ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

病と回復 addiction

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つながり。

かつて私は「回復」しかしないので、
回復しなかった時期があります。

まあ、ある意味での自嘲ですけどね。

私は人一倍ミーティング出たけど、
長い間それしかしなかったようなところがあって、

以て回復しなかったのですよ。

その頃は、ただの取っ付きにくい人だったと思う(笑)

でも最近は…


古い仲間が知り合いの方々に論文を回覧してくれたらしく
そこから次へと繋がっていくのが嬉しい。

そしたら恒夫がさ、
「お前の論文パクったぞー」って笑いながら言う。

いいよ、パクっても(笑)

パクられたらもう一流ってことです!なんて、
言ってくれる友達もいて

そういう見方もあるのですね(笑)

まぁ、私達のは当事者学ですからねぇ…。

誰が言ったかというより、
誰が言葉にしたかって感じですかね。

しかし最近、毎週のように東京来てるなー( ̄〜 ̄)ξ


そんなこんなしていると、
去年ゲスト講師で行った大学から非常勤講師の依頼が。

と言っても持ち時間は同じ。
ってことは、ただ謝金が下がるという意味ですかね? ー0−; ぼそっ

明日はDARS。

我々カウンセラーは、
時に「死」に直面しなければならない。

だが、それは時に一方的に、
我々の意思など全く無視しして押し退けて、我々の中に入ってくる。

「クライアントが死んだ」「遺体の確認してきた」

おいらがスーパーバイザー(スポンサー)をしてる仲間からの電話。
轢死した仲間の遺体を確認してきたという。


そういえば、私も初めて持ったクライアントを自死で亡くしている。

スコーンと頭を叩かれたような衝撃。
何が起こったかもわからないまま、遺体の確認に行った。

混乱、怒り、自分の何がいけないのかも分からないが自責、そしてやっと悲しみ…。

こうした一連の感情のプロセスがあることも知らないまま、
カウンセラーとして働きだした。

こんなときは、自分の回復を守ればいいのか、
それとも亡くなった方のために“回復初期の当事者には危険な”感情のゲームに繰り出すべきなのか。

悲しみの感情が沸き上がるより、キョトンとしてしまった自分は人でなしに思える。

「ごめんね…」心の中で呟いてみるのだが、一体何が?


家族への電話もヘビーだった。

「●●●君が亡くなりました。首を吊って」「ごめんなさい…。ごめんなさい…。ワアー!」

それからは言葉にならなかった。
狂ったように床を蹴飛ばし、喚くしかなかった。

先の日曜は、
おいらの14年の回復の記念日だったのです。

本当に多くの仲間が集ってくれて、
「幸せだな」と思った次第です。

仲間は、“至らないところも含めて”私を受け入れてくれています。

この、“至らないところも含めて”ってのが
回復における私の人格形成にとても重要だったのです。



そして、14年が経った今の自分とは・・・


大学のゲスト講師を翌日に控えながらも、
6月末提出のプロジェクト申請書を 真夜中のビジネスホテルで書いてたりする。

翌日の講義は午前。

何時間寝れるか、考えた方が負け。

もともと神経症なんだから、
14年経った今も「寝なきゃ」は最も効果的な不眠への招待状。


そして、講義当日。


「ピアサポートとソーシャルワークの実践」

それが今回の講義のテーマ。


当事者であることと、援助者であること。

当事者性へのこだわり、その意義と課題について。


こんな話させてもらえるチャンスは そうはない …

普段の講義では、「依存症と自助グループ活動について」がほとんど。


世の中が知りたいのも、そこの話だろうし・・・。



そして、それが おいらがここ数年
学業に向かった理由なのだと、今はわかる。



おそらく実は多くの仲間が感じているであろう、
特に10年を過ぎてからの閉塞感について

おいらはその理由と源泉を知る必要があったのだが


それは、当事者の輪の中では認めにくいものだったのだと思う。


だから安全に、そして少し渦の中から離れた場所で
現状を見てみる必要があったのだと思う。


そして、こうした学生視点でいる時間は、
職業的、自助グループ的しがらみから解放される大切な時間となった。


(おかげでいい論文が書けました。本当に。)


だから、修士過程は修了したけども、
学生の立場を卒業はしたくないと感じている。

マジで。


ともあれ、今までと少し(いや、だいぶ)違った視点で
当事者活動を捉えられるようになったのは事実。


レアな立ち位置と言われたりもする。


そして、これが一番大事なことなのだが、


今回の講義を迎えるにあたっては

「依存症と自助グループ活動」について
先に話してくれてた人が他にいるということ。

それがあってこそ。





今日の ○×依存症リハビリセンターは
仲間たちが丹精込めて作った自家製キュウリで冷やし中華。

そして、仲間と夜釣りにきた。


穴子を狙っているのだが…

PSW として、
この春から 地域生活定着支援センターでの勤務が始まりました。
(リハビリ施設の仕事は これまで同様で兼務)
 
この十数年 結構気ままに仕事できる環境だったんで
正直 少し不安だったのですが
 
周囲の人とも なんとかソツなく やっております。
 
思った以上に これまでの 依存症回復施設 での経験が役に立ちそうで
それは本当に良かったと感じています。
 
資格を取ってて良かったなあ、と思いました。
 
こういう分野の仕事でも
私たち、いわゆる「回復者」は活躍できるチャンスがあるのでは、と思います。
 
 
さっきも同業の友人と話してたところですが、
 
私たちが回復を始めたころは
リハビリ施設にいながら学校に通うとか
何か資格を取ってみるとか
 
なかなか、そういうチャンスはなかった。
 
リハビリのために生活保護を取ることすら大変な時代だったね、って。
 
 
でも、今年はうちのリハビリ施設でも
二人が高校に、一人が大学に行き始めたりしてて。
 
 
時代は変わったなあ…って。
 
イメージ 1
 
* 地域生活定着支援センター … …
  けー務所を満期出所する(受け皿がない)者の、
  地域生活を支援するためのセンター。H21年度秋より
  各都道府県に設置され始めている。
  司法福祉的取りくみと言える。
 
 
 
 

マイノリティ癖

気がつきゃ、またマイノリティになってる。

○○少数派(笑)

元からそうなのか
そういう性質なのか

ともかく、
気がつきゃ世の無理解と偏見を儚んでる。

まさか、
世の中の至らぬトコ探して歩くために生きてるワケじゃないんだろうけど

気がつきゃこの展開。

少数派の視点から世界を見てること多し。

パニック障害に保健室登校、
引きこもりに薬物依存、

ちょっと回復したと思った最近じゃ…


ふーん。


もっとも、だからこその場所にいつもいて
それで仕事してるような気はしてるけど。笑


世の中が寛容で、多様性に満ちたものだったら
こんなに色々やることあったのかしらん(・д・)

なんて。

ある方も言っておられたが
世の中の不備が私を支えている。

ふと、そう思ったりもするワケ。

もっとも、世界の見え方を変えるには、
自分の不備をなんとかした方が早いんだろうけど。


♪「Something」The Beatles



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