日々の泡

・・・ひとやすみ・・・

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草原をつくるには クローバーと蜜蜂がいる

クローバーが一つ 蜜蜂が一匹

そして夢もいる―

もし蜜蜂がいないなら

夢だけでもいい  




    ―エミリ・ディキンスン―

《アウトサイダーズ》

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国立西洋美術館を訪れた時、『アウドサイダーズ』展が開催されていました。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/past/2010_225.html


『西洋の歴史を振り返ると、かつて特異な目で見られる人々がいたことに気づきます。
外国人をはじめ普段目にしない人、見かけや言動の変わった人などです。
少数派であったこれらの人々は、しばしば蔑まれ、好奇の対象となりながらも、
時には西洋人たちのロマンを映し出す存在でもありました。

彼ら社会の「よそ者たち(アウトサイダーズ)」は、それゆえ、
大多数の人々の眼差しのあり方を教えてくれる存在でもあります。

この小企画展には、かつての西洋人たちが「よそ者たち」に注いだ眼差しを感じさせる、
当館の所蔵版画が展示されます。
作品は16世紀から19世紀までにまたがりますが、中心となるのは、17世紀の版画です。

この時代の西洋は新大陸や東洋に進出して、それまで見たことのなかった多くの
「よそ者たち」を発見しましたが、同時に、西洋に近代国家が生成し、
社会のヒエラルキーが確立することによって、内部の「よそ者たち」が
以前にも増して顕在化していったのです。

特にフランスの版画家ジャック・カロは、鋭い観察眼によって彼らを生き生きと描き出しています。
展示されるさまざまな「よそ者たち」は、時代の空気を私たちに伝えてくれることでしょう。』






ジャック・カロの『乞食』・・・(HPの写真より)
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ジプシーの行進
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この展覧会を観ながら、ふと以前記事にした『ハーメルンの笛吹き男』を思い出しました。
この本によって、中世ヨーロッパがどんな時代であったかを理解することが出来たので・・・。



『ハーメルンの笛吹き男』
http://blogs.yahoo.co.jp/mieletrose/29532233.html

*羽當*

この喫茶店は初めて訪れました。


渋谷駅から近いのに、とてもひっそりとした佇まい。



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看板もかわいらしい。






店内も落ち着いた雰囲気でしたが、

人気のお店らしくこみあっていました。





カップボードに様々なカップが並べられ、

そこからカップを選び、ひとつひとつ丁寧に淹れてくれます。






静かな時間を過ごしたいときに。。。



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【ハーブ&ドロシー】

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『ニューヨークで暮らす郵便局員のハーブと図書館司書のドロシーのヴォーゲル夫妻。
2人の共通の楽しみは、現代アートのコレクション。


彼らがコレクションを選ぶ基準は2つ。

“1.自分たちの給料で買える値段であること。”

“2.1LDKのアパートに収まるサイズであること。”


つつましい生活の中で約30年の歳月をかけてコツコツと買い集めた作品の数々。
その数はいつしか4000点を越え、気が付けば20世紀のアート史に残る作家の名作だらけに。
だが2人は、最初から手に入れた作品が名作になることを予想していたわけではなかった。
あくまでも、自分たちの気に入ったものを揃えていただけに過ぎなかった。
そんな2人に、アメリカ国立美術館から寄贈の依頼が舞い込む・・・』


観たいと思っていた『ハーブ&ドロシー』。
2人は作品を“価値のあるもの”という視点ではなく、
“魂のかたち”そのものを観ていたのかもしれません。

そして、自分自身がアーティストとして存在していなくても、
コレクションされた作品を通して、2人の“魂”が表現されているように感じました。

お2人の仲睦まじい様子にも心が温まりました(^^)

【霧の中の風景】

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『父を探し求めてアテネからドイツを旅する幼い姉弟の姿を描く幻想譚。
製作・監督・原案・脚本は「シテール島への船出」のテオ・アンゲロプロス、
共同製作はエリック・ウーマン、ラグビール・ヤーダウ、
共同脚本はトニーノ・グエッラ、タナシス・ヴァルティノス、撮影はヨルゴス・アルヴァニティス、
音楽はエレニ・カラインドロウが担当。』



テオ・アンゲロプロス監督の『霧の中の風景』を最近観たのですが、
個人的にこの映画を観たとき、とても驚きました。



それは“霧の中の一本の木”というものが、私の心の奥にある
心象風景と重なったからなのです。
(このことを書いたことはないかもしれませんが・・・)



いつからそういう風景が私の心の奥底にあったのか
よく覚えていませんが、昔あるカレンダーの写真を見て、
私の心の奥底の風景と似ていると切り抜いて、
とっておいたこともありました。




自分でもうまく説明の出来ない感覚を、アンゲロプロス監督は
美しい映像で表現していたのですが、こういう映像を眺めていると、
郷愁に近いような感覚を覚えるのです。



タルコフスキー監督とも似ていると感じるのは
そういう部分なのかもしれません・・・。







個人的に私がこの映画を観て感じたのは、“すきまの世界”のこと。


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時が止まった世界の中で、
姉と弟は進み続けます。

途中で出会った変わった青年(すきまの世界のお友だち)オレステスの
セリフより・・・。



「君ら 変わった子だよ
時間を忘れながら
しかも急いでいる
どこにもいかないのか―
行ってしまうのか
行く先は知ってるの?」





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ふたりは、実際には存在しない父を求めてドイツへと旅しています。
もしかすると現実の父というより、
“父なる存在”を求めて旅していたのかもしれません・・・。





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お気に入りの創世記のお話を、ラストで少年が口にします。


霧の立ち込める世界で目覚め、

「始めに混とんがあった・・・」と。



そして、霧の中に立つ一本の木にかけよる二人。



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終わりであるところは始まりでもあるところ・・・


私も心の奥底にある“霧の中に佇む一本の木”を
ずっと夢見ていたので、この部分に胸が痛くなるような郷愁を
覚えたのかもしれません。




“霧の向こう―
遠くに木が一本 ”

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