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滋賀に来て初めての台風です☆ |
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2007年07月14日
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文明元年(1469年)に織田広近がこの地に砦を築いたのが始まりといわれる。
天文6年(1537年)に織田信康は居城の木ノ下城を廃し、現在の位置に城郭を造営して移った。 現存する天守の2階まではこのころ作られたと考えられている。 信康が斉藤道三との戦いで戦死して子の信清が城主となるが、 織田信長との対立の末に信長によって永禄7年(1564年)に攻め取られる。 以後、池田恒興や織田勝長などが城主を務めた。 本能寺の変後、織田信雄の配下の中川定成が城主となるが、 天正12年(1584年)に突如として、 かつての犬山城主でもあった池田恒興によって奇襲を受けて奪われた。 これはまもなく小牧・長久手の戦いの引き金の1つとなる。 戦後は再び信雄の城となるが、彼の失脚後は三好吉房などが城主を務める。 豊臣時代には石川備前守が城主となった。 かつては、この時に美濃国金山城の天守を移築したという伝承があったが、 昭和36年(1961年)の解体修理の際の調査の結果、 移築の痕跡がまったく発見されなかったため、移築説は現在は否定されている。 備前守は関ヶ原の戦いでは西軍に属したため、まもなく没落した。 明治の廃藩置県で廃城となったが、明治24年(1891年)の濃尾地震で 天守の一部や櫓・城門などがこわれたため、明治28年(1895年)に城の修復を条件に 旧犬山藩主成瀬正肥に無償で譲渡された。 日本で唯一の個人所有の城であったが、平成16年(2004年)4月から 財団法人「犬山城白帝文庫」に移管されている。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より |
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