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GESTALT GEBET
ゲシュタルトの祈り
Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben.
私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。
Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen -
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。
und du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen.
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。
ICH BIN ich und DU BIST du -
私は私。あなたはあなた。
und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。
wenn nicht, dann ist auch das gut so.
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。
Frederick Perls
フレデリック・パールズ
昨日のフォーラム。
参加してくれた全国ダルクメンバーの期待には応えられなかったな、と思った。
どんな期待?って話だけど。
ある仲間は
ウチのダルクからは何人話すんだ?とか聞いてくれたけど
答えられなかった。
フォーラムが終わって
なんだよ、と思われたのではないか と思う。
応えられなかった。
私はいつからか、ダルクフォーラムってものの意味を
考えるようになっていった。
それは単なる体験発表の場ではなく、
地域と当事者を繋ぐ 大切な機会だと思うようになった。
特に、依存症と関わる専門職や援助職
その人らに どう効果的なメッセージを運べるか、
そのことによって、
つまりは当事者が救われていくのだ と考えるようになった。
つながってきた当事者にメッセージを運ぶのは
まちがいなく 当事者である私たちだ。
そしてそれは、これからも不変だ。
そしてそれは、当事者以外 他の誰もできない仕事だ。
だが、依存者の周りにいる援助者はあくまで援助者だ。
彼らに 当事者言語をそのまま投げかけて 理解を求めることが
はたしてどれくらい効果的なのだろうか。
そう思うと 当事者と周囲の者を隔てているのは
案外 言語や表現によるものかも知れないとも思う。
そう思うようになって数年、
その意味においては 昨日のフォーラムは成功であったと言える。
だが、
仲間としての、体験談としての、物語としての繋がりは
感じにくいフォーラムであったかも知れぬ。
全面的共感はしづらかったやも知れぬ。
だけど人はそれぞれ複合的にアイデンティティを持っている。
薬物依存症者としてだけの人生ってありえない。
今はそのことがほとんどすべてだったとしてもね。
フォーラムをどう捉えるかだね。
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