シルクロードから嫁が来た!!

キルギス共和国出身のロシア人と結婚した男のムダ話。旧ソ連諸国のお話も

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【ロシアのニューイヤーカード。昔のソビエト時代のカードはどことなく野暮ったいいかにも社会主義的なデザインのものが多かったのですが、新生ロシアになってからは、随分と洗練された感じがします。それはそれで結構なんですが、個人的には欧米とあまり変わらなくなって少々面白みがなくなったような気もします。】

某年1月1日。元日。

僕と家内、家内のお母さんとチビは、僕の実家に来ていました。

既に僕の兄弟始め、親戚連中が来ていて、賑やかに新年の宴が始まっていました。

家内のお母さんには、初めての日本の正月。
いろいろ興味深そうでしたが、ことにおせち料理には、驚いたようでした。

お母さんは、ソビエト時代から日本文化に並々ならぬ興味を抱いていました。

色々とツテを頼り、日本の文学や絵画、歴史などに関する書籍や資料を入手し、むさぼる様に読んでいました。

これらの書籍は今でも家内の実家に残っています。

初めてその“日本コレクション”を見せられた時は実に驚きました。
世間から隔絶されたような中央アジアの小国で、日本文学全集などがあるのですから。

家内のお母さんだけでなく、日本と仲がよくなかったソビエト時代ですら日本文化は、ロシア圏の人々の間で人気だったそうです。川端康成や三島由紀夫などの作品は、人気が高く、古本でも高値で売買されていたとのこと。

政治だけでなく、文化の交流まで制限した冷戦が『日本文化への飢え』となって、ロシア圏の人々の間に静かな日本ブームを呼んでいたとすれば実に皮肉な現象です。

現在ロシア圏では、日本の食文化や文学、アニメや武道などが高い評価を受けていますが、あるいは、この下地はソビエト時代からできていたのかもしれません。

さて、そんな日本好きのお母さんにとって、おせち料理は、まさに日本美の結晶に見えたようです。
美しい色彩、デザイン、装飾などをうっとりと眺め、『絵画の様だ。』としきりに感心していました。

お母さんの感心は無理からぬことかもしれません。

ロシア圏でもお祝いの際は、いろいろとご馳走が出てきますが、色彩やデザインなどをあまり気にしない印象を受けます。

とにかく山のようにお菓子や果物を積んだ皿を並べたり、ドーンと大きな器にスープを盛り付けたり、、、、

もちろん、例外もあるのでしょうが、少なくとも料理に対する繊細なこだわりは、日本の方が遥かに上手の様な気がします。

家内のお母さんの感激に僕の両親は大いに喜び、おせち料理から海老や数の子、アナゴ巻などを取り、お母さんのお皿に入れました。

家内のお母さんは、大いに喜び、それらを次々に口に運びます。





何度かモグモグと口を動かすと、お母さんは、顔をしかめ、ゴックンと飲み込みました。
そして、『すみません、ロシア人の私には、どうも合わないみたい。』と恥ずかしそうに笑いました。

クックックッと家内が笑いをこらえています。
日本料理に慣れなかった来日当初の自分自身を思い出したのでしょう。

『無理もないですよ。日本の食文化は独特ですから。』と僕の父は苦笑しながら言いました。

母も料理を下げながら、声を掛けます。
『ごめんなさい。代わりの食べ物用意しますわ。何がいいですか?』

母の問いに、家内のお母さんは、『カルトゥーシュカ』と答えました。

僕と家内は、思わずプッ!と吹き出しました。

『カルトゥーシュカ』は、『ジャガイモ』のこと。
家内のお母さんは、ロシア人が好むゆでたジャガイモを希望したのです。

僕の母は、『お正月からこんなものでいいんかねえ?』と申し訳なさそうに、ジャガイモを並べました。
しかし、家内のお母さんは、実に美味しそうにジャガイモを口の中に運ぶのでした。

『正月でいろいろな料理が目の前にあるのに、ジャガイモが食べたいなんて、アンタほんまに骨の髄までロシア人やなあ。』
僕と家内は、クスクス笑いながら、子供の様に無邪気に口をモグモグさせる家内のお母さんを眺め続けたのでした。

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