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地球は重力が働いている。
身体年齢が若いうちは何を気にせずとも
重力等に対し抵抗力がある。
若くなくともメリハリがあれば多少ごまかせる。
先日から
体調を崩したみーけんは
気力もメリハリさもめっきり欠け続けている。
なーけんは
それらをズバッと指摘した。
実年齢よりかなり上だと。
いつもならば
な、ななな何ということをっ!!と思う勢いもあるが
現在はそれすら無い。
相変わらずうまく回らない家族。
みーけんが苦しんでいるとき
同時刻というように
同じように家族中がそれぞれ悩み、苦しんでいる。
うまく回らないなら
回して見せよう。
誰一人自己犠牲のないように。
人間には知恵があるっ!!
と
思い続けても
自分一人ではすぐに限界が来るんだよね。
せめて
自分の顔が映るものの前に立つときは
笑顔でいられるようにしようっと。
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いろいろ
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ご近所で
ボール遊びをする子供を見かけるたびに注意してきた。
が。
「〜するわけがない。」のオーラ満々で
少し距離のある家々の道路内でキャッチボールを続けていた親子がいた。
子供の方は野球部所属。
親も自信ありげ。
心配もよそに
実際、グラブにボールが入る音しか聞こえなかった。
スパン!
スパン!と
なんと小切れの良い音がすることか。
駄菓子菓子。
周囲を確認して、安全だと判断したとしても
親子がキャッチボールをしている場所は
私有地ではない上に
市道を囲むかのように
他の家族が住む一軒家が建っている。
もし。
車で出かけようとするときに
自宅の駐車場前で
キャッチボールをしている親子をみかけたら。
キャッチボールをしている親子に気を遣うのは間違いである。
「こんな(市道)場所でやるな!親のくせにわからないのか!!」と
怒ってよいものである。
親を注意するのは本意ではないが
言わざるを得ないのか・・・。と
落胆している。
この親の親の顔を見てみたい。とすら思うこの頃である。
そのなかで
まぁ、確かに
自由に遊べそうな広場などはマンション、一軒家、店舗など
すぐに建物の敷地へと変貌している。
子供が大声を張り上げて走り回れる場所はもう限りある場所か
お金を払わねばならない場所になるかもしれない。
小さい子供を持つ親たちは
少しでも広い場所や子供たちが面白いと感じる場所ではしゃぐ姿に
やきもきし、他人にすみませんと頭を下げることも多いだろう。
小さい子供は
ばてるまではしゃぎまわる。
親の言うことなど聞かない。
これらは
地方や国などに協力を求めてよいのである。
「守備範囲」の限界を越せば
どうにもならないことが発生するのは当然のことである。
がんばりすぎちゃあいかん。ということと
これぐらいは、という自分本位の考え方は違うとか
色々なことを区別できればいいね。
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納戸の整理整頓をしていたところ
夏の飾り物の一部が出てきました。
影の反射が良い感じでした。 |
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寿司チェーン店に限らず、
会計時は
端末である個別データがせわしく働く。
席ごとに会計を計算するシステムでは
「こちらを会計にお持ちください。」と
食事をした内容のものが
スタッフが持つ端末から感熱紙で出てくる。
しかし先日。
旦那とランチをして会計の計算時
その内容を記して出てくるであろう感熱紙は
白紙で出てきた。
二度も。
時間だけが無駄に過ぎてゆく。
焦ったスタッフは
手書きにて「申し訳ありませんが。」と
食事内容の会計を渡してきた。
そしてさらに不思議なこと?に・・・。
会計額が増えた。
おやおやおや。
どこのシステムを使っているのか問いたくなった。
簡易スタッフは
端末の中身や
システムに直接関与することはないだろうが
上のものは想定しているのだろうか。
「万が一」を。
システムだけが問題では無い。
システムが具現化させるために必要とするものにも問題が生ずる。
そこまでいくと、
店側はお手上げだろう。
店の売り上げのために
中にはデータなどの統計等の中で
妙な方向に走りこむものも少なくない。
どうしても最新システムは必須のように思うが
重要なのは
システムを熟知し、なおかつそれを利用できるものの存在があること。
いわゆる「有効活用」の基本である。
そして
そこから進化しようとする「冒険系」が周囲にあり、また
それらの意識が強い人間が多いこと。
また
将来性を見出し可能性をあますことなく拾い上げ
それらを分別、統括し
適材適所を見事にサポートできる人材があること。
いろいろあげることはできるが
そのどれにも
「重要さ」を持って接する会社は少ないように思う。
不具合は
きっと
〜せねばならない。ということに捕らわれたところから生じているかも。
人の体と同じだなぁ。
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我が家の冷蔵庫は
みーけん的にはかなり不満があったが
当時は最新的だったのと
冷蔵庫の担当者の勧めもあり購入したものだ。
駄菓子菓子。
担当者の言うことを「鵜呑み」にするのでは無かったと
ずっと後悔し続けて7年。
先日、
ついに不満が爆発した。
不満はいくつもあったのだ。
冷蔵庫の棚半分が引っ込む作りの部分がある。
それだけならば使いようによっては便利だし
それも売りの一つとなっている。
が。
棚全開で使用する場合
手前が下がっている作りだ。
取り出しやすさかもしれないが
大迷惑極まりない。
手前が下がっているために
残り物などを入れた入れ物が
何度も床に落ちた。
その中には陶器製のものも少なくない。
落ちる度、
掃除を余儀なくされ時間のロスとなる。
開栓したならば
冷蔵庫保管、という調味料も少なくない。
冷蔵庫事情は各家庭によって全く違う。
棚の下にはレバーがついていて
スライドすれば高さが変わるという「優れ物」!
のようなものも売りであった。
しかしながら
そのレバーが在るために
その可動部分の高さが邪魔になり
いっそ無い方が便利だと感じていた。
可動ができる棚はプラスチック製。
無理やり押しあげて奥に突っ込む形となる。
使いづらくて仕方が無い。
我が家の冷蔵庫は
調味料等で大半を占める。
残り物や
翌日の下ごしらえなどをしたものは
万が一落ちてしまっても影響のないタッパーに入れ替えている。
洗い物が倍になるのだ。
ある日
買い替えを検討するために
今や標準装備のように「省エネ」が
当たり前となっている冷蔵庫たちを見に行った。
冷蔵庫売り場の担当は
年配の男性店員が待ち構えていた。
会話は旦那に任せて
みーけんは冷蔵庫を物色。
担当者はニコニコしながら
冷蔵庫の性能と特徴、お財布事情だけを
自信ありげに語っていた。
性能?便利?
暮らしに欠かせない「冷蔵庫」は
家庭の形でもあるとみーけんは考える。
その中身は冷蔵庫の性能や便利さだけで
語れるものではないと思う。
ましてや
たいして差の無い
新商品と新旧品の値段を出されても迷惑。
何年たっても
「省エネ」と「便利」機能を持たせていると自負している関連者の
ちょっとずれた勘違いと
冷蔵庫売り場の担当者は
数年前と何一つ中身の変わらないものだった。
がっかりしながら
買い替えをせずに
今の冷蔵庫がダメになるまで工夫をせざるを得ないことを覚悟した。
新しい冷蔵庫を購入したとして
金銭的な負担が軽くなるようなことが出来ても
精神的な負担は重いままだ。
変わらないならいままのままで良い。
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