不思議

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ある書道家の10周年記念展が
目黒雅叙園で7月19日まで行われています。
 
友人に誘われて、
先日行ってきました。
 
中は撮影禁止でしたので
画像紹介はできませんが・・・。
 
書道家の作品もとてもよかったのですが、
それよりも
もっと圧倒してしまったのが
目黒雅叙園の隅々にわたる彫刻や建具、銘木、豪華な装飾などに
埋め尽くされた数々・・・。
 
この目黒雅叙園は
当代一流の芸術家、庭師、左官、建具師、塗師、蒔絵師など数百名が参加、
庶民の願望、現実から遊離した世界を作り上げたという豪華さなのだそうです。
 
とにかく、一見にしかず・・。
というぐらい、
一目見るために遠路はるばるきても損は無い!というぐらい
驚きものです。
 
 
1〜7まで○○階段の途中にある○○の間、という場所にあわせ、
それぞれのテーマで
書道家の方の作品が展示されていました。
ふむふむ、と考えさせられるような内容が多かったですね。
 
 
その中の
ある間で、
その柱でもある木にあるものが宿っている感覚を
感じ取りました。
ずっと
様子を伺うような。
 
ははは・・・。
 
 
そしてどんどん進んでいきます。
 
すると、
 
あるテーマの○○の間になり、進んでいき、
作品の近くに来た瞬間、
 
両肩がズドンと重くのしかかるように。
 
「!!!」
 
近くにいた友人に肩をちょっとはたいて欲しいとお願いしました。
 
パンパンとはたいてくれましたが
まだ何か残っているような・・・。
 
友人は
あとで教えてくれましたが、
「物凄い硬い鉄板が入っているようだったよ」と教えてくれました。
 
 
ごく稀に
たまーに
 
体にも影響のあるような
びみょう〜なものがありますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
バサーッ
 
プラスチック製のS字フックに
ぶら下がっていた商品が
タイミング良く落ちてきました。
S字フックの真ん中辺りから
バッキリ割れて・・。
 
周りには誰もいません。
もちろん触れていません。
その商品との間には
1メートルは距離がありました。
 
 
ディスカウントスーパーの
棚と棚のあいだを通り抜け
旦那がいそいそと
カートを押してその商品のある方向に
向いた瞬間の出来事です。
 
S字フックにぶら下がっている状態のものは
他にもありました。
皆均等にぶら下がっています。
 
・・・一つだけ老朽化?
 
 
落ちたものを全部拾って棚の上に重ねました。
 
旦那「いやぁ、びっくりしたねぇ。」
みーけん「空気泡で落としちゃダメじゃん。(冗談)」
旦那「そうだねぇ。」
 
こういうどうでもよさそうな冗談を
楽しそうに受け答える旦那が不思議です。
 
 
また大分前ですが、
野菜を積み上げて販売している場所を通過するとき、
ちょうど玉ねぎのバラ売りのところでしたが
ころんと転がってカゴに入ってきたことも。
 
よそみしていたら、
誰がいれたんじゃー!と思うところですね。
 
 
周りに人がいなくて
無風で
触っても近づいてもいないのに
タイミング良く何かがある、ということなど
皆さんも体験しているかもしれませんが、
 
なんでだろ?
と私は考えてしまうタイプですね。
旦那にしては
そんなこといちいち考える方が不思議だそうです。
 
大丈夫!
考えはしますが考え込みませんから〜。(多分)
 
 
考え方も性格も全く違うのに
上手いこと何とか続いているのも不思議ですかね〜。
 
 
 
 
 
 
 
パワーストーンについて、
私が意識し始めたころから30年以上たちますが、
実に面白い広がりがありますね。
 
「遺跡」のようなパワースポット
その他にも自然などの
パワースポットも
目には見えませんが
沢山広がっています。
 
 
多方面で色々調べたりすることはありますが、
一番面白い、と感じたことは
 
パワーストーンでもパワースポットでもなく
人間自身でした。
 
 
パワーストーンもパワースポットも
人が決めるも決めなくも
古来よりそこに存在しているものですから
変わりようがないわけです。
 
 
「凄いエネルギーを感じた」
「神と一体化を感じる」
・・・
あげるとキリがありませんが、
目に見えない神秘系のものを心地よいと感じる方の
メッセージは数多くあります。
 
 
大あれ小あれ、
良いと思う物は良い。
正直な心の動きは
嘘のつきようが無いように思います。
 
 
感じるのは人間の本質。
 
虚飾をつけ
お祭りのように騒ぎたてるのも人間。
 
ひっそりと
金庫の中に隠して
誰にもわからないようにするのも
風流に任せて
味わいたいと感じるのも
 
様々なことには
人間の心の動きが伴っています。
 
 
いちいち
パワーストーンだとか
パワースポットだとか
命名しなくとも
当人は
「心地よいもの」を自分の心で感じとっているように思えてなりません。
 
 
極端な話、
例えば、
自分の愛する人が
「愛しい」と感じるものに共感を覚えれば、
道端の石ですら
「愛しい」と感じることで
それは
パワーに変わると思います。
 
 
石は何も語りませんが、
きっかけにはなりますね。
 
人は、
悩んだときなど
誰かに背中を押してもらったり、
同情して欲しいものです。
 
本当は
もっと自分を分かって欲しいという想いで一杯だと思いますから。
 
 
そういった想いなどを胸に秘めたまま
過去の人間は未来へ託せるよう、
何かに刻みこんでいったとすれば
 
それは
きっと
どこかに反映されていてもおかしくはないとさえ思っています。
 
パワースト―ン
パワースポット
 
過去より
未来にもたらされた希望のヒントと感じます。
 
人間自身が
自然の恩恵にあやかり、
自然の息吹を感じ、
共に生きる努力をし続けること、
 
その努力なくして
自然の石(パワーストーンなど)
を都合よく配置しようなど
そうそう
甘い話はないと感じます。
 
 
特に、
ヒーリング治療などといったことに
携わっている方は
「乱用」に近いものがありますから
注意が必要です。
治療に生涯をささげるわ!!!というような方は
スル―されて良いです。
 
 
人間には
限界があります。
 
それを超えるということは
大抵は
「引き換え」にするものが前提です。
 
パワーストーンについて
もっと高みを、と考えている方は
ある程度「適当」を考える方が無難です。
 
なぜなら、
宇宙暦と比べれば
その方の魂歴は赤子以下ですから、
負担のなにものでもありません。
 
たとえ
どのような大層な事を並べても
チリにもなりません。
 
 
大きなことだと思うことが
一瞬にして消えるということです。
 
 
それほどに
地球に生きるものは
小さいということです。
 
 
ある時点では、
そう理解できることがありました。
 
 
 
しかし
 
心の奥底で
 
 
 
もがくことは良いことだと思っている私には
 
一瞬にして消え去る魂にさえ
宇宙を飲み込むパワーが宿ると思っています。
 
小さいけれど大きい、
大きいけれど小さい。
 
 
全てに全てが当てはまる、
疑問すら
初めから無かったようにさえ感じられる
お互いが高め、打ち消し合い、
最後に何が残るのか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
調和がいいなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

気になる十字架

十字架が何故か気になる・・

気になり始めたのは、
小学生の時です。

友達が日曜日に行くところがあると
一緒に連れて行ってもらったことがあります。

そこは
教会でした。

神父さまらしき若い男性がいて、
他にも子供が数人いました。
子供にもわかるような絵本を開いて
「読み聞かせ」をしていました。

内容は教会だけあって
やはりイエス様のこと。

お話が終わりますと、
お菓子が配られます。

子供はどうやらこれが目当てですね。

私も子供の頃は、
イエス様のお話はよくわかりませんでした。

お菓子がタダでもらえましたので
数回は友達と一緒にいきましたが、
飽きてしまったので
それ以来
その教会を訪れることはありませんでした。

その日から
何故か、十字架が眼に止まるように・・。

「すりこみ」状態だったかもしれませんね。


十字架も、
沢山の種類がありますが、
特に裾広がりの十字架が印象深く
時が止まる感じです。

きっかけは
友達に連れて行ってもらった教会の
読み聞かせですが、

不思議な感覚です。

気付けば
友達になる1人は必ず教会に行ったことがある、
と言います。

高校生の時、
友達にクリスチャンがいました。
違うクラスでしたが彼女とはとても仲が良く、
文化祭など一緒にバンド発表するなど
充実感を共に味わう仲間の1人でした。

しかし
彼女は高校を卒業して間もなく
他界してしまいました。

もともと病気持ちで
調子の悪い時は入退院を繰り返していましたし、
励ますぐらいしかできませんでした。

良くなるといいね。
絶対良くなるよ。

願いは敵いませんでした。

お葬式は
キリスト教形式で
十字架がやけに神聖過ぎるのを感じました。



自分に何か関わりがあるのだろうか。
そんな風に考えるようになったのも
この頃です。

その頃、
「カタコンベ」と呼ばれる
イタリアのお墓が気になりました。

旅行の番組や、何かの報道で映りますと
十字架に眼がいきます。


一体、何だろう。


私はパワーストーン好きですが、
十字架のペンダントトップをいくつか持っています。

出先でも
ペンダントなど売っているお店を見かけますと、
何気なく見ていても
十字架が飛び込んできます。


う〜ん。
すみませんねぇ。
わかりません。
私は、肉も食べますし、酒も飲みますし、
欲だらけです。
とても修道院様のような戒律の中では
生きられたものではないと思うんですよね。


何かあると感じてはみても、
そんな尊いようなものなど
私に出来るはずもなく・・。

しかし気になる十字架に
未だ不思議な感覚でいます。


何だろうなぁ〜。

上の子を
妊娠していた時のことです。

心肺不整脈や、
未熟なこと、
お腹の張りなどから
妊娠8カ月のときに入院しました。
入院中は
子供の為の点滴(栄養剤等)を
両腕に差しっぱなしです。
外れないように、
針も深く刺さり、
その上を透明なガムテープのようなもので
ぐるぐる巻きにされます。

なかなか改善の兆候が見られず
数日後の夜・・。

その日は早く眠ることが出来たのですが・・。


「トントン」と
何かを叩く音が聞こえたような気がしました。

ふぅっと目を覚ましました。


ピチョン・・

何やら
怪しげな音が・・・。


自分の右腕に違和感を覚えました。

違和感のある右腕を見ますと、
今まで針から上のチューブの
点滴の色は透明だったのが
赤色に染まっています。

ピチョン・・

ベッド脇の下の床を見ると
血溜まりが・・。


連結部分のチューブが外れ、
逆流してしまったようです。



ピチョン・・

う・・・・・・そぉっ・・!!!!!!


時計は夜中の2時過ぎを指していました。

急いでナースコールで
看護婦さんを呼びました。


「あらあら、はずれちゃったのね〜。今度はしっかりとめておくから
 大丈夫ですよ〜」

この看護婦さんの言葉にむっとして、

「でも、このまま気付かず寝ていたら、私、死んでますよね。」
と、思わず言ってしまいました。

看護婦さんは
さも
それはないでしょうとばかりに
さくさくと
処置を始め、一通り終えたらさっさと病室を出ていきました。

実際、故意的にはずそうとしない限りあり得ないそうです。

朝、
何事もなかったかのように
病院内はいつも通りでした。

血溜まりのあった場所も綺麗に拭きとられ、
跡形もありません。

何事もなかったかのように。


もしもし?
この病室、もしかして、
何かあるんじゃありません?

って、思ってしまった出来事です。


あ〜
命とられなくて良かった。

でも、
あの
「トントン」という音はなんだったのでしょう?


.
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