日々の泡

・・・ひとやすみ・・・

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21.文は人なり

『日本にも、寺田寅彦、中谷宇吉郎をはじめ、名文家の誉れ高い科学書は少なくない。
たとえば免疫学者、多田富雄の次のような一文はどうだろう。
これはノーベル章を受賞した高名な免疫学者イェルネの伝記に「ニールス・イェルネの聖性と俗性」
というタイトルで寄せた序文からの引用である。


『バーゼルにはイェルネの崇拝者が数多くいた。
どうしてなのか私にはわかる気がした。
あの到達できない孤高、間違っているとわかっていても、人を引きつけずにはおかない
魔法のような魅力、それを構築する知性、まったく別の視点から見る才能、
はるか遠くから物事を眺める目、天上の聖性と俗界の行為の奇妙な混淆。


バーゼルではまだファスナハト(聖灰水曜日直後の月曜日から三日間繰り広げられるカーニバル)
の興奮が続いていた。
笛と太鼓が、魔法をかけられた集団の上に鳴り響いていた。
それを聞くと体中が動いて、踊らされてしまう。
それはイェルネという魔術師に会った興奮のため、眠れなくなった私の枕に、
いつまでも鳴り響いていた。』


たったこれだけの文章からでも、言及されているイェルネという人物のすごさ、
カリスマ性が伝わってくる。
イェルネという科学者を知らない読者ですら、これから読む伝記の主人公への
期待感がいやが上にも高まるというものだ。
それと、文章のリズムがどこかしらナマケモノを紹介するビュフォンと似ていなくもない。
多田の序文は、必ずしも親切な紹介文ではない。
しかしそれがむしろ功を奏している。



ビュフォン:「文は人なり」という名文句を残したことで知られる18世紀フランスの博物学者。
ベストセラー『博物誌』全36巻の著者として名文家の名をほしいままにしている。
ビュフォンの文体は、地球上のおよそあらゆる対象を取り上げて縷々論じる中で
編み出されたものだという。


ビュフォンは、森羅万象のすべてについて多彩な文体を駆使する中で、
ときに宗教や人類の起源にまで言及し、数多くの筆禍事件を起こした。
しかしそのつど、やはり華麗な文体で謝罪と反撃を使い分け、いつもなんとなく事なきを得た
確信犯でもあった。』

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私は多田富雄さんという方もイェルネという学者も、恥ずかしながら全く知らなかったのですが...、本当に素晴らしい文章ですね。全く知らない分野や人についてであっても、こんな文章を読んでいるだけで、素人の私まで何か「心に響く」ものを感じます^-^。名文家とは、実際に文章を職業とされる方だけでなく、こんな風に森羅万象の秘密を相手にしている方の中にも結構多いのかもしれませんね。。

2009/5/21(木) 午後 11:04 [ - ] 返信する

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私も、さっぱり知らない学者さんでしたが、この文章は心に響きました。
みつるさんのおっしゃるように、全く知らない分野や人であっても、
こんな風に「心に響く」文章を書く人は、素晴らしい何かをそのまま
伝えようとしてくれるので、そういう部分によって理解できるような
気がします。
やっぱり、その人が何を伝えたいかなのでしょうね!
そのものの素晴らしさや思想それ自体か・・・それとも自分の素晴らしさや
豊富な知識なのかw
森羅万象の秘密を相手にしている方は、とても謙虚な人が多いような気がします*

2009/5/22(金) 午後 7:48 mie**tro*e 返信する

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