ハイ、タケゾウですっ

考えすぎる宇宙人院生のブログ。言いっ放しの言われっ放しでどうぞ。

学 業 studies

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

かんたんに言えばこうだ。

今までは当事者であるか、専門家であるかだったように思う。

専門性と当事者性は相反するもののように捉えられてきた。

それは客観性という観点からそうなのか、治療という構造上なのか

ともかく、当事者以上にわかっている専門家がいて

専門家は当事者を治療する。(らしい)


主体が専門家で当事者は客体。


そして、そういう治療構造から離れて(そして対等な援助関係において)

自分の場合は回復した訳だけども、←名古屋弁(笑)

当事者として、どんなに経験を積んでも

それは当事者でしかないらしい。


半面で、大学出たばっかの兄ちゃん姉ちゃんでも

それは専門家なのだという。


なんかおかしいなぁと思って

ここ何年か勉強したわけだけども、

資格も学位も取ったわけだけども。


待てど暮らせど専門家にならない(笑)



大学出て働きはじめたばっかの兄ちゃんは専門家。

同じ資格も学位も持ってるのになあ…


いっそ、当事者だと言うのやめたら専門家?笑 

専門家というのは、当事者であると言えない人のことか。

あ、違うか。


専門家というものには、どうやってなるんだい?

英語で書いたら・・・

イメージ 1

Living for One's Own Recovery and Working as a Supporter
-Functions and Expectations for the "Recovered" in the Process of Drug Addicts' Rehabilitation-

DARC, Drug Addiction Rehabilitation Center, was established by a recovering addict Tsuneo KONDO in 1985, Japan. It was began as a communal life by those who wish to recover from drug dependence.
DARC promotes recovery of its recovered staffs, as well as its clients, by raising their self-esteem in its activities. There is not paternalistic or authoritarian helping by "professional supporters" here.
Japanese recovered people did not have many resources to keep on recovering. Nevertheless, activities by recovered were not understood or supported so much by society. Therefore, DARC's members and organizations were protected from intervention of non-recovered, and DARC has pioneered as a station of recovered.
Recovered people have accomplished their recovery, not by authorized or professional programs, but by their own will, and have built a helping system based on equal relationships. This is quite advanced and meaningful.
What was needed for recovered counselors was only "being recovered"? Because recovered counselors have roles which professional supporters cannot have, have thought their roles were their essence, and have empowered themselves in the station of recovered.
But lately, some recovered counselors, who have been recovered for a long time, have relapsed, or taken a sick leave because of depression. The author considered that this is not just a personal problem, e.g. relapse of dependence, but a common problem which many Japanese recovered counselors have, and discussed difficulty of continuing to work as a counselor by only sharing their experience.

卒業、なのに・・・

出た!研究計画書ε=┏(; ̄▽ ̄)┛

明日(今日)は卒業式です。
学位記の授与です。
(やった!)

なのに、まだこの時間に職場の事務所に残って作業してるのは…

なんと研究計画書!
 
イメージ 1

 
修士論文の提出と同時にフリーズした頭は
あらゆる書籍、文章・・・文字すらを拒絶しておりました。
もう、読むのも書くのも嫌。

数ヶ月にわたる文字、文字、文字の生活によほどヤラレたのでしょう。
論文書き上げた瞬間に出た一言は

『あー、二度とこんなことはやらん』
だったハズ。 なのに…
 

 
 
 
 
 
大学に残ることにしました。

そのためには、研究を続けるための“計画書”なるものが必要です。
つまり『小論文』みたいなものです。
その提出期限が明日(今日)。

 
なんで私はこうなんでしょう…

前日の、しかも卒業式の前日のこんな時間に研究計画書書いてるなんて…

子どもの頃からそうでした。
夏休みの宿題も、給食袋の洗濯もそうでした。ギリギリまでしない…
 
はあ・・・ ><
 
 
ま、でも いよいよ卒業です。
 
嬉しいです。
 
それを誰かに言いたくて・・・

学位授与

修士論文の提出、口述試問を経て

先週の教授会にて

おいらに修士号の授与が決定したようです。


嬉しいです。


12歳でパニック発作に見舞われて以来、

それまで得意だったはずの学業からは 程遠い人生でした。

通院、服薬、保健室登校。

中学の3年間で完全に授業についていけなくなりました。


高校は 滑り止めに受けた学校が

やっと補欠合格というありさまでした。

それでも両親は喜んでいましたが、

今だから正直に言うと おいらは悲しかった。


“物事をありのまま受け入れる”には 若すぎました。


それから四半世紀。



自分を確立できないまま、

気づけば精神安定剤等の依存症になっており

20代半ばですでに社会死状態。


ダルクで回復を掴むも、

薬物をやめ始めた日々は 学業とは程遠い毎日。


そしてそこから15年ほど経った今年。

この一年は これまでで一番睡眠時間の短い一年だったと思う。


学位記授与式は来月末。


あのイカの頭みたいな帽子は

どこで用意したらいいのだろうか。

いよいよ。

いよいよ明日は修士論文の口述試問。

先に済ませた同級生は、ボッコボコだったと言います。

こわいな〜〜〜

といっていまさら逃げるワケにもいかず。


仲間も明日は高校の入学試験だったりして、

私の周りは学業ラッシュでありまする。


回復が始まった20代の中ごろ、その少し前には

本屋へ行って資格の本など手にとっては

ふんっ、自分には関係ね〜 などと思ったものですが。


今は現実であります。



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事