感じたこと

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素人の評論みたいなもんです
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先日の参議院議員選挙では、みなさんご存知のとおり民主党の圧勝。

保守王国愛媛でも、消費税選挙と言われた1989年以来の自民党候補の敗北。

しかし前回にしても今回にしても、自民党に問題がなければ自民党候補が勝ってしまう。

愛媛はまだそんな風潮なんだろうね。

話は戻って今回の選挙結果の感想。

まず安倍総理は辞めないかんよ。

参議院の選挙は政権選択選挙ではないといえども、選挙戦で自らの発言を持って
政権選択の選挙にしてしまい、そして負けたのだから。

国民が安倍政権にNoという答えを突きつけたにも関わらず、その民意を無視し
今後も政策を推し進めていくなんて、そんな話がまかり通るのか?

選挙結果を無視された国民の気持ちをどう理解するというのか。

自民党内には、安倍総理は評価されていいはずの政策はあるのだが、
政策以前の段階でコケたという意見もあるみたいだ。

しかし人事も含めて、彼にはリーダーとしての資質が問われているということだと思う。

大臣に問題が起きてもかばい続ける。

それは大臣のためではなく、彼を選んだ自身の保身のためのように見える。

自分の方針は間違っていないという思い込み、エゴ。

松岡元農水大臣の自殺のときにも、あまりに落ち着いた総理を見て、
ほんとうに自殺した人のことを考えていないな、と感じた。

彼を自殺に追い込んだのが自分のせいであることを、
果たしてどこまで認識しているのか。

柳沢、久間、赤城の件にしても、安倍内閣は大臣の不正をかばい続ける
内閣となってしまった。

小泉前総理が「鈍感力を持て」と助言しているらしいが、安倍総理の
考え方に関しては鈍感力という言葉では収めきれないと思う。

こんな人が日本のトップであり続けて、一体誰が得をするというのか。


参議院で第一党となった民主党。

今回の勝利は安倍内閣への批判票を多く取り込んでのものであることは間違いない。

つまり民主党の政策そのものが評価されたわけではない。

それは民主党の人間もわかっていると思う。

解散総選挙となって、民主党が勝った場合。

誰が党首となり、日本を引っぱって行くのか、具体的なものが見えてこない。

小沢党首の今回の選挙戦の戦いぶりは見事であった。

しかし彼に付きまとう体調不安説。

本人も総理ということに対して意欲がないらしい。

他に相応しい人がいるか。

今のところ政権を獲ってから慌てそうな、そんなイメージしかない。


大丈夫か、日本は。

西武の裏金問題

先日ライオンズのオープン戦を観に行って、今年はますます応援しようと
思っていた矢先のこの問題。

ファンとしてショッキングなニュースだったね。

しかし今回の西武の件は氷山の一角であり、他の球団もやってんじゃないの?
と思わせてしまうところに大きな問題があると思う。

今ごろ、「実はうちも…」と発表をしたほうがいいのか議論中とか、
逆に証拠隠ぺいに躍起になっている球団があったりして。

この問題の根底にあるのは、もちろん今のドラフト制度。

希望枠が過熱な獲得合戦を助長しているのは周知の事実。

今回の問題を「(発表した)西武の勇気」という一部報道もあるけど、その言葉の裏側に
これまでのプロ野球の変わらない(きな臭い)体質が見え隠れしているね。

不正、そしてその疑惑を取り除くためには、やっぱり完全ウェーバー制の導入しかないかな?

見る側はそのほうがわかりやすいよね。

いずれにせよ、コミッショナーの言うとおり、西武にはこの問題を完全に浄化
してもらって、ルールにのっとったスカウト活動を展開してもらいたいね。

そして過ちを繰り返さないためにも、チェック機能の強化を徹底してもらいたい。

それにしても早大の監督の西武に対する発言。

西武が悪いのはもちろんのことだけど、早大側にも選手のチェック機能はあったはず。

それをおざなりにしておいて、批判だけ展開するのはいかがなものかと思う。

そしていちばんキツいのは、お金を受け取った選手だね。

結果的に自分の将来の幅を狭めてしまった。

しかしすでに物事の分別を理解できる大人。

言いわけは通用しない。

それを痛感しているはず。

だけどこの問題でプロの門戸が彼らにシビアになってもらいたくないね。


人気低迷のプロ野球に降りかかった、新たなる難題。

しかしそれは昔からの伝統でもあった。

「プロ野球(の裏側)」という体質そのものの変換が求められる時期に来たね。

今に始まったわけじゃないドラフト制度の改革を含めて、これからどう変わっていくのか。

そこにほんとのプロ魂はあるのか。

楽しみだね。

観てきました、痴漢えん罪をテーマにしたこの映画。

どこでも公開しているのかと思ったら、地元松山周辺では衣山だけなのね。

もっとメジャーな映画かと思ったけど、意外とマイナー扱いなのかな?

一部ネタばれの部分も含まれているので、これから観てみようと思う方は
読まないほうがいいかと。


罪を犯した、犯していないという事実を明らかに述べられるのは被疑者のみ。

彼を取り巻くすべての人々は、それぞれが心の中に決めた答えを持っていても、
もしかしたらという気持ちが生まれてはそれを否定し、という作業に追われているはず。

そこには気持ちを決めて揺るがさない、確証たるものが存在しないゆえに。

そしてそのどこかフワフワした気持ちの真実を決めるのが法廷だと思っていた。

しかし現実は違っていた。

作品の中で日本の裁判、司法の問題点を提起したのは大きな成果だったと思う。

司法の下では真実が真実にならないときがある。

裁判官の力量や同じ裁判の前例によって、事実が曲げられてしまう。

ねつ造が新たなねつ造を生み出す。

これはとても恐ろしい連鎖である。


痴漢行為がなによりいけないのは、紛れもない事実である。

毎日のように遭う痴漢に悩まされながら、それでも女性は移動手段として電車を選ぶ。

今日は大丈夫かと、あるいはそれを願ってまた電車に乗り込む。

毎日怯えながら、また耐え忍ぶしかない女性のその苦痛が、いかに精神的に彼女を
追いつめているのかは容易に想像できる。

女性専用車両は、その苦痛から彼女たちを救おうとできたもの。

しかしそれは現代社会が生み出した負の財産であり異常事態である。

その本質を果たしてどのくらいの人が受け止めているだろうか?


痴漢で捕まった男性を、まず有罪ありきで取り調べる警察。

元々やっていない証拠などないに等しい痴漢で、やっていないという
その証拠がない限り犯人扱いに。

また自白の強要。

そして認めなければ被疑者の自由剥奪。

すべては権力で。

これも危険なこと。


この作品の被害者もそうだったように、その女性はいつも痴漢に悩まされ、
今日こそは痴漢を捕まえてやると決意を持って電車に乗った。

そして痴漢に遭った。

しかしハッキリ見たのは痴漢した腕の袖だけで、その記憶も実は曖昧で、
それ意外においてはすべてが推測に過ぎない。

それでも普段から溜まったストレスが、犯人確保へと気持ちを突き動かす。

そして犯人の確保。

しかしその女性も捕まえた男性がほんとうに犯人なのか実際のところはわからない。

それでも彼女は誰かを確保しないではいられなかった。

理由づけはあとからでもできる。

要はそれらしいターゲットさえいれば、誰でもよかったのかも知れない。

少し暴力的な書き方だけど、痴漢えん罪の理由のひとつに挙げられるのではないか。

誰彼構わず捕まえようとした女性は褒められたものではないが、その心情を察すれば
その気持ちもわからないではないような気がする。

逆にあらかじめターゲットを決めて、えん罪を造りだすことも可能であるということ。

恐ろしいことだが、これも起こり得る事実。


この映画で残念だったのは、被疑者の一審での判決が出る一年の間の生活がどれほど
苦しいものだったのかがまったく描かれていなかったこと。

淡々と裁判が進んでいって、季節感がまったくわからなかった。

もう少し刑務所での日常が描かれていれば、無実の罪で受刑生活を送ることが
どれほどの悲劇であるかがもっと伝わったのではないだろうか?

さらには裁判に向かう被疑者の体力や精神力、また費用の問題も置き去りに。


果たして裁判で。

いろいろな証拠を持って来ても、理屈でいくらでもそれを否定できることに
失望感を覚えずにはいられなかった。

また、やっていない罪に対して起こした告訴。

当然の権利を行使して無実を訴えようとする、その行為に反省の色がまったく
見えないと断罪されてしまう権力に対する無力さ。

これでは我々はなにを信じて戦えばいいのかわからなくなる。

そもそも国家権力に対して逆らおうとすると痛い目に遭う。

その見せしめのようにも感じる。


これだけ失望を感じる映画も珍しいが、それは現実を元に描いたゆえのこと。

失望の本質は日本の国家そのものにあるのだと思う。


判決に対して即刻控訴を選択した主人公。

権力に屈しない、抵抗するプライドは感じたけれども、
これもちょっと現実感を欠いた感じがした。

もう少し判決に落ち込むシーンとか,その後の控訴までの過程があれば、
もっと感情移入しやすかったかな?と思う。

いずれにしても、考えさせられた映画。

おもしろいとはいえないけれど、ぜひ薦めたい映画だね。

先日の『HERO’S』でなにも出来ずに完敗した金子賢。

本物の格闘家を相手に、本人の挑戦してみたいという気持ちが、
俳優という知名度だけで簡単に叶えられる。

結果がどうこうより、なによりこの過程が危険だと思う。

もちろん、本人は試合にあたって練習は積んできたと思うし、
その意欲は認めるべきであろう。

ただ、いくらいいコーチングスタッフや練習環境に恵まれても、
半年や1年練習して立ち向かえるべき相手ではない。

相手にとって失礼だ。

前田日明の怒りはもっともだと思う。

参加を認めた谷川プロデューサーは、金子を擁護するようなコメントを出していたが、
このコメントに格闘技界が苦境に立っているんだな、とぼくは感じた。


そもそも生死が関わる格闘技のリングに、意欲はあっても実績はなく、実力も未知数な
人間を上げることがどれほど危険なことかは、谷川さんも理解しているはず。

それでも金子はリングに上がった。

そこには格闘技界のタレント不足が遠因としてあると思う。

K−1やPRIDEなどを見ていても、ここ数年メンツがほとんど変わっていない。

世界的に活躍できるタレントの不足の蔓延化がその根底にある。

そのことに起因する早期のビッグマッチの実現。

そしてその後のマッチメーク枯れ。

選手層という根本的な土台を築き上げられないまま、興行だけが優先されてきた。

その結果、最近の興行ではどこかで見たことある名前ばかりが連なるようになってきた。

そこに新たな話題性を見い出せるはずはなく、格闘技界以外からの
選手招聘に手を染めることになってしまったのだ。

元大相撲横綱の曙。

テレビで規格外のパワーを見せたボビー。

彼らには少なくとも格闘技界に通じるなにかを持っていた。

しかし金子にはそのようなものがあったのか。


格闘技がやってみたくて、肩書きがあれば試験もなく参加できる。

格闘技はここまで落ちてしまったのか。

興行優先。

客寄せパンダ。

そう言われても仕方ないだろう。

前田の言うとおり、今後まだ格闘技に挑戦する気持ちが金子にあるのならば、
アマチュアから出直してくるべきだと思う。

ふさわしい実績と実力を兼ね備えてから、また挑戦してもらいたい。

彼は俳優になりたくて、なんの努力もなくその夢は叶えられたのか?


ただ、金子賢にも格闘技にもこのまま凋落の道を歩んでもらいたくない。

短い期間で世間に浸透した反動として、一過性のブームとして終わってもらいたくない。

過渡期を迎えた格闘技界。

これからの挑戦を、そっと見ていきたいと思う。

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荒川静香の演技

今日のニュースステーションで、プロスケーターとしての荒川静香の特集をやってたけど、
彼女の演技はほんとにすごいね。

なにがすごい、てあの表現力。

指先まで見事に表現できるスケーターを、ぼくは初めて見た。

しなやかな体を余すことなく使って、ほんとに画になる演技をする。

見てて感動するね。

そして今の彼女はなにより、競技としての滑りではなく、
本人が望んでいた魅せるためのスケート。

重圧から解き放たれた彼女のスケートはこれからもっと伸びるだろうね。

機会があれば、またその演技を見てみたいね。


他の選手の話題になるけど、安藤美姫はアスリート体型で、全身バネの感じだね。

だからジャンプは高く飛べるんだけど、演技力では荒川に遠く及ばないと思う。

生まれ持った体の特性の違いかな。

村主章枝はなんでもこなすけど、特徴がないタイプ。

だからオリンピックでは得点が伸びなかったんだろうね。

中野友加里もこのタイプかな?

浅田真央は身体能力はすごいものを持っていると思う。

だけど演技力はまだまだ、これからの課題だね。

大きな怪我さえしなければ、期待大だね。

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