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会社名義の車には
エコドライブシステムが搭載されている。
旦那が最近、これを「上級」で設定しはじめた。
エコドライブシステムの「上級」は
速度はもちろん
加速、減速にも手厳しい。
いつものようなちょっとした「踏みすぎ」にも
「急加速」だ「急減速」だと警告音を鳴らす。
「上級」は
まるで電車のような発進と減速を好むようだ。
かなり注意を払ってペダルの踏み加減を気をつけねばならない。
しかしながら
そのおかげで「クセ」を治す早道にもなりそうだ。
車の運転はつい自己中心的になりやすい。
自分では「そんなつもりはない。」と思いがちだが
エコドライブシステムを使用するにあたり
どれだけ自分の運転が「燃料等の無駄遣い」をしていたかが
よくわかる。
しばらくは大変だが
自らの運転をこのシステムを使用して見直そうと思う。
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車
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頭に入れておいていただきたい。
車は走る鉄の塊であり凶器である。
あなたの意思に置いて
ブレーキとアクセルに足を置き
コントロールする。
「大丈夫だろう」、「こないだろう」、「平気だろう」などという
過信から来る「だろう」運転は止めて欲しいものである。
運転技術に必要なものは予測による
いざという時の回避運動が出来ること。
車の運転は
人の能力以上のことをしている。
車の重みを人が支えることはできないし
安全運転を心掛けているとしても
運転をしている車や自分の運転技術を熟知していない以上
悪天候などによる思いがけない「慣性」による車の「制御」は難しい。
起こり得る「いざ」という時のために
過信は危険なものと認識すると良いだろう。
車の能力に丸投げ状態まっしぐらのあなた。
その快適性は本当にあなたの意思によるコントロールのものだろうか。
お金を出せば良い車は手に入るが
予測不能全てについてこられる技術は手に入らない。
日頃の心がけを重視することを願う。
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みーけんが定期的によらせてもらう店は
数年前は店内に入れば多くの客がいた。
が、年々減り、ガラガラのことが多くなっていった。
原因は店員任せの客が多く
店員の説明不足による客の不満や
わけもわからず多い待ち時間、
全てとは言わないが店員の対応の悪さが目立っているように思う。
待ち時間には
飲み物が自由に飲めるフリードリンクコーナーや
ちょっとしたスペースに小さい子供が遊べるコーナー、
雑誌やTVもあるし
店内にはそれぞれ商品に関する説明やおすすめなど
イラストを用いたものがあり
有意義に過ごせるとは思う。
店員の説明不足など当然だ。
一人で何台もの車を見たりしている上に、
4,5分で終わるものから半日以上かかるようなものまで
様々な状況がある。
必要最低限の説明でわからないならばしょっちゅう通えばいい。
納得するまで教えてくれるだろうし、
車に関する知識が増えて、不満も解消するだろう。
わからないことは
教えてもらうのではなく自分から進んで聞くのだ。
客が何を知りたいのか、なんて超能力者じゃあるまいし
店員も重度の手間がかかることになる。
だいぶ前だったか
女性トイレに入ったとき、ものすごく広くて驚いた。
女性に嬉しい効果も備え付けられていた。
トイレのためだけにもきたいかも、と勘違いしそうになる。
書き込みノートを発見した。
パラパラめくっていくと
子供の落書きにまじり
半分がトイレをほめていた。
店内が「ゴム臭い」何とかならないか、という書き込みには
思わず笑ってしまった。
タイヤ館なのだから店内にもタイヤが所せましと積まれているのは
当たり前だ。古タイヤなんて新タイヤより臭くないぞ〜。
時間がかかると言ってほしかった、
家のことができたのに、と不満を書いてあるものは
そりゃー仕方ないな、奥様よ、次回からイケメンを見つけて
気分をおさめたらいいさ。と思った。
店内に入っても「いらっしゃいませ」という言葉がない
信じられない!とお怒りの書き込みは
それは店員が作業に熱中するあまり発見が遅れたのだろう。
こちらから声をかけてやればいい。
それでも無言ならばはじめてそこで文句を殴りつければいい。
みーけんは
もともと車関係に優良な接客など求めていない。
というか
みーけん自身が車が好きなので技術が確かならば接客は気にしない。
恥ずかしながら、車のことは覚えていても店員の顔は覚えられない。
古株の店員にはみーけんの顔は覚えられている。
よれば必ず「いらっしゃいませ!」とあいさつされる。
お金を落としていかないうるせーのがきたー!とか思われていたりして。
いやいや
ちゃあんとタイヤも買いましたからね。高いの。アルミホイールだって注文したし。
その分のサービスはいただきましてよ〜おほほほほ。
ともかく1度2度ではなく
購入しなくてもよいから足を運んでみると良いのでは、と思う。
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車の普段。
屋外に駐車場を持つ車は
雨や風等によりすぐに汚れてしまう。
昔は
車専用の大きな羽箒や
車全体をすっぽり覆えるカバーなどで
車を綺麗に保とうとする人が多かった。
素材や塗料など今ほど耐久性は無かったのもあるのかもしれない。
現在は
車にカバーをかけているお宅は見当たらない。
車全体を覆うカバーはデカイ。
取り外すのもたたむのも一苦労であり時間がかかる。
すぐに出発できない、という不便な点がある。
おまけに
カバーそのものも汚れるし、いずれは穴や摺れなどがおこり
カバーの役目そのものを果たさなくなり
買い替えなければならないという費用の点でもマイナスだ。
だんだん面倒になるのだろう。
そのうち
汚れたら洗えば良い、という単純思考にもれなく一直線。
そのうえ
汚れがひどくならなければ良い、後で、後でとなりがちにもなる。
危険思考だーっ。
汚れをそのままにしていれば
いくら耐久性のある塗料といえども腐食を招く恐れがある。
できる限り綺麗にしておきたいものだ。
細かい傷も放置すればいつの間にやらサビ発生、なんてこともある。
ちょっとした気遣いが長持ちと節約の鍵となるように。
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車は
あるだけでお金がかかる。
生活必需品として外せない方はともかく
ただの「見栄」や「自己満足」としての利用法は
どうかな、と思ったことがある。
車は道路を走る。
本来「道路」とは
離れた場所から場所へ円滑に運ぶためのものであったはずである。
しかし
いつの間にやら人々の生活をより豊かにと
主要道路が混雑する事態を招く土地開発が後を絶たない状況である。
車社会において
所有者一人一人が考えを改めない限り
「混雑」、「渋滞」、「事故」等はほぼ交通機関に丸投げ状態が続くだろう。
車において
「快適さ」は個人差がある。
車に絞れば「乗り心地」、「空間」、「燃費」、「操作性」と
あげてみれば切りがないものだ。
車社会となれば「道路状況」、「駐車スペース」、「運転技量」といった
かなりシビアなものなどが勢ぞろい。
駄菓子菓子。
お金がかかろうと車社会がどうあろうと
結局は個人の「在り方」によるものが大きいように思う。
車は走る凶器である。
車のメンテナンスは当然所有者、責任者の自己責任。
もちろん操縦者のメンテナンスも同じこと。
ハンドルを握る前に
健康状態を十分に把握していること、
心の状態や技量にあったドライブ計画であることを認識することを推奨する。
常に万全な状態を課すものである。
ゆえに人は
能力以上の車をコントロール下に置くためにも
自分に対する精神面、身体状況などのお手入れは忘れてはならない。
車にお金をかけるのも結構。
車の能力を絶対比でコントロール下に置けることができるならば。
「過信」はお手入れには入らないぞ〜。
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