鉄道総合車両所怪談支所

撮り溜めた写真を載せたり、気に入った鉄道とその関連物をモデルに怪談を書きましょうっていう、どっちがどっちかわからないブログ。

医療

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命のスペア

なにやらいろいろあってまた病院に行くことになりました。

なんというかすごく流れを感じる。
ある出来事Aが起きるとそれを受けたA'が起きる。そのためBという行動に移るとすぐCに移りまたDに変わりEで終息する。
といった感じで、まぁロマンチックに書けば運命を感じるといったところ。

本当はリアルタイムで書きたいけれどやっちゃダメよと言われたような気がするのでなるべくやめとく。
時系列は
先月某日:連絡がある。体調に変わりがないか聞かれる。
今月某日:健康診断で引っかかってた症状を調べるため病院へ。検査日決定と現在の状況を伝える。
といったところ。

今回かかった病院内で立て続けに「立派だ」と言われたんだけど、そんなんじゃないからとても落ち着かないですねぇ。
私の行動は全て自分がやりたいかやりたくないか、だから。
しかしそこでやりたいの方になるのがどうやら立派なことらしい。わかんねえよ。
あ、それとも型が一致すること自体がとても珍しいからかな。そんなんじゃねえってその場で声高に騒いだところでどうにもならないので、もう黙ることにしました。
でもまーとりあえず、ドナーとしてやれることはやるよ。

++++++

先・今月に関してはここまで。なんかすごくとりとめないので本日はこれにて。

過去の話。

<きっかけ>
その昔、ビジュアル系バンドの祖、X JAPANというバンドがありました(現在も活動中)。
ギター担当のhideがある日、骨髄移植ドナーになったと報道があり、当時学生だった私の周囲ではその話でもちきりでした。こんな風です。
「hideすごいよねーあたしもドナーになろうかな」
「でもあれすごく痛いらしいよ」
「骨に注射針刺して中身抜くんだって」
女の子同士の常で、ここでいやーんとさざめきました。
「えーじゃあ嫌だ怖いー」
「hideは好きだけどそこまでは無理ー」
「じゃあ確認してくるよ」
昔も今も空気が読めない私、水を差しました。
「だって誰も痛いかどうか確認してないじゃん。だったらおいらがちょいと行ってくるよ。そしたらどんなだかわかるっしょ」
後で聞いたところ、hideファンの子にてめーがhideと同等になるんかオラッ、みたいなことを思われていたらしいです。
が、私にhideと同一化とか、そんな考えは露ほどもなく。
単に「痛いらしい処置があって、みんなは痛いの嫌なんだったら、痛みに強いこのおいらが確認してくるよー」という親切心のつもりでした。当時の私はおかしなフェミニストだったので、女の子が怪我とかで傷つくのは嫌だったんです。実習で怪我して平然としていられたのは私だけだったし。
だから私が、という。ただそれだけの話でした。

++++++

<うろ覚えの初登録とコーディネート>

当時時折していた献血。
ある日献血車の中で献血を済ませながら骨髄移植の話を聞いて、書類をもらいました。
多分この時点で母親に相談したはずです。
ピアスを開けるのも許さなかった母親がOKを出したのは、多分そうそう型が合うとは思わなかったんでしょう。
数万人に一人、という数字はとても大きすぎたのです。
父も同様、ただ、一時期「ブラックジャックになる」と冗談交じりに言いバイオの道に進んだ兄だけはちょっと反対したような記憶があります(この兄はその後「スナフキンになる」とほざき会社を辞め、紆余曲折あり今では過疎地の若手猟師になってます)。

日を改めて、市内の血液センターに行きました。その場で必要書類に目を通し、書いて提出し、ついでに成分献血をして帰宅。

わりとすぐに連絡があった記憶があります。
互いの目印を決めて病院でコーディネーターと会いました。

コーディネーターは骨髄移植財団の地区事務局の人で、ドナーと医師・病院等施設と事務局の橋渡しをする役目の人です。
コーディネートはドナーが骨髄の型合ってるかもしれないと連絡を受けた時からの、コーディネーターと共に行う話し合いの事です。

その時私は軽い検査と説明を受けたはずです。
で、次の最終同意に両親と一緒に行ったわけですが、ある事情が判明し、その場でコーディネートは終了となりました。
そのある事情とは、今は伏せておかねばならないことです。

++++++

そうしてさらに十数年後。
歌手の本田美奈子さんが亡くなりました。
死因は急性骨髄性白血病。
私のHLA型とは合わなかったんだね、と家族でぼんやり話し合ってました。

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さらに一年後。
TVで流れた一周忌報道で、ようやく姓が変わってから一度も骨髄移植財団から送られてくるはずの冊子が来なかったことに気づきました。
実家に確認すると来ていない、と。
関東地区担当員に電話で聞くと、もう何年も前に登録抹消されていたとの事。
何度か引っ越したため、冊子が届かず返送されていたそうで。そうすると登録抹消になるんだそうです。
いや抹消の前に実家に電話を、って気分になりつつも、返送されるなら電話番号生きてるかもわからないよなーともやもやしながら一人勝手に納得することにしました。

近畿地区事務局に聞くと、現在の住居から近い血液センターで再登録すればすぐとのこと。
京都駅内の献血センターか、市内の血液センターで受け付けるというので、チャリで市内の血液センターにびゅーん。
再登録なので説明はしなくてもOKみたいなことを思ったけれど、制度とかやり方とかなにか変わっているかもしれないと思い直し聞きました。
そうしたら昔のことなど忘れていることに気づきました。聞いてよかったです。

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ここまでが一昨年くらい、だいたい2009年までの話です。
次から2010年、オレンジ封筒を受け取る話です。
<骨髄移植手術とはなんぞや>

一言で言えば白血病など血液の病気にかかった患者さんの治療のため、骨盤内にある骨髄を提供者側から抜き取り、患者の骨盤に注入し定着させることです。

骨髄は血の元となるもので、骨の内部で作られています。
骨髄が成長すると、血管を流れている赤血球や白血球、血小板などになります(ここでは血液と略します)。
血液は体の内部で栄養や酸素を運んだり、病原菌を食べたり、血を止める役割を与えられます。早くて2週間ほどで寿命を迎えると、便に混ざって排出されます。血液が排出されても、骨の中でどんどん骨髄が生まれ育つので、常に新鮮な血液が体内をめぐっているのです。
けれど、血液の病気にかかると、骨髄は育ちにくいのです。育たないと、新鮮な血液が出来ず、体に不調をきたします。
なので患者さんに他者の骨髄を移植し、定着させ、新鮮な血液が体内をめぐらせる治療が不可欠なのです。

ちなみに骨髄は体内の奥深くにあるのでそうそう見ることはできません。何色か、どんな状況かも、普通の人にはわかりません(検索すれば画像が出てきますが)。

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<では、移植手術で見落としてはいけないものは何か>

それは血液型。
普段私たちが目にして、占いにもなっているABO型の血液型は、赤血球の血液型。

皆さんご存知の献血。これを行う直前に調べるのも、やはり赤血球の方の、ABO型。これは違っていたら輸血を受けた側は拒否反応を起こします。

ところで両親の血液型によって子供の血液型は決まります。、
A型とB型の夫婦の間に子供が生まれる場合、子供の血液型はA型・B型・O型・AB型のどれにでもなる可能性があります。
これは血液型遺伝が関係しています。A型の親の血は、AAまたはAOという特性をもつからです。B型はBBまたはBOで、O型はOO、AB型はABです。ですから生まれる子供がどの血液型にもなる可能性があります。
さて、このように赤血球の血液型は、意外にも数が限られています。

一方、白血球の型はHLA型といいます。聞き慣れない言葉ですが、当然です。ABO型に比べて細かくて、数え切れないほどなのです。しかも同じ血液型はほとんどありません。占いをしたくてもできません。

たとえば、ABO型でなら全員がA型の夫婦と四人の子供を持つ家庭の場合。
父親のHLA型は「ABC123DEF」で、
母親のHLA型が「ZYX098UVW」だとします(実際にこんな型はありません、例です)。
そうするとまず生まれた子供、仮に長男のHLA型は両親の特性をそれぞれ引継ぎ「ABX093DEW」になります。
次男は「ZYC198DVF」、
長女は「AYX023UEW」、
三男は「ZBC128DVF」に。
ABO式では全員がA型でも、HLA型では全然違う血液型になる可能性がとても高いです。
これでもし長男が骨髄移植を必要とする病気にかかり、HLA型の仕組みを知った夫婦が四男なり次女なりを産むとしても、同一の型になるのはむつかしいでしょう。
(新生児が移植に耐えられるのか、あるいは耐えられる年齢になるまで待つ体力が長男にあるか、という仮定の仮定は放棄します)

ではこの全く違う血液型で移植手術を行なったらどうなるか? 即拒否反応でしょう。
ですので、HLA型をきっちりと合わせないといけないのです。

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<HLA型が合ったらどうするか>

まずは細かく検査します。先述の通りHLA型はとても細かいです。一つでも一致していなかったら移植には適しません。
患者さんと遺伝子レベルで一致する骨髄の持ち主が、その方のドナーになり骨髄を提供するのです。

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<移植手術に際し患者さんは何をするのか>

放射線治療などをし、元々ある骨髄を全て抜き取ります。
数多くの検査や治療で弱った状態で、骨髄がない時間が長いと非常に危険です。
ですので数時間という短期決戦で、患者さん本人の骨髄を抜いて、ドナーが提供した骨髄を移植しなければなりません。

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<その一方でドナーは>

体調を管理して入院し、患者さんのタイミングに合わせて全身麻酔の後骨髄の一部を抜き取ります。
全部抜いたらドナー本人が危険です。

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説明はこんな感じで終了です。
ちょっと冗長になったので、あとで手を入れるかもしれません。ご了承を。
どうも。吉野です。

「てのひら怪談 辛卯」のプロフィール欄を見た方はもうご存知かもしれませんが、まぁ記事名の通りです。

私は去年、骨髄移植手術を受けました。
患者さんではなくドナー側で、髄液を提供しました。

今日からブログで記録をしたためていこうと思います。
記録をしたためる理由。
骨髄移植の提供者側の手記を私なりに残したかった。
なにせ患者側の記録はどこにでもある。ドラマにもなる。
けど提供側はそんなに数があるわけではない。
なのでやる。
自分はむらっ気があるので、いつこの手記をやめるかわからない。おまけに一人称もすぐ変わる。飽きっぽい。
そういう背景もあって、まずはブログで気軽に、ただし正確な情報でしたためようと思います。
もちろん私が見聞きしたものなので、私個人の主観が強烈に入ります。
ご了承ください。
次記事から始まります。

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