Miemo航海日記

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最初に救助活動にあたられた関係者に非常に感謝しています。 漂流時 捜索活動が確認出来なかったら、つまり 私から見えなかったら 精神的に朝まで持たなかったでしょう。 

私は救助された者の義務としてこの後の漂流の内容を記述します。 (1)では事故に至る経過と救助前に考えた事 (2)では救助された後に考えたことと家族との絆について4つに分けて記述します。

事故に至る経過

出港前 0540時に最近のAWJP31日0900JSTと予報図FWPN 1日0900JST その他72時間までのFWPN それまでのASAS数枚をダウンロード、気象衛星の写真に濃い雲の発生がない事を確認しました。
また 室戸の予報は北東5から6メートルの風 天気は曇り 雨 曇りという予報もでていました。
 
串本港 0600時 出港 港内は南西 微風 予定は黒潮を避け その影響が1ノット以下になる点まで北上(実際は北西に進路とり 実効速度2.5−3ノットで室戸まで30時間。 しかし 港外での南西が強く 直線でも4ノット オーバーのクローズホールドのコースが取れました。 (これは対水6ノットに値します)

同日の16時まで天気 風速 平均10m/s 曇り 視程 4−8マイル レーダでの8マイルレンジで他の船映は2−5 AISは1−4隻の8マイル圏内の大型船を捕らえていました。

この日の最初の問題は良く メインPCが落ちることで停泊中は起こらない現象でしたが航行はチャートテーブルの脇の専用GPSで行うのであまり気にしていませんでした。 (まだ 原因は不明ですが多分エンジンのアースが外れてかけていたためと考えます)

1600時 風はシフトし弱くなり、 エンジン回転2000 燃料FULL 10時間走って 約12Lを消耗し再度 FulIに燃料移送しました。残航呈 40マイル 黒潮2ノットに機走のみで対応できる量です。

この状態で風が安定せず機走のみとなります。2−3ノット(黒潮は2−3ノット)ジブはジバーするので全部たたみ 1時間ほど走りました。

風が北東に変わり1時間ほどでアビームで6ノット(黒潮を考慮すると8ノット)50%までファーリングし6時頃、2PONのメインを下ろしました。

それでも5ノット出ているのでさらにジブを2−3平米に落とし30分 完全な強い北東の風15m 最大20m 速度は4.2ノット エンジンを中立で3.5ノット コースは260−280  波高はこのとき既に3m 周期は10秒以下 切り立った波は30度にも達していました。 しかし 追い波で角度を持っているのでブローチングすることはありませんでした。 

息子と妻はキャビン内 このとき室戸まで30マイルをわずか切って私はこれまで濡れた衣服を着替えにキャビンにもどり コックピットにあった舫をセーフティラインにするつもりでした。

一旦 コックピットに出て体を結ぼうとした時 眼鏡を船内の電子レンジの上に忘れて来たことに気がつき スライドハッチを少し開け 手を伸ばしましたが一回目は届かず 2回目はさらに深く 上から体を伸ばし入れて 眼鏡を取ったことを記憶しています。

スライドハッチを指の幅まで閉めまだ バルクヘッドの上部につかまっていた時チラッと 後ろに白いものが見えました。

オーバーなことは言いたくないのですが4m以上あったと思います。 波の下に落ちるようにブローチングするとともに右舷後方かなり高い位置から来た波は私を水中に閉じ込め バルクヘッドとスタンションの上部ワイヤーに掴まったものの体重105kg の私はソフトに海中に流され次に艇が戻る瞬間 指が外れてしまいました。 (鮮明に記憶しています。)

落水(救助される前に考えた事)

落ちたと思いました。 船では息子が飛び出したのが見えました。 最初の一声はジブを畳めでしたが。 しかし無意味なことはわかっていました。 この波の中 船をコントロールできないとも考え 次の言葉は出ませんでした。 艇の船体部はわずか数分で時々見える程度までになり次第にマストも見えなくなりました、 2035時から45分までの出来事。 ダブルラインのハーネス必要だったと思いました。 次に息子と妻が私をコックピットに出て探さないでほしいと思いました。 イーパブを起動し 双方向無線で保安庁と連絡を取れば3時間程度で救助は来るが艇と数マイル離れる、助からないなと覚悟し、 ひたすら 息子と家内の安全を祈りました。 祈ったというより キャビンからでるな。 バンドフェット
は沈まない。 とか 無線で連絡を取り合って とかです。 遂に体温が下がりおかしくなってきたか と思いました。

感覚ではかなりの時間が経過したように思えます。 2-3時間が過ぎ 航空機が捜索に出てることに気がつきました。 最初それはとても変な船に見えました 弦灯は見えるのですがそれがマストの上についている様に見え フワフワと波に見え隠れするのです。 とても奇妙で というのは夜光虫のカラーの付いたもの や風船が飛んでるように見えるのです。 この辺もすまないという気持ちとだめだと諦めていたからでしょう。

しかし 頭上を通過するときそれまで風と波の音に打ち消されていたエンジン音が聞こえ 航空機であることがわかりました。
そしてそれが明け方まで捜索を続けていたので何度も私は諦めたら保安庁に申し訳ない。 がんばれ 必ず救助されると声をだして言っていました。(これはライフラフトの三洋ラフトさんが浅沼さん味見してくださいとくれた乾パンの説明書に書いてあった文句)。 そしてニヤッと笑う余裕もできました。 でも助かると思ったわけでなく 自分で声に出していった言葉に単純に反応してるだけです。

まだ午前3時にもなっていなかったと思います、 時間がはっきりしないのは風と潮で目がかすんで見えなくなっていたからです。

月夜でした。 雲は気持ち悪く線上にのび 暴風雨の音は波の上で強烈になり また 下に落ちると静かになります。 体を水平にすると鼻と目に水が入るのでどうしても立ち泳ぎになります。 しかし 私のつけていた救命胴衣はそれほどその状態を保つのは難しくありませんでした。

背中を風に向け 自転車こぎをしました。 これは泳ぐためでなく体の体温を一定にするためです。 24.6度の水温は黒潮に乗ってるとき魚探で何度か見てましたから半日ぐらいは大丈夫かなと考え さらに袖や裾を出来るだけ閉鎖するようにして体温を下げもうろうとし幻覚がみえたら運動しこの状態をぬけ体力と体温の調整をしました。

終始、足の裾を閉鎖するのが難しくズボンを緩めて下に下ろし足を合わせるようにしたり指でつまんで押さえたり、いろいろやりましたが立ち状態で動かない様にすることでかなり暖かくなりました。 このとき手はその体制を維持するのに使ってましたがグローブもかけていたのでそれを袖の上に持ってきたりいろいろ 方法を変えながら朝日の上るのを待つことにしました。

救命胴衣の上に青い合羽を着ていたので、これでは 夜が明けても見えにくいと海の中で上着の合羽を内側に着替えました。

幻覚はとてもきれいで冷淡でした、 つまり一番幻覚になるのが雲で大きな白い岸壁 (すごく高い)にみえ幾何学的模様やイースター島のモアイの様にも見えました。 これが見えたときは少し運動します。 満月に近い月が早く沈んでくれるよう、 金星が見え太陽が出るまで兎に角がんばろう とおもいました。

この間も 保安庁の捜索は続いていてすぐ夜間に発見されることは難しくても 朝になれば可能性は高くなると考え、朝日を見ようというのが取り敢えずの目標でした。

太陽が上がる前に不気味な月が沈んできました。 そしてこの月が沈んでから太陽があがるまで非常に寒かった 震えが止まりませんでした。

この時間 航空機が見当たらなくなり これで打ち切り? などと考えたり しかし そんなことは無い
黒潮に乗っているのだからと気を取り直して今の方法が最善か考えました。

金星らしき星がぼやけて見えるころ 今度は意識がおかしくなり、自分のおかれている立場を忘れて短時間の夢を見て水を何度か飲み込んでしまいました。

この時も波は3m 天気は晴れ 雲量は次第に減り 2-3位 砕け波も減ったように感じました
波に翻弄されることでも体温は奪われるようで計算道理に行くか疑問でした。

また保安庁の行うスキャン(捜索作業)はどういう形か いつから始めるのだろうか 漁船に会う確立はとか 本船に轢かれるのではとか考えていました。

気持ちの悪かったのはカモメで頭の周りをぐるぐる飛んでいて、”俺はシイラじゃあないぞ”とか ”死んだら目玉を突っつかれるのか”とか考えました。 掛けていた眼鏡は頭が少し飛んでいた時に毛虫と間違えて自分からポィっと捨ててしまい、 3分ぐらいして あの毛虫はフローティングストラップだったことに気が付きました。 視力は0.2の近眼 これに加えて塩水と風で目がくすみ、中心の視界はすりガラスを掛けたようになっていました。 眼鏡は直接のスプレーを多少防いでくれます。

戦艦大和から生還した吉田満さんの漂流の話も聞いていましたが、彼が片目だったこともついでに思い出し 目がつぶれるか いや、わたしの場合 南洋じゃないし、今日の日没が限界だろうとか、 ヘビーウェザーセーリングで読んだはずの水温と溺死の関係が思い出せなくて低音治療は32度前後だったから 36.8>24.6 12度の差が30度>24.6で5.4度 これなら4倍は稼げるとか考えました。

当然 おしっこも4回ほどしましたが これも暖かくするための効果はなく単に温度を捨てるのか とか。

長かった日の出は0630時位だったと思います。 かすんだ目でも明るくなると文字盤の色が変わり読めるようになり希望が沸いてきました。

ここまでに、何度か家内のじいちゃんとばあちゃんにお詫びしこれまでの人生 中国に行ったきりで長い間 家を空けさらには 勝手な人生を送って(今も含め)息子と家内を危険な目にあわせて 本当に申し訳ない もしやり直せるなら 日本でみんなと暮らします 助けてください。 とか 捜索の飛行機が近づくたびに唱えてみましたが(他界した二人は)相当怒っているようで効果はありませんでした。

朝日が出てしばらくするとエンジン音が聞こえました。 1秒に4回程度 240回転 多分 200tクラスの船 今この海域に本船以外で ああ 巡視船?と 4方を探すとぼやけ目に真っ白い船体がみえました。 (実はこの前に灰色の自衛艦も見ましたが同じものかも知れません)

一回目は 船体の視角は10度 50mあったとして300m位かとかなりいい加減な計算 2倍は違わないとか 泳げる距離! 多分何回も往復する時に3回ほど接近に挑戦しましたが 一度消えるとなかなか 戻ってこなかったのでうまく泳ぎだすタイミングが掴めませんでした。 4回目の通過後ヘリが向かってきて私は腹ばいになりレスキューカラー(オレンジ)を上にして手で水しぶきを上げました。 (巡視船との正確な距離はヘリの発見ポイントでわかると思います。) 一旦、通過したと思ったヘリが急旋回して遂に戻ってきました。感激の涙より両手のガッツポーズがでました。 降りたレスキュー隊員も親指を立てて よくがんばりましたね を連発していました。 うれしい 信じられない 黒潮に一晩流されて 巡視船のその精度が500m 見事以外の何物でもない! 少なくても 20マイルは流されている それをあの巡視艇はほぼぴったりでスキャンしていたし、海上の私を見つけたヘリもすごい。

夜は半分 諦め朝に希望を掛けたのが幸いした! と 思ったとき急に 息子が落水していないか心配にり ヘリの上で聞くと自力で串本に向かって

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無事に生還されたこと、本当に良かったですね。
貴殿のこの手記には落水後の状況がよくわかり、
強い意志で生還を果たされたことに感銘を受けました。

まもなくまたご出航されるようですね。
くれぐれも無理をなさらず、今後のご安航をお祈りします。

2009/11/6(金) 午前 1:57 たまちゃん

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はじめまして。船橋のAUDREYと申します。
本当に本当にご無事で良かったですね!!
今回の件はニュースで知りました。
とても貴重な体験記を背筋を伸ばし拝見いたしました。
私も今後の航海のご安航をお祈りいたします!!

2009/11/6(金) 午後 11:36 AUDREY★古川

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大変勉強になりました。またこの様に公開して下さった事に感謝します。我々ヨットを楽しむ人間にとって言葉では言い尽くせない勉強になります。私も整備や艇、PFDなどの見直しをするつもりです。多くのヨット、ボートを楽しむ人間にとってとても大切なことだと思います。
有り難うございました。
これからのクルージングを楽しんで下さい。

2009/11/8(日) 午前 9:36 [ ハーモニー ]

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三河湾のサラスバティです。
強い意志で生還を果たされたことに感銘を受けました。
また、ハーネス、今後は躊躇無くWラインにします。

2009/11/8(日) 午後 6:17 [ サラスバティ5 ]

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はじめまして、泉大津ヨットクラブの貴姫と申します。もし自分が同じ状態になった時には必ず役に立つとお話だと思います。私は、シングルハンドで出航する事が多いのですがライフベスト等、装備や船上の移動、落水の恐ろしさをもう一度考え直します。貴重なお話を有難うございました。

2009/11/13(金) 午前 9:55 [ keybo7 ]

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初めまして。横浜市民ヨットハーバーの「EARTH」です。
事件は報道で知っていましたが、私どものクルーからの紹介でこの体験談の存在を知りました。
他人事とは思えない出来事。
迫真に満ちた生還にいたる闘いは、多くの教訓を与えてくれます。
「救出された者」の義務とおっしゃっていますが、ありがたく拝読させていただきました。
当方のホームページ「アルゴ通信」http://popup10.tok2.com/home2/earthandluna/
にもさっそくこのページをリンクさせていただき、多くセーラーに知らせようと思っています。

2009/11/13(金) 午後 8:18 [ アース ]

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はじめまして!ほんとうこのニュースを聞いたときは奇跡の生還だと思いました。実は私も雷雨ぼ大荒れ時ホビーキャットで東京湾の真ん中で落水し、4時間30泳いで千葉の磯根崎の海岸までたどり着き生還した事があります。その時は6月でしたから良かったですが、今の時期よく一晩持ちこたえたものだと感心いたします。今後のヨットライフ貴重なこの体験を通じてどうかご安全に楽しまれることをお祈りいたします。貴重なお話ありがとうございました。

2009/11/17(火) 午後 9:11 [ tak**oros* ]


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