ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

喜怒哀楽 emotions

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

明日はテレビの取材だ。

昨今一連の薬物報道に一石投じられるか?!



毎日放送「ちちんぷいぷい」

ソロ活動。

デレク&ザ・ドミノスを聴いていた。

アルバムの一曲目、
どうしてクラプトンは掛け合いにしたのかな?と思った。

前のバンド、クリームでもないのに
まるでクリーム時代のような掛け合いに、

ふと色んなことが頭に浮かんだ。


そういえば、有名なミュージシャンたち、
どうして最初はグループ活動するんだろ?。

人によったら二度三度、
また新しいグループ結成したりして。

よっぽどバンドが好きなのかしらん?って、

結局 後にはソロ活動してて
別に演奏自体は ソロ+バックバンドでも出来る。

なら、どうして最初っからソロで行かないの?
って考えたときに

そこには、音楽だけに限らない
人間の成長過程そのものを見たりして。


つまりアレだ、世の中にピンで立つ前に

私は どこぞの有名企業にいたんだよとか、
大学は○○大学だったよとか

価値の分担とでもいうのか、
評価される緊張感の分担と表現したらいいのか

ピンではフラフラしてしまう時期に
同一性を認められる仲間と徒党を組み、一つの存在としての認知を受ける…。

チャンスもリスクも分担。


グループ結成当初はそれでいいのだが、
一部のメンバー(ボーカルやギタリストが多い?)が有名になってくると、

当然グループ内でのバランスが崩れる。

このまま、チャンスを分担したいメンバーにとっては
グループはこれからも共同体だが

ピンでやれるんじゃないの?ってメンバーには、
グループの存在は微妙になってくる…

クラプトンも今はピン。

それで十分存在出来るし、リスクもチャンスも自己負担。
だからこそ、クラプトンぽくいられるのだとも言える。

だけど、この時代(デレク&ザ・ドミノスの時代)には、
まだまだ だったのだなあ…なんて話。(勝手な決めつけの可能性も大)笑

どこの世界も一緒だなぁ…笑

ピンで行ける、と思うと独立する。
そして昨日までの親兄弟がうざくなったりして。

だけど、古巣を嫌って独立するも
新たに始めるのは 結局、古巣の別バージョンだったりして。

さて、
なんちゃってプロジェクトは どうするかしらん☆ -0-v

アリと話す。

どこから入ったのか、
助手席の窓ガラスの内側に一匹のアリ。

何しろこの暑さ、この密室では
いくらももたないだろうと 窓ガラスを開けるのだが、

一向に出て行く様子も無い。

と、今度は窓枠(ガラスが入るとこ)に入り込み
これじゃ、ガラス閉めたら 潰してしまうことに・・・。

しかたなく窓を開けたままドライブ。

そうすることおよそ15分、
ようやく窓の外に出たのを見計らって すばやくガラスを閉めると

今度はいつまでもドアミラーにしがみついている。

そっか。
お前にしてみたら、見ず知らずのここで降りるわけにもいかないのか。

とはいえ もう何十キロも走ってきたのだ。
何処から乗り込んだのか知らないけど、

元いた場所に戻れる確率は 悲しいほど低い。

そう思うとこっちまで悲しくなってきた。


アリは走行風を受けつつも、まだドアミラーに張り付いたままだ。

仕方なくもう一度ガラスを開け、
いったいどうしたいんだい? と聞いてみた。


オイラは、このままアリのことを車内に見失ってしまうのが 嫌だった。

この車内じゃ、生きていくのに必要な食糧があるとは思えない。(いくらオイラが発達障害で
片づけができない性質だとしても、アリを生き延びさすに充分な“何かの食べかす”などがあ
るとは思えない。)

加えてこの暑さじゃ、いくらももたないんじゃないかしら。


決められなくて、アリに聞いてみた。



アリは一目散に入ってきた。

困ったな・・・。


お前の決めたことだ。知らないぞ。って、おいら声に出して言った。


それから数分後、

法務局の駐車場に着いたおいらは
自分の腕に、黒いありんこが歩いてるのを見つけ、

うおっ!!(>0<) っと、

ほとんど無意識に腕を払った。


アリは法務局の駐車場に消えていった。


一昨日のお昼のこと。

“人間はこの価値操作ないし党派・利害という
『政治』の次元をこえうることに留意したい。

『富も名誉もいらない』というとき、価値付与・価値剥奪をその手法とする
政治がとらえることのできない自由の次元が出現する。

つまり政治からの逃亡ができる。

農村型社会における『隠遁』ないし『逸民』の思想は、この自由の次元であった。
だが、都市型社会では状況が異なってくる。

都市型社会の市民は政治からの逃亡はもはやできない。”


「政策型思考と政治」松下圭一  東京大学出版会



安全なモラトリアムであったはずの われらが楽園も、
競争の始まった今となっては、こうした自由はもはや望むべくもない …・・・。

泣けてきた。

涙が出てきた。


何度捕まってもまた薬を止められないことで、
反省の色なしということになる。

金に困って、ひったくりもついてくる。

検察官は、

ひったくりによる被害者の恐怖は察して余りある。
被害者感情は厳罰を望んでいる、と言っている。(おい、それってなんか違うやろ!!)

さらに、暴力団と関わりがあったことを、非難されている…

悪いということはわかってるんだろ?だって。
もう今後は暴力団と関わらないと誓うか?だって。

(そりゃ、こっちの世界で思う存分 自分を確立できる人生なら…)


被告人は自ら積極的には行わなかったものの、幇助し… って。

(それって、彼はできればしたくなかったってことじゃん?)



こんな裁判、何か意味があるんだろか?

彼のことを、どれほど悪人かを確かめるための問答…


別に彼の無罪放免を願ってるわけでもない。

だけど、これはあんまりだよなぁ…。


ボクは たまたま学校で“厳罰化”について勉強しているが、
これってまさに その典型だ。

吊るし上げるための集会。

何度も言うが、
被告人を無罪放免にしたいわけではない。

だけど・・・

これはひどい。


お前は悪人だ。

そう言うための裁判なんて、あるか?



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事