というものには、どうやってなるんだい?

英語で書いたら・・・

イメージ 1

Living for One's Own Recovery and Working as a Supporter
-Functions and Expectations for the "Recovered" in the Process of Drug Addicts' Rehabilitation-

DARC, Drug Addiction Rehabilitation Center, was established by a recovering addict Tsuneo KONDO in 1985, Japan. It was began as a communal life by those who wish to recover from drug dependence.
DARC promotes recovery of its recovered staffs, as well as its clients, by raising their self-esteem in its activities. There is not paternalistic or authoritarian helping by "professional supporters" here.
Japanese recovered people did not have many resources to keep on recovering. Nevertheless, activities by recovered were not understood or supported so much by society. Therefore, DARC's members and organizations were protected from intervention of non-recovered, and DARC has pioneered as a station of recovered.
Recovered people have accomplished their recovery, not by authorized or professional programs, but by their own will, and have built a helping system based on equal relationships. This is quite advanced and meaningful.
What was needed for recovered counselors was only "being recovered"? Because recovered counselors have roles which professional supporters cannot have, have thought their roles were their essence, and have empowered themselves in the station of recovered.
But lately, some recovered counselors, who have been recovered for a long time, have relapsed, or taken a sick leave because of depression. The author considered that this is not just a personal problem, e.g. relapse of dependence, but a common problem which many Japanese recovered counselors have, and discussed difficulty of continuing to work as a counselor by only sharing their experience.

全77ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事