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岡山の帰りに姫路城によってきました〜! 世界遺産にもなってる国宝の城です。 着いた時は17時前だったので、中にはギリギリ入れませんでした〜。 なので、城の庭をぐるりと一周。 ちょうど雨も酷くなり、城を後にしました〜☆ かなり大きく感動モノですね!!! 姫路城の天守は江戸時代のままの姿で現在まで残っている天守の一つであり、まさしく姫路の象徴である。
姫路城の天守閣は姫山の頂上に設けられた天守台の上に、天正八年(1580年)の春、 羽柴秀吉が現在の大天守に三層天守を構えたのが始まりである。 (播磨統治の中心拠点として姫路城を選定し、近世城郭にふさわしい体裁を整えた。) その後池田輝政によって解体され、現在に姿を残している。 天守の構造は、東西二本の心柱で支えられた五層六階地下一階の七層の大天守と 小天守3基(西・乾・東)で構成されている。天守の間は二層の渡り櫓で結ばれている。 全体が白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめづくり)で、 防火・耐火・鉄砲への防御のための構造にして、同時に美観を兼ね備えるためのものであると考えられる。 白漆喰の城壁の美しさから白鷺城(はくろじょう)とも呼ばれる。 (しらさぎじょうは誤って広まった呼び方) 「烏城」の異名で姫路城と対比される岡山城に代表されるような板壁が主であったこれ以前の城の外装が、 漆喰壁へと移り変わったちょうどその過渡期にあたるものである。 姫路城の天守は姫山(標高45.6m)の上に建っており、 姫路城自体の高さは、石垣が14.85m、建物が31.5mなので合計すると海抜92mになる。 天守の総重量は、現在はおよそ5700tである。かつては6200tほどであったとされるが、 「昭和の大修理」に際して瓦などの軽量化が図られた。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より |
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2007年06月30日
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岡山に帰省した時、見に行ってきました〜。 訪れる前に、トイレで小火があったみたいで(^^ 。トイレに「立ち入り禁止」とテープ張られてました☆ 岡山城の天守は黒漆の板張りで烏城と呼ばれ、隣県の白鷺城と呼ばれる姫路城と対比される。
また、この天守は4重6階の複合形式で安土城の天守を模したものともいわれている。 明治時代に御殿・櫓・門の大半を取り壊した。 昭和初期、天守・月見櫓・西の丸西手櫓・石山門が国宝に指定されるが、 第二次大戦中、空襲のため天守・石山門を焼失した。 現在は櫓、石垣、内堀が残り、再建した天守・不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部が存する。 現存する月見櫓・西の丸西手櫓は国の重要文化財に指定され、「岡山城跡」として史跡にも指定されている。 その他、京橋御門が岡山市小串に移築され現存する。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より ちなみに、隣接する庭園「後楽園」は日本三名園として有名です〜♪
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甲賀市民になったので、図書館で本を借りて少しずつでも読む事にしました〜。 |
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昼から成分献血に行ってきました〜(≧▽≦)ノ。 |
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