ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

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精神保健福祉士になって早3年。

板についたかどうかは知らんけど、
名乗るのに違和感はなくなった。

ちなみに精神保健福祉士は名称独占の国家資格なので
騙ると確か30万円以下の罰金に処されることになる。


しかし、謎なのは

いったい誰が、なんのために精神保健福祉士を騙るか、である。

性分

性格に問題があるので、この歳まで独身である。

生まれ持った性分とはいえ、
それで大切な人とうまくいかなくなるのは辛いことである。

変化への対応の弱さは、裏返せば強いこだわりとなり
それはそれで「研究者」としては素質だけれども

人間関係においては不寛容とも言える。

悪気はない。

だが、なんとかならんのかと思う。

どんな死をみたか。

イメージ 1

今まで どんな死を見てきたかで
今日を生きる感覚が変わるような気がする。

ウチの貸してるアパートで孤独死した老人、
心臓手術の途中でそのまま亡くなった父の本当の母
(父のこと育てなかったから婆さんじゃない)

彼らはある日以来、二度と戻ってこなかった。
子どものころ 死は とても恐ろしいものに思えた。


子どもの頃から 事あるごとに
自分という存在が 歓迎されて生まれた人間でないのは理解できた。

だから死にゃいいんだろう と思った。
こんな人生こっちからゴメン被ってやる。

だけど、最後に思い切れないのは 上手に死ねるか、ということだった。

葬式、みんな泣くだろう。

それからの数ヶ月(そんなに長いかしらん)、
自責にかられて私のこと 少しだけ大切に思うだろう。

だけど、その後はどうだ。

奴らが自分の自責の禊ぎを済ませた後は、
奴らが元通り、私のいない幸せを生きる 生を喜ぶことを

私は墓場の下に埋まりながら平気な気持ちで見ていられるだろうか。

自ら選んだ死の結果越えてしまった、二度と戻れない川の向こうから
どんな気持ちでこちらの世界を見たらいいんだろう。

それがあまりにつらい事なら、
向こうの世界ですら も一度自殺というのは可能なのだろうか。
もう一つ、向こうの世界に行けるのだろうか。

こんな悲しみを もう感じなくていい世界に
行けるだろうか。

そんなこと考えたら 結局、死ねないのだった。13歳。

あの時、
死が もっとハッピーで 美しいものだったら
いま生きていなかったかも知れない。

誰かが悲しみ、
二度と立ち上がれないほど悲しむ人がいるのだと知っていたなら
いま生きていなかったかも知れない。


text by Takehito Jun. 2009

Photo: Nagarkot/ Nepal Takehito

出勤簿☆

今日は京都のある大学に呼ばれて話しに行ってきたのですが

知らぬ間に「非常勤講師」になっていて

おいらの出勤簿があった(笑)


年に一回とか、二回のことなんだけど

いちおー、大学の先生ですから(笑)


こーいうのいっぺんやってみたかった☆



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