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おいらが薬をやめるときには
大きな力の配慮があったのだが
その一つに
ある名医との出会いがある。
彼の名は森岡洋。
神経症の治療では有名な医者だ。
当時でもかなりのお歳だったように思うので
いままだ活躍しておられるかは定かでない。
その森岡洋に一度だけ診てもらった。
その日おいらは薬をやめて数日、
離脱による不眠とパニックの連続に
いつリラプス(薬物の再使用)してもおかしくない状態だった。
周りに誰かいなければ
間違いなく薬を購入して飲んだだろうし、
周りに誰かいても
自分には薬が必要なんだ、と そればかり繰り返していた。
病院に連れて行ってくれ
狂いそうだ
自分には薬が必要だ…。
最初は 大丈夫、大丈夫 と言ってくれていた仲間も
最後には、それはお前の病気だ
病気が言わせているんだと
語気を荒げる始末だった。
それでも収まらず、ゴネまくる おいらに
とうとう仲間は病院に連れて行ってくれた。
今思うと、
どうしてあの病院だったのかわからない
当時の沖縄ダルクでは 何軒かの病院との関わりがあり
必ずしもその病院はよく使われていたわけでもない。
今もって不思議の一つ。
そしてその病院でおいらを診たのが 森岡洋だった。
彼は手際よく おいらの訴えを聞いた。
おいらが何か言うたび、
同伴したダルクのスタッフが
先生、こいつに薬出したらあかんでぇ などと
関西弁で 余計なことを言ってくる。
森岡はそれに耳を傾けるとも 傾けぬともなく
ただ一言
ダルクの掃除でもしていなさい。
その方が良くなるよ と言った。
なんの戦利品もなく病院から戻ったおいらは
それからの一週間
薬を飲む代わりに
ダルクの掃除をした。
結局、その一回だけで
その後、森岡洋とは会っていない。
そして、その一回の診察以来
今日まで精神科の治療を受けていない。
名医とは
そんなものだろう。
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