ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

喜怒哀楽 emotions

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梅干博士の自己満足。

修士論文の構想とか考えてると、ふと思うわけです。

この論文が何か社会にインパクト与えたり、新しい概念を構築したりはしないし
なにか今後の議論の的になるような物でもない・・・


実は、よくわかってる。


じゃあ、なんで書くの?ってことなんだけど。



古くからの親しい友人である臨床心理士に言わせると、

ボクは “すでに いいおっさんになってる”。

現実はそうなのだ。


きっと、
大学院に入ったからと言って、今さら優れた研究者になれるでもなかろうし、
資格を取ったからといって、それで何か画期的なことできるワケでもなかろう。

ある意味、なんちゃって院生。なんちゃって福祉士。


そのことは重々承知している。

だが、残念には思うまい。


この前もまさにそうなんだけど

授業終わったあとでさえ 名残惜しむように
校門のところでまだまだ同じ院生と立ち話(議論)したり

誰もいない資料室で“必死に”(自分的には。世の学者さんからしたら、何してんの?てレベルだけど)
文献漁ってたり・・・。

人よりかは“ずいぶん 遅まきながら”ではあるんだけど、
そういうことに“楽しいなあ”と感じる毎日を送っている。

それでいいじゃないか。


これを、研究業績がどうだとか 世に残る論文をなどと
真剣に考え始めたとたんに不幸せになってしまいそうだから。


分相応、というが
こういうことは自己満足が大切なんだろう。

なんだか自分の人生が、
良いものに思えたのだったら

それでいいのだと思う。


何の根拠もないんだが、人生上々な感じがする・・・

それでいいんだと思う。


で、
修士号取れたら さっそくまた次の夢があって・・・


実は 梅干屋になりたい。


梅を天然の塩だけで漬けたような、
なんの変哲も無い、シンプルだが素晴らしい梅干し。


であるからして、
博士後期課程のテーマはぜひ、“梅干し”ということでよろしく。

梅干が研究テーマなら、医学博士?(笑)

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3月31日、父の言葉。


父はこの日、30数年勤めた役所を定年退職した。
一昨年病気で倒れなければ、あと数年は働いたのだろう。

何度も何度も、
あ〜 こうは思わなかったなあ… とため息をついた。

病気から立ち直り、ゆっくりだが回復していく父の姿を、
意識不明の父を見ていた家族からすれば進歩に見えるそのことも

当の本人である父からすれば、
想定外のことでしかないのだろう。

回復を目指す途中で期限が来てしまった、

そのことは、無念なのだろう。

人はみんなそうだ。
いつ何が起こるか、誰も想像し得ない。

だからこそ、今日を生きるのだ と思う。

ここ数年、本当にそう思う。


この日は、仲間の位牌に線香上げたあと実家に立ち寄り
弟に付き添われ、形式だけの“最後の勤務”を終えた父と

そのパートナーである母を連れて 親子3人でディナーを食べに行った。

食事の前、
“ランの館”を見たのだが

父は本当に嬉しそうだった。
花の香りの充満するハウスの中を

本当に嬉しそうに スタスタ歩く父。

普段の生活が、いかに不自由なものであるかが容易に理解できる。

時々連れ出してやろうと、思った。

花や木のあるところがいいかなあと、思った。


翌日は朝から大学院の入学式ゆえ、早く帰りたい気分ではあったが

思わぬカタチで退職の日を迎えた父と、
ランの館の中を 母と2人、

嬉しそうに歩く父を見ていたら

今日はこれでいいや、と
こころから思えるのだった。

仲間の命日。

明日は仲間の命日だ。
もう何年になるのかな。4年くらいか・・・。

桜の咲く、おだやかな春の日に 仲間は召された。
精神病院を退院した日に 地下街で倒れて そのまま亡くなったらしい。

亡くなった仲間との最後の会話、最後に言われた言葉は

「のび太のくせに!」 だったなあ…。

その何年か前まで、自分で物事決められず
何でも“どうしたいい?どうしたらいい?”と、先行く仲間に聞いてたボクが

ココに来て5、6年(当時)、
ちょっとは偉そうに わかったようなこと言い出してたから

仲間は、 のび太のくせに! って言ったのだろう。

のび太って意味がわからなかったのだけど、
ここ数年 当時の先行く仲間から離れてみて

今はその言葉の意味がよくわかる。

それと同時に、こころの痛みを感じる。


当時はわからなかったんだよ、ごめん。

その場所で、一つの色に染まれないことの痛み
一緒になって目をそらすこと、庇うこと、そのおかしさ。

君が違和感を感じ、納得できないと感じたこと
ボクも一緒になって 向こう側にいたのだね。

当時はわからなかったんだよ。


それがわかるようになってきた、この数年
毎年この時期になると 仏壇に手を合わせに行くのは とても皮肉だね。

生きてるうちに、分かち合えたらよかったのに。

ごめん。

夢はふくらむ。

精神保健福祉士の資格を目指したことで
なにやら見える世界が変化しつつある。

同じ当事者活動を、当事者として行うことも
専門職として行うことも出来るようになった。

来年度は世の中のいろんな流れが変わっていく。
法は急速に整備され、試行錯誤が繰り返されるだろう。

こうした動きの中、

じゃんけんするのに 
右手だそうか、左手だそうか。両手だそうか。

あるいは、また全然違う方向に進んでみようか。


いよいよ 来月からは大学院。

実は 仕事そのものとは、ちょっと違う角度から
研究をしたいと思ってたりする(笑)

自分の未来につながる出会い、
たくさんの人に出会えることを楽しみにしている。

また来月は アジア各国の留学生の青年らと会えることも決まっている。

自分の世界が、
これまで以上に広がっていくのを願っている。

NGO、国際開発、世界保健などにも興味がある。

アジア人である、ということにも関心がある。
土着の生活、というのも興味がある。

隠遁生活に興味がある。笑


TOEICに興味がある。

ダメ、絶対 運動が何故なくならないかにも関心がある。
(これに関しては理由は明確すぎて 研究対象にするのも時間の無駄である。笑)

ヒンディに興味がある。
サンスクリット文字に興味がある。

あるある。

な〜んだ、
何にでもなれそうじゃんっ^0^

友と過ごす。

少し前、少し遠くから友が訪ねてくれた。

語らい、飯を食い、共に過ごす。


初めて会ったのはいつだったろう。
そしてそれは沖縄だったかしら。

ともあれ この感じ、この感覚。

自分の在りさまを否定することなく、
そのままでいられる感覚に 友の大切さを実感する。

懐かしさと、新鮮さ。

こころを許すとか、分かち合うとか
もうそんなレベルじゃなく 共鳴する感じ。

僕にとって友は特別なもの。
大切なもの。



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